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2009年1月16日 (金)

「軍師 直江兼続」(坂口安吾ほか・河出文庫)を読む

「天地人」の予習をしていますか?大河ドラマ「天地人」をより楽しむためには直江兼続が生きた時代の歴史的背景を理解しておくことが不可欠です。そこで河出文庫の「軍師 直江兼続」を読むことにしました。「軍師 直江兼続」はいろいろな作家の直江兼続に関する文章を集めたアンソロジーです。

まずは坂口安吾。安吾は「直江山城守」と題する歴史エッセイ(?)で次のように述べています(直江山城守というのはもちろん兼続のことです)。

 秀吉は上杉景勝を会津百二十万石に封じた。家老の直江山城は米沢三十万石の領地をもらった。これは秀吉が特に景勝に命じてさせたという説があるが、確証はない。
 上杉百二十万石は、徳川、毛利につぐものだ。山城はその家老にすぎないが、彼以上の石高をもらった大名はたった十人しかいない。即ち、徳川、毛利、上杉、前田、伊達、宇喜多、島津、佐竹、小早川、鍋島の十家である。次に堀秀治が越後三十万石で、彼と同じ石高。次が加藤清正二十五万石。石田三成も二十万石にすぎない。名実ともに大名以上の家老が現れたのである。

陪臣(家来の家来)にすぎない直江山城守兼続の処遇はまさには破格といえます。秀吉の誘いに乗って直属の家臣になっていたらここまでの厚遇はなかったかもしれません。しかし、秀吉の誘いを断って大正解と考えるのは煩悩の世界を生きている俗人(つまり私)の発想です。結果がどうなろうと兼続には筋を通すことしか念頭になかったようです。もし秀吉に首を刎ねられたとしても「わが人生に悔いなし」だったのでしょう。

義を重んじて物欲にとらわれない兼続のような武将を坂口安吾は「策戦マニヤ」という言葉で表現しています。「義を立てて、一肌脱いで戦うのが好き」で「無邪気で勇敢で俗念のない」のが策戦マニヤの特徴です。今の言葉で言えば戦争オタクですね。兼続の師であった上杉謙信や兼続の弟子であった真田幸村もやはり策戦マニヤでした。

さて、戦国時代の最終的勝者であった徳川家康は直江兼続をどのように見ていたのでしょうか。畑山博は「宿老直江兼続対謀将徳川家康」の中で、徳川家康の兼続に対する心情を次のように描いています。

「戦いが駆け引きであり、それがこうじると謀略→権謀術数となる。勝つためにはそれが必要なのだ。それは分っている。なのに、そのことに長けた相手ではなく、それを侮蔑する相手に出会ったとき、どうしてこうも心が騒ぐのだろう」
 家康は思う。
「痛みというより、どこか郷愁を感じさせてしまうこれは、何なのだろう」
 家康は思うのではないだろうか。戦いに勝ち残ってゆく者には、必ず汚濁の策がつきまとう。ときにはそればかりで生涯を終わる者もある。だが心ある勝者には必ず今言ったような郷愁があるのではないだろうか。

かなり徳川家康に好意的な解釈ですが、これは家康に仮託した畑山博自身の人生観の表明だと思います。いつも悪いことをしている「経済人」にはこういう家康像が受けるのかもしれません。

「軍師 直江兼続」には、このほかにも尾崎士郎、長岡慶之助、南原幹雄、邦光史郎、童門冬二、松下英麿など、直江兼続をテーマとした小説、論文、エッセイなどが集められています。薄い短編集なのですぐ読めるし、有名なエピソードは繰り返し出てくるのでぼんやり読んでいてもけっこう頭に入ります。序文もあとがきもなく、尾崎士郎の文章が3本も収録されていてしかもほとんど内容が同じという「奇書」でもあります。

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