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2010年2月10日 (水)

「無花果の森」・地元(?)での反響

大垣市議会議員のI氏は、日経新聞夕刊に連載中の「無花果の森」について、大垣市の市民から「一寸読んでみろ、どう思う?」と聞かれたそうです。

問題の箇所は第16回です。大崖の街の様子が次のように描写されています。

 廃墟のような街だ、と泉は思った。
 そこそこ清潔で、目につく汚れはなかったが、街は明らかに死んでいた。生きものの匂いがしなかった。

第三者の立場からすれば別に小説なんだから……と思ってしまいますが、モデルとされている大垣市の市民としては「廃墟のような街」などという描写にムカッとしたのかもしれません。

市議会議員のI氏は、11月9日の初回から1月27日の第61回(?)までの分をコピーして読んだそうです。実際に読んでみると、その面白さにすっかり魅了されてしまったとか。

 これが読んでみるとおもしろいんです。流石直木賞作家。一気に読みきってしまいました。逆に、主人公の「泉」さんのこれからの生き方に「大崖」と言う街がどのように関わっていくのか大変興味をそそられています。第1回の2行目「ホテル最上階十二階の部屋」と言うのは駅前のRホテルかなとか、ちょうど今、泉が住み込みのお手伝いに行く場所が「大崖服装学院」。これってたぶん我が大垣青年クラブが10年ほど前まで事務所としてお借りしていた市役所東の今はスパゲティー屋さんになっている、確か名前が「大垣ドレス学院」かなんかだったんじゃないかなとか想像を膨らませ、また違った楽しみ方もしています
 当初とはだいぶ違った見方になってしまいましたが、最後までしっかり読みきり、「大崖」であっても、大垣のPRにつながる事を願ってしまいました。

詳しくは → http://blog.goo.ne.jp/ogakisigi-ishida/e/b71acedff83b42668c1c3f39c43a6917

「けしからん小説だ」ということにならなくてよかったです。「廃墟のような街」というのも、大垣の街が客観的にそうだといっているのではなくて、新谷泉の荒涼とした心象風景が見知らぬ街に投影されているんだと解釈することもできます。悲しい気持で月を眺めると月も悲しんでいるように見える、というのと同じことです。ただ、大崖の街が徹底的に廃墟の街として描かれたとしても、それはそれとして表現の自由というものです。名誉毀損(?)には当たらないと思います。大垣ではなくて大崖だし。

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