« 尾崎紅葉の「金色夜叉」を読む・その2 | トップページ | 徳冨蘆花の「不如帰」を読む・その2 »

2008年3月 7日 (金)

徳冨蘆花の「不如帰」を読む・その1

次のような数え歌を知っているでしょうか。昔は鞠つきやお手玉をしながらよく歌われたそうです。

一番はじめが一の宮
二は日光東照宮  
三は讃岐の金比羅さん
四は信濃の善光寺
五つ出雲(いずも)の大社(おおやしろ)
六つ村には鎮守様
七つ成田の不動様
八つ八幡(やはた)の八幡宮
九つ高野(こうや)の高野山
十は東京浅草寺(せんそうじ)

あれこれ心願懸けたけど、浪子の病は治らない
ごうごうごうごう行く汽車は 武男と浪子の行き別れ
二度と逢えない汽車の窓 鳴いて血を吐くホトトギス

作者不詳で口承によって広まったため、三が佐倉の宗五郎になっていたり、十が東京本願寺になっていたり、若干異同があります。終わりの3行にいたっては、白いハンケチが出てきたり、「早く帰ってちょうだいな」のセリフが出てきたりするのもあります。

もともとあった数え歌に誰が考えたのか「不如帰」のあらすじが付け足されて出来たらしいです。小さな子どもたちは何のことだか訳もわからずにこの歌を歌って遊んでいたのだろうと思います。わたしもこんな歌があったとはつい先日まで知りませんでした。

徳冨蘆花の「不如帰」は明治時代最大のベストセラー小説だそうです。しかし、戦後はあまり読まれなくなってしまいました。主人公の武男が海軍少尉であったりヒロインの浪子の父が陸軍中将であったりさらには好戦的な日清戦争の海戦場面が出てきたりするため、戦後の反戦平和思想の高まりの中で「軍国主義的な悪書」のレッテルが貼られてしまったのかもしれません。本当は軍国主義とは関係ない悲恋物語なんですけどね。

尾崎紅葉の「金色夜叉」は、読まれなくなったとはいえそのタイトルぐらいは一般的にもまだ知られていると思います。ところが徳冨蘆花の「不如帰」になると、小説の存在そのものが忘れ去られてしまっているのではないかという気がします。「不如帰」のおかげで全国的に有名になった伊香保温泉(群馬県)が、今や小説よりも有名になってしまいました。ネットで「不如帰」を検索してみても、マニアでなければ知らないようなファミコンの戦国シュミレーションゲーム「不如帰」や幡ヶ谷のラーメン店「不如帰」の記事が多くて小説の「不如帰」が埋もれてしまっています。残念無念です。

|

« 尾崎紅葉の「金色夜叉」を読む・その2 | トップページ | 徳冨蘆花の「不如帰」を読む・その2 »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/122218/11039408

この記事へのトラックバック一覧です: 徳冨蘆花の「不如帰」を読む・その1:

« 尾崎紅葉の「金色夜叉」を読む・その2 | トップページ | 徳冨蘆花の「不如帰」を読む・その2 »