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2009年12月 2日 (水)

小池真理子の「無花果の森」を読む・第19回(12/1)

 「そんな映画に、この音楽がくっつけられたんだよ。信じられないよ」と彼は溌剌とした言い方で言った。「音楽だけ聴いたら、甘ったるいロマンス映画としか思えないよな」

ここで新谷吉彦はウソをついています。吉彦は現在48歳です。「世界残酷物語」(1962)が公開された当時はまだ赤ちゃんでした。吉彦がこの映画を観たとしたら、1962年からすくなくとも十数年が経過してからです。

「世界残酷物語」のテーマ曲「モア」の大ヒット以降、モンド映画(観客の見世物的好奇心に訴える猟奇的ドキュメンタリー映画)には美しいテーマ音楽というのが流行りだしました。過激な映像にロマンチックなメロディというのは信じられないほど斬新でもなんでもなく、ごく当り前のパターンになってしまったのです。

「世界残酷物語」を公開当時に観た人がその内容とテーマ音楽とのギャップに「信じられない」という感想を漏らしたとしても不思議はありません。しかし、十数年後にこの映画を観て同じ感想を抱くということはありえないと思います。特に古今東西の多くの映画を観いてる映画監督ならなおさらです。過激な映像に美しいテーマ音楽というのは、信じられないどころかすでにマンネリ気味のお決まりのパターンになっていたはずです。

「世界残酷物語」について、ネット上に次のような解説がありました。

世界の奇習・風俗の映像を集め、見世物感覚で並べ立て、後に無数の亜流作品を産むこととなった、いわゆる“モンド映画”の原点。その後のモンド映画は、人間の死の瞬間という究極映像を求めていくようになったが、この作品ではまだそういった過激映像はなく、未開人の風習と、迷走する現代人の風俗を交互に紹介することにより、人間とは何か、という壮大なテーマをそれなりには感じさせる作りになっている。今日的視点で観れば、やはりヤラセ的な映像も多い。そのへんもまた元祖モンドではある。リズ・オルトラーニによるテーマ曲「モア」はアカデミー賞にもノミネートされ、今ではスタンダードとして定着。以降、モンド映画には、美しく覚えやすい旋律のテーマ曲がつきものとなった。

詳しくは → http://homepage1.nifty.com/hoso-kawa/video/video9.html

この映画は、今観れば「どこが残酷やねん」という程度の内容だそうです。

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