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2009年6月19日 (金)

村上春樹に太宰治は超えられない

すみません。タイトルに深い意味はありません。

本日は太宰治・生誕100年の桜桃忌です。ちょっと古くなりますが、6月6日(土)の日経新聞夕刊に掲載されていた「太宰治 不滅の言葉」というコラム(全文)を紹介したいと思います。

没後60年余りでこれほど読まれた作家もいない。『人間失格』176刷628万部、『斜陽』119刷360万部。新潮文庫だけの数字である。
 この19日で生誕100年を迎える太宰治は、戦後の文学史では、無頼派というくくりがされてきた。が、この一過性の流行作家めいた言い方は、もはや似合うまい。生誕100年に合わせて出た『太宰治 100年目の「グッド・バイ」』(河出書房新社)所収のインタビューで、文芸評論家の加藤典洋は、明治以降の日本文学で一人あげよといわれれば漱石、戦後ならば太宰だろう、と語っている。それは、明治の近代化を深く引き受けた漱石のように、敗戦という激変を一番深く受け止め、自分の文学を作り出した作家だからという。
 敗戦後、天皇制から手のひらを返すように民主主義に宗旨変えする世論とその便乗者に、太宰は強い欺瞞を感じる。
 「日本の人が皆こんなあやつり人形みたいなへんてこな歩きかたをするようになったのは、いつ頃からの事かしら。ずっと前からだわ。だぶん、ずっとずっと前からだわ」
 戦後に発表した戯曲「冬の花火」にある主人公の女性の台詞である。長谷部日出雄は、「(太宰は)右といえば右、左といえば左、とみんな一斉におなじ方向へ動く日本人の性質が、戦前戦中とまったく変わっていないと見抜いていたのだ」と書き下ろしの新刊『富士には月見草』(新潮文庫)で書く。
 変わらぬ日本の現実に太宰は深く失望し、世の倫理やバラ色の理想をすべて疑った。この敵と戦うために、自らの中にある偽善やエゴイズムをえぐり出し、自己破壊の道を進む。それが戦後の太宰文学だ。「さあ、日本の指導者たち、あたしたちを救って下さい。出来ますか、出来ますか」(「冬の花火」)。悲痛な叫びは時代を突き抜け「第二の敗戦期」といわれる今に響く。 (大阪・文化担当 宮川匡司)

戦後の無頼派といわれていた作家でも、織田作之助と太宰治とではその放蕩ぶりに違いがあります。織田作之助の放蕩(「夫婦善哉」)は関西的で、どこかあっけらかんとしています。罪悪感などとは無縁で実に楽しそうです。ところが太宰治の放蕩は東北的です。なんだかとても辛くて苦しそうです。「お前はなんでそんなこと(遊蕩)をしているのだ」と責められて、

織田作之助 → だって、楽しんだもーん

太宰治    → (眉間にしわを寄せて)義のために遊ぶ

……やっていることは同じなんですけどね。

加藤典洋によると、「時代が変わって文脈が変わっても、また別の切り口が次から次に出てくる」のが太宰文学の魅力なんだそうです。そういえば最近は青春の文学とされる「人間失格」や「斜陽」よりも、人生の機微を綴った大人の文学として「お伽草紙」がやたらと注目されているような気がします。

太宰文学の神髄に触れたかったら渾身のエンターテインメント・「お伽草紙」を読め、という時代になってきたのかもしれません。

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