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2006年9月30日 (土)

「ありがとう」といわなかった丹波義隆

言わなくてもわかっていると軽く考えて、言い忘れるんですよね。で、言おうと思ったときはもう遅いんです。親子の人生ってそんなものですかね。

親がまだ生きている人は早めに「ありがとう」といっておくといいと思います。何がありがたいのかよくわかりませんが、そんなことはどうでもいいんです。とにかく、

    ありがとう」

といっておきましょう。

丹波哲郎、24日、肺炎のため死去。享年84歳。

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2006年9月29日 (金)

人名にどのような敬称をつけるか?

作文をしていて、いつも迷うのは人の名前についてです。敬称をどうすべきか迷うのです。全然面識のない人に○○さんというのも馴れ馴れしいし、かといって呼び捨てにするのも若干抵抗があったりします。○○氏というのもなんだか慇懃無礼な感じです。

そこで気がついたのは、芸能人やタレント、あるいは作家や政治家といった有名人は、名前そのものにすでに敬意が含まれているのではないかということです。ビッグネームになればなるほどそういう感じがします。

例えば、「吉田拓郎」のことを「吉田拓郎さん」といったり「吉田拓郎氏」といったりするとかえって変です。

 「わざわざ敬称をつけてもらうほど落ちぶれちゃいない」

といった感じでしょうか。そこで、

 「有名人の名前に敬称はいらない。むしろ敬称をつけないことがビッグネームに敬意を表することになるんだ」

という結論に達しました。典型的な例は歴史上の人物です。歴史に名を残すほどの「有名人」に、わざわざ織田信長さんとか徳川家康氏とか言いませんよね。

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2006年9月28日 (木)

ライブドア裁判・悪運の強い男

巷では、現在進行中のライブドア裁判について、もうすっかり過去の事件として関心が薄れてしまっているようです。ホリエモンの有罪は、判決を待つまでもなく当然のことと考ているのかもしれません。

でも、最近の裁判の流れは、ホリエモンが無罪になる可能性が大きくなっているような気がします。

検察側の証人として切り札だったはずの宮内被告は、弁護側の尋問に対して、

 「疲れた。思い出せない。でも、調書に書いてあることが正しい」

などと証言(?)しています。辣腕弁護士に尋問されると、心臓に毛が生えているような人でも混乱してしまうのでしょうかね。あるいは、こうした投げやりな証言によって、(検察側の証人でありながら)検察に対して無言の抗議をしているようにも受け取れます。

26日の公判について毎日新聞は、

弁護側の尋問で証言の矛盾を突かれ、何度も「疲れて混乱している」を繰り返した。15日に始まった宮内被告の証人尋問はこの日で4回目。前日の公判でも「疲れた」を連発し、裁判長が途中で尋問を打ち切っており、裁判迅速化のための集中審理における課題が浮かんだ。

としています。

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2006年9月27日 (水)

去り際の美学

26日の日経新聞夕刊のコラムで村上龍が、最後まで高支持率を維持した小泉内閣の人気の理由として、

 1.孤高を貫いたこと。
 2.強欲の匂いがなかったこと。

この2点を挙げています。

確かこうした姿勢が評価されたという面はあったと思います。でも、一番の理由はマスコミ対策が巧みだったことではないでしょうかね。それと、不思議なくらいの強運が味方していたと思います。

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2006年9月26日 (火)

考えすぎると表題が決まらない

「現代」が3時間でわかる情報誌「ダカーポ」に「短文上達法」という特集がありました。

作文にいつも四苦八苦しているわたしとしては見逃せません。早速キオスクで購入してどういうことが書いてあるか確かめてみることにしました。「短文上達法」はPart1とPart2にわかれていて、Part1は「短文で読ませる文章術」となっていています。最初のテーマは、

  「渾身の1行で読み手のハートを射抜く!」

です。企画書を例にとると、実現に結びつく企画書というのは共通点をもっていて、それは、

  「企画の意図が相手に1行もしくはひとつの言葉で伝わること」(「企画書は1行」野地秩嘉・光文社新書)

だそうです。また、

  「冒頭の1行は必ずしも内容の要約とは限らない」

とも指摘されています。この冒頭の1行というのは、ブログで考えると表題の1行がこれに当たるかと思います。なるほど平凡な表題よりもちょっとひねった意味ありげな表題にしたほうがアクセス数が増えるというのは日ごろの実感としてよくわかります。

また、ハリウッドのプロデューサー、リチャード・ザナックの持論に、

  「宣伝文句を一行で表現できない映画はヒットしない」

というのがあるそうです。

・・・なんだか「ダカーポ」の内容をそのまま写しているような感じになってきました。「短文上達法」の特集は延々と続いているので、興味のある人は直接「ダカーポ」をどうぞ。

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2006年9月25日 (月)

ぜひ聴きたい人気講師はだれか。

9月26日の株式新聞に、株式投資に関して「ぜひ聴きたい人気講師・ベスト30」というのが載っていました。株式新聞社主催の個人投資家向け会社説明会でのアンケートなので、株式新聞の関係者はそれなりに有利だと思いますが、ベスト10はこんな感じになっていました。

  1. 高野恭壽     株式新聞社大阪本社代表
  2. 澤上篤人     さわかみ投信
  3. 武者陵司     ドイツ証券
  4. 植木靖男     株式評論家
  5. 北浜流一郎    株式アドバイザー
  6. 山本伸             経済ジャーナリスト
  7. 木村佳子     株式評論家
  8. 櫻井英明     株式新聞Weekly編集長
  9. 佐々木英信  日興シティグループ証券
  10. 赤間憲明   株式新聞論説委員

うーむ、個人投資家の惨憺たるありさまが目に浮かぶようです。これをペテン師やインチキ占い師のリストだといったら怒られちゃうかな?

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2006年9月24日 (日)

ライブドア裁判

このところ絶妙のタイミングで某元教祖の死刑確定のニュースや自民党の総裁選のニュースがあって、ライブドア裁判のニュースが隅っこにおいやられてしまった観がありますが、あしたが最大のヤマ場になるのでしょうか。

「国策逮捕」(東京新聞特別取材班・光文社)は、強制捜査の翌日(1月17日)に中国から帰国した宮内亮治のインタビュー(共同通信配信)を紹介して、

 「堀江をかばおうとする宮内の決意が伝わってくる」

と論評しています。でも、インタビューの一問一答をじっくり読んでもそういう不自然さは感じられません。インタビュアーが何度も同じことを尋ねるのでより具体的に同主旨の回答をしているといった感じです。

宮内被告は、前日の強制捜査に立ち会った訳でもなく急遽帰国したこの時点では、かりに違法行為があったとしても、自分が責任を取って有価証券報告書を訂正すれば済む程度のことと軽く考えていたのではないでしょうか。まさか逮捕されたりライブドアが上場廃止になるなど想定外だったと思います。だからこのインタビューでは案外率直に事実を話している部分が多いかもしれません。

インタビューの一問一答は次の通りです。

――家宅捜査を受けたが・・・。
「私の落ち度でこうなっていると思っているので、謝りたい」
――違法性は認識しているか。
「今現在も当時も違法性はないと思っている」
――バリュークリックジャパンによる出版社買収の取引はあなたが主導したのか。
「もちろんその通り」
――2004年10月に出版社の完全子会社化を発表する4ヶ月前に、出版社の株式を取得していたのではないか。
「当社の方で大部分を出資させている投資ファンド(投資事業組合)で購入した」
――事実と異なる発表ではないか。
「投資ファンドの話だから、うちで買収したということとはちょっと違う。ファンドの最終決定はうちはできない。ライブドアとしてやっているという認識はない」
――発表前にマネーライフを買収したのは株価をつり上げるためか。
「マネーライフで株価は上がらない。そういうつもりはない。一連の取引として見られてしまっているのは、私の不手際というか落ち度」
――決算報告も粉飾したのか。
「多く見せているということはない」
――堀江貴文社長の関与は。
「ありません」
――買収に関して何も知らないということはありえないのではないか。
「あくまでも投資ファンドとしての事業。私の方で責任を持ってやっている。だからそもそもの入り口が違う。(堀江社長に)一言二言は言ったかもしれないが、最終決裁を仰いでいるということではない」
――捜査後、堀江社長と話したか。
「本人も言っている通り、寝耳に水で『大変だよ』と言われたので『大変だね。ごめんね』ということを言った」
――堀江社長の認識はどうか。
「堀江に関しては先ほど申した通り。小さな話なので、堀江から指示が出てということはない」
――出版社買収に伴う関連会社株の売却益はどれくらいか。
「2億円弱くらいか。本件は私の方で責任持ってやっている。堀江はほとんど分かっていないと思う。違法性はなく、必要があればいくらでも説明する」
――2億円弱はライブドア本体に入ったのか。
「違う。ライブドアファイナンスに入った。私が出した利益。連結すれば一緒だが、わが社はポータルの方は堀江が、ファイナンスは私が管轄しているので、2人は競争している面もある」

これまでのライブドア裁判の経過を見ていると堀江被告も宮内被告も(証券取引法違反の認識があったということを前提として)、首謀者は誰かという見苦しい罪のなすりつけ合いをしているような印象を受けます。

しかし、堀江被告のもともとの主張は「違法行為を指示した覚えはないし、結果的にも違法行為ではない」というものだったはずです。これは言い換えれば(自分のみならず)全員が無罪だという主張です。

ホリエモンの弁護人は、法廷で醜悪な泥仕合を繰り返す前に、(結果的に違法行為であったことを認めたとしても)当初から違法行為という明確な認識があったのかどうか、それをまず(現在の)宮内被告に確認すべきではないでしょうかね。

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2006年9月23日 (土)

「それはビートルズからはじまった」

60年代のヒット曲とアメリカの社会現象を映像で綴ったドキュメンタリー番組がBIGLOBEで無料配信されています。

ゲリー&ペースメーカーズ、サーチャーズ、アニマルズ、ディブ・クラーク・ファイブなど、リアルタイムでヒットチャートを聴いていた人か、よほどマニアックな人でないと知らない60年代のマージービートの名曲が聴けます。BIGLOBE会員以外でも無料です。
                  ↓
 http://broadband.biglobe.ne.jp/index_documentary_p.html?ch=documentary_p

なお、BIGLOBEの動画ポータルサイトにはリンゴ・スターの2003年ライブツアー映像もあります。この映像ではビートルズ時代のリンゴ・スターのリードボーカル曲がたっぷり楽しめます。

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2006年9月22日 (金)

日の丸・君が代問題

わたしは天皇制は廃止したほうがいいと考えていますが、明仁天皇の人間性は深く敬愛しております。

以前、東京都教育委員会委員だった将棋の米長邦雄が園遊会に招待されたことがありました。将棋の功績が認められて招待されたんだから将棋の話をすればいいのに、何を勘違いしたのか「日本の学校において国旗を揚げ、国歌を斉唱させることが私の仕事でございます」と、天皇におべんちゃらをいっていました。このとき天皇は「強制にならないように・・・」と、やんわりと釘を刺していました。

小泉首相は「法律以前の問題じゃないでしょうかね。人間として、国旗や国歌に敬意を表すというのは」と述べていますが、一般論としてはその通りだと思います。でも、日本には国歌・国旗に対して素直に敬意を表することができないという国民感情がいまだに存在するのも事実です。これは歴史的な特殊性で、強制してどうなるというものでもないと思います。この「歴史的特殊性」ということを天皇が一番深く理解しているのではないでしょうかね。

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2006年9月21日 (木)

「NANA」は「源氏物語」を超えたか?

水曜日の深夜に日本テレビで「NANA」というアニメ番組をやっていますが、面白いですね。マンガの心理描写もここまできたかと唸ってしまいます。

登場人物が多くて人間関係が複雑なため、まだ物語の全貌が把握できていませんが、このマンガはマンガ史に残る傑作だと思います。少なくともこのマンガには、

   「時代の空気」ともいうべき「ナニカ」(しりあがり寿)

が確実に凝縮されています。何年か前、日曜日の午前中にテレビのチャンネルをいじくっていてたまたま見たアニメで同じような印象受けた作品がありました。面白かったので最後まで見てしまいましたが、タイトルが「ご近所物語」となっていました。

きのう、この「ご近所物語」と「NANA」が同じ作者の作品であることを知って深く納得しました。そして少しホッとしました。いくら日本のマンガのレベルが上がったからといって、こういう面白いマンガがあっちでもこっちでもバカスカつくられていたのではたまりません。

「NANA」というマンガは軽薄な若者の生態を描いているようでいて、根底に人間の孤独感のようなものが流れています。こういう行間からにじみでてくるような微妙なニュアンスというのは、そうそう真似して真似のできるものではありません。それから、どんなにシリアスな物語でも随所にギャグが出てこないと気がすまないというのもマンガらしくていいです。

セリフが硬いのとセリフに頼りすぎるストーリー展開が気になりますが、作品の面白さをぶち壊すほどではありません。登場する女性がみんな痩せぎすで劣情を刺激するような色気がないのもかえってピュアな感じがしてよかったりします。

こういう傑作アニメが何で11時過ぎの遅い時間帯にやっているのか不思議です。ゴールデンタイムにやっているわざとらしいドラマよりよほど面白いと思いますけどね。

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2006年9月20日 (水)

タイピングの練習

最近イータイピングでタイピングの練習をしています。

現在のランキング(登録名・むぎ)は次のようになっています。

かな入力 221位 189pt

テンキー 887位 230pt

練習だけなら無料でできます。みなさんもいかがですか。
       ↓
 http://www.e-typing.ne.jp/

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2006年9月19日 (火)

同級生交歓・補遺

8月9日の続きです。「トリックスター」(「週刊東洋経済」村上ファンド特別取材班)によれば、インサイダー取引容疑で逮捕された村上世彰と痴漢容疑で逮捕された植草一秀は大学時代の同級生だそうです。仲が良かったかどうかはわかりません。

植草一秀については、

  ネット上では「ミラーマン」の愛称で親しまれている

と紹介されています。「人間下半身には人格がない」とはよくいわれることですが、なさ過ぎるのも困ったものです。

植草一秀は、90年代、景気対策と称して年中行事のように財政出動が実施されていたころは人気ナンバーワンのエコノミストだったと思います。しかし、財政出動は景気対策には効果がないということになて、構造改革路線の小泉内閣が誕生してからは、日本の財政を悪化させた「A級戦犯」のように見られていたと思います。逆風の中でストレスがたまっていたのでしょうかね。

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2006年9月18日 (月)

大物タレントが国会議員になりたがらないのはなぜか?

来年の参院選に日本ハムの新庄剛志を擁立しようという動きがあります。自民党も民主党も新庄擁立を考えているようです。そこで、わたしは決めました。

   新庄を公認候補にした政党には投票しない

これです。自民党も民主党も擁立を考えているのだから、同じ穴のムジナではないかとおっしゃるかもしれませんが、そうではありません。擁立までこぎつけたということは、こういうバカげた候補者選びにそれだけ熱心な政党であると見なせるのです。主観的自己満足として、有権者をナメていると大変なことになるということを警告するような投票行動をしたいです。

もっとも、プロ野球を辞めてもタレントとしていくらでも稼げそうな新庄にとっては、国会議員になるなんてほとんどボランティアのようなものです。もう少し落ちぶれないとその気にはならないだろうと思います。大橋巨泉がさっさと参議院議員を辞めてしまったのも、大義名分はともかくとして、議員報酬の少なさにバカらしくなったというのが本音ではないでしょうか(あくまでも個人的な推測です)。

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2006年9月17日 (日)

データにみる日本の凋落

2004年のОECD加盟30ヵ国の1人あたりGDP(国内総生産)は以下の通りです(11位まで)。

  国内総生産  1人あたり
    (億ドル)     (ドル)

 1.   319  70499 ルクセンブルグ
 2.  2537  55269 ノルウェー
 3.  3586  47923 スイス
 4.  1845  45442 アイルランド
 5.  2438  45118 デンマーク
 6.   126  43093 アイスランド
 7.116792  39732 アメリカ合衆国
 8.  3501  38931 スウェーデン
 9.  6067  37285 オランダ
10.  2943  36004 オーストリア
11. 45882  35922 日本 

かつての日本は1人あたりGDPがダントツの1位でした。2000年でも2位だったのですが、わずか4年でここまで下がってしまいました。もちろん円安の影響もあります。でも、自国通貨が安くなるということは、それだけその国の将来に期待が持てないと思われている証拠でもあります。この表をジッとみつめて、沈みゆく経済大国の現実を直視しましょう。

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2006年9月16日 (土)

確定申告の威力

かつては、選挙があってもほとんど投票に行きませんでした。そのくせ選挙結果には関心があって、開票速報などのニュースは好きでした。「選挙で棄権する奴に政治を批判する資格はない」と言われても、「余計なお世話だ」と思っていました。

ところが数年前に確定申告をするようになって、自分で申告して所得税を納めるようになってからというもの、納税者意識がむらむらと芽生えてきました。納税者意識に目覚めると、どういうわけか選挙に行こうという気になってきます。実質的影響力はともかくとして、一般の国民にとって政治に対する意思表示をするのは選挙のときの「清き一票」しかありません。たとえ自己満足に過ぎないとしても投票に行こう(=権利を行使しよう)という気になります。

以来、国政選挙であろうと地方選挙であろうと、とにかく選挙があれば必ず投票に行くようになりました。特に支持政党があるわけでもなく、最初はよく知らない候補者に投票するのに抵抗がありました。それでも、間違えたら次に投票するときに改めればいいと割り切って、深く考えるよりもまず投票するということに決めています。

選挙に対する参政権意識というのは、納税方法によって大きく影響されるというのが体験的実感です。確定申告で納税している自営業者と源泉徴収のサラリーマンとでは、自営業者のほうがはるかに投票率が高いのではないでしょうか。政治的無関心を生む諸悪の根源は納税意識を希薄にする源泉徴収制度です。この制度は、

 サラリーマンをバカにした愚民政策である

と断言できます。

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2006年9月15日 (金)

江戸時代と現在の比較

江戸時代、日本の人口の約7割は農民でした。農民は主に米作りにいそしんでいました。それでもお米が食べられるのは主に都市住民だけで、お米が農民の口に入ることはめったになかったといわれています。明治以降、農業技術(品種改良、農業機械、農薬など)が進歩して農業の生産性が飛躍的に向上しました。

現在はどういうことになっているかというと、農家の総世帯数は、2000年2月時点で312万世帯であり、2000年の国内総生産に占める農業生産はわずか1.3%です。それでも国民全体が食べても余ってしまうほどのお米が生産されています。

もし、現在の日本人が生活水準を江戸時代並みで我慢するとすれば、国民全体が月に1日だけ働いても働き過ぎになってしまうのではないでしょうか。

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2006年9月14日 (木)

生産型の仕事と分配型の仕事

世の中には生産型の仕事と分配型の仕事があります。生産型の仕事というのはその仕事を1すれば社会全体の富が1増えるような仕事です。一般的な財・サービスを生産している仕事がこれにあたります。いっぽう分配型の仕事というのは社会の富を増やす仕事ではなくて、すでにある富をいかに配分するかにかかわる仕事です。俗に虚業といわれているような仕事がこれにあたります。その人が額に汗して働いていくら儲けようとも社会全体の富が増えるわけではなく、富の所属する場所が変わるだけです。

現代社会というのは、単純化して考えると、5割の人が生産型の仕事で生産した財・サービスを景品として、残りの5割の人がマージャン大会(分配型の仕事)をやっている社会であるとみなせます。このマージャン大会に参加する人の割合が高ければ高いほどその社会は豊かな社会であるといえるかもしれません。

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2006年9月13日 (水)

ライブドア裁判のゆくえ

「偽計」と「風説の流布」による証券取引法違反ということですが、共謀の有無、違法性の認識については、

1 堀江被告は「違法行為を指示した覚えはない」と否認している。
2 宮内被告は「違法行為という認識はなかった」と否認している。
3 堀江被告は「結果的にも違法行為ではない」と否認している。
4 宮内被告は「結果的には違法行為だった」と認めている。

今のところ被告側が認めているのは4だけです。法廷で対決するはずの両被告が、検察の強引なシナリオはひど過ぎるということで法廷で意気投合してしまったらどうなるんですかね。

限りなく黒に近くても、自供しない限り、共同謀議や違法性の認識を証明する決定的な証拠というのがないような気がします。指示するほうも指示されるほうも違法性の認識がなかったとすると、共同謀議は論外で「結果的な違法行為」しか罪に問えなくなります。そうなるとホリエモンは無罪という可能性もありえなくはないですね。もし、「結果的な違法行為」だけで終わってしまったとしたら、あの仰々しい強制捜査はなんだったんでしょうか。

だいたい偽計による粉飾といっても、キャッシュそのものが存在しなかったわけではなくて、何らかの会計処理は必要だったのだと思います。投資事業組合の収益を資本に組み入れないで売上に計上した会計処理が粉飾の違法行為だったということですが、もし投資事業組合がライブドアと一体でなかったとしたら、逆に収益を売上に計上しないで資本に組み入れる会計処理のほうが違法行為になってしまいます。今度は利益を圧縮した脱税行為だといわれかねません。

ライブドア側にどういう意図があったにせよ、検察は会計処理上の微妙な処理を悪意に満ちた色眼鏡でみて、ことさらに大事件のようにでっち上げようとしているのではないかという印象を受けます。

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2006年9月12日 (火)

逆・贈る言葉

真面目であったり忍耐強かつたりすると、その真面目さや忍耐強さがそうとは気がつかないまま誤った方向に向かってしまう危険があります。人間はある程度チャランポランなほうがいいのではないでしょうか。チャランポランで付和雷同型の人間は、大勢に流されることはあっても、心まで根扱ぎにされることはありません。何をやるにしてもどちらの方向に向かうにしても基本的にいい加減だからです。

人を信じて傷つくよりも信じられぬと嘆く方がいい場合も、ときとして人生にはあると思います。

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2006年9月11日 (月)

塵も積もれば山となるわけないぞ

このブログもなんだかんだでスタートしてから2ヶ月半が経過しました。1日のアクセス数は、さすがに一桁という日はなくなりつつありますが、30でも多いほうで、確か50ぐらいが最高だったと思います。そんななかで、きのう突然アクセス数が117に達しました。これにはちょっとびっくりです。どこか有力なサイトがリンクを貼ってくれたんだと思います。ありがとうございました。

せっかく来てくれたのに更新してなかったら申し訳ないと思って、たとえ一行でもとにかく毎日更新しようと考えています。時間も事情が許す限り毎日午前9時台の更新を目標にしています。でも、これはあまり守られていません。

ブログの賞味期限は3日だとだれかがいっていましたが、このブログは最初のころに練習のつもりで無断でトラックバックを貼らせてもらったyesさんの「漫画家アシスタント物語」からのアクセスが多いです(感謝)。yesさんの「漫画家アシスタント物語」は依然としてまだ続いていて、今は可憐な美少女の純愛物語で盛り上がっています。
              ↓ 
 http://blog.goo.ne.jp/yes-de/m/200609

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2006年9月10日 (日)

「オウム事件はなぜ起きたのか 魂の虜囚 上・下」(江川紹子・新風舎文庫)

裁判の傍聴を通してオウム事件の全貌を明らかにしよとした労作です。重いテーマがぎっしりと詰まっていて読み応えがあります。教祖の呪縛というか、いわゆる「マインド・コントロール」がいかに深くオウム信者の心を支配していたかが裁判の過程で明らかになっていきます。わたしなんぞは「マインド・コントロール」という言葉に漠然としたイメージしかありませんでしたが、思考も感性も麻痺してしまって、人間がロボットのようになってしまうということが現実に起きうるということを知って今さらながら愕然としています。

オウム事件を、自分とは関係のない特異な人間が引き起こした過去の凶悪事件と考えて忘却しつつある人に、是非一読をおすすめしたいです。

著者はあとがきのなかでこう述べています。

確かにオウムは特異な集団だった。けれど、いくつかの条件が重なれば、この社会がオウム化し、私たち自身もオウム的な発想に囚われてしまうかもしれない。そういう意識を、心のどこかに持っていたい。

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2006年9月 9日 (土)

天皇とホームレス

もし、なるとしたら天皇とホームレスのどちらを選びますか?わたしは迷わずホームレスを選びます。ホームレスなら、努力次第でアパートぐらいは借りられるようになるかもしれません。しかし、天皇になってしまうと任期もなければ定年もありません。一生死ぬまで天皇をやることになります。人間的な生活を奪われたいわば終身刑のようなものです。

文化だの伝統だのといって天皇制を存続させようとしている人は、天皇をやる人の身になってこの制度を考えたことがあるのでしょうかね。わたしには人権を無視した人身御供の野蛮な制度に思えるのですが・・・。

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2006年9月 8日 (金)

ボケ防止にはタイピングが一番

毎日10本の指を動かしてタイピングをしていれば、ボケ防止に役立つのではないかと考えています。タイピングをしている人にボケる人はいないということが実証されれば、高齢者の間でタイピングが大流行すると思います。でも、タイピングをしててもボケるときはやっぱりボケるのでしょうかね・・・やな感じ。

さて、本日、タイピングの記録を更新しました!連日腱鞘炎になりそうなほどチャレンジしてやっと160が出ました。今年はこの160が限界かもしれません。

 「伝説のガンマン」レベル

1 わいあっと・そーす 500
2 とくうち・ざ・ぷろ    400
3 じゃんご・ねくすと  300
4 ベリー・ざ・きっど   200
5 むぎ        160

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2006年9月 7日 (木)

こんなこといってもいいのだろうか?

子供のころ「相手の身になって考えなさい」と、よく「思いやり」の大切さを教えられたものです。また、日本は基本的人権を尊重する民主主義の国であるとも教えられました。

そこで、相手の身になって考えてみることにします。そうすると、言いたいことも言えなければ選挙権もなく、皇居という監獄の中で常に監視されたまま人生を送らなければならない天皇がとてもかわいそうに思えてきます。天皇というのは国民統合の象徴というより国民統合の生贄ではないでしょうか。

民主主義と非民主的な天皇制がなぜ並存しているのか、ここのところがどうもよくわかりません。

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2006年9月 6日 (水)

「子猫殺し」のエッセーについて

9月5日の日経新聞の夕刊に坂東眞砂子の「子猫殺し」のエッセーについて3人の識者(今泉忠明・津島祐子・長谷川眞理子)の見解が掲載されていました。

今泉忠明の見解は気の毒なくらいピントがずれています。津島祐子の見解は褒めているんだか貶しているんだかよくわかりません。長谷川眞理子の見解は非常に冷静で的確です。わたしとしては、津島祐子の見解に一番共感できます。

このエッセーは「文明社会の偽善性」(津島祐子)を指摘したかったのだと思います。しかし、「文明社会の偽善性」をすでに自覚している人にとっては釈迦に説法です。そうでない人を覚醒させたいという意図があったのなら、メッセージが読者に届くような表現がもっと別にあったのではないかと思います。少なくとも読者に不快感を与えるような表現はよくなかったと思います。たとえば、こんな主張はいかがでしょうか。

家畜を食糧にするのは人間が生きていくために仕方のないことだというのは欺瞞です。人間は家畜を食糧としなくても生きてはいけます。人間が牛や豚を殺して食べているのは、生きるためではなく美食をむさぼるためです。美食をむさぼることがすなわち生きることであるというなら、人間て、実に勝手な生き物ですね。

もし、「子猫殺し」のエッセーに最初から読者に不快感を与えてやろうという意図があったのだとすれば、その目論見は見事に成功しているといえます。エキサイトして批判がエスカレートすればするほど、批判派の読者は坂東眞砂子の術中にハマっているといえます。なんとも悪趣味な変な人ですね。

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2006年9月 5日 (火)

着物の効用

女性が着物を着ると、30代でも40代にみえるし、40代は40代にみえるし、50代でも40代にみえます。つまり、着物を着ていれば、30代から50代までの30年の間、(見かけの上で)ズーッと歳をとらないでいられます。

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2006年9月 4日 (月)

ホリエモンの逆襲

今日は堀江被告の初公判ですが、どうなるんでしょうかね。

ホリエモンというのは、ワルだとわかっていてもどうも憎みきれないころがあります。キャラクターがとにかくユニークで、図太さもあそこまでいけばたいしたものだと思ってしまいます。その発言についてもつい好意的に解釈してしまいます。たとえば、

  お金があれば何でも買える」

という物議をかもした発言にしても、これを文字通りに解釈して大の大人が目くじら立てて非難しているのをみると首をかしげたくなってきます。だいたいこの世にお金で買えないものがあることぐらい小学生だって知っています。わたしとしては、「お金があれば何でも買える」といってもいいくらいお金は大事だという意味だと思って深く納得しています。お金が大事だからこそ、ときとして金銭的な損得勘定を抜きにした行為に人は感動したりするのではないでしょうかね。

なにはともあれ、裁判がどういう展開になるのか注目したいと思います。

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2006年9月 3日 (日)

パックマン・ディフェンス

王子製紙の敵対的TOBは期日前に事実上の失敗が確定してしまいましたが、王子製紙の強行策に対して、北越製紙は海外ファンドを味方につけて王子製紙に逆買収を仕掛けるという防衛策も一時は真剣に検討していたようです。これが実現していれば、双方によるTOB合戦ということで(野次馬的立場としては)かなり面白い展開になったのではないかと思います。

TOBの失敗によって、王子製紙は自前で最新設備(年産30~35万トン)を新設する意向を表明しました。

会社四季報速報によれば、

国内の塗工紙市場の規模 約700万トン
年間成長率       約3%(20万トン)

これに対して各社の設備投資を生産能力でみると、

日本製紙 年産35万トン(07年7月稼動)
大王製紙 年産29万トン(07年8月稼動)
北越製紙 年産35万トン(08年末稼動)

合計で約100万トンの生産能力増です。これにTOBに失敗した王子製紙の30~35万トンがさらに追加されます。老朽化した設備が破棄されるとしても、

 供給過剰 → 値崩れ → 消耗戦

という流れは避けられそうもありません。体力勝負ということになれば、他に高収益部門を持つ王子製紙は、洋紙部門は赤字覚悟で他社に徹底的な消耗戦を強要することもできるそうです。

結局ババを引いてしまったのは北越製紙株を大量に抱え込んでしまった三菱商事と日本製紙ではないでしょうかね。TOBを仕掛けた王子製紙だけが無駄金を使わずに済んでしまったというのが何とも皮肉です。

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2006年9月 2日 (土)

ドトールコーヒーの新製品

ドトールコーヒーが「照り焼きチキンベーグル」という新製品を出しました。新製品が出たときは一応試食することにしています。「照り焼きチキンベーグル」ははっきりいって食べにくいです。スモークチキンベーグルのほうがよかったなあ・・・。スパイシーミラノサンドもその前のBサンドのほうがよかったし、ドトールコーヒーの食事メニューは新製品が出るたびにどうもピントがずれていってるような気がします。

しかし、なんといっても安くてうまいのはジャーマンドックです。コーヒーならホットでもアイスでもよく合います。片手で食べられるというのも便利です。

最近、最寄のドトールコーヒーショップが閉店になってしまいました。けっこう繁盛しているお店でしたが入居しているビル全体が閉鎖になってしまったのです。新装開店の気配はないし・・・大変困っています。

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2006年9月 1日 (金)

なぜ人を殺してはいけないか

「明日があるさ」(重松清・朝日文庫)を読んでいたら、「なぜ人を殺してはいけないか」というタイトルのエッセイが出て来ました。テレビの討論番組で突然「なぜ人を殺してはいけないか」という質問を発した高校生がいて、いろいろ話題になっていたころのエッセイです。この問いに対する重松清の回答という感じになっていますが、この問いは、あまり難しく考える必要はないと思います。質問した高校生もタダ何となく聞いてみただけで、特に深い意味はなかっただろうと思います。

なぜ人を殺してはいけないか、これは逆を考えてみればすぐわかることです。つまり、殺人か日常的に横行していて罪に問われることのない社会を想像してみればいいのです。

気に入らない奴はすぐ殺してしまう、むかついたからといって殺す、いくら殺しても罪に問われることはなく、大切な人を殺されて嘆き悲しむ人々が氾濫している社会、しかも自分がいつ殺されるかわからない社会、そんな社会が人間にとって幸せな社会であるわけがありません。

殺人が法律で厳しく禁止されている現在の社会と殺人が罪に問われることなく日常的に横行している社会のどちらがいいか・・・考えるまでもないことです。

普通の高校生が(テレビという)公の場でこういう問いを発するということは、社会の最低限のルールさえきちんと教えていない教育のあり方のほうに何か問題があるのではないでしょうかね。

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