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2007年2月 6日 (火)

手乗り金魚

いろいろ調べたところ、金魚というのは調教(?)すれば、エサがなくても怖がらずにご主人様の掌に乗っかってくるようになるそうです。ほんとかな?

でも、水槽に手を入れたとき掌にエサがくっついていれば、金魚は必ず掌に乗っかってきてエサを食べるようになると思います。問題は掌を水の中に入れても掌にエサがくっついているようにするにはどうすればいいかです。この難問(?)が解決できれば、「手乗り金魚」ということで、金魚もメジャーなペットになるのではないでしょうか。

それはともかくとして、ペットとしての金魚のよいところは、

1.世話が簡単
2.長生きする(20年以上生きている例がけっこう報告されているようです)
3.場所をとらない
4.飼育費用がほとんどかからない
5.ぼけーっと眺めているだけでけっこう癒される

バーチャル水槽のバーチャル金魚は卒業して生身の金魚を飼ってみるのもいいもんですよ。ものぐさで熱帯魚は世話が大変という人も金魚なら大丈夫です。特に季節はずれの今はお買い得です。冬場に生きている金魚というのは生存競争に生き残った健康優良金魚の可能性が高いです。値段は旬のときよりも高いですが、せいぜい一匹数百円です。

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コメント

こんにちは^^
むぎさんの人間らしさ(客観的なコメントにも人間らしい感情を感じ)に安心しました。

金魚で思い出したのが、今それこそ読んでいる旬?な作家、今回の直木賞受賞の木内昇の「漂砂のうたう」に金魚が話しに出てきて、金魚は水槽の中だから優雅であり、鳥瞰目線の人間からみたら・・・もし自由の大義名分で川に金魚が自由を求めたら・・・どうなるのか?

自由とはむぎさんなんですか?

風と共に去りぬでも・・・そんなテーマがあったと思いますが・・・

江戸時代崩壊からも、今までの依存が・・・崩壊し・・・

今のネット等からいろいろ崩壊し・・・

投稿: | 2011年2月19日 (土) 10時59分

>自由とはむぎさんなんですか?

あまり深く考えたことはなかったので辞書を引いてみました。
 

大辞泉によれば、

1 自分の意のままに振る舞うことができること。また、そのさま。「―な時間をもつ」「車を―にあやつる」「―の身」

2 勝手気ままなこと。わがまま。

3 《 freedom 》哲学で、消極的には他から強制・拘束・妨害などを受けないことをいい、積極的には自主的、主体的に自己自身の本性に従うことをいう。つまり、「…からの自由」と「…への自由」をさす。

4 法律の範囲内で許容される随意の行為。
 

だそうです。要するに不自由ではないことですね(なんのこっちゃ?)。

投稿: むぎ | 2011年2月19日 (土) 13時07分

そうなのですね~
ありがとうございます。
法治国家故、あくまで人間の作った法律等ありますが、私の思う疑問の自由は、その自由=責任がつく、誤解を恐れずになら怖さです。風と共に去りぬで私が言いたかったのは、南北戦争でヤンキー(北)が黒人奴隷を解放するスローガンに動きました。結果、解放されました。私が論ずるのは、今まで奴隷だった黒人。どの家庭かにも左右されたでしょうが、あくまで仕事の保証、健康の飼い主達の責任、奴隷にもちゃんとした家の保証がありました。しかし、解放、自由をヤンキーがうたい、黒人が手にした、選挙権や自由。対等になった白人との対人。しかし、自由を手にした黒人達は極端を言えば、風邪を引いても白人は知らん顔。なぜなら個々の責任だから。これらは風と共に去りぬの世界をベースに語っていますが、あくまで歴史小説の認識の基、作者マーガレット・ミッチェルの叔父等の当事者から聴いている訳であくまでリアリズムな作家さんであると思います。最近は自立する方が多いようです。人に使われるより自分で自由にすきにやれる経営者。もちろん上からがみがみ言われないがすべて自分でやらないといけない責任。そういう意味での自由とは?等。むぎさんにうまく自由の質問のしかたが出来なかった私が悪いですが、むぎさんももう少し情緒的、垂直思考があまりに単純で・・・私の聞きたい自由の意味は・・・

だから自分もそうですが、自由は発言の自由など、それだけ言うだけの責任を背負わないといけないプレッシャーが私は生きていてありそれを思っているからこそ、自分にいい意味でのブレーキがかけれるのかなーって^^

広辞苑等に書かれていないある意味曖昧な抽象的部分でむぎさんから意見を聞きたかっただけに・・・残念です。

投稿: | 2011年2月19日 (土) 13時34分

「誤解を恐れず」とおっしゃっているので、こんなことは言うまでもないかもしれませんが、ちょっと意見のようなものです。


>今まで奴隷だった黒人。どの家庭かにも左右されたでしょうが、あくまで仕事の保証、健康の飼い主達の責任、奴隷にもちゃんとした家の保証がありました。しかし、解放、自由をヤンキーがうたい、黒人が手にした、選挙権や自由。対等になった白人との対人。しかし、自由を手にした黒人達は極端を言えば、風邪を引いても白人は知らん顔。なぜなら個々の責任だから。
 

こういう矛盾は過渡期には必ず起きます。だからといって、奴隷解放は誤りで黒人は奴隷のままのほうがよかったという結論にはなりません。論より証拠です。どんなに浮世の暮らしが辛くても、奴隷のほうがいいからもう一度奴隷に戻してくれという運動を黒人がしたでしょうか?いや、一部にはそういう動きがあったかもしれません。でも、年月の経過とともにやっぱり奴隷じゃないほうがいい(=自由のほうがいい)という意見が大勢なっていったはずです。で、現在もし、奴隷のほうがいいから奴隷にしてくれと希望する黒人がいたとしたら、その正気が疑われます。
 

まるで奴隷解放が誤りであったかのような議論というのは、奴隷を使役する既得権を失った南部の白人のお為ごかし(=表面は人のためにするように見せかけて、実は自分の利益を図ること)の主張だと思います。言語道断で論外です。
 

それから金魚を川に放流することが自由でないのは、宇宙飛行士を宇宙船から漆黒の宇宙空間に放り出すことが自由でないのと同じです。自由についての議論とはかみ合いません。

もし人生における「自由の怖さ」ということについてなら、その事例として思い浮かぶのは有島武郎の「或る女」です。自由を求めて、何が自由なのかわからなくなって、肉欲に溺れて滅びていった女の物語です。まあ、世間ではよくある話かもしれません。

投稿: むぎ | 2011年2月19日 (土) 21時41分

>それから金魚を川に放流することが自由でないのは、宇宙飛行士を宇宙船から漆黒の宇宙空間に放り出すことが自由でないのと同じです。自由についての議論とはかみ合いません。


それは違いますね。自由についての議論としてかみ合いますね。これは一つの比喩的表現でもあり、読み手はもっと想像して考えてほしいですね。宇宙飛行が自由で無いとの方が正に自由の議論とはかけ離れた低思考な感がしました。コメントから察する情緒性の限界と見ましたね。自由の質問を辞書を引用するあたりなどあくまで一般大衆的意見であり、個人の考えは皆無でしたね。おそらくこれら全体の議論のある種の否定を美徳と動くコメントとみれますね。少し前にも書いた鳥瞰図をと思います。

投稿: | 2011年2月20日 (日) 08時49分

追伸:桐野夏生の「東京島」を読まれてみては?自由を幅広く感じられるかな~??!!

より読解力があるなら、「OUT」からも自由について考える事も出来ますよ。もちろん、サドの作品等からもね。

あまり辞書の0か1で判断も退屈ですよ。

自分でその作品のテーマを考え、自問自答的議論を展開して欲しいですね。もちろんただの屁理屈も寂しいですがね。全体的に極端的ですが、ある種比喩的に弁護士的思考を感じるから・・・

もっと脳を柔らかく感じて欲しいですね。

投稿: | 2011年2月20日 (日) 09時14分

>もっと脳を柔らかく感じて欲しいですね。

すみません。私には難しい文学は苦手だということがわかりました。今後難しいことを訊かれたら(たとえば自由とは何かとか)、素直に「わかりません」と言うことにします。

投稿: むぎ | 2011年2月20日 (日) 11時26分

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