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2008年2月 5日 (火)

森鴎外の「阿部一族」を読む

森鴎外の「阿部一族」は、肥後国熊本藩主細川忠利の殉死をめぐる物語です。

時は寛永18年、3代将軍徳川家光のころです。当時、武士の間には、主君が死んだ後に家臣があとを追って自殺するという殉死のしきたりがありました。殉死は武士の誉れであり、残された一族も忠臣の一族として優遇されました。

家臣にとって、武士としての名誉と一族の繁栄のためには殉死ほど手っ取り早い方法はなかったのですが、この殉死には主君の許可が必要でした。主君は忠臣と認めたものだけに殉死を許したようで、許可なく主君を追って自殺しても殉死とはみなされませんでした(賞賛もされなければ残された一族が優遇されることもない)。殉死をするためには主君の生前に必ず許しを得ておく必要があったのです。

許しを得る前に主君に死なれてしまうと、「死ぬべきときに死なぬもの、恩知らず、卑怯者」と蔑まれ、さらには「お許しがないのを幸いに生きている」とまでクソミソに言われました。立つ瀬がないというか、名分を重んじる武士としてこれほど不名誉なことはありません。

殉死の許可については新しい主君に願い出てもいいらしいのですが、先君が許さなかった殉死を新しい主君が許すということはまずなかったようです。そこでなんとしても殉死がしたい家臣の中には「小脇差を腹に突き立ててから願書を出す」などという凄まじいことをやった人もいたようです。

熊本藩主細川忠利が病死したときは忠臣として18人の殉死が許されましました。しかし、どうしても許しが出なかった19番目の家臣がいました。阿部弥一右衛門です。弥一右衛門は勤勉実直ではありましたが可愛げがなかったためか、どうも主君の忠利から嫌われていたようです。

弥一右衛門のように殉死すべき立場の家臣が殉死を許されないとどういう運命が待っているか、「阿部一族」はその悲劇を描いた小説です。この小説は数年前にも何かの機会に読んだことがありましたが、そのときはこの深刻な歴史小説を読みながら不謹慎にも大笑いしてしまいました。

「阿部一族」を読むときは、副読本として太宰治の「お伽草子(瘤取り)」もあわせて読んでみることをおススメします。「阿部一族」は格調高い歴史小説、「お伽草子」はいい加減なお伽話ですが、人生の悲喜劇を見つめる視点がどこか似ています。

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