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2009年11月29日 (日)

小池真理子の「無花果の森」を読む・第17回(11/28)

「初老」という言葉が意味する年齢は非常に曖昧です。40歳代を初老と考えている人もいれば、60歳代でもまだ若いと考えている人もいます。「初老」といわれただけでは、「あんたの初老は何歳やねん?」と聞きたくなります。

で、「軽食喫茶・ガーベラ」の店主も初老の男でした。間違っていたら訂正することにして、とりあえず60歳ぐらいということにしておきます。

白髪まじりの、つやを失った髪の毛を伸ばしてボブカットにし、メタルフレームのメガネをかけている痩せた男だった。赤と白の格子縞のシャツに、胸当てのついた黒いエプロンをしていた。店主のようだった。

ボブカットというのは、アニメのちびまる子ちゃんのようなおかっぱ頭のことをいうらしいです。ショートボブとかグラデーションボブとか、いろいろバリエーションがあります。バナナマンの日村や南海キャンディーズの山ちゃんのようなマッシュルームカットもマッシュボブといってボブカットの一種だそうです。

ヘアスタイルから服装まで、通りすがりの喫茶店の店主にもかかわらず、この初老の男についてはその雰囲気がかなり丁寧に描写されています。泉などは主人公だというのに、その容姿についての具体的描写はほとんどありません。読者に知らされているのは年齢(38歳)だけです。服装についても、Tシャツにデニム、これでおしまいです。

 

「軽食喫茶・ガーベラ」は何だか薄汚い感じのお店です。ボックス席は荷物置き場になっているし、埃だらけでほとんど掃除をしている気配がありません。カウンター席だけで細々と営業しています。もちろん泉以外に客はいません。

この店の店主は必要なこと以外はしゃべりたがらない無愛想な人です。商売っ気がまったくありません。本当の事は話したくないし、かといって作り話をするのもめんどうだと考えている泉にとっては、店主がむっつりと押し黙っていてくれたほうがむしろ好都合です。世間話などには興味のない似たもの同士(?)の間に流れる沈黙は、「気まずい沈黙」ではなくて、「心地よい沈黙」といえるかもしれません。

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2009年11月28日 (土)

小池真理子の「無花果の森」を読む・第16回(11/27)

アーケード街を歩いている泉には目的が2つありました。ひとつは地図を買って「岐阜大崖」がどういう街なのか詳しく調べること、もうひとつは空腹を満たすことです。

泉は前日の昼前(?)にコーヒーとサンドイッチの軽食をとって以来、食事らしい食事はしていません(たぶん)。口にしたのはビールとトマトジュースだけです。

 あまりにも長くものを食べていないせいで、意識が時折、遠のいていく感覚にとらわれた。

お腹が空き過ぎると気持が悪くなってきます。泉は、これ以上歩き続けると貧血を起こしてしまうかもしれないと考えはじめました。1日ぐらい食事をしなかったからといってちょっと大袈裟な気もしますが、なにはともあれ、まず地図よりも食事です。

 泉は顔をしかめつつ、行き当たりばったりにアーケード街を右手に折れてみた。

こういう時はジタバタしないでアーケード街を駅に向って真っ直ぐ進んだほうが早く食事にありつける可能性が大です。でも、なぜか泉は右折してしまいました。表通りのアーケード街でさえ閉まっている店が多いというのに何を考えているのでしょうか。よくわかりません。とにかく右折してしまったのです。ところが、泉の意味不明な行動が功を奏しました。裏通りの小さな交差点脇に「軽食喫茶・ガーベラ」と書かれた立て看板を見つけたのです。しかも「営業中」です。ビールもあります。

このお店は怖いお兄さんが経営している「ボッタクリ喫茶」かもしれません。一抹の不安はあります。でも、ここまで来たら入るしかありません。

以下次回に続く。

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2009年11月27日 (金)

小池真理子の「無花果の森」を読む・第15回(11/26)

新谷泉はホテルを出て、岐阜大崖のさびれたアーケード街を歩いていました。

地方都市の商店街というのはどこでも似たようなものです。スーパーとコンビニとファーストフードなどのお店がしのぎを削っていますが、すべて大手のチェーン店です。昔ながらの個人商店はほとんど壊滅状態です。個人商店でもかろうじて元気なのは、鮮度で勝負ができる魚屋と八百屋と精肉店ぐらいなものです。

岐阜大崖の商店街も衰退が進んでいます。定休日でもないのにお店の「三軒に一軒はシャッターが閉じられたまま」です。

開いている店にも人影は見えない。それなのに、アーケードに取り付けられた拡声器からは、場違いなほど賑やかな音楽が流れ続けていて、時折、そこに甲高い女の声が混ざる。

地方都市の商店街に流ている音楽というのは、そのときに流行っているテレビドラマの主題歌だったりすることが多いです。時には昔の洋画(「ブーベの恋人」とか「夕陽のガンマン」とか)のテーマ曲が流れていたりもします。いくらなんでもひど過ぎると思ったのは、ベートーベンの「エリーゼのために」が閑散とした商店街に大音量で流れていたことがありました。完全なるミスマッチです。

それから、街頭放送のアナウンスが「アニメの女の子のような声」ならまだマシなほうです。黄色い声のお婆さんが奇妙な抑揚をつけたしゃべり方でアナウンスをしている商店街もあります。

 

挿絵に描かれている岐阜大崖の街は、浮世離れしたゴーストタウンのような雰囲気で不気味です。泉のような世捨て人がひっそりと住むにはふさわしい街かもしれません。泉はどう思っているのでしょうか……もう東京に帰りたくなったかな?

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2009年11月26日 (木)

小池真理子の「無花果の森」を読む・第14回(11/25)

激しかった雨が小降りになりました。泉は昨日の夜から何も食べていません。

 ともかく何かを食べに行き、ここがどこなのか、知らねばならない。
 それだけを考えながら、泉は部屋を出た。

なかなかベッドを離れられなかった泉も、空腹をきっかけにようやく活動する気になったようです。脳科学者の池谷裕二氏によれば、「お腹が空いていたほうが、脳はよくはたらく」そうです。また、やる気を出すコツというのは「とにかくやってみること」だそうです(「海馬 脳は疲れない」)。

泉は、親類も友人も知人もいない、縁もゆかりもない土地に行きたいと考えていました。そこでたどり着いたのがこの岐阜県の街です。衝動的に途中下車をしてしまったこの街が岐阜県であることはわかっていても、それ以上の詳しいことは何もわかっていません。泉はこの街で「第二の人生」を歩むことになるのでしょうか……なんだか前途多難です。

 

ここで、これまでに判明している泉のプロフィールを紹介しておきます。

○ 新谷泉は38歳、夫は映画監督で48歳。
○ 泉は夫の暴力に耐えかねて蒸発した。
○ 泉には母と姉がいる。子どもはいない(たぶん)。
○ 結婚前は映画の記録係をしていた。
○ ビールが好きである。
○ 結婚前に貯めていた約68万円を持ち歩いている。
○ 運転免許証、クレジットカード、GPS機能のない携帯電話を持っている。
○ 表情には生気がなく髪の毛はグシャグシャである(ヘアブラシは買ったようだ)。
○ キャリーバッグを引きずって幽霊のようにフラフラ歩いている。
○ 「雨女」である。
○ 今は岐阜県の見知らぬ街に滞在している。

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2009年11月25日 (水)

小池真理子の「無花果の森」を読む・第13回(11/24)

この小説は恋愛小説なのか、それともポルノ小説なのか、はたまた推理小説のか、いったいどういう種類の小説なのかまだはっきりしません。主な登場人物も今のところ新谷泉(しんたにいずみ)という女性ひとりだけです。

新谷泉は人生の折り返し地点で、これまでの生活から逃げ出して「誰でもない誰か」になろうと失踪してしまいました。夫の暴力が原因らしいです。詳しいことはまだわかっていません。

 

さて、第13回です。ホテルはおそらく10時がチェックアウトの時間です。目を覚ましたものの外は大雨です。泉は予定を変更してもう一泊することにしました。泉はなかなかベッドから出られません。不快な疲れが心身を蝕んでいます。

何度か寝返りをうった。そのたびに、思い出したくない光景や、浴びせられた言葉の数々が蘇り、泉は眉間に皺を寄せた。

泉は努めて楽しかった出来事を思い出そうとしました。しかし、疲れ果てた心は、無意識の裡に諍いや暴力のような暗く悲しい出来事を思い出してしまうのでした。

次に泉が目覚めた時、ベッド脇のデジタル時計は午後2時をさしていた。
 ここがどこなのか、一瞬、わからなかった。じっと天井を見上げているうちに、記憶が戻ってきた。

今回はここまでです。なかなか話が前に進みません。

ここで、失踪後の泉の足取りを復習しておきます。

1.新谷泉は夫の暴力に耐えかねて失踪を決意、書き置きだけをの残して自宅を出た。
2.最寄の駅は東横線の都立大学前だが、人目を避けてタクシーで目黒駅へ。
3.目黒駅から山手線で東京駅へ。東京駅周辺のビジネスホテルで一泊。
4.翌日新幹線で名古屋へ。名古屋から私鉄で地方都市・岐阜大崖へ。
5.夜遅く岐阜大崖のホテルに「高田洋子」という偽名でチェックイン。
6. 翌日は大雨。泉は依然としてホテルに潜伏中。

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2009年11月22日 (日)

小池真理子の「無花果の森」を読む・第12回(11/21)

翌日、泉が目を覚ましたのは朝の10時でした。外は激しい雨です。

外は吹き降りの雨だった。窓ガラスに吹きつけてくる雨が、次から次へと、無数の水滴になって、斜めに滴り落ちてくるのが見えた。

「吹き降り(ふきぶり)」という言葉の意味がわからなかったので辞書で調べたところ、「強い風とともに雨が降ること」だそうです。第1回の挿絵には窓ガラスに吹きつけるこの「吹き降りの雨」が描かれていました。回想シーンがようやく「現在」にリンクした感じです。

深い眠りから覚めた泉は、長い間ぼんやりと窓の外の雨を眺めていました……第12回はここまでです。

これから何が起きるかは読者の想像力に委ねてここで終わってしまえば、この小説は余韻のある名短編であるといえます。でも、そういうわけにもいかないのでまだまだ続くと思います。

 

ところで、この小説の「無花果の森」というタイトルにはどんな意味が込められているのでしょうか。

無花果(いちじく)ということでまず思い浮ぶのは、旧約聖書のアダムとイヴの話です。「エデンの園で禁断の果実を食べてしまったアダムとイヴは、自分たちが裸であることに気づいて恥ずかしくなり、無花果の葉を綴り合わせて前垂れを作った」という神話(キリスト教徒にとっては歴史的事実)はあまりにも有名です。細かいシチュエーションはともかくとして、誰でもどこかで一度や二度はアダムとイヴの話を聞いたことがあるのではないでしょうか。

次に無花果で思い浮かべるのはイチジク浣腸です。イチジク浣腸というのは肛門から石鹸水のような薬品を直接腸に注入する便秘薬です。荒っぽいですが、即効性は抜群です。子供のころ一度だけお世話になったことがあります。肛門から冷たい液体がじわ~っと入ってくるあの感触は気持悪いのなんのって、こんなことされるくらいなら便秘のままのほうがましだと思ったものです(きたない話ですみません)。

このほか、フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』によれば、「無花果」に関して次のようなことが述べられていました(小説のタイトルに関係ありそうなところだけピックアップしました)。

○無花果は「不老長寿の果物ともいわれている」

○「聖書ではイスラエル、また再臨・終末のたとえと関連してしばしば登場する」

○「花を咲かせずに実をつけるように見えることから付けられた漢語で、これに熟字訓でいちじくという読みを付けている。しかし、実際には外から見えないだけで花嚢(かのう)の内部に小さな花をつけている」

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2009年11月21日 (土)

小池真理子の「無花果の森」を読む・第11回(11/20)

 クレジットカードは持っているが、使えなかった。

そりゃ使えませんよ、偽名で泊まるんだから。

プロのフロントマンなら、お客の一瞬のためらいや動揺を見逃したりはしません。「高田様」と呼びかけたときの泉の微妙な反応で、偽名を使っていることは見抜かれていると思います。ただあえて深くは詮索しないのが商売のコツというものです。お客がいくら怪しげでもお金さえ払ってくれればいいわけです。「運転免許証はお持ちでしょうか?ちょっと拝見させてください」などとは絶対に言い出しません。

フロントマンがどこか抜けていてぼんやりしているように見えたとしたら、それはお客を安心させるための気遣いです。このフロントマンは見かけによらずかなり優秀なのかもしれません。

 誰も乗っていない簡素なエレベーターに乗り、十二階で下りた。
 廊下にも人の気配はなく、どこかから絶え間なく風の音だけが聞こえていた。

十二階というのはこのホテルの最上階です。この小説の第1回は、

 六月の、雨の夕暮れ時である。

という短い一文で始まりました。そして、ホテルの最上階から見渡した雨に濡れた夕暮れ時の街の描写が続きました。つまり泉は前日の夜遅くにこのホテルにチェックインして、翌日の夕暮れ時にもまだホテルにいたのです。

ホテルを出て行くといっても別に行く当てがあるわけではないし、翌日が雨だったために泉は動くのがめんどくさくなってしまったのかもしれません。

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2009年11月20日 (金)

小池真理子の「無花果の森」を読む(5)

●第10回(11/19)
「無花果の森」は、日経新聞の夕刊に掲載されている小池真理子の連載小説です。版画家・柄澤齊(からさわひとし)が挿絵を描いています。面白いのかどうかはまだよくわかりません。ストリーはどうなっているかというと、

 主人公の新谷泉(38)は映画監督である夫・吉彦(48)の暴力に耐えかねて家出をした

今のところはここまでです。話がなかなか前に進みません。

今どき新聞小説を熱心に読んでいる人というのは、ある意味で奇人変人の親戚かもしれません。でも、娯楽の少なかった明治時代には新聞小説は大モテで大流行していました。夏目漱石は言うに及ばず、明治時代のベストセラー小説のほとんどは新聞小説でした。尾崎紅葉の「金色夜叉」など、続きが読みたくて毎朝朝刊が配達されるのを今か今かと待っていた熱心な読者もいたといいます……古きよき時代でした。

 
さて、第10回です。新谷泉は、どこへ行くというあてもないのに新幹線を利用したり、ネットカフェやカプセルホテルがあるのにビジネスホテルを利用したり、ちょっと金遣いが荒いのではないかと心配になってきます。コインロッカーだってタダではないんだからそうむやみに使ってはいけません。だいたいスタバでコーヒーとサンドイッチなんて贅沢過ぎます。お腹が空いたらコンビニでカップラーメンを買ってお湯を入れてもらって近くの公園で食べなさい。

 逃げることだけを考えるべきだった。これまでいた場所から。これまで過ごした人生から。夫から。これまで積み重ねてきたあらゆる人間関係から。
 逃げて逃げて、「誰でもない誰か」になりたかった。どれほど孤独になってもかまわない。別の人生を送ることだけを考えたかった。

新谷泉はなぜこのように考えるようになったのでしょうか。夫の暴力に耐えかねて今の生活が嫌になったというだけでは説得力がありません。「誰でもない誰か」になりたいと考えるのは、やはり本人の気質が大きく影響していると思います。これは泉の病的な失踪願望です。かりに夫の暴力がなかったとしても、何かをきっかけに結局は現実に背を向けて失踪することになっただろうと思います。失踪は泉にとって人生の宿命のようなものです。そんなわけで、とにかく泉は失踪したのであります。

泉は、東京から新幹線で名古屋まで行き、名古屋で快速列車に乗り換えて岐阜大崖という駅で降りました。岐阜大崖というくらいですから岐阜県にあるのだと思いますが詳しい場所はわかりません。さびれた地方都市です。この岐阜大崖の中心地にあるホテルに、泉は「高田洋子」という偽名を使ってチェックインしました……そろそろ何かが起きそうな予感がします。

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2009年11月19日 (木)

小池真理子の「無花果の森」を読む(4)

●第9回(11/18)
去年の夏のことです。新宿の中央公園の近くで、女性の路上生活者を見かけたことがありました。一見すると上品でいかにも育ちのよさそうな顔をしていて路上生活者という感じはまったくありません。でも、大きな荷物を引きずっているその出で立ちは明らかに路上生活者でした。ギャップの大きさが印象的でした。「無花果の森」を読んでいたら、かつてそんな女性の路上生活者を見かけたことをなぜか思い出していました。

さて、第9回です。新谷泉はこれまでの携帯電話を解約することによって、夫だけでなく肉親や友人・知人ともすっかり縁が切れてしまったことを実感します。

夫の暴力だけが問題なら、誰かに相談するなり、匿って貰うなりして、なにも失踪して世捨て人にならなくてもそれなりの対処法はあったはずです。泉にはもともと「孤独な虫けらのように」だれにも知られずにひっそりと生きていこうとする暗い厭世癖のようなものがあったのかもしれません。

泉は、自分からどこかに連絡をとろうとする時の通信手段だけは残しておきたいと考えました。そこで、GPS機能のない高齢者向けのシンプルな携帯電話を新たに契約しました。でも、世間と縁が切れてしまってそれをよしとするなら、自分からどこかに連絡を取ろうとする必要はまず生じないと思います。

仕事を探すでもなく、病気になっても医者にかかるでもなく、先方からのいかなる連絡も拒絶するのであれば、放浪生活に携帯など必要ありません。これはしばらく暮らしてみればわかります。

泉の所持金は約68万円です。1日1万円で暮らせば約2か月、1日5千円で暮らしても約4か月でお金はなくなってしまいます。その後は路上生活です……どうなってしまうのでしょうか。

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2009年11月18日 (水)

小池真理子の「無花果の森」を読む(3)

●第8回(11/17)
「映画監督の新谷吉彦さん(48)の妻、泉さん(38)の行方がわからなくなり、新谷さんから警察に捜索願いが出されていた」

新谷泉はこんな記事がスポーツ紙のどこかに出ているのではないかと恐れていました。隣の席の男が立ち去ってから泉は男が置いていった新聞をそっと引き寄せて開いてみました。しかし、泉が恐れていたような記事はどこにも載っていませんでした。

捜索願の記事は泉の妄想でした。この妄想記事のおかげでようやく読者にも泉が38歳であり、夫の映画監督が吉彦という名前で48歳であることがわかりました。ふたりはいわゆる年の差カップルです。しかし、ふたりが結婚して何年になるのかとか、お互いに初婚なのかどうかとか、子どもはいるのかなど、名前と年齢以外の詳しいことは依然として謎のままです(早く教えてね)。

泉の携帯電話には電源を入れるだけで現在地が確認されてしまうGPS機能がついています。そのため泉はできることなら携帯電話を捨ててしまいたいと考えました。でもその一方で「携帯がないと不便だわ」とも考えています。

世を捨てる覚悟を決めているはずなのに便利だの不便だのという感覚にとらわれているのは、まだ泉の心のどこかに迷いがあるのかもしれません。

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2009年11月17日 (火)

小池真理子の「無花果の森」を読む(2)

●第7回(11/16)
新谷泉が泊まったビジネスホテルは「東京駅周辺の少しでも安いホテル」です。いったいどこなんだろうと、新谷泉になったつもりで実際に検索してみました。東京駅の近くでここが安いというのは浦島館です。チェックアウトが10時で素泊り1泊6500円です。東京駅から徒歩10分というのも、「思っていた以上に距離があり」という表現に当てはまります。そういうわけで泉が泊まったホテルは勝手に浦島館ということにしておきます。

新谷泉は浦島館で恐ろしい夢を見ていました。自分が横たわっている棺に大勢の男たちが蓋をかぶせて五寸釘を打ち込もうとしているのです。泉はあまりの恐ろしさに自分の悲鳴で目が覚めてしまいました。その後はほとんど一睡もできずに夜明けを迎えました。ようやく浅い眠りに入ったのは夜が明けてからです。

泉の右肩には赤紫の痣、右耳の後には黒い血の塊があります。小さな痣や傷ならもっとあるかもしれません。これらの痣や傷は夫の暴力によってできたものです。詳しい事情はわかりませんが、泉は夫の暴力から逃れるために失踪したようです。

泉はフロントからの電話でチェックアウトの時間が過ぎていることを知らされました。いつのまにか眠ってしまっていたようです。あわててホテルを出ると近くのスターバックスで「コーヒーとサンドイッチの軽食」をとりました。

このスターバックスも勝手に京橋駅前店ということにしておきます。この店で隣に座っていた若い男がスポーツ紙を読んでいました。泉は思わず横から紙面を覗き込みました。いったいどんな記事が載っていたのでしょうか……続きは本日の夕刊です。

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2009年11月15日 (日)

小池真理子の「無花果の森」を読む(1)

日経新聞の夕刊に小池真理子の「無花果の森」という連載小説が始まりました。新聞の連載小説などほとんど読むことはありませんが、この「無花果の森」はどうも相性がいいです。なんとなく読んでしまった第1回のさびれた地方都市の描写がよかったです。以後、毎回読み続けて、いつのまにか愛読者になってしまいました。今後の展開が楽しみです。

とりあえず第1回(11月9日)から第6回(11月14日)までのあらすじを紹介しておきます。

●第1回
主人公は新谷泉という既婚の女性です。夫は映画監督です。

新谷泉はなんらかの事情で現在失踪中です。新幹線で東京から名古屋まで来ました。知り合いと偶然出会ってしまうことを極端に恐れていて、京都や大阪方面には行かずに、「岐阜大崖」という見知らぬ駅で降りて、今はその駅の近くのホテルに身を潜めています。

●第2回
「岐阜大崖」という駅名はネットで検索してもヒットしません。おそらくは架空の駅なんだと思います。ただ、主人公の新谷泉は名古屋から快速列車に乗って「岐阜大崖」に着いたことになっています。この快速列車はおそらく豊橋と名鉄岐阜を結んでいる名古屋本線です。したがって終点の名鉄岐阜の手前に架空の駅「岐阜大崖」があることになります。
  
失踪中の新谷泉は「苦悩の果てに自分が選んだ行動に、今ごろになって強い不安を抱き始め」ています。神経性胃炎なのか、胃の奥のほうがちりちりと痛みだしたりもしています。

●第3回
なぜ新谷泉は目黒の自宅を飛び出したのか、その理由はまだはっきりしません。ただ、「ここ数か月、泉がぐっすり眠ることができた日は数えるほどしかなかった」というくらいですから、夫の浮気かDVかあるいは仕事や金銭上のドラブルか、とにかく妻としてどうにも我慢のならない何かがあったのだろうと推測されます。真相は不明です。

家を飛び出すにあたって、泉が引き出して携帯した現金は約68万円です。これは結婚前に貯めていたへそくりです。

●第4回
新谷泉の夫は映画監督です。「自宅に映画関係者を連れてきて大盤振る舞いをする」のが好きでした。そのため新谷家の家計はいつも火の車でした。

泉は夫からわずかな生活費を渡されるだけで残りのお金はすべて夫が管理していました。夫にどれくらいお金があるのか、あるいは借金などがあるのかないのか、夫の懐具合について泉は何も知らされていませんでした。

●第5回
泉はどんなことがあっても、天によって死が与えられる瞬間まで、自ら死を選ぶまいと決心しています。ただ、このままではやがて自分が路上生活者になるのではないかとも考えています。

なにはともあれ失踪中の泉に自由になるお金は約68万円です。このお金が尽きれば泉は路頭に迷うことになります。今は「とりあえずの隠れ場所を見つけ、今後のことを考えよう」と思っています。

●第6回
失踪した当日の話です。泉は目黒駅から山手線で東京駅に出て、東京駅周辺の安いビジネスホテルに泊まりました。煙草の匂いと黴の匂いが付着した安ホテルの狭い部屋で、泉は「ベッドに仰向けになり、身体を休めながら、今後のことを考えよう」としました。しかし、「興奮と恐怖、不安が押し寄せてきて」何も考えられませんでした。

映画監督である夫と泉の間に何があったのか、詳しいことはまだ不明です。

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2009年11月 1日 (日)

母屋ではおかゆ 離れではすき焼き

第156回国会 財務金融委員会 第6号(平成15年2月25日(火曜日))

○上田(清)委員 プライマリーバランスをゼロにする、そういう方向性については賛同するところですが、具体的にはどんな形でなされる予定ですか。

○塩川国務大臣 私は、これには大変な構造改革が必要だろうと思うんです。
 その構造改革の中身を言いますと、まず、社会保障関係です。これの財政負担の問題を、きちっと、給付と、それから負担の関係をもう一度見直していく必要があるだろう。このままの制度の延長でいきましたら、いたずらに負担のみがふえてきて、財政的に行き詰まってしまうのではないかという心配を実はしております。ですから、この社会保障全般、四つ現在、医療、年金、介護、雇用、ございますが、この全体、セーフティーネットを見直していくということが大事だと思っている。
 それから、二番目の問題は、国と地方との財政のあり方です。この問題の中に一番大事なのは、シビルミニマムあるいはナショナルミニマムの限度というものをどの程度に見ていくかということでございまして、行政の質と量との関係をしっかりと見直していく。いわゆる高度経済成長時代と現在とは、そこに構造的な見方を変えなけりゃならぬのじゃないか。
 それからもう一つは、公共事業のあり方でございますが、一つは、公共事業の量というものも大事だと思いますけれども、同時に、質、仕様書をやはりもう少し現実的なものに見直していかなきゃならぬ。何でもかんでも特注特注、特注の名のもとにおいてコストを非常に引き上げていくということは、公共事業全体についての執行にやはり障害になってくるのではないかと思っております。
 この三つの柱、これをきちっと、小泉政権の中で明示したものをきちっとして、その上で将来の財政の予測をしっかり立てることだ、私はそう思っております。

○上田(清)委員 大枠で基本的には正しいと思いますが、何よりも一番今問題なのは、予算委員会でも御指摘をさせていただいておりますけれども、財政の仕組みの中で、一般会計、特別会計というふうに分かれて、三十二の特別会計、金額にすれば三百六十九兆、ダブルカウントとかいろいろ除けば二百六十兆、二百三十兆ぐらいになるかと思いますが、いずれにしても、財務省、財務大臣として熱心にさまざまな改革の提案をされても、事実上、各省庁にまたがっています特別会計に、財務省の所管でない特別会計の部分に関しては、いわば余りメスが入れられないような仕組みになっております。
 事務方にもいろいろ聞くと、なかなか財務省というのは弱いんだというような話を聞きまして、本当かなと思うんですけれども、そうだというようなこともお伺いしたりしているんですけれども、とにかく、一般会計八十一兆七千八百九十億七千七百六十六万六千円というこの数字が、いきなり五十兆ぼんと特別会計に入ってしまう、そして二十兆は補助金で流れてしまう、こういう仕組みを変えない限り、基本的には難しいんじゃないかというふうに私は思っています。
 4の図式を見ていただければ、日本国の金の流れは、財政そのものは実は特別会計だ、一般会計じゃない。本当の財布は特別会計だ、ここにメスが入らないじゃないか、私はこんなふうに思います。
 しかも、5で、たまたま経済産業省の予算額、八千八百九十億を見ていきますと、他会計への繰り入れで半分は使ってしまって、そしてまた、関係団体に、委託費だ、調査費だ、補助金だ、補給金だ、出資金だ、拠出金だ、分担金だ、貸付金だといって、大半を他の会計に入れてしまうんですよ。つまり、経済産業省としては、人件費その他で一割も使わない。全部補助金システムで流しているじゃないですか。ここに特殊法人や公益団体やらが巣くって、むだ金を使っているじゃないですか。
 ありましたよ。経済産業省で、とにかく雇用をふやすんだということで、全国チェーンストア協会に二億円の補助金を出した。さる高名な経済学者に講演料で百五十万を渡す。そして、そのコンビニエンス協会の方にほとんどの委託調査費を渡して、じゃ、そこで何が雇用につながったかなんというのは何の検証もなされない。わずか二億円ですけれども、この経済産業省のでは百億ぐらいのオーダーは山ほどありますよ、各種団体に、調査費、委託費。
 こういうのにメスを入れない限りこの国はよくならない、私はそう思っておりますが、大臣、御所見はいかがでしょうか。

○塩川国務大臣 この件につきましては、十日ほど前でしたけれども、予算委員会で上田さんが指摘されましたね。私は、それを、非常に感銘を持って拝聴しました。というのは、私も、事実、ずっと長い議員生活の中では、これは実は疑問を持っておった点なのであります。要するに、母屋ではおかゆ食って、辛抱しようとけちけち節約しておるのに、離れ座敷で子供がすき焼き食っておる、そういう状況が実際行われておるんです。本当に私はそういう感じを持っておるんです。
 だったら、これをどうするのかということ、これについては、私一人の力ではとてもできるものじゃありません。政治の動きがずっとそっちへ流れていってしまった。そこに小泉の言っている構造改革が、行政改革の本体はそこにあると私は実は思うておるんです。これには、やはり国会の方も協力していただいて、要するに改革していかなきゃいかぬ、私は本当にそう思うておりまして、省内にも勉強する機会をつくっておるということでございまして、おいおいそれをやっていきたい。
 なかなか、そうは言っても、私は非力でございますからとてもできないけれども、しかし、言うことは言うていかなければこれはできない問題だと思うし、といって、言ったからといって、ようかんをかみそりで切ったようには、ぽっとあしたから変わるんや、そういううまいことはいかぬ。
 けれども、おっしゃる方向は、私は確かだ。まず、特殊法人を今度は改めていきますね、それから公益法人を改める。それから特別会計というのをやっていく。これはまさに、特別会計というのは護送船団の名残なんです。ですから、これはやはり真剣に見直していかないかぬ。けれども、特別会計というのは、それぞれの目的があってつくったんですから、その目的をきちっとやってくれるんだったらそれでいいですけれども、そこからルーズになっておるものが相当あると思いますので、その点をまず見直していくことが大事だと思います。

○上田(清)委員 ぜひ、財務省、あるいは横断的にでも、特別会計の見直しのプロジェクトをつくっていただきたいというふうに思っております。
 そこで、特別会計の方でも人件費を出したりしておりまして、どこにどんな人件費があるのかわからなくなってしまうぐらい、あちこちで、勘定ごとに人件費を出したり出さなかったりしております。それで、予算書を全部足し算するのも大変ですので、とりあえずは人数の少ないところだけ、足し算したり人数で割ったりしました。
 これ、資料の6ですが、人事院が発表するところの国家公務員の平均給与は六百二十七万だ、四十歳でですね。ところが、この6を見ていきますと、会計検査院、人事院、総務本省、外務本省、文部科学本省、これは人数の少ないところだけ選んだんです、足し算と割り算が簡単で済むように。そうすると、どれもこれも一千万ぐらいになっておる。いやいや、諸手当があるんです、管理職手当があるんです、超過勤務手当があるんですということで、こうなっているわけなんですと。(発言する者あり)実際はもっと高い、そういう場外からの声もありますが。
 何かこの辺が不思議でならないんですが、これ、杉本次長、国の予算で人件費の割合というのはどうなっておるんですか。どこにも書いていない。大体大枠で、御存じであれば教えてください。

○杉本政府参考人 今手元に資料がございませんので正確なことは申し上げられませんので、私の記憶で、間違ったらまた訂正させていただきます。
 一般会計の人件費で大体十兆円というふうに考えております。十兆何がしかだったというふうに記憶しております。これには、いわゆる義務教育の国庫負担金、三兆弱でございますが、それも含んで、かつ、先生のおっしゃる諸手当も含んだところの人件費の総額というふうに御理解していただければと思っております。

○上田(清)委員 今言われたのは一般会計だけですよね。特別会計に山ほど出ていますね、人件費が。
 そうすると、わけがわからなくなるんですね。例えば、地方の、県だとか市町村の平均的な人件費の割合は、歳出の中で大体三五%から四〇%ぐらいが多いんですけれども、国の歳出の中で人件費の割合は一体どうなっておるかという資料がないんですね。あちこち隠れているからわからなくなっているんですよ。これも不思議なもので、何かわざと隠しているんじゃないですか。違いますか。

○杉本政府参考人 手元に資料がございませんが、一般会計と特別会計を合わせました人件費総額が幾らになるかという資料も公表できると思っていまして、その数字はまた後刻にでもお知らせしたいと思っております。
 それから、結局、国全体の経費構造がどうなっているとか、そういう話もございますので、財政制度審議会の中で公企業会計小委員会というのをつくりまして、国全体の姿というものを、民間の企業会計の手法も活用しながら、どういった形でディスクローズしていくのがいいのか、どういった形で説明していくのがいいのかということを今検討していただいているところでございまして、そういった成果を踏まえまして、国の財政の中でそれぞれどういった経費がどういうふうに使われているのか、一般会計、特別会計、それから特殊法人、それから独立行政法人、そんなものも、そこまで視野に入れて、いろいろ検討していかなきゃいけないと思っておりまして、そういった検討を進めさせていただいているところでございます。

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