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2009年11月22日 (日)

小池真理子の「無花果の森」を読む・第12回(11/21)

翌日、泉が目を覚ましたのは朝の10時でした。外は激しい雨です。

外は吹き降りの雨だった。窓ガラスに吹きつけてくる雨が、次から次へと、無数の水滴になって、斜めに滴り落ちてくるのが見えた。

「吹き降り(ふきぶり)」という言葉の意味がわからなかったので辞書で調べたところ、「強い風とともに雨が降ること」だそうです。第1回の挿絵には窓ガラスに吹きつけるこの「吹き降りの雨」が描かれていました。回想シーンがようやく「現在」にリンクした感じです。

深い眠りから覚めた泉は、長い間ぼんやりと窓の外の雨を眺めていました……第12回はここまでです。

これから何が起きるかは読者の想像力に委ねてここで終わってしまえば、この小説は余韻のある名短編であるといえます。でも、そういうわけにもいかないのでまだまだ続くと思います。

 

ところで、この小説の「無花果の森」というタイトルにはどんな意味が込められているのでしょうか。

無花果(いちじく)ということでまず思い浮ぶのは、旧約聖書のアダムとイヴの話です。「エデンの園で禁断の果実を食べてしまったアダムとイヴは、自分たちが裸であることに気づいて恥ずかしくなり、無花果の葉を綴り合わせて前垂れを作った」という神話(キリスト教徒にとっては歴史的事実)はあまりにも有名です。細かいシチュエーションはともかくとして、誰でもどこかで一度や二度はアダムとイヴの話を聞いたことがあるのではないでしょうか。

次に無花果で思い浮かべるのはイチジク浣腸です。イチジク浣腸というのは肛門から石鹸水のような薬品を直接腸に注入する便秘薬です。荒っぽいですが、即効性は抜群です。子供のころ一度だけお世話になったことがあります。肛門から冷たい液体がじわ~っと入ってくるあの感触は気持悪いのなんのって、こんなことされるくらいなら便秘のままのほうがましだと思ったものです(きたない話ですみません)。

このほか、フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』によれば、「無花果」に関して次のようなことが述べられていました(小説のタイトルに関係ありそうなところだけピックアップしました)。

○無花果は「不老長寿の果物ともいわれている」

○「聖書ではイスラエル、また再臨・終末のたとえと関連してしばしば登場する」

○「花を咲かせずに実をつけるように見えることから付けられた漢語で、これに熟字訓でいちじくという読みを付けている。しかし、実際には外から見えないだけで花嚢(かのう)の内部に小さな花をつけている」

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