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2008年4月19日 (土)

北條民雄の「いのちの初夜」を読む

「いのちの初夜」というタイトルはこの小説を絶賛した川端康成が付けたそうです。タイトルだけ見てロマンチックな恋愛小説(あるいはポルノ小説)だと勘違いしていましたが、読んでみたら全く関係ありませんでした。

「いのちの初夜」は北條民雄の私小説です。主人公の尾田高雄はハンセン病の宣告を受けた23歳の青年です。ハンセン病というのは、

癩(らい)菌の感染によって起こる慢性伝染病。伝染力は弱く、潜伏期は3年から20年にも及ぶため、かつては遺伝性と誤解されたこともあった。主に末梢神経と皮膚が冒され、知覚麻痺・神経痛などの症状のほか、特異な顔つきや脱毛、手指の変形もみられる。近年は有効な化学療法剤がある。名は癩菌を発見したノルウェーの医師ハンセンG.H.A.Hansenにちなむ。癩病。レプラ。(「大辞泉」より)

この小説が書かれた当時(昭和11年)はハンセン病は癩(らい)病と呼ばれていて、この病気の有効な治療法はなく不治の病とされていました。ハンセン病を宣告された尾田高雄は恐怖と絶望の中で自殺を考えます。しかし死に切れません。どうしても死に切れない自分を内省して、人間というのは何が起きてもどんなに絶望しても生きる宿命を背負わされているのではないかと考えるようになります。

ハンセン病患者の尾田にとって生きるということは、外界から隔離された療養所に入ることを意味していました。療養所に入ることが決まった尾田は、ハンセン病の兆候が表れてきた顔を帽子で隠し、トランクを提げて人里はなれた療養所に向かいます。そこがどんな地獄であっても、尾田は外界から隔離されたその世界で生きていかなくてはなりません。

かつて夏目漱石は長塚節の「土」に序文を寄せて、次のような感想を述べていました。ちょっと長くなりますが引用します。

「土」を読むものは、きっと自分も泥の中を引ひき摺られるような気がするだろう。余もそう云う感じがした。或者は何故長塚君はこんな読みづらいものを書いたのだと疑がうかも知れない。そんな人に対して余はただ一言、斯様(かよう)な生活をして居る人間が、我々と同時代に、しかも帝都を去る程遠からぬ田舎(いなか)に住んで居るという悲惨な事実を、ひしと一度は胸の底に抱き締めて見たら、公等(きみたち)のこれから先の人生観の上に、又公等(きみたち)の日常の行動の上に、何かの参考として利益を与えはしまいかと聞きたい。余はとくに歓楽に憧憬する若い男や若い女が、読み苦しいのを我慢して、この「土」を読む勇気を鼓舞する事を希望するのである。余の娘が年頃になって、音楽会がどうだの、帝国座がどうだのと云い募る時分になったら、余は是非この「土」を読ましたいと思って居る。娘はきっと厭だというに違ない。より多くの興味を感ずる恋愛小説と取り換えてくれというに違ない。けれども余はその時娘に向って、面白いから読めというのではない。苦しいから読めというのだと告げたいと思っている。参考の為だから、世間を知る為だから、知って己れの人格の上に暗い恐ろしい影を反射させる為だから我慢して読めと忠告したいと思っている。何も考えずに暖かく成長した若い女(男でも同じである)の起す菩提心や宗教心は、皆この暗い影の奥から射して来るのだと余は固く信じているからである。

夏目漱石が「土」に抱いたこの感想は北條民雄の「いのちの初夜」にもそのまま当てはまると思います。「土」を「いのちの初夜」に、「長塚君」を「北條君」に置き換えてもまったく違和感がありません。しかも「いのちの初夜」は「土」のような読みにくい長編ではありません。苦しいのを我慢すれば短時間で読めます。一度は読んでおいて損はない小説です。青空文庫でも読めます。

ネットには「学校裏サイト」なるものが存在していてそこでは「死ね」だの「ウザイ」だの言葉によるイジメが蔓延しているそうです。もし、子どもに人を思いやる心を教えたかったら、思いやりのない大人がどんな教育をするよりも黙って「いのちの初夜」を読ませるのが手っ取り早いのではないかと思います。面白い恋愛小説だと嘘をついて(嘘も方便です)読ませてしまいましょう。

病気、事故、経済的破綻、家庭の崩壊、失恋などに遭遇して生きる望みを失った人にも「いのちの初夜」はおススメです。何が何でも生きようとする魂の叫びが聴こえてきます。

ただ気をつけないといけないのは、「いのちの初夜」という小説は諸刃の剣でもあります。ハンセン病についての正しい知識がないまま読んでしまうと、恐怖心からハンセン病にたいする偏見が助長されてしまう恐れがあります。そこで、最後にハンセン病に関する「はてなダイアリー」の解説を紹介しておきます。

らい菌(Mycobacterium leprae)によって起こる慢性の細菌感染症。かつては「ライ病」と呼ばれていたが、古くからの偏見に結びついた呼称であるため、菌を発見したハンセン氏にちなんで「ハンセン病」と呼ばれるようになった。

体の末梢神経が麻痺したり、皮膚がただれたような状態になるのが特徴。特にその外見から、患者やその家族は差別の対象となり続けた。

1907(明治40)年に公布された「癩予防ニ関スル件」が、患者の隔離政策の始まりであり、1931(昭和6)年には、全患者を隔離の対象とした「癩予防法」が成立した。

患者は、警察によって強制的に連行され、療養所に収容された。しかし、そこではろくな治療は行われず、患者同士での看護・作業など病人扱いされなかった。また、結婚の条件として非合法な断種・堕胎なども行われた。

1941(昭和16)年ハンセン病の特効薬プロミンが開発され、完治する病気に。

しかし、1953(昭和28)年に「らい予防法」が、患者の強制隔離や外出制限規定など、それまでの基本原理を引き継いだまま成立。

1956(昭和31)年、ローマでの国際らい会議で、「すべての差別法は禁止されること」と、非難されたにもかかわらず、1996(平成8)年「らい予防法廃止法」の成立まで人権侵害を放置し続けた国の責任は重い。

もともとハンセン病は感染力の低い病気であり、日常生活で感染する可能性はほとんどない。現在療養所に入所している人は、既に完治しているが、後遺症や高齢のため入所しているというのがほとんどである。また感染したとしても、早期発見早期治療すれば完治し、後遺症が残ることもない。

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コメント

北條民雄は昔読んで、非常に印象に残った小説です。あまりの想像を絶する世界に不眠症になりました。苦痛のあまり途中で本を破棄してしまおうと思った程です。でもあの壮絶な世界が忘れられず、小説の舞台になった療養所も何度か訪れました。ここまでいくともうほとんどバカです。しかし、北條民雄は私をバカにしてくれた貴重な作家なのです。もし機会がありましたら、むぎさんも北條の他の作品も読んでみて下さい。

投稿: 青むし | 2008年6月25日 (水) 12時30分

北條民雄は救いを求めて必死に小説を書いていたのだと思います。もっともっと読まれていい作家だと思います。現代に蘇る古典として小林多喜二の「蟹工船」の次は北條民雄の「いのちの初夜」を大々的に売り出してもらいたいです。私が本屋さんなら、「極限状況を描いた古典」として、「蟹工船」と「いのちの初夜」を2冊並べて売ってしまうのですがね。せつかく「蟹工船」が売れているのにこのブームを「蟹工船」だけで終わらせてしまうのはもったいないです。

角川文庫版の北條民雄の作品集が書店に並んでいました(1冊だけ)。角川文庫はえらいです。今度じっくり読んでみたいと思います。

投稿: むぎ | 2008年6月25日 (水) 22時15分

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