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2006年7月 5日 (水)

チャート分析の疑問

もともと将来の株価というのは、上がるか下がるかのふたつにひとつです。サイコロを転がして予想しても半分は当たります。いわゆるチャート分析による株価予測がなにか意味ありげに思えるのは、はずれた場合はファンダメンタルズや外部環境の違いのせいにして、当たった場合はそれがたまたまであったとしてもチャート分析の成果のように考えてしまう傾向があるからではないでしょうか。

迷ったときに売買の決断を後押ししてくれるという意味ではチャート分析にもそれなりの意義があると思います。しかし、それは、「迷った時はサイコロを転がして偶数が出たら買い」と決めておいて実際にサイコロを転がしてみることで代用できる程度の意義です。チャート分析の有効性に過大の期待を抱くのは禁物だと思います。

人間には、画用紙に3つ点を打っただけでもそこにひとつの流れを読みとってしまう能力があります。しかし、その流れは実際には存在しない流れです。この存在しない流れが見えてしまうという人間の特殊な能力が、チャートを分析すれば株価が予想できるかのような錯覚を引き起こしているのではないでしょうか。

「拝めば治る」と主張するインチキ宗教はある意味で天下無敵です。それがたまたまであっても拝んで病気が治れば信仰のご利益だということになり、拝んでも治らなかった場合は、「信仰があれば拝めば必ず治ります。拝んでも治らないのは信仰が足りないからです」とうそぶいて突き放してしまえばいいのです。チャート分析に熱中している投資家の言動にこれと似たような論理を感じるときがありります。

「チャートを研究すれば株価は必ず予測できる。予測がはずれるのはチャートの研究が足りないからだ」

チャート分析による予測がはずれたとき、それをチャート分析の限界とは考えずに自分の研究不足だと考えてしまうと、ますます精緻なチャート分析の世界にのめり込んでいきます。しかし、いくら研究してもダメなものはダメなんですけどね。

チャート分析に限らず、あらゆるテクニカル分析には似たような側面があると思います。実際問題として、テクニカル分析に力を入れてその結果パフォーマンスが向上したという話はあまり聞いたことがありません。

たとえば、チャート分析に力を入れている投資家とチャートに無関心な投資家がいたとします。どちらの投資家のパフォーマンスがいいかというと、大して変わらないというのが実態ではないでしょうか。

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