« ファイナルファンタジーは日本を見捨てたのか? | トップページ | ファイナルファンタジーⅩⅢ ミッション27の攻略 »

2010年1月 3日 (日)

「無花果の森」第41回(12/28)まで

「無花果の森」というのは、日経新聞の夕刊に掲載されている小池真理子の連載小説です。新年からこの小説を読もうと考えている人のために、これまでの新谷泉(38歳)の足取りを復習しておきます。小説上の現在は去年(2009年)の6月です。

1日目
午後、夫(吉彦)の暴力に耐えかねて書き置きを残して失踪。所持金は約68万円。
東京駅周辺のビジネスホテルに1泊する。

2日目
スターバックスで朝食兼昼食。携帯電話の解約と新規契約をする。
午後、新幹線で名古屋へ。名古屋で私鉄に乗り換え岐阜大崖で下車。
岐阜大崖のホテルに偽名(高田洋子)で宿泊。

3日目
午後、大崖商店街を歩く。軽食喫茶ガーベラで食事。
お手伝いを募集している天坊八重子という画家に電話、明日面談の約束をする。
岐阜大崖のホテルで2日目の夜を迎える。

スチールカメラマンだった曾我一郎についての話は、岐阜大崖のホテルで2日目の夜を迎えた泉が、ふと思い出してしまった過去の記憶の断片です。

映画監督の新谷吉彦はもともと暴力的な男でしたが、妻の泉に対するDVが激しくなったのは、「新谷の監督した新作映画が、惨敗の憂き目にあった時期」とされています。

第29回で、結婚して四年目の秋に起きた「味噌汁ブン投げ事件」が語られています。納豆にまぜる長ねぎが細かく刻んでなかったことに腹を立てた吉彦が突然豆腐とワカメの味噌汁を「力まかせに窓に向って投げつけた」のです。

「結婚して四年目の秋」というのはちょうど吉彦が日本アカデミー賞の監督賞を受賞したころです。おそらく、この受賞が吉彦の映画監督としてのピークだったのだと思います。その後、新境地を切り開こうとした新作が酷評にさらされ、興業的にも大失敗だったとされています。このころから吉彦のDVが激しくなっていったものと考えられます。

したがって、第36回で、台所で洗い物をしながら「ここだけの話」として泉がスチールカメラマンの曾我一郎に吉彦の暴力について愚痴をこぼしたのも、結婚して四年目(つまり今から六年前)ころの話であると解釈できます(小説上は特に年月は明らかにされていない)。

このとき、泉は、曾我にもっと話を聞いてほしいという気持だっただろうし、曽我のほうももっと話を聞いてあげたいという気持になったと思います。

男女の関係というのは、お互いが相手を意識して少しだけ近づくと、その後は加速度的に惹かれあっていくものです。歌の文句ではありませんが、会えない時間が愛を育てたりもします。惹かれあう途中で、どちらかがその気はないというサインを出さない限りいくところまでいってしまうのが通例です。

泉が吉彦の暴力に対する愚痴を曽我に話したということは、泉の吉彦に対する愛情や妻として夫を守ろうとする気持ががすでになくなっていたと解釈できます。

「夫」というキーワードをYahooの検索エンジンにかけると、入力補助の欄には、まず「婦」、次が「 死んで欲しい」、その次が「婦生活」と表示されます(試してみてください)。驚いたことに「 死んで欲しい」が第2位です。そこまでひどくはないとしても泉の吉彦に対する気持は冷え切っていたと思います。泉が「ここだけの話」を初めて打ち明ける相手として、同姓や年配者ではなく、一つ年下の曾我一郎を選んだということは、何をどう弁解しても、浮気相手として無意識に曽我を選んでいたということです。これは泉が32歳、曾我一郎が31歳のころの話です。

その後、第38回で、吉彦の旅行中に泉は渋谷の書店で曾我と偶然出会います。物語の流れからすると、この出会いは、泉が曽我に吉彦の暴力について愚痴をこぼした日の数日後か遅くても数週間後の話だと思いたくなります。少なくとも何年もが経過してからの話とは考えにくいです。

ところが泉が渋谷の書店で曾我に出会ったのは、なんと「昨年の五月。連休明けのこと」とされています。六年前からいきなり昨年(2008年)の五月です。その間の数年間、泉と曾我はいったい何をしていたのでしょうか……。
  

それはともかくとして、曾我一郎という男も相当ひどい男だと思います。泉はいやしくも尊敬する監督の奥さんです。その奥さんにちょっかいを出すなんて常識では考えられません。どんな理由があるにせよ異常です。でも、曾我に責任はないのかもしれません。

深読みすれば、曽我が本屋で泉と出遭って、いっしょに居酒屋へ行って、明け方にタクシーで泉を目黒の自宅まで送って、玄関先で泉を抱きしめた、という一連の行動は、泉の浮気を疑っていた吉彦が、それを確かめるために曾我に命じてやらせていたのかもしれません(夏目漱石の「行人」はそういう小説でした)。

まあ、二番煎じのような展開にはならないと思いますが、泉と曾我が渋谷の書店でたまたま出会って、たまたま泉が明け方に帰宅したら、たまたまそこへ旅行中だった吉彦が帰ってきた……これが計画的でないとしたら、いくら何でも偶然の度合いが強すぎます。もっともテレビドラマなどではありがちな偶然ではあります。
  

吉彦は泉と結婚する前の二十代のころに一度結婚していました。その結婚は妻の浮気が原因で破綻したとされています。いわゆるバツイチです。吉彦は第22回でこんなことを言っています。

「女房を奪った相手の男のことを恨んだことはない。俺が憎んで、殺したいと思ったのは女房のほうだ」

吉彦にしてみれば、泉と曾我の抱擁シーンを目撃したとき、二十年前の悪夢が蘇ってきたはずです。泉と曾我は、現場を目撃されてしまった以上、何をどう弁解しても吉彦の疑惑を晴らすことは不可能です。曽我が間男呼ばわりされたとして、そうではないということをどのように証明するのでしょうか。

一度疑いの目で見てしまうと、あれもこれもあらゆることが被害妄想的に疑わしく思われてくるものです。さらに悪いことには、吉彦には自分の怒りを正当化したいという心理が働きます。怒りを爆発させるためには、泉と曾我が中途半端に親しくしているよりも徹底的に親密であってくれたほうが都合がいいのです。一方、泉が自分の浮気心を正当化するためには、吉彦が中途半端に我が儘であるよりも、徹底的に我が儘で暴力的であってくれたほうが好都合です。妻が浮気をするから夫が暴力を振るうのか、夫が暴力を振るうから妻が浮気をするのか……このへんの因果関係はかなり微妙です。

その後、泉は失踪を決意するまでの約1年間、夫の吉彦に「殺したい」と思われながらいっしょに暮らしていたことになります……実におぞましい話です。

|

« ファイナルファンタジーは日本を見捨てたのか? | トップページ | ファイナルファンタジーⅩⅢ ミッション27の攻略 »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/122218/32837665

この記事へのトラックバック一覧です: 「無花果の森」第41回(12/28)まで:

« ファイナルファンタジーは日本を見捨てたのか? | トップページ | ファイナルファンタジーⅩⅢ ミッション27の攻略 »