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2009年3月22日 (日)

つげ義春の「苦節十年記/旅籠の思い出」(ちくま文庫)を読む

「つげ義春コレクション」シリーズ第6回配本は漫画ではなく、イラスト&エッセイ集です。つげ義春のモノクロのイラストからは寂しさの中にも穏やかな暖かさが感じられますが、巻頭のカラー版イラストになるとその印象が一変します。つげ義春のカラー版イラストは色彩が不気味で、どのイラストにも孤独と不安が滲んでいます。こういうイラストを描く人の内面というのはいったいどうなっているのでしょうか?

そこでつげ義春のエッセイです。「苦節十年記」の中に次のような一節があります。

三十九年の暮れから私は外食をやめ自炊を始めた。うずら豆をコトコト気長に煮て、佃煮を作ったりこまめなことをした。自炊をしてみて感激だったのは、米さえ買っておけばオカズ
はなくとも空腹に怯えないでいられるのが分かり、米袋が部屋の隅に置いてあると、しみじみ安心感があった。家計簿を見ると、米三升で555円と記入してある。

三十九年というのは昭和39年(1964年)のことです。今から45年前です。当時は暖房といえば火鉢と掘り炬燵の時代でした。暇にまかせて佃煮を作ることができたのは、七輪や火鉢などに鍋をのせてコトコト煮れば特に電気やガスなどのエネルギーコストを気にする必要がなかったからだと思います。今だと家庭で長時間かけて少量の佃煮を作ったりするとかえって割高になってしまうかもしれません。

それから米1升は約1.5kgだそうです。三升を約4.5kgとすると、当時は米1kgが約120円、5kgで600円だったということになります。銘柄による価格の違いはありますが、45年間でお米の値段は3~4倍になったと考えられます(消費者物価指数はこの間に約4倍になっている)。

昭和39年(1964年)当時つげ義春は27歳でした。貧乏生活の達人のようなつげ義春が自炊の効用に気がついたのが27歳のときだったというはちょっと意外です。

ちなみに、「つげ義春自分史」の一九六四(昭39)年には次の1行が記されています。

貸本業界が不景気になるとともに飢餓状態に追い込まれる。孤独と絶望の季節であった。

個人差はあっても貧乏生活に追い込まれると嫌でも自炊せざるをえなくなるものです。つげ義春の場合は飢餓状態に追い込まれるまで自炊という発想が浮かばなかったのかもしれません。

外食はどんなに大衆的でどんなに低価格でも割高です。貧乏人のくせに吉野家で牛丼を食べていたりする若者を見ると、

 「お前には貧乏生活がわかっとらん!! 貧乏人のくせに贅沢するな!!」

と文句をいってやりたい気分になります。

金欠で生活防衛をするためには自炊の技術は不可欠です。いつも外食していた人が外食をやめれば、毎月の食費は確実に半減します。

1.お米をまとめて炊き、小分けして冷凍保存しておく。
2.必要な分だけ電子レンジで解凍する

いくら忙しい生活をしていてもこれくらいはできると思います。ケチケチ自炊生活の第一歩(初級編)はまず「お米のまとめ炊き」を実行することです。炊飯ジャー、冷凍冷蔵庫、電子レンジ、これが現代自炊生活の三種の神器です。

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