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2008年4月22日 (火)

二葉亭四迷の「浮雲」を読む

「国民新聞」の徳富蘇峰(徳冨蘆花の兄)がある小説を読んで次のように評しました。

元来此の小説たるや、面白くもなく、可笑しくもなく、雄大なることもなく、美妙なることもなく、言わばつまらぬ世話小説なれども、斯のつまらぬ題に依って、人をして愁殺、恨殺、驚殺、悩殺せしむるは、天晴れなる著者の技量と謂わざるべからず。

さて、徳冨蘇峰が読んだ小説とは次のうちどれでしょうか?

1.二葉亭四迷の「浮雲」(明治20年~明治22年)
2.尾崎紅葉の「金色夜叉」(明治30年~36年)
3.田山花袋の「蒲団」(明治40年)
4.森鴎外の[雁」(明治44年)
5.夏目漱石の「彼岸過迄」(明治45年・大正元年)

答えは1の「浮雲」です。

「浮雲」を極端に派手にしたのが尾崎紅葉の「金色夜叉」だとすれば、「浮雲」から倫理性を消し去ったのが田山花袋の「蒲団」です。「雁」が鴎外版「浮雲」なら、「彼岸過迄」は漱石版「浮雲」といえます。「浮雲」という小説が「深刻緻密に人物の感情性格を解剖する」(永井荷風)ことを特徴とする日本の近代小説の先駆といわれる所以だと思います。

「浮雲」の主人公内海文三は学業優秀で官員の職に就いたものの上司の受けが悪くリストラされてしまいます。事実上の婚約者だったお勢との関係もあやしくなってきました。日ごろ軽蔑していた友人の本田昇はリストラもされず、おまけにお勢を文三から奪おうとしています。お勢もだんだん昇のほうに靡いていきます。文三は自分が正当に評価されない世の中の不条理に嘆きの日々を送ります・・・・・・。

新潮文庫版の解説で文芸評論家(?)の青野季吉は「文三は歳月のどんな魔術によっても、通俗物語の主人公に変えることはできない」とこの小説を絶賛しています。果たしてそうだったでしょうか。歳月の魔術は「浮雲」という小説を、おちゃっぴー(オッパッピーではない)なヒロインお勢を巡って、いじられキャラの文三と如才のない昇が繰り広げるコメディ小説に変えてしまったような気がします。もはやボケとツッコミのお笑いの世界です。今さらこの小説を深刻な思想小説として読めといわれてもちょっと難しいと思います。

襦袢(じゅばん)がシャツになれば唐人髷が束髪に化け ハンケチで咽喉を緊(し)め 鬱陶しいを耐えて眼鏡を掛け 独りよがりの人笑わせ 天晴(あっぱれ)一個のキャッキャとなり済ました

これは英学を始めたお勢が当時(明治20年)の最新ファッションに染まっていく様子を描いたものです。「キャッキャ」というのは軽薄ギャルのことです。今風に言えば、茶髪にピアスにネイルメイク、ミニスカ、ボディコンの顔黒ネーちゃんといったところです(もう古い?)。

「浮雲」にはどこかとぼけていて落語じみたところがあります。これはこの小説の前近代的な欠陥というより今となってはむしろ大きな魅力になっていると思います。

「浮雲」を読んでいたら、まだケータイがなかったころにこんな狂歌(読み人知らず)があったのを思い出しました。お勢に翻弄される文三の挙動が思い浮かんでくるような狂歌です。

   あんな奴 別れてやると いきがって 電話のベルに 慌てふためく

もし「浮雲」を読むなら岩波文庫がおススメです。巻末の62ページにも及ぶ注釈が懇切丁寧で充実しています。小説の舞台となる明治20年前後の神田・麹町周辺や上野公園周辺の地図も付されています。月岡芳年や尾形月耕の味わい深い挿画も載っています。

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