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2006年7月27日 (木)

「無能の人」を読む

漫画家でシンプルライフの達人といえば、これはもう、つげ義春(敬称略)の右に出る人はいないと思います。

つげ義春の「無能の人」(日本文芸社)にこんな話が出てきます。

臨時収入があったので親子3人で奥多摩に一泊旅行にでかけることになりました。ひなびた安宿に泊って夕食が出てくると、主人公の奥さんはいつものクセで貧弱な夕食の原価計算をはじめます。そして鬼のような顔になって、「ぜんぜん金かけてないじゃない」と怒り出します。実にリアルです。いいなあ、こうゆうのって。日ごろの生活感が滲み出ています。

この「無能の人」の主人公は、河原に転がっている石を拾ってきて、河原で石屋をはじめます。石ころという無価値な商品を最も売れそうもない場所にならべて商売をしているこの主人公の行為は、人生のむなしさと不条理を象徴しています。主人公はこのむなしさと不条理の中にどっぷりと浸かって生きています。

「無能の人」を読んでそこに描かれている主人公の姿を悲惨だと思ってしまう人は、「そう思ってしまう心の貧しさのほうが実はもっと悲惨なのではないか?」という、この漫画の逆説的メッセージに気がつかなくてはいけません。

オセロゲームのように、最後の一手ですべての黒を白に転換してしまう・・・ここにつげ義春の怖さがあります。しかも、それは小賢しく計算されたものではありません。なんの気負いも衒いもなく無意識のうちに黒を白に転換してしまうのです。これはつげ義春の天性の資質によるものです(意味不明)。

うーむ、きょうは少してつがくてきになってしまった。

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