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2007年11月18日 (日)

小林多喜二の「蟹工船」を読む

蟹工船というのは缶詰加工の設備を持った蟹漁の母船のことです。実際の蟹漁は母船に付属した小型船で行います。川崎船と呼ばれる小型船に漁夫が分乗して蟹漁にでかけ、母船に集められた蟹はただちに缶詰に加工されます。蟹工船の蟹漁は帝国海軍の駆逐艦に守られてオホーツク海で数ヶ月間続きます。この蟹漁はソ連領の領海侵犯をともなうため、いざというときのために駆逐艦の護衛が必要だったようです。

蟹工船には漁夫や雑夫など数百人が乗り組みます。船長や監督を除けばその労働環境たるやひどいものです。ほとんど奴隷と同じです。それでも他に仕事がなければ飢え死にするよりマシです。行き場をなくした北海道の労働者は生きていくために2度3度と蟹工船に乗り込んで過酷な労働に従事しました。中には甘言につられて(=騙されて)内地からやって来る人もいたようです。

小林多喜二の「蟹工船」が発表されたのは1929年(昭和4年)ですが、小説のなかに当時の北海道の労働事情について次のような記述があります。

内地(本州のこと)では、労働者が「横柄」になって無理がきかなくなり、市場もだいたい開発されつくして、行詰まってくると、資本家は「北海道・樺太へ!」鉤爪をのばした。其処では、彼らは朝鮮や、台湾の植民地と同じように、面白い程無茶な「虐使」が出来た。

「国道開たく工事」「灌漑工事」「鉄道敷設」「築港埋立」「新鉱発掘」「開墾」「積取人夫」「鰊取り」など、どんな仕事でも北海道の労働環境の苛酷さは蟹工船と似たりよったりだったようです。人海戦術で労働者は虫ケラのように死んで(=殺されて)いきました。「国家的富源の開発」という大義名分が労働者の「虐使」を正当化していたのです。

 「いやしくも仕事が国家的である以上、戦争と同じなんだ。死ぬ覚悟で働け!馬鹿野郎!」

こんな暴言が堂々とまかり通っていました。

小説「蟹工船」には、剥き出しの資本の論理が貫徹するとどういうことになるかという極限の世界が描かれています。小林多喜二は言論の自由が許されなかった時代に当局の逆鱗に触れるような小説を書いたため何度も逮捕されて拷問を受けました。それでもくじけずに非合法活動にも従事しました。で、最後は拷問で殺されてしまいました。享年29歳。

プロレタリア文学の多くは過去の遺物としてほとんど消滅してしまいましたが、極寒の労働者群像を描いた「蟹工船」は著名な文豪の名作に紛れ込んでしぶとく生き残りました。「DS文学全集」に収録されていなければ読む機会はなかっただろうと思うと隠れた名作を提供してくれた「DS文学全集」に感謝です。

ネットカフェ難民の人には是非「蟹工船」を読んでもらいたいです。蟹工船に乗ったつもりになって死ぬ気で働けば人生なんとかなります。

「蟹工船」については、漫画化された「まんがで読破 蟹工船」(バラエティ・アートワークス)も読んでみました。これがまた力作です。漫画らしく登場人物のキャラクターにメリハリをつけながらも原作がほぼ忠実に漫画化されています。原作を読んでいないと解りにくいところもありますが、反対に原作で解りにくいところが漫画化によって解りやすくなっています。

ネットで調べたところ、「マンガ蟹工船―30分で読める・・・大学生のための」(藤生ゴオ画・東銀座出版社)という作品もありました。こちらも是非読んでみたいです。

小説と漫画を読み比べてさらに漫画と漫画を読み比べる。「蟹工船」はちょっとしたマイブームです。

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