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2008年1月26日 (土)

島崎藤村の「夜明け前」を読む・その2

江戸時代、幕藩体制を維持するために制度化されていた参勤交代制はまさしくムダの塊りでした。参勤交代そのものの費用(おそらく移動のための旅費)は諸大名にとってそれほど大きな負担ではなかったといわれていますが、「夜明け前」を読むと、負担の多くが助郷に駆り出される街道筋の百姓にツケ回しされていたことがよくわわかります。助郷役の荷物運びは1日でも、現地に行くのに1日、荷物運びに1日、戻ってくるのに1日、さらに村に戻るのに1日、都合4日が潰れてしまいます。農繁期にこれをやられたら百姓はたまりません。これが年に一度や二度ではないとなると、なるほど助郷一揆も起きるわけです。

ムダといえば、江戸時代に全国200万人ともいわれた武士階級(=戦争を忘れた軍事組織)は、百姓に寄生する最大のムダだったような気がします。日本の近代化は、この200万人の武士階級を切り捨てることによって推進されたともいえます。明治維新においては、佐幕派に限らず、倒幕運動に邁進していた尊王派もやはり激動する時代の犠牲者でした。江戸幕府の崩壊過程において、尊王倒幕派はそれと気づかずに一生懸命自らの墓穴を掘っていたようなものです。

王政復古の理想に燃えて一世を風靡したかにみえた国学者も、利用されるだけ利用されて結局は切り捨てられる運命にありました。江戸時代の国学は、主に医者、庄屋、本陣問屋などの百姓、町人のインテリ層に人気がありましたが、「夜明け前」の主人公青山半蔵も平田鉄胤門下の熱心な国学者でした。

国学者でもありまた理想主義者でもあった青山半蔵は、清濁併せ呑む政治的資質が根本的に欠けていたような気がします。江戸幕府が倒れ、新しい時代がやって来たとき、王政復古は国家統一のための単なる手段に過ぎなかったという過酷な現実に直面して青山半蔵は愕然とします。しかも、幕府の滅亡は本陣問屋にとってはその経済的基盤を失うことを意味します。伝統ある旧家は没落し、失意のうちに迎えた青山半蔵の晩年は悲惨そのものです。

政治の世界では、目的が手段となり手段が目的となり、その位置関係が目まぐるしく転換することは日常茶飯事です。「夜明け前」を読んでいると、平成の日本が直面している政治的課題の本質が見えてくるような気がします。

「どんな英雄でもその起こる時は、民意の尊重を約束しないものはないが、いったん権力をその掌中に収めたとなると、かつて民意を尊重したためしがない」(島崎藤村)

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