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2007年12月16日 (日)

近松秋江の「狂乱」を読む

この小説は冷めきった女と未練がましい男の虚しい会話からスタートします。読者は読み始めてすぐに「もう終わっている」と気づきます。

女が明らかに嘘とわかる嘘をつきはじめたら、男は別れの時が来たことを悟らなくてはいけません。すぐに諦めるのは無理だとしても普通は時の流れが「解決」してくれる(諦めさせてくれる)ものです。しかし、時が流れても解決しなかったらどうなるでしょうか?

近松秋江の「狂乱」という小説は、もう振り返ってはくれなくなってしまった女(芸妓)を諦めきれずに執拗に追い続ける愛欲に溺れた男の物語です。何度も示される拒絶のサインも男には通用しません。男の疑念はかえって女に対する欲情を燃え上がらせます。女が姿を隠して会えなくなっても、男はあくまでも女を追い続けます。

男は、「なぜこの女は真実の心を明かさないのであろうか」と考えます。しかし、「真実の心」はすでに明かされています。男がそれを認めようとしないだけです。

このまま進めば結末は自殺か無理心中ということになりますが、その一歩手前のところで小説は終わっています。作中の主人公が自殺したのにそれを書いた作者が生きているというのは、当時(1922年)の自然主義文学の理論(小説において事実こそが最も価値があるとする倒錯した理論)からは許されなかったのかもしれません。

近松秋江の「狂乱」は恥部をさらけ出して素っ裸で往来を歩いているような小説です。文学史的にはどうあれ、今さら読んでも・・・という気はします。この小説に実利(教育的価値)を求めるとすれば、自分を客観的に見つめるということで、ストーカー癖のある人にはおススメかもしれません(一途な想いに感動して主人公に共感してしまったら逆効果か?)。

「狂乱」は「黒髪」の続編だそうですが、「黒髪」はまだ読んでいません。続編のほうを先に読んでしまいました。

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