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2008年2月 1日 (金)

太宰治の「斜陽」を読む

主人公のかず子は29歳、宮家の令嬢だったが、10年前に父が病死。その後、かず子は結婚したが、不倫を疑われて離婚、母が暮らす実家に戻る。流産。
戦後の混乱の中で生活に窮し、西片町の屋敷を手放す。母とふたり東京を離れて伊豆の山荘へ転居。身の回りの世話をする女中はもういない。落魄の身である。母は娘のために、娘は母のために、ただそれだけを心の支えに生きている。

 「お母さま、障子をあけましょうか。雪が降っているのよ」
 花びらのような大きな牡丹雪が、ふわりふわり降りはじめていた。私は、障子をあけ、お母さまと並んで坐り、硝子戸越しに伊豆の雪を眺めた。

この「斜陽」という小説は没落貴族の物語です。名作ということになっていますが、いろいろな内容を盛り込みすぎていて構成が粗雑です。短編の寄木細工のようで、繋ぎ目が痛々しいです。日記や手紙や遺書などを多用して強引にひとつの小説にまとめてしまったという感じです。

こうした構成の不都合について、太宰治は小説の中で予防線を張っています。南方から復員してきた直治(かず子の弟)の夕顔日記には次のような下りがあります。

僕は、どんなにでも巧く書けます。一篇の構成あやまたず、適度の滑稽、読者の目の裏を焼く悲哀、若しくは、蕭然、所謂襟を正さしめ、完璧のお小説、朗々音読すれば、これすなわち、スクリンの説明か、はずかしくて、書けるかっていうんだ。どだいそんな、傑作意識が、ケチくさいというんだ。

この小説(「斜陽」)がこれまでのような「完璧のお小説」でなくても、読者は文句をいうなというわけです。「(この小説に限り)小説は技術ではない。ハートだよ」ということなのかもしれません。20歳になる前に読んでおいたほうがいい小説だと思います。

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