« 2008年1月 | トップページ | 2008年3月 »

2008年2月26日 (火)

福沢諭吉の「学問のすすめ」を読む・その3

「学問のすすめ」の中で次のような明治の世相が紹介されていました。

三井大丸の品は正札にて大丈夫なりとて品柄も改めずしてこれを買い、馬琴の作なれば必ず面白しとて表題ばかりを聞きて注文するもの多し。

三井、大丸は当時の高級呉服店です。正札というのは掛け値なしの定価(希望小売価格)のことです。馬琴は「南総里見八犬伝」で人気があった江戸時代の戯作者です。

さて、三井大丸の正札販売や馬琴の人気を引き合いに出して福沢諭吉は何を論じようとしたのでしょうか?

1.ブランド力の大切さを説いた
2.イメージを利用した安易な商売を批判した
3.学問のない愚かな購買行動を戒めた

正解は1です。間違えた人は「学問のすすめ」を読みましょう。

「郷に入っては郷に従え」ということわざがありますが、市場原理を重視した新自由主義が国是となりつつある今日の日本の社会状況と福沢諭吉の「学問のすすめ」は非常に相性がいい気がします。「くだらん」と言ってしまえばそれまでですが、「学問のすすめ」は競争社会を勝ち抜くためのハウツー本という側面もあると思います。厳しい格差社会で負け組になりたくないと考えている青少年のための必読書かもしれません。

ただし、阿鼻叫喚の世の中に愛想が尽きて隠者になった人(たとえば永井荷風)には無用の本だと思います。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年2月25日 (月)

福沢諭吉の「学問のすすめ」を読む・その2

「学問のすすめ」では、封建思想を攻撃するあまり、ときには感情的に言いたい放題をぶちまけているといった感じのところもあります。

第6編の「国法の貴きを論ず」では赤穂義士の仇討物語をボロクソに貶したり、第7編の「国民の職分を論ず」では忠臣中の忠臣楠木正成を愚弄していると受け取れる表現も出て来ます。実例やたとえ話はわかりやすいという長所がある半面、誤解を招きやすいという欠点もあります。王政復古の明治新政府のもとで、日本人が大好きだった天下の忠臣に対する配慮のなさが世論の猛反発を招いて、さすがの福沢諭吉も一時は命の危険さえあったそうです(文明開化の啓蒙運動も楽ではなかった?)。

第17編の「人望論」になると、世捨て人に対する厳しい説教も出て来ます。身に覚えのある人は耳が痛いです。「はいはいおっしゃる通りでございます。わたしが悪うございました」と恐れ入ってしまいましょう。

世に変人奇物とて、故さらに山村僻邑に居り世の交際を避くる者あり。これを隠者と名づく。或いは真の隠者に非ざるも、世間の附合を好まずして一家に閉居し、俗塵を避くるなどとて得意の色をなす者なきに非ず。この輩の意を察するに・・・その心志怯弱にして物に接するの勇なく、その度量狭小にして人を容るること能わず・・・世の中に大なる禍というべし。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年2月24日 (日)

福沢諭吉の「学問のすすめ」を読む・その1

「学問のすすめ」は明治5年から明治9年にかけて断続的に出版された17の小編を一冊に纏めたものです。その内容は、実学を学ぶことの大切さに始まって人生論や家族論、さらには国家論や文明論にまで及んでいます。だからといって堅苦しいわけではなく、実例やたとえ話を取り入れた親しみやすい内容になっています。

明治時代に書かれた「学問のすすめ」を読んでなるほどと納得してしまうところが多々あるというのも何だか情けない気がしますが、たとえば、次のような指摘は一言一句訂正することなく現在でも通用すると思います。

二に曰く、政府人に乏し、有力の人物政府を離れなば官務に差支あるべしと。答云く、決して然らず、今の政府は官員の多きを患うるなり。事を簡にして官員を減ずれば、その事務はよく整理してその人員は世間の用をなすべし、一挙して両得なり。故さらに政府の事務を多端にし、有用の人を取って無用の事をなさしむるは策の拙なるものと言うべし(第4編・付録)。

もちろん、どんな偉い人の教えでも立場の違いや時代の制約というものがあります。その主張をすべて鵜呑みにするわけにはいきません。しかし、そういう事情についてもこの本は先手を打ってきちんと指摘しています。古典の読み方です。

後世の孔子を学ぶものは、時代の考えを勘定の内に入れて取捨せざるべからず。二千年前に行われた教えをそのままに、しき写して明治年間に行わんとする者は、共に事物の相場を談ずべからざる人なり。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年2月19日 (火)

長塚節の「土」を読む

仏教には人間の罪として、殺生、盗み、邪淫、うそ、両舌(人を仲たがいさせる言葉)、ののしり、貪欲など、十悪というのがあります。長塚節の「土」は、この十悪が渦巻いている極貧の世界を描いた小説です。

時代は明治末期、茨城県鬼怒川沿いの農村で暮す小作人勘次が主人公です。勘次とその家族の暮らしを通して、生きることさえままならない極貧の生活が赤裸々に綴られています。「衣食足りて礼節を知る」という言葉がありますが、勘次たちの暮らしは「衣食足らずして礼節なし」です。

長塚節の「土」は、貧しい農村の暮しとそれを取り巻く四季の自然を精密に描写した農民文学の最高傑作といわれています。でも、一般の読者(つまり私)にとっては決して読みやすい小説ではありません。方言で書かれた会話は読みづらいし、いたずらに言葉を重ねた(と思う)退屈な情景描写に辟易させられます。最後まで読み通すには相当の忍耐力が必要です。また、苦労して読み続けたとしても、骨折り損のくたびれ儲けで終わる可能性が大です(必然性のない取ってつけたような甘い結末にがっかりする)。「自然主義リアリズムと白樺派的理想主義の融合」という評価もあるようで、長塚節としては無理を承知で最後に救いのある小説にしたかったのかもしれません。

はじめてこれを読まれる読者は、筋の面白さを期待してそれを追わないことだ。この全体が物語なのであり筋なのだと思って最初からとりかかることだ。(和田伝)

まさしくそういう感じの小説でした。類例のない異色作です。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年2月15日 (金)

ベローチェは最高です!

2月13日20時53分配信 産経新聞

 月刊誌「おとなの週末」に掲載されたコーヒーチェーンのランキングで名誉を傷付けられたとして、コーヒーチェーン「カフェ ベローチェ」を運営するシャノアール(本社・東京都豊島区)が、出版元の講談社(本社・東京都文京区)に1100万円の損害賠償と出版差し止めなどを求める訴訟を東京地裁に起こしていたことが13日、分かった。シャノアール側は「ブランドイメージに重大な影響を与えるもので被害は甚大」と主張している。

 13日に開かれた第1回口頭弁論で、講談社側は争う姿勢を示した。

 訴状によると、問題とされたのは昨年10月1日発行の「おとなの週末」10月号に掲載された「人気カフェチェーンランキング」。ベローチェなど主要なコーヒー11チェーンを「ドリンク」「食べ物」「雰囲気」「使い勝手」の4項目で採点し、順位を付けている。ベローチェは最下位となった。

 シャノアール側は訴状で、ランキングが一般的評価に基づくものではなく、担当したライターの個人的感想に基づいていると指摘。このランキングについて、「個人の主観的評価であることを示す記載が目立たず、わかりにくい」と主張、「記事の内容が客観的事実であるかのような印象を読者に与えている」としている。

話題づくりのために訴訟を起こしたとも考えられますが、おとな気ないという意見が多いようです。深読みすれば、計画未達のようなことが社内的に問題になって、その原因を「おとなの週末」の記事に責任転嫁しているのではないかと勘ぐりたくなります。

「個人の主観的評価であることを示す記載が目立たず、わかりにくい」かどうかはそれこそ主観の問題です。「記事の内容が客観的事実であるかのような印象を読者に与えている」かどうかも読者が判断することです。もし記事の内容が客観的事実であったらそれこそ名誉毀損です。

ベローチェにはベローチェなりの良さがあるので雑誌の記事などいちいち気にすることはないないと思います。こういうランキングで一位になったりすれば、ライターにお金を渡しているのではないかと疑われるのが関の山です。最下位でよかったのではないでしょうか。最下位ということは不正をしていない証明のようなものです。がんばれ、ベローチェ。

とりあえず、ベローチェに対するお客としての要望は以下の通りです。

1.シュガーステックの3gというのはよくないです。5gにすべきです。
2.冬でも冷たいサンドイッチがフードメニューのメインになっているのは何とかならんものでしょうか。
3.ドトールのジャーマンドックを研究してもらいたいです(ドトールだってランキングは下から3番目です)。
4.夏場でもブレンドコーヒーが売れるように努力して欲しいです。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年2月13日 (水)

夏目漱石の「彼岸過迄」を読む

夏目漱石の「彼岸過迄」は今年の大学入試センター試験に出題されたようです。出題された箇所は、鎌倉の別荘で須永が高木を紹介されたときの回想シーンです。高木というのは健全な精神が健全な肉体に宿っているような好青年です。優柔不断で「卑怯者」で人を愛することができない偏屈な須永が、自分とは対照的な高木と出合ったときの心理を友人の敬太郎に語ります。

漱石文学を「嫉妬の心理劇」と考えれば、最も核心的部分が出題されたといえます。でも、どうしてこの小説が選ばれたのかは不明です。センター試験ということで、なるべく公平になるようにあまり知られていない「彼岸過迄」が選ばれたのかもしれません。問題文で、わざわざ「田口家の別荘」としているのも、「この一節だけを独立した作品として考えなさい」ということなのかもしれません(本当は知人の別荘)。

長編としての「彼岸過迄」は何だかギクシャクした感じのする小説です。元祖ドッキリカメラのような敬太郎の探偵物語から始まって、矢来町の雨の降る日の謎が明かされた後、突然話題の中心が須永に移って須永の長話が続きます。そして、ラストは松本(須永の叔父)が敬太郎に語る須永評で締めくくられています。それにしても、松本という須永の叔父は、いくら親しいとはいえ、甥(須永)の出生の秘密を甥の友人(敬太郎)にバラしてしまっていいのでしょうか。どうも不自然です。

「彼岸過迄」は書きたいこととそれを小説としてどう表現するかが巧く繋がらなくて、途中で面倒になって原料(=書きたいこと)をぶちまけてしまったという感じの小説です。夏目漱石も長編小説はかなり苦手だったようです。しかし、こういう小説を、細切れの新聞小説として書かなければならなかったことを考えると、ある意味では驚異的にすごかったともいえます。あーだこーだ小細工を弄するよりも、文才のある作家は気迫で書いたほうが面白い小説になるのではないかと思います。「雨の降る日」のエピソードなどは実に感動的です(幼くして子を亡くした親は是非読むべし)。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年2月11日 (月)

ジャガイモはいかがですか?

かつては「貧乏人は麦を食え」でしたが、最近はその麦の価格が高騰して大変なことになっています。小麦を原料としている食品は、パンもうどんもカップラーメンもことごとく値上りです。

店頭のカップラーメンを見て、「これ、ひょっとして高いんじゃないの?」と感じるようになった人はジャガイモがおススメです。今や「貧乏人はジャガイモを食え」です。ポテトフライなどの加工品は付加価値が加わって高くなりますが、ジャガイモそのものなら1個15円~20円ぐらいではなかろうか。

昔はジャガイモを茹でるのは時間がかかって大変でしたが、今は電子レンジという便利なものがあります。数分加熱すれば食べられるようになります。茹で上がってから皮をむくのがちょっと面倒ですが、慣れると皮むきも巧くなります(きれいにむけるとけっこううれしい)。カップラーメンが高いと感じるようになったらジャガイモにしましょう。茹でたてのジャガイモは塩をかけるだけでもけっこうおいしいです。

ジャガイモには、

1.1年に2~3回収穫できる
2.痩せた土地でも栽培できる
3.加熱してもビタミンが壊れにくい
4.保存がきく

などのすぐれた特徴があります。うむ、これなら素人にも栽培できるのではなかろうか。

注)昭和25年のことです。高騰する生産者米価に対して、「所得に応じて、所得の少い人は麦を多く食う、所得の多い人は米を食うというような、経済の原則に副つたほうへ持つて行きたいというのが、私の念願であります」と所見を述べた大蔵大臣がいました。後に首相となって所得倍増計画を決定した池田勇人です。この発言が、「貧乏人は麦を食えと言った」として報道されました。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年2月10日 (日)

ギョーザの作り方(約30個)

1.キャベツ1/4、にら1/2束、長ネギ1/2本をみじん切りにする。
2.にんにく3片、しょうが1片をすりおろす。
3.1と2と豚ひき肉150gを塩を振ってまぜ合わせる。
4.市販のギョーザの皮で包む(皮のふちにぐるりと水をつけると包みやすい)

あとはフライパンに油をひいて焼くだけです(適当に水をぶっかけてフタをする)。キャベツのかわりに白菜を使ったり、ひき肉に味付けしたり、いろいろ工夫して我家自慢のオリジナルギョーザを作りましょう。

最近、閉店間際のスーパーに行くと、いつもギョーザの皮が売り切れています。うっかりするとひき肉まで売り切れていることがあります。農薬入り冷凍ギョーザ事件以来ギョーザを手作りするのが急激に流行りだしたようです。一方で冷凍ギョーザは山積み状態です。以前は冷凍ギョーザが売り切れていることもあったのですが・・・。

今回の農薬入り冷凍ギョーザ事件は、

  「ギョーザぐらい自分で作れ」

という天の声かもしれません。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年2月 7日 (木)

芥川龍之介の「或阿呆の一生」を読む

僕は今最も不幸な幸福の中に暮らしている。しかし不思議にも後悔していない。唯僕の如き悪夫、悪子、悪親を持ったものたちを如何にも気の毒に感じている。ではさようなら。僕はこの原稿の中では少なくとも意識的には自己弁護をしなかったつもりだ。

「或阿呆の一生」は芥川龍之介の遺稿です。自らの人生の断面が51の断章に綴られています。わかる人にはわかるけどわからない人にはわからないような婉曲な表現が多く、読者に熟読することを強いるといった感じの作品です。非常に難解です。

     「僕のことをどこまで理解しているか、テストするぞ」

なんだかそんなふうに言われているような気がします。この作品は事前に評伝か何かを読んで予備知識を仕入れておかないととても太刀打ちできません。芥川龍之介のファンの人なら、どこまで熱心なファンかをチェックするバロメーターになると思います。

カンニングをしないで、一般の読者が独立した作品として「或阿呆の一生」を読むとしたら、熟読玩味して謎解きのように各断章からキーフレーズを探すといった読み方がいいのではないかと思います(そこまでして読まなくてもいいか・・・)。

 1 時代    人生は一行のボオドレエルにも若かない
 2 母     彼は彼等(=狂人たち)の臭気に彼の母の臭気を感じた
 3 家     彼は彼の叔母に誰よりも愛(=親近感)を感じていた
 4 東京    桜・襤褸・憂鬱・自分・時代遅れ
 5 我     神々に近い「我」の世界へ彼自身を解放した 
 6 病     しかしそれは痰ではなかった
 7 画     耳を切った和蘭人
 8 花火    命と取り換えてもつかまえたかった
 9 死体    「己は死体に不足すれば、何の悪意もなしに人殺しするがね」
10 先生    樫の木は秋の日の光の中に1枚の葉さえ動かさなかった
11 夜明け   空には丁度彼の真上に星が一つ輝いていた
12 軍港    和蘭芹
13 先生の死 安堵に似た歓びが彼を苦しめた
14 結婚    叔母の「言え」と云う小言
15 彼等    彼等は平和に生活した
16 枕     懐疑主義・半身半馬神
17 蝶     彼の唇の上にいつか擦って行った翅の粉
18 月     偶然彼女に遭遇した。今まで知らなかった寂しさを感じた。
19 人工の翼 太陽に向う翼
20 枷     養父母との同居。新聞社との契約。

断章は51章までありますが、もうやめます。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年2月 5日 (火)

森鴎外の「阿部一族」を読む

森鴎外の「阿部一族」は、肥後国熊本藩主細川忠利の殉死をめぐる物語です。

時は寛永18年、3代将軍徳川家光のころです。当時、武士の間には、主君が死んだ後に家臣があとを追って自殺するという殉死のしきたりがありました。殉死は武士の誉れであり、残された一族も忠臣の一族として優遇されました。

家臣にとって、武士としての名誉と一族の繁栄のためには殉死ほど手っ取り早い方法はなかったのですが、この殉死には主君の許可が必要でした。主君は忠臣と認めたものだけに殉死を許したようで、許可なく主君を追って自殺しても殉死とはみなされませんでした(賞賛もされなければ残された一族が優遇されることもない)。殉死をするためには主君の生前に必ず許しを得ておく必要があったのです。

許しを得る前に主君に死なれてしまうと、「死ぬべきときに死なぬもの、恩知らず、卑怯者」と蔑まれ、さらには「お許しがないのを幸いに生きている」とまでクソミソに言われました。立つ瀬がないというか、名分を重んじる武士としてこれほど不名誉なことはありません。

殉死の許可については新しい主君に願い出てもいいらしいのですが、先君が許さなかった殉死を新しい主君が許すということはまずなかったようです。そこでなんとしても殉死がしたい家臣の中には「小脇差を腹に突き立ててから願書を出す」などという凄まじいことをやった人もいたようです。

熊本藩主細川忠利が病死したときは忠臣として18人の殉死が許されましました。しかし、どうしても許しが出なかった19番目の家臣がいました。阿部弥一右衛門です。弥一右衛門は勤勉実直ではありましたが可愛げがなかったためか、どうも主君の忠利から嫌われていたようです。

弥一右衛門のように殉死すべき立場の家臣が殉死を許されないとどういう運命が待っているか、「阿部一族」はその悲劇を描いた小説です。この小説は数年前にも何かの機会に読んだことがありましたが、そのときはこの深刻な歴史小説を読みながら不謹慎にも大笑いしてしまいました。

「阿部一族」を読むときは、副読本として太宰治の「お伽草子(瘤取り)」もあわせて読んでみることをおススメします。「阿部一族」は格調高い歴史小説、「お伽草子」はいい加減なお伽話ですが、人生の悲喜劇を見つめる視点がどこか似ています。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年2月 1日 (金)

太宰治の「斜陽」を読む

主人公のかず子は29歳、宮家の令嬢だったが、10年前に父が病死。その後、かず子は結婚したが、不倫を疑われて離婚、母が暮らす実家に戻る。流産。
戦後の混乱の中で生活に窮し、西片町の屋敷を手放す。母とふたり東京を離れて伊豆の山荘へ転居。身の回りの世話をする女中はもういない。落魄の身である。母は娘のために、娘は母のために、ただそれだけを心の支えに生きている。

 「お母さま、障子をあけましょうか。雪が降っているのよ」
 花びらのような大きな牡丹雪が、ふわりふわり降りはじめていた。私は、障子をあけ、お母さまと並んで坐り、硝子戸越しに伊豆の雪を眺めた。

この「斜陽」という小説は没落貴族の物語です。名作ということになっていますが、いろいろな内容を盛り込みすぎていて構成が粗雑です。短編の寄木細工のようで、繋ぎ目が痛々しいです。日記や手紙や遺書などを多用して強引にひとつの小説にまとめてしまったという感じです。

こうした構成の不都合について、太宰治は小説の中で予防線を張っています。南方から復員してきた直治(かず子の弟)の夕顔日記には次のような下りがあります。

僕は、どんなにでも巧く書けます。一篇の構成あやまたず、適度の滑稽、読者の目の裏を焼く悲哀、若しくは、蕭然、所謂襟を正さしめ、完璧のお小説、朗々音読すれば、これすなわち、スクリンの説明か、はずかしくて、書けるかっていうんだ。どだいそんな、傑作意識が、ケチくさいというんだ。

この小説(「斜陽」)がこれまでのような「完璧のお小説」でなくても、読者は文句をいうなというわけです。「(この小説に限り)小説は技術ではない。ハートだよ」ということなのかもしれません。20歳になる前に読んでおいたほうがいい小説だと思います。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2008年1月 | トップページ | 2008年3月 »