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2010年2月24日 (水)

小池真理子の「無花果の森」第82回(2/22)まで

外は激しい雨です。天坊八重子は泉を相手に四方山話を続けています。今後、泉は八重子から思い出話とも自慢話ともつかない同じエピソードを何度も何度も聞かされることになるのだと思います。まあ、聞いてあげるのも仕事のうちです。

八重子は、売れない詩人がかつて東京のお店でバーテンの仕事をしていたという話を始めました。今から十年くらい前の話です。その詩人は六十歳を過ぎてから雇われたのですが、要領が悪くて三か月ともたずにお払い箱になってしまったそうです。

この八重子の話が作り話でないとすれば、そのお店がどうして役立たずの詩人を雇ったのかという疑問が残ります。考えられるのは次の3つです。

1.詩人がお店のママの親戚だった(叔父さんとか)
2.お得意先の紹介で断りきれなかった
3.詩人の詩が好きで支援するつもりで雇った

まったく縁もゆかりもない還暦を過ぎた老人をあえて雇ってくれるお店なんて世間広しといえども普通はありません。しかも経験はゼロだったみたいだし。
 

この話に続いて天坊八重子(もうすぐ八十歳)は、水商売(?)について妙なことを言い出しました。

 「あたしだって、暗がりで着物でも着て色っぽく座ってりゃ、男がよって来るかもしれないよ。といったって、来るのは全員、変態だろうがね」

キャバクラでも「熟女専科」というのはあるみたいですが、「老婆専科」というのはさすがにないと思います。梅干婆さんを見ると興奮するという話は聞いたことがありません。

  

泉は取り止めのない八重子のおしゃべりを聞いていて次のような感想を抱きました。

 遠まわしに詮索されている気がした。この老画家は、あんたのことなんか、どうだっていい、知りたくもない、と言いつつ、暇つぶしにちくちくと突きまわしては、否応なくにじみ出してくる秘密の匂いを嗅ぎとるのを楽しみにし始めたのかもしれない、と泉は思った。

押し黙って心に秘密を抱えたままでは辛いだろうから、八重子は四方山話をして泉が話しやすい環境を作ってくれていたのだとは考えられないでしょうか。秘密といっても、夫の暴力に耐えかねて失踪したというだけの話です。本人にとっては深刻でも、世間的にはよくある話です。その夫が有名な映画監督だったとしても、天坊八重子にとってはどうでもいいことです。

話してしまえば気が楽になります。よく話してくれたということで信頼関係も生まれます。イザというときに八重子が泉を守ってくれるかもしれません。

クソババアの天坊八重子にそんな善意を期待しても無駄でしょうか。でも、このお婆さんは口は悪いけど、性格はそれほど悪くはないような気がします。むしろ性格が悪いのは泉のほうです。

本来なら、泉のほうからすすんで事情を説明して、すべてを知ってもらった上で雇ってもらうというのが筋です。「(家政婦の)仕事さえきちんとやっていれば文句はないはずだ」みたいな考え方というのはどうも感心しません。

  

第81回(2/20)で、天坊八重子が人物画を描かないことを不思議に思って泉は恐るおそる質問しました。

「どうして、人物をお描きになるのが、そんなにおいやなんでしょうか」

天坊八重子の答えは明快でした。

「簡単さ、人間が嫌いだからだよ」

天坊八重子が読心術を心得ていたら、世の中の人間はすべて面従腹背の唾棄すべき存在に見えたはずです。たとえば、目の前にいる高田洋子(泉の偽名)がその好例です。
 

第82回(2/22)になると、天坊八重子がまた変なことを言い出しました。人間は嫌いだけど死ぬ前に1枚だけ、天井まであるでかいキャンパスに老いさらばえた自分のヌードを
描きたいというのです。裸婦ならぬ裸婆です。

「どうだ、悪いか、とくと見やがれ、ってね。そういう絵を一枚だけ、最後に残して、この世からおさらばするのは、悪くないと思っているんだよ」

ゲージュツ家の発想もここまでくると凡人にはついていけません。本人が大真面目であればあるほど、ますますおぞましさを感じてしまいます。「とくと見やがれ」といわれても遠慮しておきたいです。

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2010年2月23日 (火)

NHKの大河ドラマ「龍馬伝」を観る・第8回(2/21)

安政3年(1856年、坂本龍馬22歳)のときの出来事です。

江戸で学問の修行に励んでいた弥太郎のところに、郷里の土佐で父の弥次郎がケンカで大ケガをしたという知らせが届きました。びっくりした弥太郎は学問修行を途中で打ち切って大急ぎで土佐に向いました。江戸から土佐まで、普通なら30日はかかるという道のりをわずか16日で走り着いたというから驚きです。

大ケガといっても命に別状はないのにわざわざ手紙で帰ってきて欲しいと知らせるのも変だし、その手紙を読んで弥太郎がはるばる江戸から土佐まで帰ってくるというのも変です。しかもわざとらしく足を血まみれにして。

弥太郎は父の無実を奉行所に訴えますが聞き入れてもらえず、奉行所の門扉に天誅の落書きをして投獄されてしまいます。もちろん覚悟の上での落書きです。すぐに出してもらえるはずもなく、しばらくは牢獄生活です。この親不孝者!!

極貧生活の中で弥太郎の江戸留学が実現したのは、弥太郎の才能を見込んだ米問屋の久衛門が留学の費用を負担してくれることになったからです。めったにないチャンスをこんなことでパーにして、挙句の果ては牢獄暮らしとはあまりにバカげています。

奉行所の門扉に落書きなどしたらどうなるかということぐらいわかっているのに、それを笑って(?)見ていた龍馬もバカそっくりです。

弥太郎が家族思いで、しかも不正を憎む正義感溢れる青年であるということを不自然に強調してしまうと、途端に弥太郎の人間的魅力が萎んでしまいます。正統派のヒーローは坂本龍馬に任せておいて、岩崎弥太郎には煩悩に苦しめられながら、それでも自分に正直に生きようとした個性的でユニークなヒーローになって欲しいです。

この「龍馬伝」が大河ドラマとして成功するかどうかは、第二の主人公ともいえる岩崎弥太郎に視聴者の間から「弥太郎頑張れ!!」の大合唱が起きるかどうかにかかっているといえます。俗にいうキャラが立つというやつです。岩崎弥太郎がステレオタイプ化したどこにでもいる平凡な正義漢になってしまってはドラマ全体がつまらなくなってしまいます。清濁併せ呑むスケールの大きな人物として描いて欲しいです。

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2010年2月19日 (金)

NHKの大河ドラマ「龍馬伝」を観る・第7回(2/14)まで

このドラマは、今のところ坂本龍馬(福山雅治)よりも岩崎弥太郎(香川照之)のほうが面白いです。「龍馬伝」で描かれている岩崎弥太郎は実に存在感があります。その人物像は幕末のホリエモンといった感じです。

弥太郎は「わしほど頭のえいヤツはおらん」と豪語するほど頭脳明晰です。弥太郎はこの頭の良さを武器に学問の力で惨めな貧困生活から這い上がろうと野望を抱いています。ただ、その風貌は薄汚く、間違っても女にモテるタイプではありません。乞食同然の格好で鳥かごを売り歩いていますが、売れたところを見たことがありません。また、この男は空気を読んで行動するといった資質に欠けています。いわゆる協調性というものがまったくありません。とにかく自分勝手で自己中心的です。でも自分に正直でどこか憎めないところがあります。まったくの悪党というわけでもなく、ここ一番というときには信義に厚いところを垣間見せたりもします。

平成の日本は、「ライブドア事件」なるものをでっち上げて社会的にホリエモンを抹殺してしまいました。しかし、幕末の日本にはホリエモン的人物(つまり岩崎弥太郎)を容認する度量がありました。閉塞感漂う幕末でさえ、若者のやることは大目に見ようとする空気があったのです。そう考えてこのドラマを観ていると、平成の日本というのがいかに若者にとって住みづらい閉塞した社会であるかということを痛切に感じます。若者に厳しく高齢者や偉い人(?)には甘い社会に明るい未来はありません。

高齢者は年金を貰って遊び暮らしているのに、若者はフルタイムで働いても年金ほどの収入も得られないという人がゴマンといます。こんな歪んだ社会がいつまでも続くとは思えません。そのうち現役世代が「もう面倒見きれない」とブチ切れて、いわば「高齢者居住区」なるものが作られるのではないでしょうか。高齢者は例外なく「高齢者居住区」へ移送されてあとは自己責任で生きるなり死ぬなりしてくれという、いわば平成版姥捨山です。

さて、このドラマの坂本龍馬はとにかく女性にモテます。土佐には加尾(広末涼子)が縁談を断って龍馬を慕っているし、江戸では男まさりだった千葉道場の佐那(貫地谷しほり)が龍馬と出合って女性に目覚めてしまいます(ホントかね?)。

この龍馬は弥太郎の一方的な恋敵でもありました。弥太郎は一大決心をして加尾にプロポーズしますが断られてしまいます。加尾の眼中には龍馬しかいません。龍馬がいなくても弥太郎のプロポーズは断られたと思うのですが、弥太郎としてはあくまでも龍馬のせいだと思ってしまいます。そんなわけで弥太郎は龍馬が大嫌いです。それでもこの男はブツクサいいながら龍馬について行くことになるのでしょうか……今後の展開が楽しみです。

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2010年2月18日 (木)

小池真理子の「無花果の森」第78回(2/17)まで

天坊八重子は意味ありげに泉に何かを聞きたがっていました。しかし何を聞きたいのかなかなかはっきりしません。

第74回(2/12)は振り捨ててきたはずの過去が気になっている泉の不安が描かれていました。第75回(2/13)は話題が横道にそれて八重子の描いている絵の話になってしまいました。第76回(2/15)は逆に泉が八重子に質問を始めています。懸案の「八重子が聞きたがっていること」というのがいっこうに出てきません。

こういうのって「じらし作戦」ではないでしょうか。うーん、じれったい。
 

この小説を読み始めたとき、「無花果」についていろいろ調べてみました。しかし、無花果が農産物であるという視点は思いつきませんでした。なるほど無花果も果樹ということでその実は一種の農産物です。農産物だということになれば、生産高日本一はどこかということになります。りんごなら青森県、みかんなら愛媛県(本当はは和歌山県)、ぶとうなら山梨県が日本一です。ここらへんまでなら何となく常識として知っています。しかし「それでは無花果は?」と聞かれると困ってしまいます。

正確な統計があるのかどうかわかりませんが、無花果の生産高日本一は愛知県らしいです。天坊八重子のうん蓄通り、なかでも安城市は無花果の名産地として有名(?)だとか……無花果にも名産地があったとはおどろきです。

農産物としての無花果 → http://www.pref.aichi.jp/engei/aichisan/fruits/01fig.html

4択クイズ・都道府県別生産高(野菜・果物編) → http://q.ashitane.net/222

  

わきにそれていた話を本筋に戻すときに、「閑話休題」という四字熟語がよく使われます。「無花果の森」も第78回にしてようやく閑話休題です。

で、八重子が泉に何を聞きたかったのかというと、「あんた、なんで水商売に行かなかったの」だって。

「水商売だの風俗だので仕事したほうが、うちなんかで働くより、はるかに早くお金になったろうに」というのが八重子先生のご意見でした。泉は「初めからそういうお店に勤めよう、なんていう気持は全然ありませんでした」と答えていました。泉の年齢(三十八歳)を考えれば、当然といえば当然です。かりに泉にその気があったとしても、そういうお店で雇ってもらえたかどうかははなはだ疑問です。

「熟女専科」みたいな特殊なお店は別ですが、ホステスなどの求人にも「二十五歳まで」のような年齢制限があるのではないでしょうか。少なくとも経験も年齢も不問ということはないと思います。詳しいことはわかりませんが、普通は短期間頑張ってお金を貯めて、三十歳までには足を洗うというのがホステス稼業の世界ではないかという気がします。もっとも三十を過ぎているのに、「あたし二十歳よ~」と言い張っているずうずうしい人もいるかもしれません。

たとえばです。40歳の男がいたとします。その男が素人で未経験だとしたら、ホストクラブの求人に応募したとしても、間違いなく「おとといおいで」と言われてしまうと思います。みじめです。面接もしてもらえないのではないでしょうか。経験があったとしても40歳近くまでホストクラブで働くというのは相当きついと思います。よほど女たらしの才能がないとお客さんに相手にされません(たぶん)。

おそらく女性の場合はもっと厳しいと思います。あくまでも推測ですが、未経験の女性が三十歳を過ぎてから水商売の世界に入るというのはほとんど不可能ではないでしょうか。

キャバクラ嬢のスカウトを生業としているいわゆる「カラス族」と呼ばれている人がいます。彼らが夕方のターミナル駅などで「獲物」を物色している姿をよく見かけます。黒いスーツ姿で「いかにも」という風体をしているのですぐにそれとわかります。何気なく観察していると、彼らが声をかけるのは決まって二十歳前後の若い女性です。

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2010年2月15日 (月)

ファイナルファンタジーⅩⅢの秘密・召喚獣の攻略法

ファイナルファンタジーⅩⅢの3周目をやっています。3周目はタイムアタックに挑戦です。ムービーはすべてスキップして、「急がば回れ」ならぬ「急がば急げ」でとにかくがむしゃらに前に進んでいます。

召喚獣の攻略がどうもうまくいかないという人のために、すべての召喚獣の攻略法を簡単に紹介しておきます。実際に攻略した時のHPも書いておきました。ポイントは、極力アタッカーを使わないことです。なぜならば、HPを削る者を認める召喚獣はいないからです。


 

1.召喚獣シヴァの攻略法

 特性1:チェーンボーナスをためる者を主として認めます
 特性2:守りをかためて耐える者を主として認めます
 特性3:挑発系アビリティが効きません

 バトルメンバー
  スノウ(HP?)

 最初からディフェンダーのみでOKです。
 

2.召喚獣オーディンの攻略法

 特性1:チェーンボーナスをためる者を主として認めます
 特性2:治療して痛みを癒す者を主と認めます

 バトルメンバー
  ライトニング(HP450)「医術の心得」を装備する 
  ホープ(HP330+100)

 使用するオプティマ
  HE
  BB

 まずHEで味方にプロテスとシェルをかけます。次にBBでチェーンボーナスをためます。回復はポーションを使います。ライトニングはポーション係に忙しくて攻撃する余裕はほとんどないと思います。

 
3.召喚獣ブリュンヒルデの攻略法

 特性1:チェーンボーナスをためる者を主として認めます
 特性2:味方を強化して支える者を主として認めます

 バトルメンバー
  ザッズ(HP850)「医術の心得」を2個装備する
  ヴァニラ(HP775+150)

 使用するオプティマ
  EJ
  BB

 サッズに医術の心得を2個装備して回復はポーションで行います。まず、EJで味方にヘイストをかけます。ヘイストがかかったらBBでチェーンボーナスをためていきます。サッズがヘイストを習得していない場合はパワースモークを使ってください。

4.バハムートの攻略法

 特性1:チェーンボーナスをためる者を主として認めます
 特性2:守りを固めて耐える者を主として認めます
 特性3:敵を妨害し弱める者を主として認めます

 バトルメンバー
  ファング(HP1380+250)
  ライトニング(HP1090+150)
  ヴァニラ(HP1115+150)

 使用するオプティマ
  JHHのみ

5.アレキサンダーの攻略法

 特性1:チェーンボーナスをためる者を主として認めます 
 特性2:治療して痛みを癒す者を主として認めます
 特性3:味方を強化して支える者を主として認めます

 バトルメンバー
  ホープ(HP945+250)
  ライトニング(HP1090)
  ファング(HP1380)

 使用するオプティマ
  EHD
  BBD
  HHD

 まず、EHDで味方にプロテスをかけます。次にBBDでチェーンボーナスをためます。ライトニングとファングは倒されるまで放置しておいて「フェニックスの尾」で回復します。ホープが危なくなったときだけHHDに逃げ込みます。

6.ヘカトンケイルの攻略法

 特性1:チェーンボーナスをためる者を主として認めます
 特性2:治療して痛みを癒す者を主として認めます
 特性3:敵を妨害して弱める者を主として認めます

 バトルメンバー
  ヴァニラ(HP1525+400)
  ファング(HP1410+150)

 使用するオプティマ
  JD
  HD

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2010年2月13日 (土)

「坂の上の雲 第一部」を観る

最近になってようやく年末に録画しておいたテレビドラマ「坂の上の雲 第一部」を観ました。「菅野美穂(ドラマでは正岡子規の妹役)は変な顔だけど笑うとかわいいね」などと感想を述べながら楽しんでいます。

「坂の上の雲」には、正岡子規の友人ということで若き日の夏目漱石(塩原金之助 演:小澤征悦)が少しだけ登場しました。でも、なんだか軽薄なチョイ役で、文豪というイメージには程遠かったです。森鴎外(森林太郎 演:榎木孝明)も出てきましたが鴎外のほうは日清戦争当時すでに立派な軍医部長でした。

それから東京大学予備門の英語の先生がなんと高橋是清(演:西田敏行)でした。おそらく史実なんだと思いますが、秋山真之や正岡子規が高橋是清に英語を習っていました。

ドラマでは秋山真之がアメリカ留学中に高橋是清と再会していっしょにナイアガラの滝を観に行くシーンがありました。これはさすがにフィクションかもしれません。あまりにも出来すぎています。

小説の「坂の上の雲」は、好古と真之の兄弟愛の物語であり、秋山真之と正岡子規の友情の物語であり、明治の青春群像を通じて日露戦争の全貌を描いた物語でもあります。ロシア帝国がバルチック艦隊を極東に移動させるのがいかに大変だったか、そしてこれを迎え撃つ大日本帝国の連合艦隊がいかに用意周到な準備をしていたか、両国の艦隊が激突することになる日本海大海戦に至るまでのプロセスが実に克明に描かれていたという印象があります(細かい点はすでに忘れています)。

テレビドラマの第一部は、秋山真之がアメリカからイギリスに渡り、(来るべき日露戦争に備えて)海戦の戦略戦術を必死に学んでいるところで終わっていました。もし、明治という時代に秋山真之という人物がいなかったら、日露戦争における日本の勝利はなかったかもしれない……「坂の上の雲」はそんなメッセージが込められた物語でもあります。第二部は今年の12月に放送予定です(第三部まである)。

録画で、「坂の上の雲」を観てから続けて「龍馬伝」を観ていたら、「なんじゃこりゃ、正岡子規が岩崎弥太郎になっちゃったよ」といった感じで笑ってしまいました(「坂の上の雲」で正岡子規役だった香川照之が「龍馬伝」では岩崎弥太郎役をやっています)。

「龍馬伝」はまだ第1回を観ただけですが、岩崎弥太郎が坂本龍馬を語るといった感じで、こちらもなかなか面白そうです。

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2010年2月11日 (木)

小池真理子の「無花果の森」第73回(2/10)まで

第69回(2/5)からは第5章(?)です。いよいよ泉(偽名・高田洋子)の家政婦生活が始まりました。

泉は無我夢中になりながら、汗だくになって動きまわった。そうやっていると、何も考えずにいられるのが、何よりもありがたかった。

最初は部屋の掃除やたまっている汚れ物の洗濯で忙しいかもしれません。でも、ひと通り片づいてしまうとあとは暇になると思います。洗濯にしても八重子ひとり分などたかが知れています。二十畳の洋間の掃除が暇つぶしになりますが、それでもやはり時間を持て余すようになると思います。

掃除や買い物が一段落したら、許可をもらってパートでどこかに働きに出たほうがいいのではないでしょうかね。そのほうが気晴らしになります。だいたい月5万円の安月給で1日中拘束されているいわれはありません。

それから気になるのは食費です。天坊八重子は第60回でこんなことを言っていました。

「食事はあんたが作ったあたしの分の残りを食べればいい。あたしは小食だから、毎日腹いっぱい食べられるよ」

残りを食べればいいといわれてもそういうわけにはいかないと思います。そうかといって、最初から自分の分を計算に入れて多めに作れば、「食費も払わないで」と八重子に睨まれそうです。食べ物のことで気まずい思いをするのはいやなものです。余計なお世話ですが、自分の食費は自分で負担することにして、最初からきちんと2人分作ったほうがいいのではないでしょうか。

さらにもうひとつ。天坊八重子は足腰が弱っていて一人では階段の上り下りができなくなっています。それなのにどうして二階で寝ようとするのでしょうか。一人で階段の上り下りができなくなったら、寝具などを一階に下ろしてすべて一階で生活するようにするのが普通だと思います。そうすればオマルなどもいらなくなります。わざわざ寝るためだけに無理して二階に上がる必要があるのでしょうか……変な人。蒲団の下に預金通帳でも隠しているのだろうか。

ところで、天坊八重子は世の中の出来事についてどれくらい関心があるのでしょうか。新聞を読んだり、テレビを見たりはしているのでしょうか。それれともただひたすら絵を描いているだけで俗世間とは隔絶した生活を送っているのでしょうか。
 
泉が失踪してからすでに1週間以上が経過しています。東京では、有名な映画監督の妻が失踪したということで、そろそろ騒ぎになっているころです。そういったニュースが天坊八重子の耳に届くことはあるのでしょうか。もっとも天坊八重子がニュースを知ったからといって、自分のところで家政婦をしている「高田洋子」が東京で失踪した映画監督の妻であるとは知る由もありません。
  

第73回(2/10)で、天坊八重子は泉が夕食にウナギを出したと怒っています。天坊八重子はウナギが嫌いでした。でも泉が出したのはウナギではなくて穴子でした。穴子ならいいらしいです。ウナギはダメで穴子ならいいというのがよくわかりませんが、天坊八重子にとってはまったくの別物らしいです。

第73回は、いつもはひとりで食事をしている天坊八重子が、珍しく泉にいっしょに食事をするよう言いつけて、「あんたにちょっと、聞きたいことがあってね」と言い出したところで終わっています。何を聞きたがっているのでしょうか。非常に気になります。でも、本日は夕刊が休みです。

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2010年2月10日 (水)

「無花果の森」・地元(?)での反響

大垣市議会議員のI氏は、日経新聞夕刊に連載中の「無花果の森」について、大垣市の市民から「一寸読んでみろ、どう思う?」と聞かれたそうです。

問題の箇所は第16回です。大崖の街の様子が次のように描写されています。

 廃墟のような街だ、と泉は思った。
 そこそこ清潔で、目につく汚れはなかったが、街は明らかに死んでいた。生きものの匂いがしなかった。

第三者の立場からすれば別に小説なんだから……と思ってしまいますが、モデルとされている大垣市の市民としては「廃墟のような街」などという描写にムカッとしたのかもしれません。

市議会議員のI氏は、11月9日の初回から1月27日の第61回(?)までの分をコピーして読んだそうです。実際に読んでみると、その面白さにすっかり魅了されてしまったとか。

 これが読んでみるとおもしろいんです。流石直木賞作家。一気に読みきってしまいました。逆に、主人公の「泉」さんのこれからの生き方に「大崖」と言う街がどのように関わっていくのか大変興味をそそられています。第1回の2行目「ホテル最上階十二階の部屋」と言うのは駅前のRホテルかなとか、ちょうど今、泉が住み込みのお手伝いに行く場所が「大崖服装学院」。これってたぶん我が大垣青年クラブが10年ほど前まで事務所としてお借りしていた市役所東の今はスパゲティー屋さんになっている、確か名前が「大垣ドレス学院」かなんかだったんじゃないかなとか想像を膨らませ、また違った楽しみ方もしています
 当初とはだいぶ違った見方になってしまいましたが、最後までしっかり読みきり、「大崖」であっても、大垣のPRにつながる事を願ってしまいました。

詳しくは → http://blog.goo.ne.jp/ogakisigi-ishida/e/b71acedff83b42668c1c3f39c43a6917

「けしからん小説だ」ということにならなくてよかったです。「廃墟のような街」というのも、大垣の街が客観的にそうだといっているのではなくて、新谷泉の荒涼とした心象風景が見知らぬ街に投影されているんだと解釈することもできます。悲しい気持で月を眺めると月も悲しんでいるように見える、というのと同じことです。ただ、大崖の街が徹底的に廃墟の街として描かれたとしても、それはそれとして表現の自由というものです。名誉毀損(?)には当たらないと思います。大垣ではなくて大崖だし。

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2010年2月 7日 (日)

小池真理子の「無花果の森」第68回(2/4)まで

第55回で天坊八重子の部屋の様子が次のように描かれていました。

 部屋は二十畳ほどの洋間だった。床にはくすんだ灰色のアクリルカーペットが敷きつめられ、カーペットの上にはあちこちに染みができていた。
 八重子が座っている椅子の周辺もふくめて、その部屋は八重子のアトリエとして使われているようだった。右手奥には、階段が伸びていた。黒光りした、見るからに傾斜の急な階段だった。

この階段を上がると、「手前に七、八畳ほどのダイニングキッチン。その向こうに、それよりも少し広めの洋間」があるのですが、足腰が弱っている八重子は、階段を上がるのが怖くて最近はひと月もの間、二階には上がっていなかったということです。二階はほとんどゴミ屋敷状態です。

ところで、この間、天坊八重子はお風呂をどうしていたのでしょうか。夏場に何日もお風呂に入らないと汗臭くなります。食事をするのに外出もできなければ階段もひとりで上がれないような体でお風呂に入れたのでしょうか。だいたい元は大崖服装学院だったという老朽化した木造の家屋にお風呂はついているのでしょうか。しばらく疑問に思っていましたが、やはりお風呂はありませんでした。でも、ガス湯沸器付きのシャワーがありました。天坊八重子も老骨に鞭打ってシャワーだけは浴びていたようです。臭くならなくてよかったです。

一階が二十畳の洋間で二階が八畳(?)のキッチンと十畳(?)の洋間というまったく同じ間取りの住居を天坊八重子は壁を隔てた隣りにも確保していました(どうやら賃貸ではなく所有しているようです)。

隣りの部屋は、ゴミ屋敷状態の八重子の部屋とは違って、「隅から隅まで清潔に磨かれて」いました。泉はこの部屋に住むことになりますが、天坊八重子はつい二か月ほど前まで知り合いの男をこの部屋に住まわせていました。

 「八つ年下の男。売れない詩人。でも、そりゃあ、いい男だったよ。美男でね。あたしとは古い友達。彼が五十いくつになった時だったか、女房に愛想つかされて、離婚して、独り身になったんだけどさ。その後、食うや食わずで、あぶなく路上生活者になりそうになった。でもって、見かねてあたしがここに住め、って言ってやったのよ。もちろん、家賃はただで」

こんなことまで泉に話さなくてもいいと思うのですが、泉が来てくれて嬉しくなってしまったのでしょうか。ペラペラとまあよくしゃべります。八重子は泉のおかげで寿命が五年は延びたのではないでしょうか。

この「売れない詩人」がその後どうなったかというと、「この春、桜が終わったころ」に泉が住むことになる部屋で亡くなったのだそうです。八重子の話によれば心臓発作ということです。

失踪中の泉は「人が死ん部屋なんて気味が悪いから嫌だ」などと贅沢を言っていられる身分ではありません。とにかく住むところがないと困ります。それに、人が死んだといっても、八重子の話を信じる限り自殺や殺人があったわけではありません。病気ならば仕方がないです。泉としては、広くて綺麗でよかったと思わなくてはいけません。しかも家賃はただです。
 

八重子の住んでいる部屋と隣の部屋には共有の中庭があります。目隠しの仕切りがないため、中庭に出るとお互いに隣の部屋が丸見えになります。天坊八重子は中庭から自分の部屋(アトリエ)を覗かれたくないらしく、泉が中庭に出ることを禁止してしまいました。仕事中に中庭に人影がチラチラすると気が散るのかもしれません。

泉としては禁止されなくても隣りの部屋など覗いたりはしないと思いますが、八重子としては用があって自分が呼ぶとき以外はほんのわずかでも泉に仕事の邪魔をされたくないということなのかもしれません。

さて、この中庭には一本の木が生えていました。無花果の木です。まだ森でも林でもなく1本の木ですが、ようやく「無花果」が出てきました。

泉はふと、八重子の部屋の玄関に掛けられていた表札を思い出した。そこに彫られ、緑色に彩色が施されていた植物の葉の絵が、無花果の葉だったのではないか、と思った。

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2010年2月 1日 (月)

小池真理子の「無花果の森」第64回(1/30)まで

自分の過去を美化して自慢話をするお婆さんがよくいます。だいたい若いころは非常にモテたという話なんですが、どこまで本当なんだかあやしいものです。

「無花果の森」の天坊八重子も、泉を相手に自慢話を始めました。

「あたしが三十八の時は、絵描きとしてやっと独り立ちできて、おまけにあたしに恋を囁きたがっている男が、数珠つなぎになってまわわりを取り囲んでたもんだよ。二十代で結婚した亭主に愛想つかされて別れた後だったから、あたしも天下晴れて独身だったしね。恋に仕事に忙しくて、そりゃあ、あんた、毎日、寝る間もないくらいだったよ」

いつのころからかフィットネスやエステなど、健康や美容に関連したサービス業が盛んになってきました。フィットネスクラブなどはその潜在需要が1兆円とも言われています。こうした健康・美容産業の背景にあるのは、いつまでも若く美しくありたいと願う現代女性の切ない女心です。最近はエイジレスだのアラフォーだのというキーワードがもてはやされて、三十八歳になってもまだ女性として魅力的な人(つまり男にモテそうな人)はそれほど珍しくありません。これは現代女性の「美(性?)」に対する飽くなき執念と涙ぐましい努力の賜物です。

しかしながら、今から約四十年前(=天坊八重子が三十八歳だったころ)はどうだったでしょうか。当時(1970年ごろ)の三十八歳というのは、今の年齢にすれば五十過ぎぐらいの感じだったと考えられます。当時の基準からすればもう完璧なオバサンです。色気もへっくれもあったものではありません。変に色気づいたりすると、「いい年してみっともない」と言われてしまったのではないでしょうか。

もちろん世の中には例外ということがあります。百歩譲って三十八歳の天坊八重子がそれなりの「美人」だったとしましょう。それでも「恋を囁きたがっている男が、数珠つなぎ」なんてことはありえませんよ。明らかに妄想です。まあ、敬老精神でそうだったことにしておきます。

 「ほんとのこと言うと、こっちもね、もう限界なんだよ。台所と寝室は、ここの二階にあるんだけどさ。情けないことに、階段を一人で昇り降りするのが怖くなっちまったから、ここんとこ、ずっとアトリエ暮らしよ。ソファーで寝るしかなくて、背中は痛いし、腰は痛いし、食事だって、店屋ものばっかり。ここしばらく洗濯機もまわしていないし。あちこちほこりだらけ。やってもらいたいことが山ほどある」

天坊八重子に家政婦が必要だったとしても、お屋敷と呼べるような広い家でもないし、手のかかる子どもがいるわけでもありません。日常的な掃除や炊事洗濯をするだけなら住み込みでなくても1日3時間程度のパートで十分です。軽食喫茶ガーベラのマスターが「本当のところは、介護人募集なんだろうと思いますよ」と言っていたのはその通りだったようです。あとは話し相手が欲しかったのかもしれません。

天坊八重子は、両親すでになく、兄弟姉妹はいるのかいないのか音信不通、夫もいなければ子供もいない……要するに天涯孤独です(たぶん)。自由気ままに楽しく生きてきたのはいいけれど、晩年を迎えてふと気がついたらひとりぼっち……芸術家(?)にはありがちな人生です。それでも、家政婦を雇える身分なんだからたいしたものです。路上生活者に転落しなかっただけでも運がよかったといわなくてはなりません。

なにはともあれ、泉は月5万円の給料で住み込みの家政婦として雇われることになりました。口約束ながら契約成立です。泉は八重子がどんなに自分勝手で我が儘でも「暴力がないだけまし」と考えています。一方八重子のほうも泉のことを「どこの馬の骨かわからないけど猫よりまし」と思っているかもしれません。このふたりが仲良くなれるといいのですが……そういう展開の小説ではないかもしれません。

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