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2008年1月29日 (火)

九鬼周造の『「いき」の構造』を読む

「DS文学全集」の総合ランキングを覗くと、『「いき」の構造』はいつも100位とか99位とかにランキングされています。評価が低いことにかけては折口信夫の「死者の書」と双璧です。もっとも『「いき」の構造』に興味を示して面白いと感じる子どもがいたら末恐ろしいです。やむを得ないかもしれません。

「いき」というのは、漢字で書くと「粋」であったり「意気」であったり「行き」であったり「生き」であったりします。文化文政のころから江戸っ子が好んだとされる古今東西に類例をみない江戸に固有の美意識だそうです。

すっきりしていてさりげなく色気があるセンスの良さ、派手でもなく地味でもなく、甘くもなく渋くもなく、色でいうなら赤紫よりも青紫(江戸紫)、模様でいうなら横縞よりも縦縞、曲線よりも直線、顔でいうなら丸顔よりも細面、樹木でいうなら柳、天気でいうなら小雨・・・いくら言葉を費やしても隔靴掻痒で「いき」という言葉の意味をうまく説明できません。ザックリ言ってしまえば、上品でありながら色気があること、それが「いき」らしいです。

この「いき」ということ(もの)について、微に入り細を穿ち、多面的に考察したのが『「いき」の構造』という本です。残念ながら難しすぎて私にはよくわかりませんでした。ただ随所で示される視覚的イメージをともなった具体例は何となくわかったような気分にさせてくれます。

『「いき」の構造』は、美術や音楽などに造詣の深い専門家(=芸術家)が読めば、目から鱗が落ちて何かに開眼することがあるのかもしれません。しかし、私にとっては高級すぎて豚に真珠です。ある程度「美意識」についての体験的素養がないとこの本を深く理解するのは無理ではないかと思います。

まあ、平安時代のやまとごころが「もののあわれ」で江戸時代の江戸っ子ごころが「いき」である、ということでわかったことにしておきます。

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