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2008年3月31日 (月)

選抜高校野球・ベスト8

明日からいよいよ準々決勝です。今年は高校野球らしい地味なチームが勝ち上がってきているようです。勢いを重視して準々決勝の予想をしてみました。

4月1日 
第1試合  聖望学園(埼玉)  - 平安(京都)
第2試合  千葉経大付(千葉)長野日大(長野)
4月2日
第1試合  東洋大姫路(兵庫)智弁和歌山(和歌山)
第2試合  天理(奈良)    - 沖縄尚学(沖縄)

楽天の野村監督の言うことには、

  「野球っていうのは、点を取られなければ負けないんだ」

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2008年3月30日 (日)

夏目漱石の「明暗」を読む

1年前なぜ清子は自分のもとを去っていったのか、津田由雄はそれを聞くためにわざわざ温泉地で静養中の清子に会いに出かけて行きます。バカだねー。

津田という男は自惚れが強く、しかも些細なことで平気で嘘をつきます。計算高く功利的で見栄坊です。結婚して一家を構えているのに経済的自立心が乏しくいまだに京都に住む親の援助を当てにしています。それでいて世間的な体面を気にします。裏表のない人間を高潔な人格者とするなら、津田はおよそ人格者とは程遠い人物です。自責の念も反省の心もありません。恋人として見せびらかすには適当でも、結婚して人生の苦楽を共にするにはおよそふさわしくない男です。

清子はなぜ津田を捨てて他の男と結婚してしまったのでしょうか。言わずと知れたことです。男を見る目があったからです。そんな津田と延子はなぜ結婚してしまったのでしょうか。これまた言わずと知れたことです。延子には男を見る目がなかったからです。割れ鍋に綴じ蓋です。

「明暗」という小説は、凝縮された時間の中で、津田由雄と延子という新婚夫婦の心に隙間風が吹き始めてくる様子をくどいくらい緻密に描いていきます。まさに行間を埋め尽くすような心理描写がされます。読者の想像力は埋め尽くされた行間のさらにまた行間に向っていきます。頭の中は書かれざる分岐ストーリーが氾濫して一気に読もうとするとパニック状態になります。この小説は、少し読んでは立ち止まって考え、また少し読んでは立ち止まって考える・・・そんな感じで少しずつ読むのがいいと思います。わが身の浅はかさを反省しながらじっくり味わって読む小説です。

津田と清子に温泉地で何が起こるのか、津田の留守中吉川夫人はお延に何をするつもりなのか、ダメ男・津田由雄の行く手にはどんな運命が待っているのか・・・数々の謎を残したまま「明暗」は絶筆となってしまいました。物語はまだまだ続くのか、それともそろそろ結末が近いのか、それさえもよくわかりません。

長さから考えて絶筆とはいえ結末が近かったという意見もあるようです。しかし、「明暗」という小説はこれまでの漱石の小説とは大きく構想が違っています。物語が複眼的に描かれていて、本当の主人公が誰なのかさえはっきりしません。過去の経験則は当てはまらないと思います。

「明暗」は善悪の価値観が封印されていて教訓じみた倫理臭がないというのがひとつの特徴(=魅力)になっています。描かれているのはヒューマニズムの彼岸にある荒涼とした精神風景です。未完でありながら近代文学の最高傑作という評価もあるようです。

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2008年3月22日 (土)

簡単なチキンライスの作り方(2人前)

何を思ったのか急にチキンライスが食べたくなりました。味覚が幼児化して来たのだろうか?

1.電子レンジで解凍したご飯(大盛り一杯)をお皿に広げて水分を飛ばしておく
2.玉ネギ1/2をみじん切りにして油で炒める
3.鶏挽き肉100gを加えてさらに炒める
4.トマトケチャップをかけてまぜる
5.最後に水分を飛ばしておいたご飯をぶち込んでまぜる

これで最低限のチキンライスができます。味は塩コショウでととのえてケチャップは少なめにするといいです。決してまずくはありません。

さて、チキンライスを作ると次にどうしてもオムライスが作りたくなります。しかし、オムライスは難しいです。なかなかうまくいきません。

1.卵2個をよく溶いて油をひいたフライパンに薄く広げる
2.真ん中にチキンライスをのせる(分量がむずかしい)
3.火を止める
4.卵の皮で包んでひっくり返す(これがうまくできない)

卵が破けてぐしゃぐしゃになっても味は変りません。我慢するか。

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2008年3月20日 (木)

夏目漱石の「行人」を読む

長野二郎は有楽町のとある事務所に勤務している勤め人です。まだ独身で兄夫婦(一郎と直)と共に番町の実家で両親と同居しています。兄の一郎は気難しい学者です。いつも書斎に篭っていることが多く、性格の不一致から夫婦仲は冷え冷えとしています。一郎との関係が冷え切っている直が気軽に冗談がいえる弟の二郎と親しくなるのは自然の流れです。それがまた一郎の癇に障ります。

一郎は、日ごろの挙動から妻の直が弟の二郎に惚れているのではないかと疑念を抱くようになります。一度疑念を抱くと妄想が膨らんできます。あくまでも自分の判断が正しいと信じる一郎は妄想に一致しない現実を認めようとしません。弟の二郎は疑念を抱く兄に嫌気がさして、家を出て下宿生活を始めるようになります。

家庭内の不和というと、ハラダのやぶきたブレンドのコマーシャルのような嫁と姑の確執が一般的ですが、「いずこも同じ秋の夕暮れ」と笑っていられるのは、夫婦仲がいい家庭の場合です。夫婦仲が険悪だと、お嫁さんもお姑さんの嫁いびりにつき合っている余裕がありません。
夏目漱石の「行人」という小説は、妻との関係がうまくいかず、他の家族(両親、弟、妹など)からも腫れ物に触れるように扱われている暗く淋しい男の物語です。なにがどうしてこうなったのか、学問のやりすぎで頭がおかしくなってしまったのかそれとも持って生れた性格なのか、物語は直と二郎の関係が一郎の妄想に擦り寄っていきかねない危うさを孕んで展開していきます。

夏目漱石の「行人」は、エンジンがかかるまでは焦点が定まらないモタモタした感じのする小説です。序盤で挫折してしまう読者が多いかもしれません。でも、頑張って読み続けているうちに俄然面白くなってきます。中盤になると、日常の何気ない会話にも鬼気迫る緊迫感が漂ってきます。怖いです。「これは漱石文学の最高傑作ではないか」という予感を抱かせます。

ところが、例によって終盤がいけません。漱石の小説はいつも終盤で腰砕けになります。潔く滅びの美学に殉じてしまえばいいのに、最後になると救いを求める自己弁護が始まります。「Hさんの手紙」は一郎を美化するための蛇足です。一郎のモデルが漱石自身であるとすれば、一郎を断罪できないような小説は、自虐的な自然主義文学の立場から「甘い」と批判されても仕方ないかもしれません。

「行人」に限らず、夏目漱石の小説を読んでいてつくづく感じるのは、頑固で凡庸な倫理観が折角の文才を台無しにしているのではないかということです。夏目漱石が私小説的な純文学(恥も外聞もなく自分を曝け出すことを尊しとするならず者の文学)から足を洗って、あの描写力で夢野久作のようなオドロオドロしい世界を描いたら、千年の風雪に耐える大傑作が誕生していたのではないかと思います。残念です。

最後に蛇足です。

鴎外と漱石とを比べて、自分などはむしろ鴎外を重んずるものだが、鴎外には「坊っちゃん」は、ないのである。「高瀬舟」位では、なかなか後世に伝わりにくいのである。鏡花と紅葉とを比べて、天分の上からも作品の上からも、弟子は師を凌いでいるが、「高野聖」や「湯島詣」位では後世に伝わらないのではないか。「金色夜叉」は、まだ五十年や百年は残りそうである。

これは昭和22年5月に「新潮」に掲載された菊池寛の「半自叙伝」の一節です。「DS文学全集」を読んでいたおかげで、ここで菊池寛が言わんとしている事が実によく理解できます。なるほどです。菊池寛は、小説の根底に流れている人情(喜怒哀楽)に時代の風雪に耐える普遍性があるかどうかを見ているのです。言い換えると、時代を超えて読者を感動させる通俗的面白さの有無に注目しているのです。もしそうだとすれば、優れた純文学小説よりも優れた娯楽小説のほうが時代の風雪に耐えられる可能性は高いといえます。もし、世の中に「娯楽作品は短命」という固定観念があるとすれば、それは間違いだと思います。むしろ「娯楽的面白さのない作品は短命」というべきです。

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2008年3月13日 (木)

夏目漱石の「門」を読む

この小説の主人公野中宗助は薄給の下級役人です。何か不都合があったらしく、大学を中退して現在の職にありつきました。年齢は20代後半と推測されます。週に6日は役所に出勤して真面目に仕事をしています(昔は週休1日制だった)。両親はすでに他界し、細君の御米(およね)と郊外の崖下の借家でひっそりと暮しています。子どもはいません。とても仲睦まじい夫婦です。宗助はあれもやりたいこれもやりたいと思いながら、日曜日になるとただボーッとしています。気晴らしに散歩をしたり銭湯に行ったりするぐらいが関の山で、せっかくの日曜日が虚しく過ぎていきます。月曜日からまた出勤です。

夏目漱石の「門」は、家庭小説のような前半が面白いです。小心者の主人公宗助が親戚関係のわずらわしさに頭を悩ませたり、熱を出した愛妻を必死に看病したり、泥棒事件をきっかけに崖の上に住んでいる大家さんと親しくなったり、招かざる客の弟に平穏な生活を乱されたり、歯が痛くなって歯医者にいったり・・・何でもないような日常生活の断面が実にリアルに描かれています。

ところが、後半がいけません。「不義」だの「罪の意識」だのありもしない苦悩をでっち上げて、無理に深刻ぶった小説になっています。作りすぎです。

後半になると宗助の過去の恋愛上のトラブルが、まるで大罪を犯したかのように持ち出されてきます。しかし、それについては具体的なことが書かれていません。読者に対する説得力ある説明が抜けているのです。

とりあえず宗助が友人の安井から御米を奪ったということになっているのですが、安井と御米が正式な夫婦だったのかどうかは不明です。あまり表沙汰に出来ない関係だったようにも思えます。仮に安井と御米が正式な夫婦であったとしても、宗助と御米の関係は単なる不倫ではありません。その後きちんと結婚しています。責任(?)はとっているのです。宗助がイヤがる御米を無理矢理強姦したわけでもなければ、痴情の果てに殺人事件や傷害事件をおこしたわけでもありません(たぶん)。小説のなかの情報から判断する限り、御米が安井と宗助を比べて宗助を選んだというだけの話に思えます。

 安井 「ひどいじゃないか。御米はオレのものだ」
 御米 「わたしは宗助さんがいいわ」
 安井 「…………」
 宗助 「悪いな。そういうことだから」

これだけのことではないでしょうか。少なくとも親、親類、友人にことごとく見棄てられて学校まで退学せざるをえなかったような「悪事」を宗助がしたとは思えません。

やがて消息不明だった安井に宗助が会うの会わないのという話になるのですが、一般的に考えれば、宗助よりも安井のほうがよほど宗助には会いたくないだろうと思います。宗助と親しい崖の上の坂井さんは安井からすっかり事情を聞いていてすべてお見通しだったかもしれません。そうだとすれば、宗助は秘密でも何でもないことを一身上の秘密のように思い込んでこそこそ逃げ回っていたことになります。たとえば、宗助が意を決して坂井さんに身の上話をしたとします。

 宗助 「私たち夫婦には実はそういう事情があったのです」
 坂井 「知ってたよ」
 宗助 「えっ?」
 坂井 「まあ、人生いろいろあらあな」

年長で第三者の坂井さんから見れば、宗助の「罪の意識」などこの程度のことだったかもしれません。

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2008年3月 8日 (土)

徳冨蘆花の「不如帰」を読む・その2

「不如帰」には「金色夜叉」の間貫一と同じような境遇の人物が登場します。男爵海軍少尉川島武男の従兄に当たる千々岩安彦です。ただし、千々岩安彦は間貫一と違って品性下劣で狡猾な根っからのワルとして描かれています。

千々岩安彦は孤(みなしご)なりき。父は鹿児島の藩士にて、維新の戦争に討死(うちじに)し、母は安彦が六歳の夏そのころ霍乱(かくらん)と言いけるコレラに斃(たお)れ、六歳の孤児は叔母――父の妹の手に引き取られぬ。父の妹はすなわち川島武男の母なりき。
 叔母(武男の母)はさすがに少しは安彦をあわれみたれども、叔父(武男の父)はこれを厄介者に思いぬ。武男が仙台平の袴をはきて儀式の座につく時、小倉袴の萎(な)えたるを着て下座にすくまされし千々岩は、身は武男のごとく親、財産、地位などのあり余る者ならずして、全くわが拳(こぶし)とわが知恵に世を渡るべき者なるを早く悟り得て、武男を悪(にく)み、叔父をうらめり。

(平民の)安彦を無視して(男爵の)武男と結婚してしまった浪子に、安彦はこんな憎まれ口をたたいたりもします。

「へへへへへ、華族で、金があれば、ばかでも嫁に行く、金がなけりゃどんなに慕っても唾(つばき)もひッかけん、ね、これが当今(いま)の姫御前(ひめごぜ)です。へへへへ、浪子さんなンざそんな事はないですがね」

なんとも嫌味な言い草です。「不如帰」に出てくるこの千々岩安彦という敵役は、「金色夜叉」の間貫一を意識的に皮肉っているような気がしないでもないです。

「不如帰」は明治31年(1898)11月から翌年の5月まで、国民新聞(現在の東京新聞)に掲載された新聞小説ですが、その後民友社から出版されて大ベストレラーになったそうです。10年後の明治42年、「第百版不如帰の巻首に」と題するはしがきで、自作の「不如帰」(あえて「ふじょき」とフリ仮名を振っている)について徳冨健次郎(蘆花)は次のような感想を述べています。

単純な説話で置いたらまだしも、無理に場面をにぎわすためにかき集めた千々岩山木の安っぽい芝居がかりやら、小川某女の蛇足やら、あらをいったら限りがない。百版という呼び声に対してももっとどうにかしたい気もする。

この反省の弁は決して謙遜ではないと思います。徳冨蘆花は「不如帰」に色濃く施されている、よせばよかった「厚化粧」に内心忸怩たる思いをしていただろうと思います。この「第百版不如帰の巻首に」は次のような言葉で締めくくられています。

不如帰のまずいのは自分が不才のいたすところ、それにも関せず読者の感を惹く節があるなら、それは逗子の夏の一夕にある婦人の口に籍(か)って訴えた「浪子」が自ら読者諸君に語るのである。要するに自分は電話の「線(はりがね)」になったまでのこと。

このはしがきが書かれた3年前の明治39年、伊藤左千夫の「野菊の墓」が俳誌「ホトトギス」に発表されています。同じ悲恋物語でも「野菊の墓」のストーリーはいたって単純です。余計なものは一切出てきません。話が横道にそれることもなく、波乱万丈の物語的派手さもありません。華族だのダイヤモンドだのといった都会の煌びやかな世界とはおよそ無縁で、青年将校だの一高生だのといった当時のエリート青年も出てこなければ男を狂わす美貌の女性も出てきません。全体が淡い水彩画のような詩情あふれる悲恋物語です。徳冨蘆花はこの「野菊の墓」をおそらく読んでいたと思います。そして、「負けた」と思ったのではないでしょうか。

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2008年3月 7日 (金)

徳冨蘆花の「不如帰」を読む・その1

次のような数え歌を知っているでしょうか。昔は鞠つきやお手玉をしながらよく歌われたそうです。

一番はじめが一の宮
二は日光東照宮  
三は讃岐の金比羅さん
四は信濃の善光寺
五つ出雲(いずも)の大社(おおやしろ)
六つ村には鎮守様
七つ成田の不動様
八つ八幡(やはた)の八幡宮
九つ高野(こうや)の高野山
十は東京浅草寺(せんそうじ)

あれこれ心願懸けたけど、浪子の病は治らない
ごうごうごうごう行く汽車は 武男と浪子の行き別れ
二度と逢えない汽車の窓 鳴いて血を吐くホトトギス

作者不詳で口承によって広まったため、三が佐倉の宗五郎になっていたり、十が東京本願寺になっていたり、若干異同があります。終わりの3行にいたっては、白いハンケチが出てきたり、「早く帰ってちょうだいな」のセリフが出てきたりするのもあります。

もともとあった数え歌に誰が考えたのか「不如帰」のあらすじが付け足されて出来たらしいです。小さな子どもたちは何のことだか訳もわからずにこの歌を歌って遊んでいたのだろうと思います。わたしもこんな歌があったとはつい先日まで知りませんでした。

徳冨蘆花の「不如帰」は明治時代最大のベストセラー小説だそうです。しかし、戦後はあまり読まれなくなってしまいました。主人公の武男が海軍少尉であったりヒロインの浪子の父が陸軍中将であったりさらには好戦的な日清戦争の海戦場面が出てきたりするため、戦後の反戦平和思想の高まりの中で「軍国主義的な悪書」のレッテルが貼られてしまったのかもしれません。本当は軍国主義とは関係ない悲恋物語なんですけどね。

尾崎紅葉の「金色夜叉」は、読まれなくなったとはいえそのタイトルぐらいは一般的にもまだ知られていると思います。ところが徳冨蘆花の「不如帰」になると、小説の存在そのものが忘れ去られてしまっているのではないかという気がします。「不如帰」のおかげで全国的に有名になった伊香保温泉(群馬県)が、今や小説よりも有名になってしまいました。ネットで「不如帰」を検索してみても、マニアでなければ知らないようなファミコンの戦国シュミレーションゲーム「不如帰」や幡ヶ谷のラーメン店「不如帰」の記事が多くて小説の「不如帰」が埋もれてしまっています。残念無念です。

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2008年3月 4日 (火)

尾崎紅葉の「金色夜叉」を読む・その2

タイトルの「金色夜叉」というのは「金力の鬼」という意味で、高利貸となった間貫一を指していると考えるのが一般的です。一般的というよりそれ以外に解釈のしようがないかもしれません。でも、はたしてそれでいいのでしょうか。余談として新説(珍説?)を発表したいと思います。冗談だと思って読んでください。

「金色夜叉」とは「金色の夜叉」ではなく、もともとは「金と色の夜叉」を意味していたのではないでしょうか。貫一を金力の鬼、お宮を色力の鬼と考えると二人合わせて「金色夜叉」です。

「金色夜叉」は明治30年に「読売新聞」の新聞小説としてスタートしました。明治35年までに「前編」、「中編」、「後編」、「続金色夜叉」、「続続金色夜叉」と断続的に書き継がれ、さらに明治36年には「新続金色夜叉」が「新小説」に発表されました。途中で尾崎紅葉が胃癌で倒れたため弟子の小栗風葉が書き継いだそうですが、「新続金色夜叉」がそれに当たるのかあるいはさらに小栗風葉が書き継いだ続きがあったのかははっきりしません。あるいはもっとずっと早い段階ですでに小栗風葉がゴーストライターをやっていたかもしれません。

なにはともあれ、注目したいのは「前編」です。前編の第三章に描かれているお宮には、将来色の亡者に変身してもおかしくない妖しげなムードが漂っています。明らかにその後のお宮とはイメージが違います。

お宮は「色力の鬼」として描かれるはずだったのですが、「金色夜叉」の連載が続くにつれて、お宮に同情する熱狂的読者が増えてきました。多くの読者はお宮を悲劇のヒロインと思い込んで感情移入してしまったのです。自分のことのように「金色夜叉」を愛読していた読者は、お宮が貫一への「裏切り」を後悔するしおらしい薄幸の女性として描かれることを期待しました。こうした愛読者の想いが強くなればなるほど作者としてはその期待を裏切るわけにいかなくなってきます。尾崎紅葉は、やがて展開するはずだったお宮の色の亡者ぶりが書けなくなってしまったのではないでしょうか(冗談)。

まあ、何も知らずに「金色夜叉」というタイトルだけを見せられたら、「鞍馬天狗」や「黄金バット」や「月光仮面」のような活劇ドラマを想像してしまいそうです。貧しい人を救うためマントをひるがえしてやってくる黄金仮面の男、正義の味方金色夜叉といった感じです。およそメロドラマのタイトルらしくありません。タイトルが小説の中身とチグハグなのは、読者の反響の大きさが当初の小説の構想を変えさせてしまったからであることは確かなようです。「金色夜叉」は読者の反応と相談しながら書き進められた元祖インタラクティブ小説といえるかもしれません。新聞小説の鏡です。

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2008年3月 2日 (日)

尾崎紅葉の「金色夜叉」を読む・その1

主人公の間貫一(はざまかんいち)は早くに両親を亡くした孤児でしたが、貫一の亡き父を恩人と仰ぐ鴫沢隆三(しぎさわりゅうぞう)の家に身を寄せて気楽な学生生活を送っていました。

鴫沢家には宮という美しいひとり娘がいました。鴫沢夫妻は勉強家で品行方正だった貫一をこのひとり娘の婿として迎えたいと考えていました。貫一も宮を心から愛していました。宮との結婚話は願ったり叶ったりです。友人からも祝福され人生順風満帆の貫一は有頂天でした。

彼は夫婦に増したる喜びを擁(いだ)きて、ますます学問を励みたり

ところが、貫一と平凡な結婚をするには宮という娘はあまりにも美し過ぎました。宮も貫一に好意を抱いてはいましたが、結婚についてはそれほど強く望んでいたわけではありませんでした。

宮も貫一をば憎からず思えり。されど恐らくは貫一の思える半には過ぎざらん。……才だにあらば男立身は思いのままなる如く、女は色をもて富貴を得べしと信じたり。なお彼(宮)は色を以って富貴を得たる人たちの若干(そくばく)を見たりしに、その容(かたち)の己に如(し)かざるものの多きを見出せり。剰(あまつさ)へ彼(宮)は行く所にその美しさを唱われざるはあらざりき。

やがて貫一に悲劇が訪れます。宮を見そめた資産家の息子が現れて、その求婚を宮が受け入れてしまうのです。許婚(いいなずけ)であった宮を奪われることは、貫一にとっておそらく経験したことのない屈辱だったろうと思います。この失恋は打たれ弱い優等生には厳しすぎる試練でした。あくまでも自分が正しいと信じて疑わない貫一には、宮の幸せを願う心のゆとりなどはありません。

そこで、あの熱海の海岸のクライマックスシーンになるわけです。熱海の海岸には、許しを乞うお宮を貫一が蹴り飛ばしている銅像が建てられているそうです。驚いたものです。文学碑ではなく銅像というのがすごいです(熱海という地名が全国的に有名になったのも「金色夜叉」の影響だとか)。

「吁(ああ)、宮さんかうして二人が一処に居るのも今夜ぎりだ。お前が僕の介抱をしてくれるのも今夜ぎり、僕がお前に物を言うのも今夜ぎりだよ。一月の十七日、宮さん、善く覚えてお置き。来年の今月今夜は、貫一は何処でこの月を見るのだか! 再来年の今月今夜……十年後の今月今夜……一生を通して僕は今月今夜を忘れん、忘れるものか、死んでも僕は忘れんよ! 可いか、宮さん、一月の十七日だ。来年の今月今夜になったならば、僕の涙で必ず月は曇らして見せるから、月が……月が……月が……曇ったらば、宮さん、貫一は何処かでお前を恨んで、今夜のやうに泣いていると思ってくれ。」

「金色夜叉」にはこういう長セリフがやたらと出てきます。お宮の「裏切り」に自暴自棄となった貫一は、お宮と別れてそのまま失踪してしまいます。

4年後に姿を現したとき、貫一は冷酷非道な高利貸の手代になっていました。借り手の弱みに付け込んだ情け容赦のないその仕事ぶりは雇主の鰐淵直行にも厚く信頼されていました。

彼は手代として能く働き、顧問として能く慮(おもんぱか)るのみをもて、鰐淵が信用を得たるにあらず、彼の齢(よわい)を以てして、色を近けず、酒に親まず、浪費せず、遊惰せず、勤むべきは必ず勤め、なすべきは必ずなして、己を衒(てら)わず、他を貶(おとし)めず、恭謹にしてしかも気節に乏しからざるなど、世にありがたき若者なり、と鰐淵はむしろ心陰(こころひそか)に彼を畏れたり。

金に対する恨みとそれゆえの金に対する執着だけが貫一にとっては唯一の生きる支えでした。貫一は自分が金力の奴隷になっていることに気がつきません。強靭な意志力と非情な心を持った高利貸のエキスパート、それが間貫一です。

金の亡者の貫一が人妻となったお宮と再会することで再び物語が動き出します。お宮は足蹴にされても足蹴にされても貫一に取りすがるし、貫一はすがられてもすがられてもお宮を蹴り飛ばします。「金色夜叉」という小説は、「許して」「嫌だ」の繰り返しが延々と続きます。小説とはいえ貫一とお宮のキャラクターはあまりにも作り過ぎで、生身の人間らしくないです。まるで怨念ロボットと悔恨ロボットが出口のない檻の中で動き回っているようです……それがいいのかな。

「金色夜叉」は大長編のわりに読んでいて退屈しません。いろいろああでもないこうでもないと考えたり、かつて身近にあった似たような「事件」を思い出したりします。懐かしいような切ないような何か不思議な気分にさせられます。

洒落にならないような絶対にやってはいけない「禁じ手」も出てきます。熱心な読者が完結することを許さなかったのかもしれません。「金色夜叉」を読むときは、細かいことは気にせずに素直に楽しんでしまうのがいいのではないかと思います。

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