« 2008年3月 | トップページ | 2008年5月 »

2008年4月30日 (水)

ガソリン暫定税率復活

これで「道路特定財源10年間維持」を「道路特定財源1年間維持」に改めることに、建前としては自民党も民主党も反対できないと思います。改めない理由として、自民党は「民主党が協議に応じないから」といい、民主党は「暫定税率の廃止が前提だ」としています。

暫定税率復活が法的に確定した以上、民主党は次善の策として道路特定財源の10年間維持を1年間に改めるよう自民党に修正協議を要求するべきだと思います。詳しい手続きはよくわかりませんが、本当にやる気があればできると思います。

もし、何もしないで5月12日に道路整備費財源特例法改正案(「道路特定財源10年間維持」)が原案のまま衆議院で再可決されたら、民主党の責任です。自民党に「やむを得なかった」という口実を与えてはいけないと思うのですが・・・どっちもどっちです。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年4月24日 (木)

「DS文学全集」ベスト10

ようやく「DS文学全集」を読破しました。去年の10月から約半年間の長旅でした。読んでみて面白かったおススメ・ベスト10は以下の通りです(夏目漱石、森鴎外、芥川龍之介、太宰治などの超ブランド作家の作品は除外しました)。

 「不如帰」    徳冨蘆花  1898
 「海底軍艦」   押川春浪  1900 
 「野菊の墓」   伊藤左千夫 1906
 「或る女」    有島武郎  1911~1913・1919
 「玉藻の前」   岡本綺堂  1918
 「恩讐の彼方に」 菊池寛   1919 
 「伸子」     宮本百合子 1924~1926・1928
 「蟹工船」    小林多喜二 1929
 「いのちの初夜」 北條民雄  1936
 「次郎物語」   下村湖人  1936~1954  

「不如帰」は、「金色夜叉」、「婦系図」と並ぶ明治の三大メロドラマ(=トレンディドラマ)小説です。3作を代表して「不如帰」を選びました。徳冨蘆花は大逆事件(大逆罪で幸徳秋水らが処刑された事件)に抗議して「謀叛論」と題する講演を行っています。文学者にしては珍しく筋を通す気骨のある人だったようです(永井荷風は大逆事件にヒビリまくっていた)。

「海底軍艦」は押川春浪が学生のとき(1900年)に発表したSF冒険小説です。その面白さは読んでびっくりです。戦後になって(1963年)映画化されています。特撮監督円谷英二、メカデザイン小松崎茂という豪華版(?)です。

「野菊の墓」も戦後になってから映画化され、映画化をきっかけに大ブレイクした小説です。戦前はあまり読まれていなかったようです。戦前の伊藤左千夫は小説家というよりも歌人として有名でした。「野菊の墓」はモデルの存在した自伝的小説ともいわれていますが、今となっては藪の中です。詩情豊かな名作中の名作だと思います。

「或る女」は有島武郎の精神的自画像のような小説です。その後の心中自殺を予見させる不吉な作品です。面白いです。ただ同じ有島武郎でも「生れ出づる悩み」や「カインの末裔」はいまいちです。

「玉藻の前」はイメージの喚起力がすごいです。最近岩波文庫で岡本綺堂の復刊新刊が相次いでいます。「玉藻の前」も出せばいいのにね。「DS文学全集」では「半七捕物帳」もダウンロードできます。

「恩讐の彼方に」は、「面白いのはけしからん」と考えている人には不人気です。「DS文学全集」に収録されている菊池寛の作品はすべてドラマチックで面白いです。菊池寛は読者を楽しませるツボを心得ています。猪瀬直樹の「こころの王国」(文春文庫)を読むと、菊池寛という作家は「文学界のさいとうたかを」だったのではないかという気がします。

「伸子」は中条百合子の作品だと思って読んだほうがいいです。自己弁護の書ともいえます。徹底的に悪者にされている佃くんが少しかわいそうです。この小説は不幸にして(?)才能に恵まれてしまった女性、たとえば宇多田ヒカルなどにおススメです。

「蟹工船」は北海の海で働く貧しい労働者群像を描いたプロレタリア文学の金字塔です。ワーキングプアが問題となっている今日再びこの小説が脚光を浴びてきているようです。ただ、小林多喜二の他の小説はあまり面白くありません。

「いのちの初夜」は人間の実存を問う重い小説です。ハンセン病がまだ不治の病だった頃にこの小説を読んだ読者がどれほどの衝撃を受けたか、それを想像しながら読むといいです。どんな深刻ぶった小説もこの小説の前では霞んでしまいます。北條民雄は23歳で夭折しました。

「次郎物語」は夏目漱石の小説(「吾輩は猫である」、「坊っちゃん」、「三四郎」、「こころ」など)をひとつの物語に纏めたような教養小説です。五部まであります。振り返ってみるとその後に読んだ作品と比べて相当面白かったような気がします。近代文学史ではほとんど対象外の扱いを受けていますが、大変な労作だと思います。

おわり

| | コメント (0) | トラックバック (1)

2008年4月22日 (火)

二葉亭四迷の「浮雲」を読む

「国民新聞」の徳富蘇峰(徳冨蘆花の兄)がある小説を読んで次のように評しました。

元来此の小説たるや、面白くもなく、可笑しくもなく、雄大なることもなく、美妙なることもなく、言わばつまらぬ世話小説なれども、斯のつまらぬ題に依って、人をして愁殺、恨殺、驚殺、悩殺せしむるは、天晴れなる著者の技量と謂わざるべからず。

さて、徳冨蘇峰が読んだ小説とは次のうちどれでしょうか?

1.二葉亭四迷の「浮雲」(明治20年~明治22年)
2.尾崎紅葉の「金色夜叉」(明治30年~36年)
3.田山花袋の「蒲団」(明治40年)
4.森鴎外の[雁」(明治44年)
5.夏目漱石の「彼岸過迄」(明治45年・大正元年)

答えは1の「浮雲」です。

「浮雲」を極端に派手にしたのが尾崎紅葉の「金色夜叉」だとすれば、「浮雲」から倫理性を消し去ったのが田山花袋の「蒲団」です。「雁」が鴎外版「浮雲」なら、「彼岸過迄」は漱石版「浮雲」といえます。「浮雲」という小説が「深刻緻密に人物の感情性格を解剖する」(永井荷風)ことを特徴とする日本の近代小説の先駆といわれる所以だと思います。

「浮雲」の主人公内海文三は学業優秀で官員の職に就いたものの上司の受けが悪くリストラされてしまいます。事実上の婚約者だったお勢との関係もあやしくなってきました。日ごろ軽蔑していた友人の本田昇はリストラもされず、おまけにお勢を文三から奪おうとしています。お勢もだんだん昇のほうに靡いていきます。文三は自分が正当に評価されない世の中の不条理に嘆きの日々を送ります・・・・・・。

新潮文庫版の解説で文芸評論家(?)の青野季吉は「文三は歳月のどんな魔術によっても、通俗物語の主人公に変えることはできない」とこの小説を絶賛しています。果たしてそうだったでしょうか。歳月の魔術は「浮雲」という小説を、おちゃっぴー(オッパッピーではない)なヒロインお勢を巡って、いじられキャラの文三と如才のない昇が繰り広げるコメディ小説に変えてしまったような気がします。もはやボケとツッコミのお笑いの世界です。今さらこの小説を深刻な思想小説として読めといわれてもちょっと難しいと思います。

襦袢(じゅばん)がシャツになれば唐人髷が束髪に化け ハンケチで咽喉を緊(し)め 鬱陶しいを耐えて眼鏡を掛け 独りよがりの人笑わせ 天晴(あっぱれ)一個のキャッキャとなり済ました

これは英学を始めたお勢が当時(明治20年)の最新ファッションに染まっていく様子を描いたものです。「キャッキャ」というのは軽薄ギャルのことです。今風に言えば、茶髪にピアスにネイルメイク、ミニスカ、ボディコンの顔黒ネーちゃんといったところです(もう古い?)。

「浮雲」にはどこかとぼけていて落語じみたところがあります。これはこの小説の前近代的な欠陥というより今となってはむしろ大きな魅力になっていると思います。

「浮雲」を読んでいたら、まだケータイがなかったころにこんな狂歌(読み人知らず)があったのを思い出しました。お勢に翻弄される文三の挙動が思い浮かんでくるような狂歌です。

   あんな奴 別れてやると いきがって 電話のベルに 慌てふためく

もし「浮雲」を読むなら岩波文庫がおススメです。巻末の62ページにも及ぶ注釈が懇切丁寧で充実しています。小説の舞台となる明治20年前後の神田・麹町周辺や上野公園周辺の地図も付されています。月岡芳年や尾形月耕の味わい深い挿画も載っています。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年4月19日 (土)

北條民雄の「いのちの初夜」を読む

「いのちの初夜」というタイトルはこの小説を絶賛した川端康成が付けたそうです。タイトルだけ見てロマンチックな恋愛小説(あるいはポルノ小説)だと勘違いしていましたが、読んでみたら全く関係ありませんでした。

「いのちの初夜」は北條民雄の私小説です。主人公の尾田高雄はハンセン病の宣告を受けた23歳の青年です。ハンセン病というのは、

癩(らい)菌の感染によって起こる慢性伝染病。伝染力は弱く、潜伏期は3年から20年にも及ぶため、かつては遺伝性と誤解されたこともあった。主に末梢神経と皮膚が冒され、知覚麻痺・神経痛などの症状のほか、特異な顔つきや脱毛、手指の変形もみられる。近年は有効な化学療法剤がある。名は癩菌を発見したノルウェーの医師ハンセンG.H.A.Hansenにちなむ。癩病。レプラ。(「大辞泉」より)

この小説が書かれた当時(昭和11年)はハンセン病は癩(らい)病と呼ばれていて、この病気の有効な治療法はなく不治の病とされていました。ハンセン病を宣告された尾田高雄は恐怖と絶望の中で自殺を考えます。しかし死に切れません。どうしても死に切れない自分を内省して、人間というのは何が起きてもどんなに絶望しても生きる宿命を背負わされているのではないかと考えるようになります。

ハンセン病患者の尾田にとって生きるということは、外界から隔離された療養所に入ることを意味していました。療養所に入ることが決まった尾田は、ハンセン病の兆候が表れてきた顔を帽子で隠し、トランクを提げて人里はなれた療養所に向かいます。そこがどんな地獄であっても、尾田は外界から隔離されたその世界で生きていかなくてはなりません。

かつて夏目漱石は長塚節の「土」に序文を寄せて、次のような感想を述べていました。ちょっと長くなりますが引用します。

「土」を読むものは、きっと自分も泥の中を引ひき摺られるような気がするだろう。余もそう云う感じがした。或者は何故長塚君はこんな読みづらいものを書いたのだと疑がうかも知れない。そんな人に対して余はただ一言、斯様(かよう)な生活をして居る人間が、我々と同時代に、しかも帝都を去る程遠からぬ田舎(いなか)に住んで居るという悲惨な事実を、ひしと一度は胸の底に抱き締めて見たら、公等(きみたち)のこれから先の人生観の上に、又公等(きみたち)の日常の行動の上に、何かの参考として利益を与えはしまいかと聞きたい。余はとくに歓楽に憧憬する若い男や若い女が、読み苦しいのを我慢して、この「土」を読む勇気を鼓舞する事を希望するのである。余の娘が年頃になって、音楽会がどうだの、帝国座がどうだのと云い募る時分になったら、余は是非この「土」を読ましたいと思って居る。娘はきっと厭だというに違ない。より多くの興味を感ずる恋愛小説と取り換えてくれというに違ない。けれども余はその時娘に向って、面白いから読めというのではない。苦しいから読めというのだと告げたいと思っている。参考の為だから、世間を知る為だから、知って己れの人格の上に暗い恐ろしい影を反射させる為だから我慢して読めと忠告したいと思っている。何も考えずに暖かく成長した若い女(男でも同じである)の起す菩提心や宗教心は、皆この暗い影の奥から射して来るのだと余は固く信じているからである。

夏目漱石が「土」に抱いたこの感想は北條民雄の「いのちの初夜」にもそのまま当てはまると思います。「土」を「いのちの初夜」に、「長塚君」を「北條君」に置き換えてもまったく違和感がありません。しかも「いのちの初夜」は「土」のような読みにくい長編ではありません。苦しいのを我慢すれば短時間で読めます。一度は読んでおいて損はない小説です。青空文庫でも読めます。

ネットには「学校裏サイト」なるものが存在していてそこでは「死ね」だの「ウザイ」だの言葉によるイジメが蔓延しているそうです。もし、子どもに人を思いやる心を教えたかったら、思いやりのない大人がどんな教育をするよりも黙って「いのちの初夜」を読ませるのが手っ取り早いのではないかと思います。面白い恋愛小説だと嘘をついて(嘘も方便です)読ませてしまいましょう。

病気、事故、経済的破綻、家庭の崩壊、失恋などに遭遇して生きる望みを失った人にも「いのちの初夜」はおススメです。何が何でも生きようとする魂の叫びが聴こえてきます。

ただ気をつけないといけないのは、「いのちの初夜」という小説は諸刃の剣でもあります。ハンセン病についての正しい知識がないまま読んでしまうと、恐怖心からハンセン病にたいする偏見が助長されてしまう恐れがあります。そこで、最後にハンセン病に関する「はてなダイアリー」の解説を紹介しておきます。

らい菌(Mycobacterium leprae)によって起こる慢性の細菌感染症。かつては「ライ病」と呼ばれていたが、古くからの偏見に結びついた呼称であるため、菌を発見したハンセン氏にちなんで「ハンセン病」と呼ばれるようになった。

体の末梢神経が麻痺したり、皮膚がただれたような状態になるのが特徴。特にその外見から、患者やその家族は差別の対象となり続けた。

1907(明治40)年に公布された「癩予防ニ関スル件」が、患者の隔離政策の始まりであり、1931(昭和6)年には、全患者を隔離の対象とした「癩予防法」が成立した。

患者は、警察によって強制的に連行され、療養所に収容された。しかし、そこではろくな治療は行われず、患者同士での看護・作業など病人扱いされなかった。また、結婚の条件として非合法な断種・堕胎なども行われた。

1941(昭和16)年ハンセン病の特効薬プロミンが開発され、完治する病気に。

しかし、1953(昭和28)年に「らい予防法」が、患者の強制隔離や外出制限規定など、それまでの基本原理を引き継いだまま成立。

1956(昭和31)年、ローマでの国際らい会議で、「すべての差別法は禁止されること」と、非難されたにもかかわらず、1996(平成8)年「らい予防法廃止法」の成立まで人権侵害を放置し続けた国の責任は重い。

もともとハンセン病は感染力の低い病気であり、日常生活で感染する可能性はほとんどない。現在療養所に入所している人は、既に完治しているが、後遺症や高齢のため入所しているというのがほとんどである。また感染したとしても、早期発見早期治療すれば完治し、後遺症が残ることもない。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2008年4月15日 (火)

イエス小池さんの「漫画家アシスタント物語」を買う

イエス小池さんの人気ブログ「漫画家アシスタント物語」が本になりました。4月5日発売ということだったので、紀伊国屋、三省堂、有燐堂など、大きな書店をいろいろ探し回ったのですが、なかなか見つかりません。ようやく町田の久美堂(小田急百貨店8階)で発見しました。

最近、これほど売れて欲しいと思った本はないです。何だかよくわかりませんがファン心理というのか、自分のことのように売れて欲しいと思ってしまいます。久美堂には2冊並んでいたので、2冊とも買ってしまおうかと思いました。でも1冊だけにしておきました。そのうち話題作として大きな書店に平積みにされる日も近いのではないでしょうか。早速三省堂書店の公式ブログで紹介されています。
   ↓
http://www.books-sanseido.co.jp/blog/jinbocho/2008/04/post-53.html

「漫画家アシスタント物語」は漫画家を目指している人の精神的バイブルとでもいうべき本です。でもそれだけではありません。この本には虚実、善悪が織り成す人生の奥深さがぎっしりと詰まっています。ここで語られているイエス小池さんの半生は悲劇なのかそれとも喜劇なのか、受ける印象は人それぞれだと思います。いずれにしても人間は神様ではありません。この本を読んで「くだらん」と言い切れる人はめったやたらにいないと思います。とにかく面白いです。

忙しい人も忙しくない人も、偉い人も偉くない人も、若い人も若くない人も、たまには人生の途中で立ち止まって人間の幸せとはどういうことなのかをしみじみと考えてみるのもいいのではないでしょうか。「ネットで読めばいい」などとケチなことを言わないで、是非お金を払って買ってもらいたいです。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2008年4月14日 (月)

宮本百合子の「伸子」を読む・その3

どんな理想の社会を想定しても、そこで暮す万人の性格がみな同じになって、みな同じ人生観を抱いて、誰が誰と結婚しても必ず幸せな結婚生活が送れる、なんてことはありえません。伸子と佃のように性格も人生観も違う夫婦が堕ちこんでいく泥沼の愛憎劇は、社会制度を変えたところで解消できる問題ではないです。

「伸子」は宮本百合子がプロレタリア文学運動にのめり込んで行く以前に書かかれた小説です。渾身の力作だと思います。書かれてしまった作品はすでに作者の手を離れて自立しています。「伸子」に関する限り、左翼系の文学者(その後の宮本百合子自身も含む)の作品解説は、作品を無理矢理左翼文学の鋳型に嵌め込もうとしているようでどうも納得がいきません。岩波文庫版の解説などひどいものです。

「伸子」という小説の不幸は、作品がイデオロギーの檻の中に閉じ込められてしまっているところにあると思います。その評価が良きにつけ悪しきにつけ歪んでしまっています。「女性解放の名作」などという先入観を捨てて虚心にこの小説を読めば、家庭とは何か夫婦とは何かを必死に問いかけてくるイデオロギーを超えた力作であることが実感できると思います。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年4月13日 (日)

宮本百合子の「伸子」を読む・その2

宮本百合子の「伸子」を読んでいたら、なぜか高橋留美子の「めぞん一刻」を思い出していました。伸子の夫である佃は生活力が乏しく存在感がないところが「めぞん一刻」の惣一郎(犬ではない)とよく似ています。伸子も「めぞん一刻」の響子もそういうオヤジを理想化して憧れてしまうタイプの女性のようです。両親の反対を押し切って強引に結婚してしまうところも似ています。

「めぞん一刻」の惣一郎は結婚してほどなく早世してしまいます。悲しみに暮れる響子には美しい思い出だけが残されます。惣一郎がもし死なずに響子との結婚生活を続けていたらどうなっていたでしょうか。伸子と佃の物語がそれを暗示しています。

佃が伸子と結婚してその正体(?)がバレる前に死んでいれば、伸子は若き未亡人として美しい思い出を胸に秘めて響子のような人生を歩んでいたかもしれません。

20歳そこそこで10歳以上年上の男性と結婚したのはいいけれど、幸せだったのは最初だけで、どうも歯車がかみ合わないと感じるようになったら、ヒステリーを起こす前に「伸子」を読んでみるといいです。言葉にならなかった自分のもどかしさが小説のなかにしっかりと綴られていることを発見すると思います。癒し効果があるかもしれません。

30歳過ぎてから若い女性と結婚してしまった男性は、佃と同じ運命をたどらないように、「伸子」を読んで生活態度を改めましょう(無理か?)。もし、結婚前なら一時の感情に駆られて早まったまねはしないほうがいいと思います。特に「こんなオレがどうしてもてるんだろう。夢ではなかろうか?」と感じている人は危険です。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年4月11日 (金)

宮本百合子の「伸子」を読む・その1

宮本百合子の「伸子」は、才気煥発な天才的文学少女の佐々伸子が、やがて夫となる佃に出会ってからその結婚生活が破綻するまでの6年間を克明に描いた自伝的小説です。

佃一郎は古代語を研究している貧乏学者です。外から見ると優しくて真面目な人、内から見ると何もない空っぽな人です。まあ、どこにでもいる内向的なありふれた男です。伸子はそんな佃を純粋な人だと勘違いして愛してしまい、周囲の反対を押し切って15歳年上の佃と結婚してしまいます(佃35歳、伸子20歳)。

ふたりの結婚生活がどうなったかというと、やはり歯車がかみ合いません。佃は社交性が乏しく酒も飲まずにギャンブルもやらない、浮気もしません。何事にも消極的で殻に閉じこもった自己保身的な生活を送っています。覇気がありません。仕事(学問)に対する情熱もなく小市民的な生活に満足してただぼんやりと暮らしています。伸子にはそんな佃の生活態度が気に入りません。優柔不断で煮え切らない佃の振る舞いが伸子の癇に障ります。伸子は愛しているふりをしている(ようにみえる)佃の演技的態度を憎みます。佃としてみれば、伸子が何をやっても何をやらなくても文句は言わない、ただ傍にいてくれればそれでいい、ほかになにも望まない・・・それが伸子に対する最大限の愛の表現だったようです。しかし、ほとんど無関心に等しいような愛の表現は伸子には通用しません。伸子はイラつきます。佃のやることなすことのすべてが伸子には表面だけの演技的態度にみえてしまいます。

伸子は思い悩んで何とか佃との関係を改善しようとします。しかし、事態は好転しません。性格の不一致、人生観の不一致が時とともにますますはっきりと意識されるようになります。いつしか佃の態度を憎んでいた伸子も、佃と同じような演技的態度で佃に接するようになっていきます。そのことを自覚したとき、伸子は佃に対する憎しみとともに激しい自己嫌悪に苛まれます。すでに破局は目前です。一度は愛し合ったはずなのに、お互いが憎み合いながら愛なき結婚生活を演じ続ける苦痛に伸子は耐えられません。あとは決断あるのみです。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年4月 9日 (水)

森鴎外の「ヰタ・セクスアリス」を読む

金井湛(しずか)君は哲学の先生です。大学で哲学史を教えています。金井君は哲学者でありながら哲学にはあまり興味がなく、何か小説か脚本のようなものを書いてみたいと考えています。そんなとき、夏目金之助君が「吾輩は猫である」という小説を書き出してしまいました。金井君が「しまった!先を越された」と思ったかどうかわかりませんが、2匹目のドジョウを狙った「我輩も猫である」だとか「我輩は犬である」だとかといったパロディ小説が次から次へと出てくるに及んでやる気をなくしてしまいました。
「いまさら吾輩云々でもあるまい。何か別の趣向を考えよう」ということで、金井君は当時台頭してきた自然主義文学に目をつけました。いわゆる「告白」というやつです。金井君は自然主義文学風に性欲的生活の告白をやってみようと考えました。

「ヰタ・セクスアリス」というのはラテン語で「性欲的生活」という意味だそうです。この小説は6歳から21歳までの性欲的生活のあんなことやこんなことが記憶の糸をたどって赤裸々(?)に綴られています。

当時としてはその内容があまりにも過激すぎたためか、「ヰタ・セクスアリス」を掲載した雑誌「昴」は発売禁止になってしまいました。教育上よろしくなかったのかもしれません。

実際にこの小説を読んでみて感じるのは、書かれている内容にかなり嘘が含まれているのではないかということです。小説ですから嘘を書いてもかまわないんですが、金井君がいかに性欲的生活に淡白であったかを強調している部分などはすこぶる怪しいです。鴎外先生としてはこの小説によって、

  「この世はすべて性欲である。性欲こそわが人生」

といったような自然主義派が信じて疑わなかった(?)人生観に一矢を報いたかったのかもしれません。森鴎外は事実を告白しているようなふりをして自然主義派とは反対の方向にわざと事実を歪曲しているような気がします。

森鴎外の「ヰタ・セクスアリス」は、卑猥なポルノ小説であるという意見から厳粛な哲学小説であるという意見までいろいろ評価があるようです。まあ、あまり難しく考えないで自然主義(出歯亀主義)をおちょくったパロディ小説だと思って読むのが適当ではないかと思います。文豪の小説をそういう態度で読むのはけしからんという意見もありますが、文学作品というのはどう読もうと個人の自由です。たとえば、「DS文学全集」でもっとも評判のよくない「死者の書」を、日本の近代小説の最高の成果であると最大級の賛辞を贈っている人(川村二郎)だっています。

十四になった。

(中略)

僕はこの頃悪いことを覚えた。これは甚だ書きにくいことだが、これを書かないようでは、こんな物を書く甲斐がないから書く。(「ヰタ・セクスアリス」)

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2008年4月 4日 (金)

太宰治の「人間失格」を読む

学業の挫折、自殺未遂、非合法活動の挫折、心中未遂による自殺幇助容疑、パピナール中毒による精神病院入院、同棲生活の破綻等々、「人間失格」には太宰治の実体験が色濃く反映されています。

太宰治の年譜その1・狂乱の時代
昭和 2年(1927年)18歳 弘前高等学校入学。
昭和 4年(1929年)20歳 弟礼治肺血症で死去。自殺未遂。
昭和 5年(1930年)21歳 弘前高校卒業、東大入学。鎌倉の小動岬で心中未遂、相手の女性だけが死亡。自殺幇助容疑(不起訴処分)。
昭和 6年(1931年)22歳 津島家から除籍、小山初代と同棲。
昭和 7年(1932年)23歳 非合法活動から離脱、青森警察署に自首。
昭和10年(1935年)26歳 都新聞の就職試験失敗。鎌倉で自殺未遂(?)。東大中退。パピナール中毒。
昭和11年(1936年)27歳 武蔵野病院入院。
昭和12年(1937年)28歳 水上温泉で心中未遂、小山初代との同棲生活破綻。

絶望の中で廃人・太宰治は深い眠りにおちていきます。

太宰治の年譜その2・夢の中の日々
昭和14年(1939年)30歳 石原美知子と結婚
昭和16年(1941年)32歳 長女園子誕生
昭和17年(1942年)33歳 母死去
昭和19年(1944年)35歳 長男正樹誕生
昭和21年(1946年)37歳 農地改革
昭和22年(1947年)38歳 次女里子誕生、太田静子との間に治子誕生
昭和23年(1948年)39歳 山崎富栄と玉川上水に入水

人間らしく生きようとして生きられなかった30歳以降の人生は、太宰治にとって夢の中の日々でした。戦後、夢から覚めた太宰治はすっかりとしをとっていました。しかし、心は「人間失格」を自覚して眠りについた二十七のころのままでした。

自分はことし、二十七になります。白髪がめっきりふえたので、たいていの人から四十以上に見られます。(「人間失格」)

太宰治は一生夢を見続けて生きていればよかったです。暖かく優しい夢の世界で、夢を見ていることに気がつかないまま生涯を終えてしまうのが「幸せな人生」なのかもしれません。

昭和の名曲に「女心の唄」(作詞・山北由希夫 作曲・吉田矢健治  唄・バーブ佐竹)というのがあります。女心の切なさを歌った唄です。

どうせ私を だますなら

だまし続けて 欲しかった

酔っている夜は 痛まぬが

さめてなおます 胸の傷

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年4月 3日 (木)

2008年・選抜高校野球 ベスト4

高校野球は事前に応援するチームを決めておくとより楽しめます。まあ、この4チームだとどこが優勝してもおかしくないと思います。準々決勝を観た限り実力は伯仲していると思います。ここから先は気迫の勝負です。

第1試合  聖望学園(埼玉)  - 千葉経大付(千葉) 
第2試合  東洋大姫路(兵庫)沖縄尚学(沖縄)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2008年3月 | トップページ | 2008年5月 »