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2007年11月26日 (月)

岡本綺堂の「玉藻の前」を読む

面白いです。知っている人は知っている、知らない人はただちに読まなくてはいけません。特に妖怪ファンで岡本綺堂の「玉藻の前」を読んでいない人はもぐりです(勝手に決める)。

烏帽子折りの千枝松の幼なじみ藻(みくず)は美少女でした。時の関白忠通に召されて玉藻の前と呼ばれるようになります。この美少女には九尾の狐が憑依していました。妖魔です。玉藻の前は自分の正体を知った人間を次々に殺していきます。しかし、幼なじみの千枝松だけはどうしても殺すことができませんでした。妖魔にも殺人鬼になりきれない心の迷いがありました。心の迷いということでは千枝松も同じでした。千枝松にとって玉藻の前はときには妖魔でありときには幼なじみの藻でもありました。

少女マンガの世界では人間と妖怪の恋物語をラブオカルトというのだそうです。少女マンガに倣えば岡本綺堂の「玉藻の前」もまさしくラブオカルトです。ただ、この物語には単なる悲恋物語にとどまらない不思議な魅力があります。数ある「玉藻の前」を題材にした物語の中で最高傑作だと思います。物語の構成がしっかりしているのと文章によるイメージの喚起力が凄いです。何だか岡本綺堂のファンになりそうです。

こんな名作が読もうと思っても簡単に手に取ることができないというのはどうしたことでしょうか。時代の風雪に耐えない通俗小説だと思われているのでしょうかね。

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2007年11月23日 (金)

倉田百三の「出家とその弟子」を読む

「出家とその弟子」は戯曲です。発表された当時(1917年)は大反響を呼び、空前のベストセラーになったそうです。その後に起きた宗教ブームの起爆剤になったともいわれています。

英訳された「出家とその弟子」を読んだフランスの文豪ロマン・ロランは、仏教とキリスト教の調和が素晴らしいということでこの作品に最大級の賛辞を贈っています。ところが日本の仏教界(浄土真宗)からは親鸞の教えとキリスト教の教えをごちゃ混ぜにするのはけしからんといった抗議の声が上がったそうです。教義に対する独自の解釈が歓迎されなかったのかもしれません。

「出家とその弟子」は今でも青少年の愛読書(そこそこ売れている)らしいですが、罰当りの悪ガキには読むに耐えない駄本です。いや、殺人や強盗に手を染めるような本格的罰当りなら「出家とその弟子」を読んで改心するということがあるのかもしれません。いずれにしてもこういう本は十代のころに読まないと「賞味期限切れ」です。比較的面白く読めるのは第一幕だけで、第二幕、第三幕と続くにしたがって、「もういいよ」という気になってきます。

 かえで  (涙ぐむ)まあ、それほどまでに私を愛してくださいますの。
 唯 円  (痙攣的にかえでを抱く)永久にあなたを愛します。あなたは私のいのちです。

第四幕になる大真面目でこんなセリフが出てきます。墓場で忍び逢いをする遊女(かえで)とお坊さん(唯円)の会話です(面白そうだと思う人は読んでみるのも一興かもしれません)。

倉田百三は「出家とその弟子」を発表後求道者的人生を歩みますが、晩年はなぜか暴力を肯定する超国家主義者になってしまいました。南無阿弥陀仏です。

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2007年11月18日 (日)

小林多喜二の「蟹工船」を読む

蟹工船というのは缶詰加工の設備を持った蟹漁の母船のことです。実際の蟹漁は母船に付属した小型船で行います。川崎船と呼ばれる小型船に漁夫が分乗して蟹漁にでかけ、母船に集められた蟹はただちに缶詰に加工されます。蟹工船の蟹漁は帝国海軍の駆逐艦に守られてオホーツク海で数ヶ月間続きます。この蟹漁はソ連領の領海侵犯をともなうため、いざというときのために駆逐艦の護衛が必要だったようです。

蟹工船には漁夫や雑夫など数百人が乗り組みます。船長や監督を除けばその労働環境たるやひどいものです。ほとんど奴隷と同じです。それでも他に仕事がなければ飢え死にするよりマシです。行き場をなくした北海道の労働者は生きていくために2度3度と蟹工船に乗り込んで過酷な労働に従事しました。中には甘言につられて(=騙されて)内地からやって来る人もいたようです。

小林多喜二の「蟹工船」が発表されたのは1929年(昭和4年)ですが、小説のなかに当時の北海道の労働事情について次のような記述があります。

内地(本州のこと)では、労働者が「横柄」になって無理がきかなくなり、市場もだいたい開発されつくして、行詰まってくると、資本家は「北海道・樺太へ!」鉤爪をのばした。其処では、彼らは朝鮮や、台湾の植民地と同じように、面白い程無茶な「虐使」が出来た。

「国道開たく工事」「灌漑工事」「鉄道敷設」「築港埋立」「新鉱発掘」「開墾」「積取人夫」「鰊取り」など、どんな仕事でも北海道の労働環境の苛酷さは蟹工船と似たりよったりだったようです。人海戦術で労働者は虫ケラのように死んで(=殺されて)いきました。「国家的富源の開発」という大義名分が労働者の「虐使」を正当化していたのです。

 「いやしくも仕事が国家的である以上、戦争と同じなんだ。死ぬ覚悟で働け!馬鹿野郎!」

こんな暴言が堂々とまかり通っていました。

小説「蟹工船」には、剥き出しの資本の論理が貫徹するとどういうことになるかという極限の世界が描かれています。小林多喜二は言論の自由が許されなかった時代に当局の逆鱗に触れるような小説を書いたため何度も逮捕されて拷問を受けました。それでもくじけずに非合法活動にも従事しました。で、最後は拷問で殺されてしまいました。享年29歳。

プロレタリア文学の多くは過去の遺物としてほとんど消滅してしまいましたが、極寒の労働者群像を描いた「蟹工船」は著名な文豪の名作に紛れ込んでしぶとく生き残りました。「DS文学全集」に収録されていなければ読む機会はなかっただろうと思うと隠れた名作を提供してくれた「DS文学全集」に感謝です。

ネットカフェ難民の人には是非「蟹工船」を読んでもらいたいです。蟹工船に乗ったつもりになって死ぬ気で働けば人生なんとかなります。

「蟹工船」については、漫画化された「まんがで読破 蟹工船」(バラエティ・アートワークス)も読んでみました。これがまた力作です。漫画らしく登場人物のキャラクターにメリハリをつけながらも原作がほぼ忠実に漫画化されています。原作を読んでいないと解りにくいところもありますが、反対に原作で解りにくいところが漫画化によって解りやすくなっています。

ネットで調べたところ、「マンガ蟹工船―30分で読める・・・大学生のための」(藤生ゴオ画・東銀座出版社)という作品もありました。こちらも是非読んでみたいです。

小説と漫画を読み比べてさらに漫画と漫画を読み比べる。「蟹工船」はちょっとしたマイブームです。

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2007年11月17日 (土)

下村湖人の「次郎物語」を読む・その2

「次郎物語」は第三部あたりからちょっと説教じみた能書が多くなってきます。事実だけを書いて解釈は読者にまかせればいいのに著者が事実の解説までするようになります。著者が力めば力むほど鬱陶しくなってきます。途中で挫折してしまった人も多かったのではないでしょうか?

戦後に書かれた第四部以降は社会小説的色彩が強くなってきます。第五部になると、次郎の心理描写に覆いかぶさるようにして宗教小説的あるいは思想小説的要素が加わってきます。いくつもの課題をかかえたまま構想が破綻しているといえなくもないですが、それでも気迫で強引に書ききってしまったという感じです。発表当時、第五部がどのように評価されていたか不明ですが、今日的感覚で読むとカルト集団の黎明期を描写しているかのような印象を受けます。

下村湖人は1931年に台北高等学校長を辞任した後、1933年に同郷の社会教育家・田澤義鋪(1885年~1944年)が開設した大日本青年団講習所の所長に就任しています。「次郎物語 第五部」に出てくる友愛塾はこの大日本青年団講習所がそのモデルになっていると考えられます。そして友愛塾を主宰した朝倉先生は下村湖人がモデルで、友愛塾の設立に尽力した田沼理事長は田澤義鋪がモデルです。このあたりはほとんど実録に近いようです。

「次郎物語」は、「第六部 戦争末期の次郎」、「第七部 終戦後数年たってからの次郎」が予定されていましたが、第5部までの未完で終わってしまいました。

戦後の次郎物語の執筆をめぐるあゆみは以下の通りです。

1948(昭和23) 個人雑誌「新風土]創刊、次郎物語第四部連載。
1949(昭和24)「次郎物語」第四部出版。
1953(昭和28)「次郎物語」第五部,宗教雑誌「大法輪」に連載。
1954(昭和29)「次郎物語」第五部出版。田澤義鋪の伝記「この人を見よ」脱稿。
1955(昭和30) 4月20日老衰のため死去。享年70歳。

注目したいのは、第五部が完結した後、死期の迫った下村湖人が田澤義鋪の伝記を脱稿していることです。おそらく、「次郎物語」の第六部と第七部では田澤義鋪の生きざまを次郎に投影したかったのではないかと推測されます。死の前年に脱稿した田澤義鋪の伝記は、未完に終わってしまった「次郎物語」の最終章だったといえるかもしれません。

社会教育家・田澤義鋪は社会教育の分野では相当な功績を残した人らしいです。なにしろ青年団運動の功績が認められて貴族院議員(勅撰議員)にまでなっています。「青年団の父」と称され、「青壮年指導の理論と実践の上で田澤義鋪を乗り越えたものはいない」とまで言われたそうです。非合法の左翼運動とは一線を画していたようですが、イメージとしては、白土三平の代表作・「カムイ伝・第一部」に出てくる正助みたいな人だったのではないかという気がします。

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2007年11月16日 (金)

下村湖人の「次郎物語」を読む・その1

今、任天堂の「DS文学全集」をやっています。このソフトに攻略本はありません。ただひたすら読むだけです。目標は100冊完全読破です。

「DS文学全集」には検索機能というのがあって、表示されたいくつかの質問に回答していくと回答から判断されたおススメの本が表示されます。先日、次に読む小説を決めようと思ってやってみたら、なんと下村湖人の「次郎物語」が表示されてしまいました。

「次郎物語」は子どものころ連続テレビドラマで見た記憶があります。たしか主題歌をペギー葉山が歌っていました。熱心に見ていたわけではなく、詳しい内容はほとんど覚えていません。

今さらという気もしないではないですが、とにかく読んでみることにしました。下村湖人が52歳でその執筆を開始し、69歳でようやく第五部までを完結したという長編小説です。

第一部と第二部は大人が読んでも非常に面白いです。悪童・次郎が次々と繰り広げる悪さの数々は善悪の見境がありません。叱られても泣くばかりです。衝動的な次郎の悪さには愛情に飢えた孤独な少年のやるせなさがぎっしりと詰まっています。でも他人事だと思うと笑っちゃいます。
第二部になると次郎も中学へ進学するようになります。少しおとなになって自己の内面を見つめたりするようになりますが、負けん気が強くて無鉄砲なところは相変わらずです。

第一部のあとがきで下村湖人は次のように述べています。

この物語が、まだ原稿のままだった頃、幾人かの知人にそれを読んでもらったら、その1人は、読んで行くうちに、「これは愉快だ。」と言って、しばし哄笑した。私は淋しかった。他の1人は「これは君の自叙伝なのか。」と、根掘り葉掘り、詮議しはじめた。私は苦笑するよりほかなかった。更に他の1人は、「次郎は変質者だね。」と言った。これには私はかなり考えさせられた。

なんとなく興味が沸いてきて読んでみたくなりませんか?

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2007年11月 5日 (月)

小沢代表辞意表明・小沢一郎は愉快犯か?

大連立講想は民主党にとってそんな悪い話ではないと思います。庇を借りて母屋を乗っ取る絶好のチャンスです。もし、民主党が賛成したら、困るのは自民党ではないでしょうか。でも、民主党は唯一反自民ということでまとまっている政党です。「反自民」の旗を降ろそうとした途端に分裂の危機に見舞われてしまうのが民主党の悲しさだと思います。

自民党のほうも政権政党という既得権でかろうじて纏まっている政党です。政権政党の既得権を失えば簡単に分裂してしまうと思います。でも、自民党が政権を失う前に民主党が分裂してしまいそうな雲行きになってきました。

民主党を分裂させるには反自民の旗を降ろさせればいい、自民党を分裂させるには政権を剥奪すればいい・・・・・・どちらにころんでも行き着く先は政界再編・大連立なんですけどね。

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2007年11月 3日 (土)

吉岡秀隆を知らなかった!

どんな評判の映画でも、映画を映画館に観に行くことはほとんどありません。「ALWAYS 三丁目の夕日」もきのう初めてテレビで観ました。この映画は泣けます。「コノヤロー!わざと泣かそうとしてるな」と思っても泣けてきます。「子どもをダシに使ってずるい」と思ってもやっぱり泣けてきます(年を取って涙腺が緩くなったのだろうか)。

大人の俳優では駄菓子屋の茶川龍之介がよかったです。この声はどこかで聞いたことがあると思ったのですが、誰の声なのかなかなか思い出せませんでした。映画が終わってから、ようやく「男はつらいよ」の満男(寅さんの甥っ子)の声だということに気づきました。気がついてみるとなるほどそうです。かなり変装(?)していましたがハマリ役ですね。満男が成長して大人になると茶川龍之介みたいな人になりそうです。

あと、薬師丸ひろ子がまだ若かったのにはびっくりしました。いつかどこかで読んで大笑いした「お嬢さん?と聞かれて思わず母は留守」という川柳があったのを思い出しました。堀北真希と姉妹の役でも通用するのではなかろうか(無理か?)。小雪さんはますます大女優のカンロクが出てきました。

続編が楽しみです。

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2007年11月 1日 (木)

夏目漱石の「こころ」を読む・その3

夏目漱石は人間の心の動きをリアルかつ詳細に描写するのが得意です。特に、三角関係に巻き込まれて嫉妬に駆られた男の心理描写になると俄然文章に熱がこもってきます。三角関係というテーマは同じでも、これでもかというくらいに上から観たり横から観たりいろいろ視点を変えることによって次々と新たな小説が生み出されていきます。漱石の一連の代表作を読むと、まるで小説の創作を通じて三角関係にまつわる嫉妬の心理学を研究しているのではないかと思えてきます。

 「女々しいぞ。たかが嫉妬の問題じゃないか。イジイジしてるんじゃねえ」

そう思ってしまう人は、漱石の小説をくだらなく感じるかもしれません。

でも、失恋するとどんな男でも女々しくなるものです。失恋して落ち込んでさらに落ち込みたい人には「こころ」がおすすめです。奥さんに不倫をされたり逃げられたりした人にもおすすめです。それから片想いというのも本人にとってはまあ三角関係のようなものです。これまたチャンスです。「こころ」を読みましょう。

「こころ」は「DS文学全集」のランキングでは現在のところ100作品中49位になっています。小中学生にはちょっと難しいのでしょうかね。

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