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2008年3月13日 (木)

夏目漱石の「門」を読む

この小説の主人公野中宗助は薄給の下級役人です。何か不都合があったらしく、大学を中退して現在の職にありつきました。年齢は20代後半と推測されます。週に6日は役所に出勤して真面目に仕事をしています(昔は週休1日制だった)。両親はすでに他界し、細君の御米(およね)と郊外の崖下の借家でひっそりと暮しています。子どもはいません。とても仲睦まじい夫婦です。宗助はあれもやりたいこれもやりたいと思いながら、日曜日になるとただボーッとしています。気晴らしに散歩をしたり銭湯に行ったりするぐらいが関の山で、せっかくの日曜日が虚しく過ぎていきます。月曜日からまた出勤です。

夏目漱石の「門」は、家庭小説のような前半が面白いです。小心者の主人公宗助が親戚関係のわずらわしさに頭を悩ませたり、熱を出した愛妻を必死に看病したり、泥棒事件をきっかけに崖の上に住んでいる大家さんと親しくなったり、招かざる客の弟に平穏な生活を乱されたり、歯が痛くなって歯医者にいったり・・・何でもないような日常生活の断面が実にリアルに描かれています。

ところが、後半がいけません。「不義」だの「罪の意識」だのありもしない苦悩をでっち上げて、無理に深刻ぶった小説になっています。作りすぎです。

後半になると宗助の過去の恋愛上のトラブルが、まるで大罪を犯したかのように持ち出されてきます。しかし、それについては具体的なことが書かれていません。読者に対する説得力ある説明が抜けているのです。

とりあえず宗助が友人の安井から御米を奪ったということになっているのですが、安井と御米が正式な夫婦だったのかどうかは不明です。あまり表沙汰に出来ない関係だったようにも思えます。仮に安井と御米が正式な夫婦であったとしても、宗助と御米の関係は単なる不倫ではありません。その後きちんと結婚しています。責任(?)はとっているのです。宗助がイヤがる御米を無理矢理強姦したわけでもなければ、痴情の果てに殺人事件や傷害事件をおこしたわけでもありません(たぶん)。小説のなかの情報から判断する限り、御米が安井と宗助を比べて宗助を選んだというだけの話に思えます。

 安井 「ひどいじゃないか。御米はオレのものだ」
 御米 「わたしは宗助さんがいいわ」
 安井 「…………」
 宗助 「悪いな。そういうことだから」

これだけのことではないでしょうか。少なくとも親、親類、友人にことごとく見棄てられて学校まで退学せざるをえなかったような「悪事」を宗助がしたとは思えません。

やがて消息不明だった安井に宗助が会うの会わないのという話になるのですが、一般的に考えれば、宗助よりも安井のほうがよほど宗助には会いたくないだろうと思います。宗助と親しい崖の上の坂井さんは安井からすっかり事情を聞いていてすべてお見通しだったかもしれません。そうだとすれば、宗助は秘密でも何でもないことを一身上の秘密のように思い込んでこそこそ逃げ回っていたことになります。たとえば、宗助が意を決して坂井さんに身の上話をしたとします。

 宗助 「私たち夫婦には実はそういう事情があったのです」
 坂井 「知ってたよ」
 宗助 「えっ?」
 坂井 「まあ、人生いろいろあらあな」

年長で第三者の坂井さんから見れば、宗助の「罪の意識」などこの程度のことだったかもしれません。

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