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2007年6月 1日 (金)

文化勲章を受章した相場師

株式新聞紙上で、鍋島高明氏の「アマチュア相場師列伝」というシリーズがスタートしました。第一回は預金をはたいて株投資をしたという文豪の話です。その文豪というのがなんと永井荷風でした。永井荷風が株式投資を始めたのは大正バブルのころだそうで、家を売った金の大半を株式投資につぎ込んだといいますからかなり本格的です。

日和下駄にステッキ姿の相場師・永井荷風が浅草ならぬ兜町にも姿を現していたというのが興味深いです。あるときはストリップ劇場のスケベおやじ、あるときは兜町を徘徊する相場師、そしてまたあるときは文化勲章受賞の大文学者・・・。

永井荷風が最も頻繁に株の売買をしていたのは昭和9年ごろだそうですが、戦後になっても昭和26年の持株覚帳には王子製紙、三菱重工、大阪日紡、帝国人絹、日本麦酒などが記されていたとか。ただ昭和34年に他界したときは株券は1枚もなかったそうです。すべて売却してしまったのでしょうかね?

永井荷風は全財産(現金ではなく預金通帳)をボストン・バックに入れて持ち歩く奇癖(?)がありました。死後に判明したこととして、ボストン・バックに入っていた預金通帳の残高は総額2334万4974円だったと伝えられています。これは今の貨幣価値にすると数億円に相当するそうです(約15倍)。株で損してもこれだけの金融資産があったのか、それとも株で儲けてこれだれの金融資産を遺したのか、くわしいことはよくわかりません。

  「相場は間と申すべし」(永井荷風)            

注) 間=タイミング

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