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2009年6月30日 (火)

旧郵政公社のバルクセールについて・その1

若干古い話題になりますが、旧郵政公社のバルクセールについて考えてみました(Yahooのニュース掲示板「かんぽの宿問題で改善命令」では今でもこの話題でけっこう盛り上がっています)。

1.建物が老朽化している
2.立地条件が悪い
3.転売できる見込みがない
4.保有しているだけで維持費がかかる

こうした条件をすべて満たしている物件は、買い手から見たらタダでもいらないお荷物物件だと思います。しかし、バルクセールではこうしたタダでもいらない物件が必ず含まれているものです。なぜならば、単独では売却が困難な物件を組み込んで一括で売却するのがバルクセールだからです。いわば抱き合わせ販売です。

ここで誤解してはいけないのは、バルクセールの入札価格についてです。トータルとしての入札価格は、おそらく、個々の物件を査定して、個々の物件の評価額の合計によって決定されているのだと思います。もし先に入札価格が決まっていて、個々の物件の評価額は総額としての評価額を適当に割り振っているのだとしたら、そもそも総額としての入札価格がどのようにして決まるのかの説明ができなくなります。

日テレのズームイン朝で辛坊治郎氏が「バルクセールは総額が問題で個々の評価額には意味がない」という主旨の説明をしていたそうです。しかし、このような説明は誤解を招く恐れがあります。なぜならば、個々の物件の評価額が総額としての入札価格を決めているからです。

たとえば、例の6000万円で転売されたという評価額1万円の物件「鳥取岩井簡易保険保養センター」について考えてみます。

この物件の実質的評価額はおそらくはマイナスだったのだろうと思います。マイナス評価というのは馴染まないので、とりあえず1万円ということにしたのだと考えられます。この評価額1万円には、バルクセールでなかったらタダでも買わなかったという意味が込められています。

ところが世の中には好運というものがあるものです。お荷物だと思っていた評価額1万円の物件に買い手が現れました。しかも6000万円で買ってくれるというのです。まさにラッキーとしかいいようがなく、この転売は競馬で大穴が当たったようなものです。

競馬の馬券でも流して何種類も買っているとまぐれで大穴が当たることがあります。大穴が当たればそのときだけは大儲けできます。しかし、事前にどれが大穴の当たり馬券なのかはわからないのが普通です。また、大穴はめったに当たるものではありません。同様にして、バルクセールで買ったお荷物物件のどれにラッキーな転売先が見つかるかは事前にはわかりません。実際は転売先が見つからないまま抱え込んでしまうことのほうが多いのではないでしょうか。

素朴な国民感情から、「1万円で買って6000万円で売れるなら俺だって買う」と文句をいっている人がいました。そういう人には、宝くじを買うことをおススメしたいと思います。ジャンボ宝くじなら2億円が当たります。10枚も買っておけば20億円になります。全財産をつぎ込んでぜひ宝くじを買って貰いたいです。

そういう人 「ふざけるな。宝くじなんて当たるかどうかわからないじゃないか」

わ た し 「その通りです。評価額1万円の物件だって転売できるかどうかわかりません」

宝くじの場合は有限責任で当たらなくても買うのに使った金額だけ損すればそれでおしまいになります。ところが不動産の場合はそうはいきません。いざ買ってしまうと、次の買い手が見つかるまでは、新たに発生する維持費はすべて所有者の負担です。お荷物物件というのは、買ってしまったのはいいけれど、転売先が見つからずに新たな負担を強いられる可能性が大きい物件の事です。

なんでこんなところにと思うような辺鄙な場所に廃屋になった建物が放置されたままになっている土地があったとします。そういう土地の所有者は、「1万円なんて野暮なことは言わない。タダでもいいから貰ってくれ」という気分かもしれません。

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2009年6月24日 (水)

テレビドラマ「白い春」・最終話を観る

感動のドラマ「白い春」もとうとう終わってしまいました。最終話は物語を無理にまとめようとしている感じで個人的にはちょっと欲求不満気味でした。こういうラストなら、第10話までで終りにして、未完のまま「完」でもよかったのではないか、などと考えてしまいました。

むらかみベーカリーを辞めた春男(阿部寛)は下総屋食堂で働き始めました。年老いた店主が細々と営んでいるあの大衆食堂です。そこに突然さち(大橋のぞみ)がやってきました。春男に会いにきたのです。春男が本当のお父さんではないかと疑うさちを春男はなんとか言いくるめようとします。さちは春男の言うことには素直に従います。春男の説明はいかにも苦し紛れといった感じでしたが、世の中では時として大人よりも子どものほうが気を使ってくれる場合もあります。さちは春男を困らせたくないと思ったのか、それなりに納得したふりをしてくれたようでした。

康史(遠藤憲一)と佳奈子(白石美帆)は春男から連絡を受けて下総屋食堂にさちを迎えにやってきました。春男がさちを引き渡そうとしているちょうどその時に、佳奈子のケータイに恵一(村上剛基 )から電話がありました。さちの絵がコンクールに入賞したという知らせです。

康史はためらう春男に入賞したさちの絵をいっしょに見に行こうとしきりに誘います。佳奈子も春男に「お願いします」とまで頼んでいました。康史と佳奈子はさちがどんな絵を出品したのかを知っていました。

さちが出品したのは普通の海の絵ではありません。海底の竜宮城のようなところでパンを作っている春男と康史の絵です。二人の間にさちがいます。心の距離を表すかのようにさちは春男に寄り添っています。それを上方から天女(乙姫様?)のような真理子が見守っています。

康史と佳奈子は、さちが心を込めて描いたこの絵をどうしても春男に見せたかったのです。

展覧会場でさちの絵を見て涙ぐんでしまった春男でしたが、その春男の顔をさちは不思議そうに見上げていました。

この「白い春」というドラマは、佐倉春男という男が、一陣の風のように、どこからともなくやって来てどこへともなく去っていった……そんな感じのするドラマでした。

さちや栞(吉高由里子)にとって、春男がいなくなってしまったあとには、平凡で満ち足りた日常が待っていました。短い間でしたが、さちにとっても栞にとっても、春男と過ごした日々はまるで夢のようで、二度とかえらない黄金の日々だったかもしれません。春男は美しい思い出だけを残して死んでしまいました。自分が大好きだった人の思い出というのは、大切にそっと胸の奥にしまっておくのがいいです。

さて、「白い春」には続きがあります(ウソ)。10年後のことです。康史と高校3年生になったさちがこんな会話をしていました。

康史 「さち、ちょっといいか。大切な話があるんだ」
さち 「なによ、お父さん。急にあらたまったりして」
康史 「そろそろさちにも本当のことを話しておきたいんだ」
さち 「……」
康史 「実は、お父さんはさちの本当のお父さんではないんだ。さちの本当のお父さんは、10年前に亡くなった佐倉春男だ。さちが大好きだったあのおじさんがさちの本当のお父さんだったんだよ」
さち 「……」
康史 「今まで黙っていて、ごめん」
さち 「知ってたわよ」
康史 「えっ!?」

 子どもは何でも知っている。知らぬは父親ばかりなり。

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2009年6月19日 (金)

村上春樹に太宰治は超えられない

すみません。タイトルに深い意味はありません。

本日は太宰治・生誕100年の桜桃忌です。ちょっと古くなりますが、6月6日(土)の日経新聞夕刊に掲載されていた「太宰治 不滅の言葉」というコラム(全文)を紹介したいと思います。

没後60年余りでこれほど読まれた作家もいない。『人間失格』176刷628万部、『斜陽』119刷360万部。新潮文庫だけの数字である。
 この19日で生誕100年を迎える太宰治は、戦後の文学史では、無頼派というくくりがされてきた。が、この一過性の流行作家めいた言い方は、もはや似合うまい。生誕100年に合わせて出た『太宰治 100年目の「グッド・バイ」』(河出書房新社)所収のインタビューで、文芸評論家の加藤典洋は、明治以降の日本文学で一人あげよといわれれば漱石、戦後ならば太宰だろう、と語っている。それは、明治の近代化を深く引き受けた漱石のように、敗戦という激変を一番深く受け止め、自分の文学を作り出した作家だからという。
 敗戦後、天皇制から手のひらを返すように民主主義に宗旨変えする世論とその便乗者に、太宰は強い欺瞞を感じる。
 「日本の人が皆こんなあやつり人形みたいなへんてこな歩きかたをするようになったのは、いつ頃からの事かしら。ずっと前からだわ。だぶん、ずっとずっと前からだわ」
 戦後に発表した戯曲「冬の花火」にある主人公の女性の台詞である。長谷部日出雄は、「(太宰は)右といえば右、左といえば左、とみんな一斉におなじ方向へ動く日本人の性質が、戦前戦中とまったく変わっていないと見抜いていたのだ」と書き下ろしの新刊『富士には月見草』(新潮文庫)で書く。
 変わらぬ日本の現実に太宰は深く失望し、世の倫理やバラ色の理想をすべて疑った。この敵と戦うために、自らの中にある偽善やエゴイズムをえぐり出し、自己破壊の道を進む。それが戦後の太宰文学だ。「さあ、日本の指導者たち、あたしたちを救って下さい。出来ますか、出来ますか」(「冬の花火」)。悲痛な叫びは時代を突き抜け「第二の敗戦期」といわれる今に響く。 (大阪・文化担当 宮川匡司)

戦後の無頼派といわれていた作家でも、織田作之助と太宰治とではその放蕩ぶりに違いがあります。織田作之助の放蕩(「夫婦善哉」)は関西的で、どこかあっけらかんとしています。罪悪感などとは無縁で実に楽しそうです。ところが太宰治の放蕩は東北的です。なんだかとても辛くて苦しそうです。「お前はなんでそんなこと(遊蕩)をしているのだ」と責められて、

織田作之助 → だって、楽しんだもーん

太宰治    → (眉間にしわを寄せて)義のために遊ぶ

……やっていることは同じなんですけどね。

加藤典洋によると、「時代が変わって文脈が変わっても、また別の切り口が次から次に出てくる」のが太宰文学の魅力なんだそうです。そういえば最近は青春の文学とされる「人間失格」や「斜陽」よりも、人生の機微を綴った大人の文学として「お伽草紙」がやたらと注目されているような気がします。

太宰文学の神髄に触れたかったら渾身のエンターテインメント・「お伽草紙」を読め、という時代になってきたのかもしれません。

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2009年6月18日 (木)

津島美知子の「回想の太宰治」(講談社学芸文庫)を読む

「戦中戦後の十年間、妻であった著者が、共に暮らした日々のさま、友人知人との交流、疎開した青森の思い出など、豊富なエピソードで綴る回想記」です。

「回想の太宰治」を読んでいると、著者の端正な人柄がひしひしと伝わってきます。こういう人でなければ長くは太宰治の奥さんは務まらなかっただろうと思います。太宰治は見栄っ張りで虚言癖のある飲んだくれの女たらしでした。作家としての才能がなければ、生活力の欠落した単なる粗大ゴミです。

決して恨み節というのではなく、半ばあきれながら、半ば愛情を込めて、等身大(と思われる)の太宰治のあんなことやこんなことが綴られています。

太宰治が玉川上水に入水した翌年の昭和24年、国学院大学で催された「太宰を偲ぶ会」の座談会で、国文学の巨人・折口信夫は、無頼派の作家・太宰治をこう評したそうです。

   「天才とは矛盾だらけのものですよ」

この一言は私の胸にいしぶみのように刻まれた。矛盾だらけ、ほんとうに、矛盾のかたまりのような人だった。先生に言われて、はじめて納得いったような気持で、生前の太宰を回想するたびにこのお言葉が同時に蘇ってくる。

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2009年6月17日 (水)

テレビドラマ「白い春」・第10話を観る

さち(大橋のぞみ)の手術が終わりました。手術は大成功です。術後の経過も良好でさちはすぐに退院となりました。なんとも思わせぶりな難病(?)でした。

春男(阿部寛)は、ワッフル屋を始めた栞(吉高由里子)や勇樹(遠藤雄弥)とプレハブ小屋で共同生活をしていますが、今回は栞が生き別れの父親に会いに行く話しに焦点が当たっていました。

将来ダメおやじになるのが確実な勇樹ですが、それなりに寂しそうにしている栞のことを心配していて、小さい頃に栞を捨てたままいなくなってしまった栞の父親の居場所を探してくれました。

探すといっても勇樹はネットで検索しただけですが、八王子に西田写真館というのがあってそこの店主が栞の父親らしいのです。ドラマでは勇樹が「都内」と言っていましたが八王子は都内ではありません。東京で都内というのは23区のことです。八王子は都下です(関西テレビだからしょうがないか)。

栞は強情っぱりで負けず嫌いなところがあります。勇樹に父親に会いに行けと勧められても、反射的に嫌だといってしまいます。何かいわれるとつい反発して自分の気持とは反対のことを言ってしまうのです。特に勇樹が相手だとその傾向が強いです。でも内心は寂しがりやです。時間がたつとだんだん自分の本当の気持に逆らえなくなってきます。

栞は勇樹の前では突っ張っていますが、年が離れている春男には少し甘えたり自分の本当の気持を話したりすることができます。栞は一緒に行ってくれるように春男に頼んで父親に会いに行ってみることにしました。春男は栞には画材店に付き合わせた借りがあります。断れません。

栞と春男は住所を頼りに西田写真館を探し当てますが、店主の西田真一(佐戸井けん太)は栞に会っても栞が昔別れた自分の娘だとは気が付きません。栞は子供のころに真一から貰ったというネックレスをしていましたが、ネックレスのことなどまったく忘れてしまっているようでした。

真一には新しい妻がいました。小さな子どももいました。新しい家庭の中で真一は幸せそうでした。栞は父親の幸せな暮らしをかき乱したくないと考えたのか、自分が真一の娘であると打ち明けることもなく、お客のふりをして春男といっしょに写真だけ写してもらいました。

西田写真館からの帰り道は雨でした。降りしきる雨の中を春男と歩きながら栞は問わず語りに話し始めました(けっこう長いセリフでしたがよく頑張りました)。

「いいよ、幸せだってわかったから。……おじさんは違うよ。あたしの父親はあたしのこと捨てたけど、おじさんはさっちゃんがいることなんて知らなかったんだからさ。パン屋さんは8年間もさっちゃんのお父さんが出来てよかったじゃない。もう十分じゃない。そろそろ…おじさんにさっちゃんのお父さんの役…譲ってあげてもいいじゃない。……あたしはそう思う」

涙ぐみながら栞が話す言葉を黙って聞いていた春男は何を思ったでしょうか。春男はむしろ父親の幸せをぶち壊すまいと自分が娘であることを告げずに黙って別れてきた栞の姿に、現在の自分の姿を重ねていたかもしれません。

自分の気持よりもさちの幸せを第一に考えれば、

 オレは(栞のように)何も告げずにさちの前から消えたほうがいいんだ

春男がこういう考えたとしても不思議はありません。

春男は「むらかみベーカリー」で開かれたさちの退院祝いのパーティーの席上で、突然店を辞めると言い出しました。言い出しただけでなく本当にそのまま店を出て行ってしまいました。

びっくりしたさちは何とか春男を引きとめようと、とめる康史(遠藤憲一)を振り払って病み上がりの身体で春男を追いかけました。しかし、春男の決心は変わりませんでした。

「もう、お前の相手はしてられないんだよ。ガキは嫌いなんだ」

春男は心にもない捨てゼリフを残して行ってしまいました。春男に嫌われたと思って泣きながらトボトボと歩いていたさちを発見したのは栞でした。

栞はさちに言いました。

「おじさんはさっちゃんのことが大好きなんだよ」

栞は泣きじゃくっているさちに昔の自分の姿を見ていました。さちには自分のような寂しい思いはさせたくないという思いがこみ上げてきて、栞はとうとう本当のことを言ってしまおうとします。

「本当のこと…教えてあげようか。おじさんはね……おじさんは……ホントはねぇ…ホントはさっちゃんの……」

「白い春」の第10話はここまでです。

来週はいよいよ最終回です。感動の最終回だそうですが、もうすでにこれ以上感動してどうするんだというくらい感動しています。

ドラマの結末についてはまったく予想出来ません。ただ、このドラマは最後まで破綻することなく、きちんと感動のフィニッシュを決めてくれそうな気がします。

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2009年6月13日 (土)

日本郵政人事・麻生首相、当初は「西川交代」

6月13日1時49分配信 読売新聞

 麻生首相は当初、日本郵政の西川善文社長を交代させる意向だった。

 今年2月、首相官邸の執務室。首相は鳩山邦夫総務相と会い、日本郵政の6月の株主総会で西川社長を含む取締役を一新するよう指示した。「ポスト西川」の候補として、NTTの和田紀夫会長、生田正治・元日本郵政公社総裁、西室泰三・東京証券取引所会長らの名を記したリストも手渡し、水面下の調整をゆだねた。

 首相の意を受けた鳩山氏は5月に入り、日本郵政の取締役人事を決める指名委員会の一部委員に「首相は西川氏を代えるつもりだ」と伝え、「西川辞任」に向けた多数派工作を始めた。

 しかし、直後から巻き返しにあう。

 指名委員会は、委員長を務める牛尾治朗・ウシオ電機会長を始め、郵政民営化など、小泉元首相が進めた構造改革に積極的な財界人が名を連ねる。そうした委員を通じて鳩山氏の動きを察知したのは、構造改革の旗振り役だった竹中平蔵・元総務相だった。

 竹中氏は小泉氏に相談した。小泉氏は2005年、竹中氏を通じて西川氏と知り合い、社長就任を要請した経緯がある。すぐに指名委の委員を「西川続投」で説得して回り、首相や鳩山氏の動きを封じ込めた。

 結局、指名委は5月18日、西川氏を続投させる方針を決めた。

そういえば、麻生首相が衆議院予算委員会で「もともと郵政民営化に反対だった」と言ってしまったのは2月5日でした。なるほどあのころから「陰謀」が始まっていたんですね。

官邸から指示されて、鳩山総務相が水面下で日本郵政の西川社長の続投を阻止するための根回しやら多数派工作やらをやっていたとしても、そのこと自体はよくある話だと思います。

日本郵政の人事にかんして、常軌を逸した鳩山邦夫の異様なこだわりはどうも不審でしたが、官邸から指示が出ていたと考えると納得できます。しかし、官邸がバックについていると思ってのあの傍若無人ぶりであったとしたら、「正義」が聞いてあきれます。自民党内の単なる権力闘争じゃありませんか。

この記事はなんだか週刊誌の記事みたいですが、読売新聞はこんなことをバラしてしまっていいのでしょうか。この記事がウソかホントか国会で野党に追及されたとして、麻生首相はなんと答えるのでしょうか。

この記事が事実だとすれば、麻生太郎も相当のワルだと思います。鳩山邦夫とつるんでクーデター(?)を画策して、ことが思い通りに運ばなくなると、鳩山邦夫を更迭してしらんぷりです……鳩山邦夫もとんだ盟友を持ってしまったものです。

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2009年6月11日 (木)

テレビドラマ「白い春」・第9話を観る

春男に「むらかみベーカリー」から初めての給料が出ました。春男は銀行口座がないので手渡しです。春男は「少ない」などと康史(遠藤憲一)に憎まれ口を叩きますが、さすがに嬉しかったらしく、昼休みに公園でニヤニヤしながら給料袋の万札を数えていました。

春男は初めての給料でさち(大橋のぞみ)に何かプレゼントをしてあげようと考えました。さちはお絵描きが好きです。何か絵を描く道具がいいのではないかと思うものの何がいいのかわかりません。

こういうときに便利なのが栞(吉高由里子)です。春男は栞を呼び出していっしょに画材店に出かけました。ひとりでは気後れして入れなかった画材店に栞を付き合わせたのです。てっきりデートのお誘いかと勘違いして大喜びだった栞はがっかりです。まあ仕方がないですね。頼ってもらっただけでもよしとしなければ……。気を取り直して、右も左もわからない春男のために、栞はさちが喜びそうな水彩絵具セットを選んであげました。

さちの喜ぶ顔を思い浮かべて嬉しそうな春男でしたが、突然の不幸がやってきました。春男がプレゼントを渡す前に、さちが病気で倒れてしまったのです。さちの心臓には穴が開いているらしく、緊急の手術が必要でした。担当医の話では、手術が成功するかどうかは手術に臨むさちの体力と覚悟(精神的強さ)がカギを握っているとのことでした。

康史から手術の話を聞かされたさちは、口では「大丈夫」と言いいながらも、内心は不安でいっぱいでした。手術を恐れているのです。佳奈子(白石美帆)はさちが春男に会いたがっていることを知っています。そして手術前にさちを勇気づけることが出来るのは春男だけだということもわかっています。

さちが倒れた日のことです。さちの検査結果を待つ病院の廊下で、佳奈子は春男とこんな会話が交わしていました。

佳奈子「お姉ちゃんたら、ひどいよね」
春男 「えっ?」
佳奈子「さっちゃんに病気残して死ぬなんて。もしそうだとしたら……あたし許せない」
春男 「何言ってんだ」
佳奈子「だって……」
春男 「じゃあ真理子がさちを産まなかったほうがよかったっていうのか。さちはこの世にいなかったほうがよかったか」
佳奈子「……(首を横に振る)」
春男 「さちを産んだだけでも真理子に感謝しろよ」

春男が本当に心の底から真理子とさちを愛していなければこういうセリフは出てきません。佳奈子は春男のただならぬ愛情の深さを悟ったと思います。このときから、佳奈子が春男に向けていた反感のまなざしは消えました。佳奈子は春男を受け入れたのです。春男に抱いていた佳奈子の悪感情は完全に消滅しました。

佳奈子は意を決してプレハブ小屋の春男に会いに出かけました。康史にはないしょで手術前にさちのお見舞いに来てくれるように春男に頼みに行ったのです。

感情的になりやすく動揺がすぐ顔にでてしまう春男はさちに会うとかえってさちを心配させてしまう恐れがありました。そんなわけで、春男は「入院中のさちには会わない」と康史に約束させられていました。こういう男と男の約束を頑なに守ろうとするのが頑固で不器用な春男の特徴でもあります。本当は死ぬほどさちに会いたいのに一度は佳奈子の頼みを断ってしまいます。

ところが、病院でさちが描いていた絵を見せられた春男はショックを受けます。さちのスケッチブックには、さちの心の不安を表わすような色彩のないひとりぼっちの絵が何枚何枚も描かれていました。春男は気が動転して居ても立ってもいられなくなります。もう約束もへったくれもありません。せめて渡せなかったプレゼントを手術前のさちに渡してあげようと病院へ駆けつけるのでした……。

第9話は物語の時間の流れが実にゆったりとしていました。なかなか話が前に進みません。どうやら「焦らし作戦」のようです。焦らし作戦は視聴者がドラマにハマっていないと間延びした感じになって白けてしまいます。でも、「白い春」に関する限り非常に効果的だと思います。さちと春男を巡る康史や佳奈子や栞の微妙な心の変化を視聴者はゆっくりと味わうことができます。まさにドラマを鑑賞しているという気分にさせてくれます。

さて、気になるのは来週です。普通のドラマなら、ハラハラドキドキさせながらもさちの手術は成功することになるはずです。さちが死んでしまうということはまず考えられません。でも、脚本家・尾崎将也が、視聴者を泣かすためだったら手段を選ばない過激で悪趣味(?)な人だったら……ひょっとすると……。

なにはともあれ、予告編はあまり信用しないほうがいいと思います。脅かしておいて実はたいしたことなかったというのはよくあるパターンです。

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テレビドラマ「白い春」の再放送

「白い春」というドラマはとにかく泣かされます。惜しげもなく涙を奪っていきます。第9話など、最初から最後まで涙を流し続けて観ていたという人も多かったのではないでしょうか。なぜこんなに泣けるのでしょうか。年を取って涙腺が緩くなっているのでしょうか。いや、若くてもけっこう泣けると思います。一途で不器用な春男(阿部寛)の必死の思いが胸を打ちます。阿部寛は言葉にならない複雑な思いを表情や仕草で見事に表現しています。「目は口ほどにものを言い」という言葉がありますが、まるで阿部寛のためにある言葉のようです。黙って深々と頭を下げるだけのシーンでも万感胸に迫るものがあります。あの説得力(=演技力)はたいしたものだと思います。わたしとしては完全に阿部寛のファンになってしまいました。

そんな「白い春」ですが、本日(11日)から関東地区で再放送が始まります。最終回に向けての怒涛の再放送です。

#1  6/11 15:00-15:57
#2  6/15  15:00-15:57
#3  6/16  15:00-15:57
#4  6/17  15:00-15:57
#5  6/17  15:57-16:53
#6  6/18  15:00-15:57
#7  6/18  15:57-16:53
#8  6/22  14:07-15:00
#9  6/22  15:00-15:57
#10 6/23  15:00-15:57

ひょっとするとこの「白い春」は今年のテレビドラマ最優秀賞に輝くかもしれません(そういう賞があればですが)。

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2009年6月10日 (水)

日本郵政の人事問題

日本郵政・西川社長人事問題 鳩山総務相「取締役の認可は最終的に総務相単独の権限」
6月9日21時2分配信 フジテレビ

鳩山総務相は参議院の総務委員会で、あらためて日本郵政の西川社長の続投を認めない考えを示すとともに、取締役の認可権限は、最終的に総務相単独の権限であるとの認識を重ねて示した。
鳩山総務相は「財務大臣が株主総会で判断をすることと、総務大臣が取締役について判断する基準は違うということです」、「私が単独で懸命に考えて、信念に基づいて判断する」と述べたうえで、あらためて西川社長の続投を認可しない考えを強調した。
一方、同じ委員会で西川社長は、あらためて辞任する考えがないことを強調したうえで、鳩山総務相が認可しない場合は、それに従わざるを得ないとの認識を示した。
西川社長は「それは、法律の決めたことでございますから、法に従うまでであります」と述べた。

フジテレビ系の情報番組「サキヨミLIVE」が行ったアンケートでは、8割の人が西川社長は「辞任すべき」と回答 したそうです。

日本郵政の社長人事に対する国民の認識を言葉にすると、

西川社長は日本郵政を私物化している。悪徳企業・オリックスの宮内社長とつるんで「かんぽの宿」を二束三文でオリックスに売り飛ばそうとした。これは出来レースだ。なんともけしからん話だ。この陰謀を阻止したのが鳩山総務相である。鳩山総務相は信念の人、正義の味方である。西川社長は国民の財産を毀損する極悪人である。野党も西川社長を刑事告発した。こんな社長が続投することには断固反対である。

ここまで読んでまったくその通りだと思った人は頭丸めて滝に打たれてきなさい。

自分で書いていてうんざりしますが、マスコミの垂れ流し報道と偏向情報に影響された一般の国民の認識はこんなところだと思います。このように思い込まされている国民が西川社長の続投に反対するのは無理もありません。

きのうの日テレの「ズームイン!!SUPER」で読売新聞特別編集委員の橋本五郎が「(西川社長は)国民の疑惑に対してきちんと説明する責任がある」などとコメントしていました。激怒です。何を言っているのでしょうか。不勉強で事実を知らないのか、知っていてすっとぼけているのか、人ごとのような無責任なコメントはやめてもらいたいです。国民が誤解しないように事実をきちんと伝えるのがマスコミの役目です。第三者委員会から報告書が提出されているのにこれでもまだ説明責任を果たしたことにならないのでしょうか。もし報告書に問題かあるなら報告書の内容を紹介した上でどこがどう問題なのか、具体的に指摘してコメントしてもらいたいです。

だいたい橋本五郎は第三者委員会の報告書を読んでいるのでしょうか。この人も頭丸めて滝に打たれてきたほうがいいです。えっ?もう丸まってる?じゃあそのまま滝に打たれてください。

マスコミがもう少ししっかりしていて事実をきちんと報道していればこんな馬鹿げた騒動は起きなかったと思います。特にテレビのワイドショーは最低です。

かんぽの宿の売却問題に関して、売却の決定自体は「不適切ではない」というのが第三者委員会の結論です。日本郵政の取締役会「指名委員会」も西川社長の続投支持を決めました。西川社長の続投は、「正当な手続きに基づいて決まった人事案」です。そうであるにもかかわらず、鳩山総務相は具体的に何が問題なのかを指摘しないまま、「出来レース」だの「不正」だの「正義」だの「信念」だのと抽象的文言を並べて駄々っ子のように認可しないと主張しています。これは明らかに権力(認可権)の濫用です。

本来なら、西川社長の続投になぜ反対なのか、マスコミは納得できる説明を求めて鳩山総務相を徹底的に追及しなくてなりけません。それをやらない(出来ない?)テレビはメディアとしての責任を放棄しています。恥を知りなさいといいたいです。

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2009年6月 8日 (月)

南沢奈央VS.桜庭ななみ

6月11日(木)からNHKの連続テレビドラマ「ふたつのスピカ」(20:00~)が始まります。主演は「赤い糸」で沙良役を演じていたあの桜庭ななみ(16)です。連ドラ初の主演だそうです。桜庭ななみはデビュー前から鹿児島にとんでもない美少女がいると大変な評判だったとか。今のところ順調のようですが、競争の激しい芸能界で生き残れるのかちょっと心配です。

「(「ふたつのスピカ」の)原作は03年にアニメ化された『月刊コミックフラッパー』に連載中の柳沼行氏の同名人気漫画。初の実写化で、JAXA(宇宙航空研究開発機構)全面協力のもと、近未来の宇宙学校を舞台に飛行士志望の若者5人の姿をリアルに描く」(スポーツ報知)とのことです。

桜庭ななみといえば、ライバル(?)の南沢奈央(18)はどうしているのでしょうか。こちらも順調のようです。もうしばらするとテレビで見られます。

まず、テレビ東京系2夜連続スペシャルドラマ「命のバトン~最高の人生の終わり方」(6/24・25 21:00~)に、それからテレビ朝日系で7月9日スタートの連ドラ「ダンディ・ダディ?~恋愛小説家伊崎龍之介」(21:00~)に出演します。

「命のバトン~最高の人生の終わり方」は、「病で死と向き合う元大手企業の役員・京介(小林稔侍)が、農業を通して人間の本質を確認する」(スポーツ報知)というドラマだそうです。南沢の役は不登校の女子高生。

「ダンディ・ダディ?~恋愛小説家伊崎龍之介」では、“恋愛のカリスマ”と呼ばれる恋愛小説家・伊崎龍之介(舘ひろし)の娘役を演じます。龍之介は「外ではシブく自由恋愛を勧めるが一方で、南沢奈央(18)が演じる自分の娘に対しては、心配のあまり、携帯電話をチェックしたり、尾行したりという器の小さい行動を連発する」(デイリースポーツ)そうです。なんとなく面白そうですね。

桜庭ななみと南沢奈央は「赤い糸」ですっかり馴染んでしまいました。何だか他人という気がしません。しばらく注目したいと思います。

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2009年6月 5日 (金)

日本郵政問題・立場が違えば鳩山総務相こそ不正義です

日経新聞の社説が「首相は西川氏続投で事態収拾に動け」と題して、日本郵政社長の続投問題をとり上げていました。いつもは気に入らない日経新聞ですが、日本郵政と鳩山総務相のバトルに関しては珍しく日経新聞の論調に賛同したい気分です。

選挙の洗礼を受けていない「不正義」の内閣の総務大臣が、政府が三顧の礼で迎えた日本郵政の社長に「正義」を振りかざして、あーだこーだイチャモンをつけるなんてへそが茶を沸かすというものです。

だいたい軽々しく「正義」などという言葉を口にする政治家は腹黒いものだと相場が決まっています。この世に客観的正義などというものはありません。あるのは立場の違いだけです。死刑廃止論者にとっては死刑を廃止することが正義だし、死刑賛成論者にとってはすみやかに死刑を執行することが正義です。どちらが本当の正義かなんて考えるだけ野暮といものです。

今年に入って突然巻き起こった「かんぽの宿の売却問題」ですが、ずっとウオッチしていていろいろ考えさせられました。最近になってやたらと「正義」を振りかざしてその気になっている鳩山総務相にはこの世でもっとも醜悪なものを見せられている気分です。立場が違えば、鳩山総務相こそが不正義のかたまりに見えます。

 総務相は、日本郵政が宿泊施設「かんぽの宿」のオリックスに対する一括譲渡を進めようとした問題を「不正義」と断じ、西川氏の経営責任は免れないとの立場だ。ところが具体的にどの点が不正義で、なにを根拠に西川氏の更迭を迫るのか、明解な説明はなされていない。

 売却経緯の検証で日本郵政が設置した専門家による第三者委員会は、報告や記録にいくつかの問題があったと指摘したものの、売却の決定自体が「不適切なものとは考えない」と総括した。総務相はこれも「お手盛り」と批判した。総務省が日本郵政の提出資料を分析した際も、オリックス側を有利にする不正行為の決定的な証拠は出ていない。

不正行為の決定的証拠どころか調べれば調べるほどオリックス不動産に一括譲渡することの妥当性がはっきりしてしまっのではないでしょうか。

かんぽの宿の譲渡というのは、

 事業継続と雇用維持を条件に年間50億円の赤字事業をいくらで買ってくれますか?

という話です。常識的に判断すれば「タダでもいらない」でしょう。それなのにオリックス不動産は109億円を提示したのです。50億円の赤字を109億円で買うというのです。こんな有り難い話はありません。もちろんほかに買ってくれるところはありませんでした。

不正行為の決定的証拠というのは、資料を分析してどうのこうのなどという難しい話ではありません。オリックス不動産よりも有利な条件で譲渡を希望していた入札業者を、たとえ1社でもいいから見つけてくればいいだけの話です。入札業者が何千社も何万社もあったわけではありません。シラミ潰しに調べたって簡単に結論が出るではありませんか。

 日本郵政を巡る総務相の発言に焦点が当たりがちだが、本質的には、日本経済の体質をよりよくするために「官から民へ」の郵政改革をさらにどう進め、仕上げていくかが問題になる。その点を見極めた大局的な判断を首相に求めたい。

正論だと思います。ただ、麻生首相も鳩山総務相と同じく「官から民へ」の郵政改革に本音では反対なのだと思います。だいたいこの段階で日本郵政の社長人事に関して自らの判断を示さないということがおかしいです。郵政改革を本気で考えていているリーダーシップのある首相であれば、

 「馬鹿もん!ふざけるな!!」

と総務大臣を叱り飛ばしておしまいの話だと思います。総理大臣もナメられたものです。

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2009年6月 3日 (水)

テレビドラマ「白い春」・第8話を観る

小学生のさち(大橋のぞみ)にだって体裁(または見栄)というものがあります。不用意な発言がもとでさちに「絶交」されてしまった春男(阿部寛)はすっかり落ち込んでしまいました。人間は落ち込むと労働意欲がなくなるものです。春男はお情け(?)で雇ってもらっている立場も忘れて、オーナーの康史(遠藤憲一)に「残業はいやだ」などと労働者の権利を主張し始めました。困ったものです。

一度は残業を拒否して定時(?)で帰ろうとした春男でしたが、公園でさちと会って気が変わってしまいました。さちは「頑張るお父さんや頑張るおじさん」が好きでした。春男はさちと話をしているうちに「これはいかん。頑張ろう」という気持になったようです。「むらかみベーカリー」に戻ってきました。春男は頑固なようでいて案外軟弱です。これはさちに好かれるためだったら何でもするという風見鶏的方針のせいです。

さて、今回の春男と康史の「父親対決」はリンゴの皮むき競争です。「むらかみベーカリー」に「りんごパン300個」の特注が入りました。仕込みのため今日中に300個のりんごの皮むきをしなくてはなりません。佳奈子(白石美帆)が手伝うといっているのに、それを断って春男と康史はムキになってふたりだけでリンゴの皮むき競争を始めました。でも、300個というのはあまりにも数が多すぎます。ふたりだけではいくら頑張っても時間が足りません。途中でギブアップです。皮むき競争の勝負はこの次にしようということになって佳奈子にも手伝ってもらうことになりました。ふたりとも意地っ張りのようでいて最後まで意地を張り通す根性がありません。基本的に優柔不断の善人なんですね。

遅くまで頑張って仕事をしていた春男と康史を、団扇で扇いだり汗を拭いてあげたりしてサポートしていたさちが布団に入ってから漏らした言葉が印象的でした。

 「おとうさんが二人いるみたい」

これにはさすがの佳奈子もにっこり微笑むしかなかったようです。

「白い春」もあと残すところ3回となりました。さちとふたりの父親の物語はどうなってしまうのでしょうか。予告編を参考に今後の展開を予想してみました(あくまでも予想なのでネタバレではありません)。








1.さちが真理子と同じ病気になる

2.春男はさちを救うために真理子のときと同じことをする

3.今度は殺しの報酬がきちんと支払われてさちの手術は成功する

4.9年前春男がなぜ刑務所に入ったのか、康史はその理由をはっきりと理解する

5.春男は逮捕される前に死んでしまう

6.真理子の墓の隣りに春男の墓が建てられる

7.墓の周辺には一面に野菊の花が咲き乱れている(おまけ)

このドラマを観ているとどうしても誰かを死なせたくなります。でも、さちが死んでしまうのは遠慮して欲しいです。親より先立つ親不幸はいけません。

「白い春」はその後の展開がどうなるか分かっていても、それでもやはり感動できる不思議なドラマです。いや、むしろ物語の細部がよくわかったほうが感動が大きいといえるかもしれません。録画して再度鑑賞することをおススメします。

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