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2007年9月28日 (金)

サブプライムローン問題

最初は低金利で借りやすくして数年後に金利が跳ね上がるという仕組みは、かつて日本にもあったゆとりローンと発想が同じです。しかし、サブプライムローンの悪どさはゆとりローンの比ではありません。

ゆとりローンが「生かさず殺さず方式」だったとすれば、サブプライムローンは「皆殺し方式」です。とにかく、返済不能になることがわかっていながら、高金利のローンで過度の借り入れをさせて最後は担保物件を取り上げて叩き出すのですから。金額が大きいだけにサラ金より悪質といえます。

担保物件を処分して貸し倒れの穴埋めがどの程度できるのかわかりませんが、日本円にして160兆円といわれているサブプライムローンは、早晩ほぼ全額が不良債権になると考えて間違いないと思います。

グリーンスパン(FRB前議長)は、「魔法のつえで住宅価格を10%上昇させられれば、この問題は解決する」とおっしゃたそうです。より正確には、この10%上昇には継続性が必要です(つまり毎年10%上昇)。これって、「バブルが崩壊しなければ、バブルは崩壊しない」といっているのと同じだと思います。

サブプライムローンは借り入れから数年後に返済額が跳ね上がる(≒焦げ付く)ことになっているので、放置しているといっそう問題が深刻化します。担保物件がそれなりの価格で売却処分できなくなれば、ローンの利用者だけでなくローン会社も地獄行きです。利用者保護と金融市場への悪影響を最小限にくい止めるためにも、こうしたローンは早く規制すべきだと思うのですが、そこは自由主義の国アメリカです。驚いたことに、「過度な規制はかえって市場を混乱させる」との意見も少なくないそうです。アメリカという国には詐欺罪というのがないらしい(ウソ)。

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2007年9月23日 (日)

謎・「省線にて浅草駅に至る」

永井荷風・「断腸亭日乗」の昭和23年1月9日に次のような記事があります。

牛下省線にて浅草駅に至り三ノ輪行電車にて菊屋橋より公園に入る。罹災後3年今日初めて東京の地を踏むなり。

書かれた当時は疑問の余地がなかったと思われる内容ですが、今となってはチンプンカンプンです。そこでいろいろ調べてみました。

「三ノ輪行電車」というのはおそらく都電(路面電車)のことだと思います。時代はちょっと新しくなりますが、昭和42年ころ、31系統の都電(都庁前~三輪橋)が合羽橋道具街を走っていたといいます。この付近には三ノ輪、入谷2丁目、合羽橋、菊屋橋、三筋2丁目といった都電の停留所がありました。今はバス停になっているかもしれません(起点の都庁前の都庁というのは新宿西口の都庁ではなく、かつて有楽町にあった旧都庁です)。

それから公園というのは浅草公園のことで、浅草寺境内全域を浅草公園といったそうです。「浅草寺」と書いてあれば、部外者は何の疑いもなく「あさくさでら」と読んでしまいますが、正しくは「せんそうじ」だそうです。

どうしてもわからなかったのは、「省線にて浅草駅に至り」というくだりです。当時市川に住んでいた永井荷風にとって省線(現在のJR線)といえば総武線のことです。しかし、総武線に浅草駅はありません。あるのは秋葉原と両国の間の浅草橋駅です。

現在浅草駅と呼ばれている駅は4つあります。東武伊勢崎線の浅草駅、東京メトロ銀座線の浅草駅、都営地下鉄浅草線の浅草駅、つくばエキスプレス線の浅草駅です。さらに、かつては東武伊勢崎線の業平橋駅が浅草駅といわれていたこともあったそうです。でも、この中に総武線で辿り着ける浅草駅はありません。かつて存在して現在は廃止されている「まぼろしの浅草駅」があったという話も聞きません・・・謎です。

苦し紛れですが、「省線にて浅草駅に至り」を強引に「省線にて浅草橋駅に至り」と読み替えるとスッキリします。訳すと以下のようになります。

昼下がり、総武線で浅草橋駅に至る。浅草橋で三ノ輪行の都電に乗り換え、菊屋橋で下車、菊屋橋から浅草寺境内に入る。罹災後3年今日初めて東京の地を踏んだ。

これで意味が通じます。

不案内な土地のことだと、「浅草駅がこんなにたくさんあるのはけしからん。わけわからんじゃないか!」と、つい文句を言いたくなります。でも、「じゃあ新宿はどうよ。池袋は?渋谷は?」といわれると返す言葉がありません。

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2007年9月20日 (木)

大根おろしの話

マヨネーズが好きでなんでもかんでもマヨネーズをかけて食べる人をマヨラーといいますが、わたしはオロシャーです。オロシャーというのはなんでもかんでも大根おろしで食べる人のことです。

さんまの塩焼きやしらすおろしは言うに及ばず、天ぷらおろしやおろしそばなど、とにかく大根おろしが大好きです。

おろし漬けごはんに焼肉おろし、卵焼きおろしに納豆おろしなど、大根おろしは何にでもよく合います。

金欠病の人に特におススメなのは野菜のかき揚げ天です。かき揚げ天をほぐして大根おろしをたっぷりのせて醤油をかけて食べると美味いです。

フリー百科事典の『ウィキペディア(Wikipedia)』によれば、「大根おろしに医者いらず」という格言があるそうで、大根おろしの効能がいろいろ紹介されています。

1.消化酵素が豊富に含まれていて消化を助ける働きがある。
2.ビタミンCを始めとする各種栄養素が豊富に含まれている。
3.大根おろし汁でうがいをすると口内炎や虫歯、歯肉炎など口の中の炎症に効く。
4.蜂蜜を加えて飲むと咳や喉の痛み、声枯れ、二日酔いによい。

胃腸が弱くてちょっと食べ過ぎると口内炎が出来てしまったり、油っこいものを食べるとすぐ胸焼けがするといったような人は、積極的に大根おろしを食べるといいかもしれません。

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2007年9月19日 (水)

自民党総裁選・麻生太郎の逆襲

首相の辞意、麻生幹事長「自分以外にも知っていた人いる」
9月19日12時42分配信 読売新聞

 自民党の麻生太郎幹事長は19日午前、安倍首相の辞意を事前に知りながら適切な対応を取らなかったと党内で批判されていることについて、「誤解のような話がいっぱい流れている。情報を知っていたのが私だけだったという話になっているようだが、同様に知っていた方もいた」と語り、自分以外にも首相の辞意を事前に知っていた人物がいることを明らかにした。

 これに関連し、与謝野官房長官は19日午前の記者会見で、首相の辞意を知っていた人物について、「(首相は)中川秀直氏に対して幹事長として信頼感を持って1年間ともにやってこられた間柄で、そういうことがあってもちっとも不思議ではない」との見方を示した。

もっといえば、所属する派閥に何も言わずに首相が自分ひとりの決断で辞意を表明するというのは考えにくいです。
数日前のテレビでさりげなくこんなエピソードが紹介されていました。  安倍首相が所属する町村派の重鎮、森良朗が福田康夫の地元を訪れて故・福田赳夫の墓参りをしたそうです。地元の支援者によれば、そのとき森良朗は「次の総裁は福田(康夫)だ」と語っていたそうです。森良朗には失言癖があります。単なるリップサービスとも思えません。もちろん安倍首相が辞意を表明する前のことですが、この墓参りが正確にいつのことだったのか大変興味深いです。

森良朗の福田赳夫の墓参りは恒例行事なのかそれとも突然だったのか?そしてその時期がいつだったのか?

ことと次第によっては、安倍晋三の辞任表明に重大な疑念が生じてきます。
臨時国会開催後代表質問直前の辞意表明は、本人の意向と関係なく事前に指示されていたのかもしれません。さらに、辞任そのものが派閥の圧力によるものであった可能性だってあります。憶測でめったなことをいうものではありませんが、これも内閣総理大臣が入院してしまって何も言わないからいけないのです。ひょっとしたら、退院できないのも本人の意志ではないのかもしれません。

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2007年9月18日 (火)

「断腸亭日乗」の戦中記事について

ようやく「断腸亭日乗」から解放されました。読了。

「断腸亭日乗」の戦中記事はまさに体験記ということで、空襲の恐怖や日常生活のこまごまとした感想などが詳細に綴られていて読み応えがあります。
でも、冷徹な個人主義者が、空襲にあって逃げ惑い、人の情けに感謝したり、人と助け合って生きていく姿はどこか滑稽でもあります。
戦後、千葉県の市川に移り住んでからの永井荷風は何か虚脱してしまったようで、偏狭な個人主義者というよりも単なる孤独な独居老人といった感じがします。空襲による偏奇館の焼失とともに「永井荷風」も燃え尽きてしまったようです。精神的に。

ところで、「断腸亭日乗」の中に「すみだ川」についての面白い記事を発見しました。ちょっと現代語に訳してみます。

昭和15年12月27日。好天気。午後に起き出して夕暮に土州橋から浅草に行きオペラ館の楽屋で遊んだ。踊り子の一人が私の小説「すみだ川」の一節をとって流行歌にしたものがレコード屋にあるという。国際劇場前のレコード屋とのこと。近くなので幕間(まくあい)の休みに一緒に行ってこれを購入した。A面は「すみだ川」B面は森先生の「高瀬舟」である。だれがこんなものを作ったのか。驚くべき悪ふざけである。

「悪戯」と非難しながらも、森鴎外大先生がB面で自分の「すみだ川」がA面だったことは、荷風先生もまんざら悪い気はしなかったのではなかろうか。今だったら著作権問題で大変なことになっていたかもしれません。

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2007年9月16日 (日)

安倍首相入院・沈黙は金

安倍晋三がとうとう入院してしまいました。機能性胃腸障害だそうです。こいうときは弁解や言い訳をするよりも入院して黙っていたほうが得策です。周囲がいろいろ好意的に解釈して擁護してくれます。病人を攻撃すれば血も涙もない悪人にされかねません。

自民党の総裁選は麻生太郎と福田康夫の一騎打ちになりました。麻生太郎が本命だと思っていたら、麻生派以外の派閥はすべて福田支持になってしまいました(弱小派閥の悲哀)。

麻生太郎の誤算は、

1.安倍辞任を2日前に知っていたと言ってしまったため、腹黒いと思われてしまった。
2.安倍が辞めれば次は自分と単純に思い込んでいた。
3.安倍総理の辞任については幹事長の自分も連帯責任があるという自覚がなかった。
4.平沼赳夫の無条件復党の方針が小泉チルドレンの反発を招いた。ひとりひとりは非力でも数が多い。
5.頼みの党員投票が封印されてしまった。
6.最大派閥(町村派)に独自候補を立てられてしまった。

深読みすれば、安倍総裁の辞任表明は党員投票が時間的に出来ないという麻生太郎にとっては最も都合の悪い時期を選んで表明されたともいえます。小沢一郎に対する当てつけ辞任のようでありながら、実は麻生太郎に対する当てつけ辞任だったのかもしれません。少なくとも、安倍晋三が総裁の座を麻生太郎に引き継いでもらおうと考えていたら、代表質問直前という異例のタイミングでの辞任はなかったと思います。

ハシゴをはずしたつもりがはずされた。一寸先は闇。キツネとタヌキの化かし合い・・・権力闘争というのはまるでミステリー小説のようです。

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2007年9月13日 (木)

安倍総理の思考・「テロとの戦い」と「局面の打開」

空気が読めない人の思考を推測してみました。

参院選に惨敗したのはボクのせいではない。今だってボクのほうが小沢より国民には人気がある。小沢のせいにしてボクが辞めれば国民の同情が集まる。小沢はひどいやつだということになって「テロ特措法」にも世論の支持が集まる。国民世論を味方につければ民主党も反対できなくなる。よし、職を賭して局面の打開をはかろう。

安倍首相の主観の中では、辞任によってテロ特措法に道筋をつけたつもりなのかもしれません。

それしても辞任のタイミングがあまりにもひどすぎました。これは意図的にわざわざそういうタイミングを選んだのではないでしょうか。辞任についてのいろいろな人のコメントのなかでは、田中康夫の「愉快犯的自爆テロ」というのが一番マトを得ている気がします。

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2007年9月12日 (水)

安倍首相・辞任の意向

最悪ですね。これでは責任をとって辞めるのではなく、責任を放棄して辞めることになります。代表質問の厳しさに怖気づいて敵前逃亡するようなものです。こういうのを無責任というのではないでしょうか。

総辞職ではおさまらないと思います。解散総選挙ですね。解散しないと自民党はますますボロボロになります。政権政党としてあまりにもみっともないです。

小泉純一郎は確かに自民党をぶっ壊しました。

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2007年9月11日 (火)

にわにはにわにわとりがいる

電話機が携帯できるようになったのがあまりにも衝撃的だったのでしょうか、「携帯」といえば携帯電話機ということになってしまいました。しかし、別の携帯器機がからんでくるとややこしくなります。Yahooでこんなアンケートを見つけました。

PSPをお使いの皆様、ケータイやDSでもゲームしますか?
○携帯ゲーム機で使っているのはPSPだけ
○PSPとDSの両方でゲームを楽しんでいる
○PSPと携帯電話の両方でゲームしている
○PSP・DS・携帯のそれぞれでゲームしている

ここでゲームというのはもちろんコンピューターゲーム(=ビデオゲーム)のことですが、携帯ゲーム機や携帯プレーヤーも普及しているし、携帯電話だけを「携帯」と略すのはそろそろやめにしたほうがいいのではないでしょうかね。なんか変です。
もっとも、どんな略語や同音異義語が複雑に絡み合っていても前後の文脈から意味が理解できてしまうのが日本語の特徴かもしれません。

 はしさんがひものはしをはしでつまんではしのはしをはしった。

こんなへんてこりんな文章でも咄嗟に意味が理解できてしまうから不思議です。

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2007年9月 7日 (金)

こんなのがありました・「B級グルメの祭典」

この祭典(Bー1グランプリ)は入場者の投票で地元で愛されているご当地B級料理の王座を決めるんだそうです。これまでの結果は、

第1回
開催地・青森県八戸市
出展料理数・10
第1位 富士宮やきそば (静岡県富士宮市)
第2位 横手やきそば(秋田県横手市)
第3位 室蘭やきとり (北海道室蘭市)
第4位 八戸せんべい汁 (青森県八戸市)
第5位 小倉発祥焼きうどん(福岡県北九州市)

第2回
開催地・静岡県富士宮市
出展料理数・21
第1位 富士宮やきそば(静岡県富士宮市)
第2位 八戸せんべい汁(青森県八戸市)
第3位 静岡おでん(静岡県静岡市)
第4位 すその水ギョーザ(静岡県裾野市)
第5位 厚木シロコロ・ホルモン(神奈川県厚木市)

地の利を考えると開催地が有利ですが、「富士宮やきそば」の2年連続グランプリは立派です。どんなやきそばなのか富士宮まで食べに行こうか(ウソ)。第3回の開催は2008年秋頃「福岡県久留米市」で予定されているそうです。「富士宮やきそば」の3連覇がなるかどうか興味深いです。
      ↓
 http://www.b-1gp.cande.biz/

B級グルメはあまり凝らない素朴なおいしいさがいいですね。個人的に身近なところでベスト3を選ぶと、

1 相鉄線・海老名駅構内の「カレーライス」→ 駅構内に入らないと食べられない
2 箱根そばの「冷やしたぬき」→ 近くに富士そばはない
3 ドトールの「ジャーマンドック」 → ホットドックの最高傑作

こんなところです。

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2007年9月 6日 (木)

「断腸亭日乗上・下」(永井荷風・岩波文庫)

昭和13年(1938)の永井荷風。60歳。離婚歴2回。両親すでに無く、兄弟とは絶縁。妻も子どももいない。知人はいても友人はなく、地域社会との交わりを拒絶して偏奇館と称する麻布の家で隠棲生活をおくる。新聞記者の訪問を嫌って記者が来る前に家を出てしまう。電話がかかってきても出ない。隣家のラジオがうるさいといっては家を出て浅草や玉の井界隈を彷徨う。資産家で住む家があったことと文学者であったことを除けばその心情は典型的なホームレスだったと思います。

永井荷風が81歳でその生涯を終えるまで延々と書き継がれた「断腸亭日乗」は実に不思議な本です。東京散策のバイブルとして、風俗世相史の生の記録として、あるいは創作活動の背景を知る資料として、自分の関心に引き寄せていろいろな読み方が出来ます。

でも、「断腸亭日乗」が本当に凄いのは、孤独と引き換えに徹底した個人主義を貫いた魂の記録になっていることです。人間はひとりでは生きられないとはよくいわれることです。しかし、それでもむりやりひとりで生きようとしたとき、癒されることのない心の空洞をどのように満たせばよいのでしょうか。晩年の執念にも似た浅草通いは永井荷風の寂しい日常と無関係ではありません。永井荷風にとっての浅草は、最後に残された唯一の心のオアシスだったのだと思います。

厚生労働省の推計によると、住む家がなく主にインターネットカフェで寝泊まりしているいわゆる「ネットカフェ難民」が全国で約5400人に上るそうです。この「ネットカフェ難民」はいわば強制的に孤立と個人主義を強いられているわけですが、夢も希望もなく絶望することさえ諦めてしまった人には永井荷風の「断腸亭日乗」がおススメです。人間嫌いの文学者が生涯をかけて到達した境地にすでに自分が到達していることに気がつくかもしれません。

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2007年9月 2日 (日)

散歩の楽しみ(苦しみ?)・知らない道を歩く

小田急線の本厚木駅から愛甲石田駅まで散歩するときは、国道246号線に出て246号線沿いに歩くと迷うことなく愛甲石田駅に辿り着けます。

本厚木駅から246号線に行くには、北口から有燐堂の前の通りを北西に進むかあるいはイトーヨーカ堂の前の通りを南西に進むかです。距離的には南西に歩いたほうが近いです。でも、慣れていないと南西ルートは危険です。
南西ルートはイトーヨーカ堂を過ぎるとТ字路にぶつかります。このТ字路は右折します。右折してしばらく行くと国道129号線にぶつかります。ここで129号線を渡るか、それとも左折して129号線に沿って歩くかの選択を迫られます。このとき、近道がしたいという心理が働くとどうしても左折したくなります。ところがここで左折してしまうと大変なことになります。行けども行けども横断歩道がなく、129号線沿いを延々と歩かされることになります。

129号線が小田原厚木道路と立体交差するあたりでようやく反対側に渡れるようになります。でも、このあたりはよそ者が歩いてくるような場所ではありません。246号線はすでに遥かかなたです。頼りになるのは129号線しかありません。129号線を離れて枝道に入ってしまうと、自分がどこにいてどの方向に歩いているのかまったくわからなくなります。

かつてこのルートに2度挑戦しましたが2度とも失敗しました(遭難の危険を感じて元来た道を引き返した)。先日(8月31日)3度目の挑戦をしました。結果はやはり同じでした。深入りすればするほど引き返すのが辛くなります。

1.小田急線の本厚木駅を出発して歩いて愛甲石田駅へ向かう。
2.国道246号線に頼ってはいけない。まずは129号線を南下する。
3.地図を携行してはいけない。
4.途中で道を尋ねてはいけない。

暇があったら試してみませんか(散歩というよりハイキングのつもりで)。

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