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2007年12月22日 (土)

夏目漱石の「吾輩は猫である」を読む

「DS文学全集」で夏目漱石の「吾輩は猫である」が当たってしまいました。36作目です。タイトルは知らない人がいないくらい有名ですが、実際に最後まで読んだという人がどれくらいいるのかは不明です。なにしろ長編です。そして、大きな声では言えませんがあまり面白くありません。部分的に面白いところもありますが、全体的に冗漫で読むのが苦痛に感じられるところが多かったです。

それにしても実業家(=高額所得者)や無学の人間(=生活思想)をあざ笑うことのどこがユーモアなんでしょうかね。ひとの身体的欠点を笑いのネタにする場面も頻出します。読んでいて不快です。学識を鼻にかけて一般大衆を蔑んでいる人が読むと面白いのかもしれませんが、学識があるということはそんなに立派なことなんでしょうかね。金持ちが貧乏人を馬鹿にするのも、有識者が無学の人間を馬鹿にするのも、目くそ鼻くそでたいして変わらないと思うのですがね。

世の中の子どもをいじめっ子といじめられっ子に大別したとします。いじめっ子が「吾輩は猫である」を読めば共感して面白いと感じるかもしれません。しかし、いじめられっ子が読んだら悲しくて泣きたくなってくるのではないでしょうか。とにかく「いじめのススメ」のような内容が延々と続いて、挙句の果てには「自殺のススメ」です。

   吾輩は猫である。名前はまだ無い。

この小説はこの一行だけを読んでやめておくのが無難です。感謝の気持も謙虚さもなく学識を鼻にかけた傲慢と非常識が悪臭を放っています。残念ながら私にはこの「名作」のどこが面白いのかさっぱり理解できませんでした。

「吾輩は猫である」に唯一救いがあるとすれば、苦沙弥の奥さんと三人の子どもたちです。苦沙弥の奥さんはとても魅力的でいい人です。癇癪オヤジに肩透かしを喰わせる術も心得ています。三人の子どもたちも無邪気でかわいいです。

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