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2007年4月 4日 (水)

吉川英治の小説の世界・人間賛歌

裏切りと寝返りと権謀術数が渦巻くドロドロした世界を描いても、なぜか吉川英治の小説には悪人が出てきません。

人間にはだれにでも長所と短所がありますが、吉川英治は人間の短所には目を瞑って、常に長所に着目して人物を描こうとするところにその特徴があると思います。

悪役の平清盛でも、煮ても焼いても食えないような後白河法皇でも、はたまた時代に逆行して天皇親政を夢見た後醍醐天皇でも、吉川英治が描く人物像はすべてどこか風格があります。暗愚の執権といわれた北条高時でさえ、蔑んだり卑しんだりすべき人物としては決して描かれていません。

それから吉川英治の小説には子供がよく出てきます。最初、頼朝の無邪気だった少年時代の描写を読んで、吉川英治という人は頼朝が好きだったのだろうと考えていました。しかし、どうやらそういうわけでもないらしく、その後になってわかったことは、有名だろうと無名だろうと子供という子供はすべて大人がイメージする理想の子供として描かれているのです。つまり無邪気で天真爛漫で屈託のない童話の世界に出てくるような子供です。子供なんてそれほど無邪気ではないし、時には無知ゆえの残酷さも併せ持っています。しかし、吉川英治は子供を否定的なイメージでは決して描こうとしません。子供というのはあくまでも天使のような存在でなければならないという固い信念のようなものがあるようです。それは高校野球のファンが高校球児を決して裏から見ようとはしないのとどこか似ています。高校球児は常にひたむきで爽やかでなくてはいけません(んなわけねーだろ)。

忌野清志郎が歌っています。

   ♪ 子供でなけりゃ誰でも 二つ以上の顔を持ってる ♪

甘いですね。子供だって二つ以上の顔を持っています。

どんな人間にも裏と表があるように、人間・吉川英治にも裏と表があったはずです。しかし、小説の世界には決して裏の顔を持ち込まなかったのが吉川英治の流儀だったのかもしれません。

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