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2007年9月 6日 (木)

「断腸亭日乗上・下」(永井荷風・岩波文庫)

昭和13年(1938)の永井荷風。60歳。離婚歴2回。両親すでに無く、兄弟とは絶縁。妻も子どももいない。知人はいても友人はなく、地域社会との交わりを拒絶して偏奇館と称する麻布の家で隠棲生活をおくる。新聞記者の訪問を嫌って記者が来る前に家を出てしまう。電話がかかってきても出ない。隣家のラジオがうるさいといっては家を出て浅草や玉の井界隈を彷徨う。資産家で住む家があったことと文学者であったことを除けばその心情は典型的なホームレスだったと思います。

永井荷風が81歳でその生涯を終えるまで延々と書き継がれた「断腸亭日乗」は実に不思議な本です。東京散策のバイブルとして、風俗世相史の生の記録として、あるいは創作活動の背景を知る資料として、自分の関心に引き寄せていろいろな読み方が出来ます。

でも、「断腸亭日乗」が本当に凄いのは、孤独と引き換えに徹底した個人主義を貫いた魂の記録になっていることです。人間はひとりでは生きられないとはよくいわれることです。しかし、それでもむりやりひとりで生きようとしたとき、癒されることのない心の空洞をどのように満たせばよいのでしょうか。晩年の執念にも似た浅草通いは永井荷風の寂しい日常と無関係ではありません。永井荷風にとっての浅草は、最後に残された唯一の心のオアシスだったのだと思います。

厚生労働省の推計によると、住む家がなく主にインターネットカフェで寝泊まりしているいわゆる「ネットカフェ難民」が全国で約5400人に上るそうです。この「ネットカフェ難民」はいわば強制的に孤立と個人主義を強いられているわけですが、夢も希望もなく絶望することさえ諦めてしまった人には永井荷風の「断腸亭日乗」がおススメです。人間嫌いの文学者が生涯をかけて到達した境地にすでに自分が到達していることに気がつくかもしれません。

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