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2010年3月31日 (水)

春の選抜高校野球・頑張れ大垣日大!!

春の選抜高校野球のベスト4が決まりました。これも何かの縁だと思って大垣日大を応援することにしました。あと2回勝てば優勝です。優勝したら美濃路を凱旋パレードするのでしょうか。地元のお祭り騒ぎの様子が目に浮かびます。優勝できるといいですね。大垣日大は去年の明治神宮野球大会の優勝校です。

準決勝の予想
 ○日大三(東京)― 広陵(広島)●
 ●興南(沖縄)― 大垣日大(岐阜)○

決勝の予想
 ●日大三(東京)― 大垣日大(岐阜)○

去年から大垣日大の優勝を予想して「無花果の森」(日経新聞夕刊の連載小説)の舞台を岐阜大垣(大崖)に選んだのだとしたら大変な眼力です。でもまあ偶然だと思います。世の中には神の配剤による恐るべき偶然というのがるものです。

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2010年3月29日 (月)

小池真理子の「無花果の森」第110回(3/27)まで

 聖書はどのページを開いても、どこに目を落としても、思わず吸い寄せられるような文章が並んでいて心慰められた。それは、散文のようでもあり、一編の長大な詩のようでもあった。
 聖書など興味もなく、真剣に読んだことなどかつて一度もなかったというのに、泉は一行一行に惹きつけられた。それは泉にとって、箴言の宝庫でもあった。

私はキリスト教徒ではないので、聖書のありがた味というのがよくわかりません。でも、世の中には、絶望の淵に追い込まれて、あと一歩で死線を超えてしまいそうになったときに、かろうじて聖書に救われたという人がたしかにいるものです。

キリスト教というのは守備範囲が広いらしく、いかにもという真面目な人からギャンブル好きで飲んだくれの女たらしが実はクリスチャンだったりします。

人生に躓いて思い悩んだ時は、まず聖書を手にとってみるのがいいかもしれません。「聖書など興味もなく、真剣に読んだことなどかつて一度もなかった」としても、苦しい時に読むとまた印象も違ってくるかもしれません。聖書で心の安寧が得られるならこれほど安上がりなことはありません。まず聖書です。クスリに手を出したり、救いを求めて怪しげな新興宗教に入信するのはそれからでも遅くはありません。
  
   
さて、ある日のことです。泉はスーパーに鯵(あじ)を買いに行くことになりました。天坊八重子が突然、何がなんでも、今夜は鯵のたたきが食べたいと言い出したのです。なんで鯵のたたきなのかよくわかりません。とにかく面倒な婆さんです。でも、天坊八重子にあーだこーだ言ってもらわないと泉としても暇を持て余して困ってしまうと思います。毎日聖書ばかり読んでいても退屈というものです。

そんなわけで、泉は自転車に乗って颯爽と鯵を買いに出かけることにしました。

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2010年3月27日 (土)

「ゲゲゲの女房」・「八日目の蝉」・「素直になれなくて 」

新番組のテレビドラマで、注目している(=観たいと思っている)ドラマが3本あります。

まず、3月29日(月)から放送開始のNHKの朝の連続テレビ小説「ゲゲゲの女房」。水木しげる(漫画家)の奥さん(武良布枝)の自伝を原案としたドラマだそうです。おそらく笑いあり涙ありで極貧生活を支えた奥さんの感動物語なんだと思います。ヒロイン役は松下奈緒ですが、水木しげるがどんなふうに描かれるのか楽しみです。水木しげるを演じるのはなんと向井理です。

続いて3月30日(火)から放送開始の「八日目の蝉」。これもNHKです。子供を誘拐して自分の子どもとして育てていく女の物語です。最近のトレンドとして、出生の秘密というか血のつながりのない親子の物語というのがテレビドラマで流行っているような気がします。しかし誘拐はちょっとまずいのでは……。「八日目の蝉」は原作・角田光代、脚本・浅野妙子です。浅野妙子はあの「ラスト・フレンズ」の脚本を書いた人です。

それから4月15日スタートの「素直になれなくて 」(フジテレビ・毎週木曜・夜10時)。「Twitterを通じて知り合った5人の若い男女が真の友達、仲間になっていくまでを描く青春群像劇」だそうです。こういうベタなドラマって面白くないことが多いですが、なんとか頑張って面白くして欲しいです。上野樹里と瑛太は「ラスト・フレンズ」以来8度目の共演です。

「ゲゲゲの女房」は向井理の水木しげるに注目、「八日目の蝉」は浅野妙子の脚本に注目、「素直になれなくて 」はヒロインの上野樹里に注目のドラマです。

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2010年3月25日 (木)

小池真理子の「無花果の森」第107回(3/24)まで

今回は塚本鉄治特集です。

五月の連休明けの午後。泉の前に初めて姿を現した雑誌記者の塚本鉄治は、「肩幅が広く背の高い、ジャケット姿の男」でした。第一印象で背が高いと感じる背の高さというのは何cmくらいと考えればよいでしょうか。

参考 芸能人の身長

阿部寛       189cm(本当はもっと高いらしい)
城田優       188
布袋寅泰     187
速水もこみち   186
江口洋介     185
渡辺謙       184
小栗旬       183
石原良純     182
大沢たかお   181
香取慎吾     180
瑛太         179
DAIGO        178
北村一輝    177
市川海老蔵  176
溝端淳平    175

詳しくは → http://cute.cd/toshi/seek/talent-height.html

   

日本人の平均身長は2002年男子で170.7cm(17歳)です。背が高いとされる塚本鉄治の身長は少なくとも175cmは超えていると思います。驚くほど背が高いということでもなさそうなので、とりあえず香取慎吾レベルの180cmということにしておきます。

次は年齢です。泉は三十八歳、天坊八重子はもうすぐ八十歳、おかまのサクラはもうすぐ還暦(六十歳)です。それでは塚本鉄治は何歳でしょうか。

 彼(塚本鉄治)は濃紺のジャケットに水色のシャツを着ており、ネクタイは締めていなかった。顎のあたりにうっすらと無精ひげが生えていた。切れ長の目の奥に、鋭い光が窺えた。
 年齢はわからなかった。若くはないが中年と呼べるほどの年齢にも見えなかった。

年齢に関して「若くない」とか「中年」とかという表現は安易に使わないほうがいいと思います。何歳を過ぎたら若くないのか、何歳からを「中年」と呼ぶのか、客観的基準がないからです。

年齢に関する限りその表現はより具体的であるべきで、あいまいなほうが情緒があっていいなどということはありません。たとえばです。犯人の目撃情報を訊かれて「若くはないが中年と呼べるほどの年齢にも見えなかった」などと答えたら、「ええい、じれったい。だから何歳ぐらいやねん」ということでお巡りさんに怒鳴られてしまうかもしれません。

 1.30歳前後で、若くはないが中年と呼べるほどの年齢にも見えなかった。
 2.35歳前後で、若くはないが中年と呼べるほどの年齢にも見えなかった。
 3.40歳前後で、若くはないが中年と呼べるほどの年齢にも見えなかった。
 4.45歳前後で、若くはないが中年と呼べるほどの年齢にも見えなかった。

1から4までのうちどれが正しいですか、と訊かれても答えようがないです。すべてありえます。ここでは、とりあえず泉よりも少し若い35歳前後ということにしておきます。

次に塚本鉄治が妻子持ちがどうか。これについては言及がないのでまったくわかりません。とりあえず独身ということにしておきます。少子高齢化の時代です。35歳の独身男など珍しくもありません。

 それからしばらくの間は何事も起こらなかった。
 何故、塚本鉄治が大崖にいるのか。何故、あの店で下働きのようなことをしているのか。週刊誌記者としての仕事はどうしたのか。やめてしまったのか。それともこれもまた、仕事の一つなのか。だとしたら、それは何の仕事なのか。

月が替わって七月になりました(たぶん)。泉にとっては、塚本鉄治が今なぜ大崖の街にいるのかまったくの謎でした。何をどう考えても合理的説明が見つかりません。

塚本鉄治のほうは偽名を使って住み込みの家政婦をしている泉を見て、おおよその事情は察しただろうと思います。泉の失踪についてもすでに知っていたかもしれません。

今後の展開として、なんらかの形で泉と塚本鉄治が再びどこかで会うことになると思います。

 1.泉と塚本鉄治が街で偶然出会う      20%
 2.泉が塚本鉄治を訪ねて行く          10%
 3.塚本鉄治が泉を訪ねて来る         70%
 4.何かの事情で再び会わざるをえなくなる  0% 

天坊八重子がどこに住んでいるかは、サクラに聞けば簡単に教えてもらえます。塚本には泉に伝えたいことがあるはずです。「塚本鉄治が泉を訪ねて来る」という可能性がもっとも高いと思います。

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2010年3月23日 (火)

民主党、午後の役員会、常任幹事会 小沢幹事長会見を夕方へ延期

3月23日13時24分配信 産経新聞

 民主党は23日午後、同日午後1時から、相次いで行う予定だった党役員会、常任幹事会と、その後の小沢一郎幹事長の記者会見をすべて夕方に延期することを決めた。理由は小沢幹事長の日程によるとした。

 党執行部は常任幹事会で、小沢氏を批判した生方幸夫副幹事長を解任する予定だった。だが、北海道教職員組合の違法献金事件で、同党の小林千代美衆院議員が議員辞職も離党もしないと表明したことへ批判が高まっており、鳩山首相が23日朝、党幹部へ新たな対処を求めていた。生方氏への対応も再度検討される可能性がある。

民主党の常任幹事会のメンバーは次の通りです。

最高顧問 羽田 孜
代表 鳩山 由紀夫
幹事長 小沢 一郎 ◎○
幹事長職務代行 輿石 東 ◎○
筆頭副幹事長 高嶋 良充 ◎○
国会対策委員長 山岡 賢次 ◎
国会対策委員長代理 三井 辨雄
参議院国会対策委員長 平田 健二 ◎
常任幹事会議長 前田 武志
総務委員長 奥村 展三 ◎
選挙対策委員長 石井 一 ◎
財務委員長 佐藤 泰介 ◎
組織委員長・企業団体対策委員長 細野 豪志 ◎○
広報委員長・国民運動委員長 小川 敏夫  ◎
常任幹事(北海道)   
常任幹事(東北) 玄葉 光一郎
常任幹事(北関東) 山根 隆治 ○
常任幹事(南関東) 米長 晴信
常任幹事(東京) 阿久津 幸彦
常任幹事(北陸信越) 一川 保夫 ○
常任幹事(東海) 山下 八洲夫
常任幹事(近畿) 滝 実
常任幹事(中国) 柚木 道義
常任幹事(四国) 中谷 智司
常任幹事(九州) 岩本 司
両院議員総会長 松本 龍

◎は執行部のメンバー
○は幹事長室のメンバー

小沢幹事長 生方氏の副幹事長職を慰留、本人も了承

3月23日13時50分配信 毎日新聞

 執行部を批判した民主党副幹事長の生方幸夫衆院議員の処遇に関し、同党の小沢一郎幹事長は23日午後、国会内で生方氏と会談し、生方氏に「もう一度一緒にやってくれないか」と述べて副幹事長職にとどまるよう求めた。生方氏も了承した。

 生方氏は一部報道機関とのインタビューで小沢氏の党運営を批判し、執行部は生方氏を解任する方針を決め、同日午前の党常任幹事会で承認する予定だった。

生方氏を解任するかどうかは常任幹事会で話し合って決めればいいのに、常任幹事会を延期しておいて小沢幹事長の鶴の一声で留任が決定です。こういう対応をしているからワンマン体制といわれてしまうのではないでしょうか。まあ、このまま常任幹事会を開いてしまうと大混乱になると判断したのかもしれません。さすがの小沢一郎も世論の風圧には勝てなかったようです。

しかし民主党への逆風はこんなことでは収まりそうもありません。地方の首長選では民主党の推す候補が連戦連敗を続けています。おそらく「民主党」というレッテルに有権者が拒否反応を示しているのだと思います。

来るべき参院選の候補者は、(選挙資金さえあれば)民主党を離党して無所属で立候補したほうが当選の可能性が高いのではないでしょうか。いくら組織票を固めたからといって組織票だけでは選挙に勝てませんよ。

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生方氏解任・民主集中制とは何か?

フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』によると、「民主集中制」に対する批判が次のようにまとめられています(批判に対する反論もまとめてありますがここでは省略)。

民主集中制に対する批判には、主に以下のものがある。

いったん上級組織で決定した事項について、組織中央の許可無くして下級組織がそれを自由に議論することは原則認められない。下級組織は上級組織の決定に対して原則疑問を挟んではならない。

下級組織での人事は、基本的に全て上級組織の承認を得なければならない。

分派活動は禁止。

組織内の問題や議論を組織外に開示することは禁止。

以上の規約に反する構成員は基本的に処罰され除名される。

「民主」と「集中」は本来的に矛盾している。多様な意見の存在を相互に認めるのが民主主義であり、1つの意見に集約して他の意見を認めないのは実際には多数派独裁で、民主的とは言えない。

他の多くの政党では、議論の過程や、党中央と異なる少数意見もある程度は公開されており、それが直ちに処罰される事は無く、将来の多数派となる場合もある。民主集中制は政党の中では異色であり、党員・市民・国民に対する情報公開の面でも問題がある。

詳しくは → http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%B0%91%E4%B8%BB%E9%9B%86%E4%B8%AD%E5%88%B6

     

小沢一郎の執行部を上部組織、鳩山内閣を下部組織と考えると、民主党というのは、内閣の上に党が君臨する民主集中制の政党といえるのではないでしょうか。何だかピッタリ当てはまるような気がします。

生方氏が産経新聞のインタビューで「今の民主党は権限と財源をどなたか1人が握っている」と述べていますが、権限と財源が集中している幹事長室のメンバーは以下の通りです。

幹事長
 小沢一郎
幹事長職務代行
 輿石東 日教組出身
筆頭副幹事長
 高嶋良充 自治労出身
副幹事長
 伴野豊
 細野豪志
 生方幸夫 (解任)
 吉田治
 阿久津幸彦
 樋高剛
 青木愛
 一川保夫
 広野ただし
 山根隆治
 今野東
 富岡由紀夫
 佐藤公治

 注)赤字は常任幹事会のメンバー。

     

常任幹事会の羽田孜(最高顧問)や鳩山由紀夫(党代表)はお飾りであると考えると、実質的トップが小沢一郎、ナンバー2が輿石東(日教組出身)、ナンバー3が高嶋良充(自治労出身)です。

民主党に投票した有権者(特に無党派層)はこんな執行部体制を望んでいたのでしょうか(まだ日本共産党のほうがマシではなかろうか)。

なお、民主党に綱領はないそうです。
    ↓
http://sankei.jp.msn.com/politics/situation/090303/stt0903030003000-n1.htm

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2010年3月22日 (月)

ファイナルファンタジーⅩⅢ ・マラソンゲーム

ファイナルファンタジーⅩⅢ は「1本道のゲーム」といわれています。とにかくマップが1本道なのです。そこでこの1本道という特徴を活かしてだれでも思いつく(?)マラソンゲームというのを考えてみました。コースは以下の通りです(汗)。

 亡都パドラ(ミッション6のテレポ冥碑)からスタート。
   ↓
 ヤシャス山
   ↓
 メディア峡谷
   ↓
 アルカキルティ大平原を縦断(チョコボ利用可)
   ↓
 マハーバラ坑道
   ↓
 スーリヤ湖
   ↓
 テージンタワー
   ↓
 ヲルバ郷(鉄道橋跡のミッション64の冥碑にタッチして折り返す)
   ↓
 テージンタワー
   ↓
 スーリヤ湖
   ↓
 マハーバラ坑道(ここで迷わないように)
   ↓
 アルカキルティ大平原を縦断(チョコボ利用可)
   ↓
 メディア峡谷(ここで迷わないように)
   ↓
 ヤシャス山
   ↓
 亡都パドラ(ミッション6のテレポ冥碑にタッチしてゴールインです)

行きのコースはそれほど道に迷うことはありません。しかし帰りは風景が見慣れないため油断していると道に迷います。行き45分、帰り35分、往復で1時間20分が合格ラインです。

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ファイナルファンタジーⅩⅢ ・タイムアタックに挑戦してみました

  総プレイ時間    セーブポイント
 1時間48分52秒  召喚獣シヴァ戦直前
 3時間 8分48秒  召喚獣オーディーン戦直前
 8時間22分11秒  召喚獣ブリュンヒルデ戦直前
11時間49分02秒  バルトアンデルス戦(1回戦)直前
13時間19分32秒  シド・レインズ戦直前
14時間11分24秒  召喚獣バハムート戦直前
14時間20分28秒  召喚獣アレクサンダー戦直前

  アルカキルティ大平原(ここでミッション11までクリア)

19時間 6分27秒  召喚獣ヘカトンケイル戦直前 
23時間 8分55秒  バルトアンデルス戦(2回戦)直前

  飛空挺でコクーンへ

24時間14分43秒  プラウド・クラッド(1回戦)直前 
29時間 9分30秒  バルトアンデルス戦(3回戦)直前
29時間34分     クリア

ムービーはすべてスキップしました。宝箱はできるだけ回収するようにしました。

あるサイトによると、ファイナルファンタジーⅩⅢのタイムアタックの最高記録は「11時間29分29秒」だそうです。すごいのひとことです。神業ですね。

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2010年3月21日 (日)

小池真理子の「無花果の森」第105回(3/20)まで

サクラに名前を聞かれた泉は、「高田と申します。高田洋子です。よろしく」と応えました。サクラは、ヒロシに紹介するつもりで泉に名前を聞いたはずなのに、いざ泉が「高田洋子です」と名乗ると、そんなことはどうでもよくなってしまったらしく、自分の世界へ没頭してしまいました。

このおかまさんは、人のことなんてどうでもよくて「人生あたしが楽しければ最高よ」という方針の人らしいです。人の話を聞くよりも自分のことをしゃべりたがるタイプです。無口な人にはこういう人がいてくれると大変助かります。話題を探して無理に話しかけなくても勝手にしゃべっていてくれるので気が楽です。

 ゆったりと歌いあげる女性歌手の声が流れてきた。映画『ブルー・ベルベット』のサントラ盤だった。主演のイザベラ・ロッセリーニが歌っている。

イザベラ・ロッセリーニ(1952年6月18日~)というのは、イタリア出身の女優で、父親は映画監督のロベルト・ロッセリーニ、母親は女優のイングリッド・バーグマンです。知ったかこいてますが本当は急きょ調べたのであります。ふう。

映画なんか興味がないという人でも、『カサブランカ』というタイトルの映画については何となくどこかで聞いたことがあると思います。「ハンフリー・ボガード」という俳優についても名前ぐらいは知っているのではないでしょうか。『カサブランカ』(第二次世界大戦中、フランス領モロッコのカサブランカを舞台にした映画)でハンフリー・ボガードと共演していた女優がイングリッド・バーグマンです。そしてイングリッド・バーグマンの娘がイザベラ・ロッセリーニです。イザベラ・ロッセリーニは母親似の美人(だった?)らしいです。

ちょっと横道にそれてしまいますが、いろいろ調べていたら、沢田研二に『カサブランカ・ダンディ』(作詞・阿久悠 作曲・大野克夫 )というヒット曲があったのを思い出しました。この歌には次のような歌詞が出てきます。

   ♪ ボギー ボギー あんたの時代はよかった~ ♪

最初、ボギーというのが何のことだかわかりませんでした。いまだにわかっていない人もいるのではないでしょうか。このボギーというのはハンフリー・ボガードの愛称です。ハンフリー・ボガードは沢田研二も顔負けのキザな野郎だったらしいです。
  

ついでということで、『カサブランカ・ダンディ』を歌っている若き日の沢田研二の勇姿を紹介しておきます。

さて、塚本鉄治はなぜ番外地横丁の寂れたバーで人目を避けるようにして働いているのでしょうか。

1.書いた記事が原因で暴力団などの暴力組織に追われている
2.犯罪に手を染めて警察に追われている
3.妻のDVを恐れて失踪した

いろいろなシナリオが考えられますが、すでに日経新聞の予告編で、「警察幹部が絡む事件で無実の罪を着せられ、この寂れた土地に潜伏している週刊誌記者の男」というふうに紹介されてしまっています。正解は「無実の罪による逃亡者」ということらしいです。

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2010年3月19日 (金)

「曲げられない女」VS「まっすぐな男」

冬の連ドラが終わってしまいましたが(まだ終わってないのもあるけど)、けっこう笑いながら最後まで観てしまったのが「曲げられない女」(脚本・遊川和彦、主演・菅野美穂)と「まっすぐな男」(脚本・尾崎将也、主演・佐藤隆太)です。このふたつのドラマは、タイトルを「まっすぐな女」と「曲げられない男」に変えてもほとんど意味が通じてしまいます。男女の違いがあるだけで曲げられないまっすぐな主人公の性格がそっくりです。ドラマの内容も、他人の子どもを身篭っている女と結婚しようとする男の話で、ここまで似ていていいのかというくらいよく似ていました。ひとつのアイディアでふたつの脚本が書かれているといった感じで、脚本家の遊川和彦と尾崎将也は同一人物ではないかと疑ってしまいました(決してそんなことはありません)。

「白い春」以来、尾崎将也が脚本を書いているドラマには注目しています。テレビドラマ特有のバカバカしさはありますが、尾崎将也のユーモアのセンスは捨て難いものがあります。ただ、タイトルはもう少し工夫したほうがいいと思います。「おひとりさま」(観月ありさ主演)なんて、タイトルだけ見たらいかにも面白くなさそうに思ってしまいます。キシリクリスタルの真矢みきも校長先生役で頑張っていたし本当はけっこう面白いドラマだったんですけどね。タイトルで損をしていたような気がします。

今回の「まっすぐな男」も、もう少し気の利いたタイトルは考えられなかったのでしょうか。しかも、第1話のサブタイトルが「曲がりくねった女」だなんて、いくらなんでも面白すぎます。このドラマでは真面目一筋の貫地谷しほりとチャランポランな深田恭子の共演が笑えました。貫地谷しほりは、北川景子と共演しても、深田恭子と共演しても、それなりに共演者の魅力を引き出してくれる稀有な女優さんだと思います。

  
「曲げられない女」は、9年間司法試験に落ち続けているのに弁護士になることを諦めないで司法試験の勉強を続けている変な女(菅野美穂)が主人公です。

こういう人間関係なら色気抜きの女友達というのも悪くないと思わせてくれる雰囲気のドラマでした。菅野美穂(曲げられない女)と永作博美(嘘つきな女)と谷原章介(冗談好きの男)の微妙な距離感がよかったです。「人間はこのようにして生きていくと楽しい人生が送れます」というメッセージが込められているドラマでした。まあ、人生誰がどこで誰と結婚するかなんて分かったものではありません。弾みですよ、弾み。平泉成が渋かったです。

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2010年3月18日 (木)

小池真理子の「無花果の森」第102回(3/17)まで

バー『ブルー・ベルベット』は番外地横丁のどん詰まりにあります。ひとりもお客が来ない日が2日も3日も続いても不思議はないくらいの寂れたお店です。人をひとり雇えば最低でも月10万円は給料を払わなくてはなりません。はたして『ブルーベルベット』は月10万円の売り上げがあるのでしょうか。マスターひとりでも過剰人員のようなバーで人を雇うなんて……とは思ったものの、雇ってしまったんだからしかたありません。

で、ヒロシというその雇われた男が誰だったかというと、なんとあの雑誌記者の塚本鉄治でした。

泉が塚本鉄治と会ったのは失踪する前に一度だけです。会ったのは一度だけでも泉はその顔を覚えていました。泉が塚本に気がついただけでなく、塚本のほうでも客の一人が新谷泉であることに気づいていました。
 

泉が失踪する前に目黒の自宅付近の路上で塚本鉄治に会った時は、塚本がマスコミの人間(週刊誌の記者)だったこともあって、泉の態度は警戒心と敵意に溢れていました。塚本から渡された名刺も本人が見ている前で破いて雨の中に投げ捨ててしまったほどです。なんだか嫌な女丸出しでした。

塚本鉄治は泉から何かを聞きだそうとするのではなく、泉に何かを伝えたがっていました。ところが、泉のヒステリックで敵意をむき出しにした態度になすすべもなく真意を伝えられませんでした。塚本が何を言っても、泉には取材対象(つまり泉)に取り入るための方便であるとしか思えなかったのかもしれません。

 何故、塚本鉄治がここにいるのか。何故、岐阜大崖の、番外地横丁の奥にある暗いバーで、還暦間近のおかまの手伝いなどをしているのか。

あまりのことに泉の思考は混乱していました。これが偶然だとすればほとんど奇跡です。何をどう考えても合理的な説明が見つかりません。

客の一人が新谷泉だと知って、驚いたのは塚本のほうも同じです。ただ、塚本鉄治は、雑誌記者に似合わず誠実で洞察力のある男です(たぶん)。泉が偽名を口にすれば、おおよその事情を理解して、泉を困らせないような対応をしてくれると思います。

サクラから名前を聞かれた泉としては、「一応、高田洋子でお願いします」と、言外に「本名ではないんですけど……」というニュアンスを含ませるがいいと思います。どうせ天坊八重子はとっくに気がついているし、サクラだって、名前なんてポチでもタマでもあればいいぐらいにしか考えていないと思います。

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2010年3月15日 (月)

「兄が無心とは聞いてない」 鳩山邦夫氏

2月13日18時5分配信 産経新聞

 自民党の鳩山邦夫元総務相は13日、都内で記者会見し、12日の衆院予算委員会で与謝野馨元財務相が邦夫氏から聞いた話として、鳩山由紀夫首相が実母に金を無心していたと指摘したことについて「兄が金を無心したとは(母から)聞いていない」と強調した。

 邦夫氏は、実母が2年ほど前に電話で語った内容について「お兄さんは子分がいっぱいいて、世話をするのに大変お金がかかると言っている。あなたは子分はいないの?」と紹介。ただ「金がかかる」と実母に言ったのが首相本人ではない可能性もあるとした上で「与謝野氏は(首相側の)『ぼやき』を『無心』と解釈したのだろう」と語った。自民党が実母らの証人喚問要求を決めたことについては「コメントする立場にない」とした。

 首相は12日に「子分を養うために金がいるみたいなことを考えたこともないし、考えてもいないことを言うはずもない」と述べている。

鳩山邦夫は、

   「金がかかる」と実母に言ったのが首相本人ではない可能性もある

としていますが、そういう可能性はありません。

鳩山邦夫が嘘をついていないとすれば、母親は兄の由起夫から「金がかかる」と言われたから弟の邦夫に電話してきたのであって、母親に言ってきたのか鳩山由起夫の秘書であれば、母親は弟の邦夫にではなく本人(つまり鳩山由起夫)に電話するはずです。

そんなことより、母親から「あなたは子分はいないの?(=お金はかからないの?)」と訊かれたときに、鳩山邦夫はなんと応えたのか教えてもらいたいです。

この母親からの電話は2年ほど前だったとされています。つまり、長年に渡って毎月1500万円もの資金提供をうけていたにもかかわらず、足りないからもっと増やして欲しいという話です。これを「無心」ととらえるか「ぼやきと」とらえるかは主観の問題でどうでもいいことです。

首相ということで鳩山由起夫だけがクローズアップされていますが、母親からの資金提供は弟の邦夫にもありました。

母親が弟の邦夫にかけてきた電話が事実だとすれば、母親からの資金提供を「知らなかった」と言い張るのは、鳩山由起夫よりも弟の邦夫のほうが圧倒的に不自然です。鳩山由起夫なら本当に知らなかったという可能性も1%ぐらいはあります。しかし、弟の邦夫の場合は完璧にゼロです。だって、お金の話を電話で母親としていることを認めているんですから。これで「知らなかった」は通用しないと思います。

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鳩山首相の上申書要旨

 母から何年間も毎年1億8千万円を出してもらっていたことは知らなかった。貸し付けか贈与かは分からないが、借用書などもないし、私の政治・個人活動のために使われたのなら、贈与を受けたものとして贈与税の申告・納税をするべきだと考えた。税を免れようという気持ちはなかった。

2009/12/24 22:17   【共同通信】

この資金提供は貸付でも贈与でもなく違法な寄附です。民法上の贈与というのは双務契約です。

 贈与とは「ただでものをあげること」というのが私たちの常識です。ところが民法上は、「贈与の当事者同士が贈与契約を交わすこと」をいいます。つまり、一方が自分の財産を相手方に「ただであげますよ」といい、相手方が「はい、いただきましょう」といってはじめて成立するわけです。
 当然、どちらかが知らないといったことはあり得ません。相続税の調査のときに「あなたはお父さんから毎年100万円贈与を受けていたのですか?」と聞かれて、「いいえ、そんな話は聞いていませんでした」といえば、贈与契約は成立していないわけで、その預金は「お父さんのもの」ですから、相続財産に含めて申告しなければならないことになります。

詳しくは → http://www.tabisland.ne.jp/explain/zouyo/zoyo_009.htm

鳩山首相は「天地神明に誓って」母親からの資金提供を知らなかったと主張しています。知らなかったということは双務契約という条件を満たしておらず、民法上の贈与は成立していなかったことになります。

贈与でないとすれば、寄附と考えるのが自然です。母親からの資金提供は、普通の人が普通に考えれば明らかに寄附行為です。

「政治資金規正法のあらまし」によると、違法な寄附に関する罰則に次のような規定があります。

3.没収、追徴
寄附の量的、質的制限等違反による寄附に係る財産上の利益については、没収又は追徴されます。
また、匿名による寄附及び政治資金団体に係る寄附で振込みによらないでなされたものについては、国庫に帰属し、その保管者等が国庫に納付することとなります。

詳しくは →http://www.soumu.go.jp/senkyo/seiji_s/news_seiji/pdf/seijishikinkiseihou_all.pdf

母親からの資金提供を知っていたと言ってしまえば贈与契約が成立して贈与税を脱税していたことになります。そこで鳩山首相はどうしても知らなかったと言わざるをえません。ところが、知らなかったということになると今度は贈与契約が成立しないことになり、母親からの資金提供は違法な寄附ということになってしまいます。もし違法な寄附であると認定されれば全額没収です。

鳩山首相は上申書で「税を免れようという気持ちはなかった」としていますが、「全額没収を免れようという気持」はあったのではないでしょうか。

何とかして全額没収を免れようとして、母親からの資金提供を認識した時点(去年の12月)で贈与契約が成立したことにして、あわてて贈与税を納めたのです。しかし、長年にわたる違法な寄附を、発覚した途端に贈与ということにして贈与税を納めて取り繕うというご都合主義が法治国家で通用するのでしょうか。

これでお咎めなしということになれば、国税当局は脱税の取締りが非常にやりにくくなると思います。ことあるごとに鳩山首相の例が引き合いに出されて、納税者から悪質なな脱法行為を認めるよう要求されることになるのではないでしょうか。

今のところ、鳩山首相側は国税当局に相談してその指示に従ったというわけではなく、一方的に贈与ということにして、申告書を郵送して贈与税を振り込んでいるだけです。国税当局がそれでいいと言っているわけではありません。国税当局には政治的圧力に屈することなく公平公正に厳しい税務調査を実施してもらいたいです。

鳩山首相約5億7500万円を納税=事務所が発表?実母からの贈与で

2009年 12月 28日  14:08

 鳩山由紀夫首相の事務所は28日、偽装献金事件をめぐり実母から多額の資金を提供されていたことに関し、約5億7500万円の贈与税を納付したと発表した。首相は27日、記者団には約6億円の贈与税を納付していたと説明していた。

 同事務所によると、2002年から08年までの7年間にわたり計11億7000万円の贈与について申告書を郵送し、振り込みで納付したとしている。09年分の贈与9000万円についても今後、申告し、納付する。

 同事務所は「(首相が)資金提供を受けていた事実を知らず、申告していなかった」と説明。また、「この申告・納税に対して国税庁がどのような解釈・運用を行うのかは承知していない」としている。

 首相は27日午前、記者団に対し贈与税納付に関し「手続きはした。修正ではなく、申告して納税した」と述べていた。 

[時事通信社]

資金提供があっても、鳩山首相がそれを認識していない限り贈与は成立しません。2002年から08年までの7年間にわたる計11億7000万円の資金提供も、それがもし贈与だったとしても、贈与が成立したのは鳩山首相がそれを認めた09年12月です。去年の贈与は今年の3月15日(本日)までに申告して納税すればいいわけで、何もあわてて年末に納税する必要はなかったんですけどね。

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2010年3月14日 (日)

小池真理子の「無花果の森」第99回(3/13)まで

映画「ブルー・ベルベット」について、allcinema というサイトが次のように解説しています。

ノース・キャロライナ州ランバートン。製材が主産業ののどかな町。よく晴れた日、大学生のジェフリーは、庭仕事をしていて突然異常な発作に襲われた父を見舞った病院からの帰り道、野原で異様な物を見つけた。手に取ってみると、それは何と切り落とされた人間の片耳だった……。

ボビー・ビントンの歌う同名ヒット曲を背景に、赤い薔薇、白いフェンス、青い空といった絵葉書の様なアメリカの典型的な田舎町を映し出した、テクニカラーの明るい画面から一転して、カメラが草の間に入って行き、地面で虫たちが凄まじい生存競争を繰り広げるさまを描いた冒頭部、暴力、セックス、SMに絡む奇怪な登場人物など、デヴィッド・リンチ独特の世界が満喫できる作品。また、耳の持ち主はどうなったのかという謎からストーリーが進行していきながら、いわゆるハリウッド流の公式には従わず、ダークで異常なスリラーに展開してゆくのはいかにもリンチらしい。

“耽美と頽廃の世紀末的世界”や“官能と倒錯の幻想的世界”といったリンチ特有の世界が堪能出来る本作は、これ以前に撮られたインディペンデント映画の傑作「イレイザーヘッド」から、この後に製作されリンチの名を世界的に広めた「ツイン・ピークス」への推移が見て取れるが、これらを含めた彼の数多い作品群には、その一つ一つの完成度の高さからいって、一言で“カルト”と言って片づけられない才能の幅の広さを感じてしまう。

 詳しくは → http://www.allcinema.net/prog/show_c.php?num_c=20583

「ブルー・ベルベット」の公開は1986年9月(日本では1987年5月)ですが、「街の様子や車やファッションは1950年代のテイストに統一されており、古きよきアメリカを懐かしむことのできる作品」(フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』)とされています。映画の中で使われているボビー・ヴィントン(1935年生まれ)が歌う「ブルー・ベルベット」(1962年のヒット曲)も古きよき時代の雰囲気を醸し出しています。

監督のデヴィッド・リンチ(1946年1月20日生まれ アメリカ・モンタナ州ミズーリ出身 )については、「インタビュアーが次の質問をするのに怖じ気づくほど、リンチの一言一言は鋭く、信念に満ち、説得力があった」として、そのインタビューの内容が「週刊シネママガジン」に紹介されていました。

■映画に解説は必要ではない
 「イレイザーヘッド」を始め、リンチの作品には難解とされるものが多いが、作品のテーマは自分で見いだすものだと主張する。
 リンチは映画の中ですべてを表現したつもりなので、そこに解説を求められるのは不本意であるという。音楽は解説を必要としないが、一方で映画に対しては音楽と違ったわかりやすい解説が求められる。本来なら映画も音楽のように感覚で楽しむべきなのである。自分自身が感じとったことを信用することである。自分なりに理解したという感触を他人に言葉で伝えるのは難しいが、理解に変わりはない。映画の見方は人それぞれ。映画にあれこれと理屈をつけるのは彼の主義が許さないのだ。

■自分で納得できる作品を作るまでだ
 映画で一番の見どころはどこかという質問に対し、リンチはすべてだと答えた。映画とはさまざまな要素の集大成で、すべてに意味がある。そのすべての要素を100%活用すべく努力して、理想を形にしている。だからこそ完成した作品の全編がハイライトになる。
 作品が好評を博しているという質問に対しては、リンチはあまり関心を示さない。リンチにとって映画は完成させたら終わりである。宣伝活動も無駄ではないが、作品は勝手に一人歩きしていくものなので、評価の行方はだれにも予測できない。だから観客に受け入れられる作品を目指すよりも、一番大切なのは自分が納得できる作品を作ることである。

■アイデアこそすべてだ
 何より大事なのはアイデアである。それがないと何も始まらない。リンチの諸作品は、ある日ひらめいた天啓のアイデアに自分自身が惚れ込んだことで誕生した。映画とはアイデアを自分の表現で形にしていくこと。その過程がすべてであり、そこにありとあらゆる醍醐味がつまっている。自分をここまで惚れ込ませ、突き動かしたそのアイデアを、見る人にも受け取ってもらいたい。アイデアは見る人それぞれが直感すればいいだろう。リンチの願いはそこである。
    
詳しくは →  http://cinema-magazine.com/new_kantoku/lynch.htm

    

泉の夫である新谷吉彦とデヴィッド・リンチは、その作風にどこか共通するものがあります。「無花果の森の」の第26回で、新谷吉彦の初監督作品である「薔薇の挽歌」が次のように紹介されていました。

暗黒映画ふうの翳りを帯びた映像で、ハードボイルド風の世界をおそろしく耽美に描いた作品だった。その独特の作風は、カルト映画ファンを魅了し、関係者の間でも高く評価された。

   

さて、バー「ブルー・ベルベット」のマスターは還暦間近のおかまさんです。小太りで、あまり背は高くありません。キャスケットを被っています。もう頭が薄くなっているのかもしれません。女装はしていませんが、妖怪のようなケバケバしい化粧をしています。暗がりの中で「サクラと申します。どうか、ごひいきに」と、泉に自己紹介をしました。

泉は「高田洋子と申します。よろしく」と言うのかと思ったら、まだ「高田洋子」に慣れいていないらしく「初めまして」といっただけでモジモジしていました。すかさず天坊八重子が名前なんていわなくていいんだよ、といわんばかりにフォローしてくれました。このお婆さんは本当にいい人です。

デヴィッド・リンチが大好きだというサクラは、似た作風の新谷吉彦をどう思っているでしょうか。映画談義で盛り上がってしまって、サクラが「日本にもお気に入りの映画監督がいるわ。あんた、薔薇シリーズの新谷吉彦ってご存じ?」などと泉に訊いてきたら泉はなんと応えるでしょうか。

 1.はい、わたしの夫です。 0%
 2.はい、名前だけは。   80%
 3.いいえ、知りません。   20%

いきなり「わたしの夫です」と応えるはずはありませんが、デヴィッド・リンチを知っているくらい映画に詳しそうな泉が、新谷吉彦は知りませんというのも不自然です。かえって怪しまれてしまいます。無難なところで「名前だけは」と応えるのではないでしょうか。

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2010年3月11日 (木)

小池真理子の「無花果の森」第96回(3/10)まで

第93回で天坊八重子は泉にこう言いました。

 「あんたも急いで支度しておいで。後片付けなんか、明日でいいよ。めかしこむ必要はないけど、薄化粧ぐらいしてきたらどうだい」

人間嫌いの天坊八重子にしてはなんと優しいお言葉ではありませんか。八重子は泉が喜んで「ありがとうございます」というだろうと期待していたと思います。へそ曲がりな人間ほどたまに親切にするときは必ず相手の感謝を期待するものです。それなのに泉は、

 「すみません。……私もご一緒する、ということなんでしょうか」

と迷惑そうに言ってしまいました。言外に「行きたくない」というニュアンスが漂っています。天坊八重子はカチンときて、せっかく機嫌がよかったのに急に不機嫌になってしまいました。

相手が吉彦なら泉はここで一発ぶん殴られるところです。ところが天坊八重子は人間嫌いでも弱い立場の人間を思いやる優しさがあります。

天坊八重子によれば、これから行こうとしている飲み屋は、いかがわしいお店(おかまが経営している)には違いないですが、ワケアリの泉が心配しているような客の身の上をいちいち詮索するような野暮なお店ではないということです。

天坊八重子が泉のことを「あんた」としか呼ばなかったり、「免許証を見せな」みたいなことを言わないのは、それなりに気を使ってくれているのだと思います。こういうお婆さんは大切にしなくてはいけません。

 八重子はそれには応えなかった。杖を手にソファーから立ち上がり、明らかに故意と思われる湿った音の放屁をしてみせるなり、何事もなかったようにそっぽを向いた。

これは「泉の失礼」に対してわざと失礼なこと(放屁)をして、泉の心理的な負担をチャラにしてくれているのです。ますますこのお婆さんはいい人です。

 

さて、大崖城の外堀を埋め立てたという場所に飲食店街がありました。かつては幅二メートルにも満たない狭い路地に居酒屋やスナックなどが軒を連ねて賑わっていたそうです。しかし、今ではすっかり寂れてしまって営業しているお店も二軒だけになってしまいました。かろうじて残っている二軒のうちの一軒が天坊八重子が行こうとしているお店です。袋小路のような狭い路地のどんづまりにあります。この界隈を地元の人は自嘲気味に(?)番外地横丁と呼んでいました。

古い(?)話になりますが、「無花果の森」の第32回で、軽食喫茶ガーベラに二人の男の客がやってきて、店主と三人で額を寄せ合ってなにやら密談(?)を始めるというシーンがありました。密談を始める前に客の一人が次のようなことを言っていました。

「なにしろ例の件で、今日も弁護士と朝から膝つきあわせて、ああでもない、こうでもない、だよ。仕事にもなんにもなりゃしない」

これだけでは「例の件」が何のことだかわかりません。でも民間で弁護士が出てくるトラブルといえば、立ち退きのような不動産がらみのトラブルではないかと考えたくなります。最初は天坊八重子が住んでいる元大崖服装学院の建物に関するトラブルではないかと思っていましたが、どうやらそうではなさそうです。番外地横丁のことで何か揉め事が起きているのかもしれません。あのガーベラの客の密談は何かの伏線だったような気がします(全然関係ないかもしれません)。

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2010年3月 7日 (日)

小池真理子の「無花果の森」第93回(3/6)まで

日経新聞夕刊に連載されている「無花果の森」という小説は、新谷泉という三十八歳の女性が映画監督である夫の暴力に耐えかねて失踪してしまったというお話です。東京駅から新幹線に乗ってあてもなく西へ向った泉は、岐阜大崖という地方都市に辿り着きました。今は大崖の天坊八重子という老画家(八十歳ぐらい)のところで住み込みの家政婦として働いています。

「無花果の森」には泉の回想シーンが何度も何度も出てきます。この回想シーンには、映画監督である夫の新谷吉彦、泉と親しかったカメラマンの曾我一郎、吉彦のDVに関心を持っている週刊誌記者の塚本鉄治などが登場します。これらの男たちは今のところ回想シーンの住人で、泉の回想シーンにしか出てきていません。

もしもです。これらの男たちが現実には存在しない泉の妄想が生み出した架空の人物だったとしたら、この小説は鬼気迫る世にも恐ろしいホラー小説ということになります。

精神を病んでいる新谷泉が自分は悲劇のヒロインであると思い込んで、妄想と現実の区別がつかなくなったまま失踪してしまったのです。泉は、DVの事実などないのに、自傷行為による身体の傷をDVによるものと思い込んでいます。夫が有名な映画監督というのも泉の妄想であって事実ではありません。泉は現実から逃げ出して、ありもしないDVへの不安や恐怖に怯えながら、見知らぬ地方都市に身を潜めて暮らしているのです。どうです?怖いでしょ?でも、実際はそういうホラー小説(?)ではありません(たぶん)。
  

閑話休題(こういうときに使うのかな?)。

泉が家政婦として働き初めて2週間が過ぎた六月最後の水曜日のことです。その日は、いつも不機嫌な天坊八重子がいつになく上機嫌でした。不思議なこともあるものです。どうしたのでしょうか。

天坊八重子は古い知り合いがやっている「飲み屋」に久しぶりに顔を出そうと考えていました。八重子が上機嫌なのは、犬が散歩の前になるとはしゃぐのと若干似ています。めったに外出しない天坊八重子ですが、久しぶりのお出かけでウキウキしていたのだと思います。

八重子はこの飲み屋に泉も連れて行くと言い出しました。泉がよく働くので「ご褒美」のつもりなのかもしれません。泉としてはありがた迷惑です。でも「遠慮しときます」とはちょっといいにくいです。それに、タクシーを使うとはいえ、足腰が弱っている天坊八重子をひとりで行かせるのは心配でもあります。

以前、八重子から「あんた、なんで水商売に行かなかったの」と訊かれたとき、泉は「(あたしは)水商売には全然向かない」と答えていました。でも、「やりたくない」とか「イヤだ」とは言っていませんでした。八重子の質問にたいする泉の答えは、「向いていればやってもいい」と受け取られかねないところがありました。

天坊八重子は、薄暗い化け物屋敷のようだというその「飲み屋」で、泉を働かせようと考えているのかもしれません。今のところ「飲み屋」というだけで、そのお店が居酒屋なのかスナックなのかはっきりしません。もしかしたらいかがわしいお店なのかもしれません。

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2010年3月 4日 (木)

老舗キャバレー「ロンドン」摘発 店内で売春容疑

3月4日12時51分配信 産経新聞

 キャバレー店内で売春をする場所を提供したとして、神奈川県警生活保安課と栄署は3日夜、売春防止法違反(場所提供)の疑いで、横浜市港南区上大岡西のキャバレー「上大岡ロンドンA館」店長の森友典(51)=川崎市川崎区=と従業員の新福広美(44)=同=の両容疑者を現行犯逮捕した。県警によると、森容疑者は「ホステスがしていたサービスは全く知らない」と否認。新福容疑者は「売春していることは知っていた」と認めているという。

詳しくは → http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20100304-00000535-san-soci

   

この記事でびっくりしたのは、この店で働いている8人のホステスの年齢です。27~57歳だそうです。なるほど「無花果の森」(日経新聞夕刊の連載小説)の泉さん(38歳)もその気になればホステスになれましたね。

ただし、客は1日平均5人程度で、売り上げが1カ月約300万円だったといいますから、8人のホステス一人当たりの売り上げは月に40万円にもなりません。酒類などの仕入れや店の維持管理費、店長の人件費などを考えると、ホステス稼業も楽ではありません。ほとんどワーキングプアの世界です。売春でもやらなければやっていけなかったのではないでしょうか。

  

「ロンドン」のようなお店があるいっぽうで、「ここまで徹底してシステム化された違法風俗店は見たことがない」と奈良県警を唸らせた無店舗型性風俗店(デリバリーヘルス)もあります。

→ http://www.iza.ne.jp/news/newsarticle/event/crime/362709/

  

不況の影響で水商売の業界も大変なようです。「キャバクラが不況で“熟女パブ”に」という変な記事もありました。客単価も抑え、人件費も抑えた不況適応型のビジネスモデルです。

→ http://www.iza.ne.jp/news/newsarticle/natnews/topics/344165/

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小池真理子の「無花果の森」第90回(3/3)まで

新谷吉彦(泉の夫・48歳)は泉の失踪を知って、まず何をしたでしょうか。両極端のシナリオを考えてみました。

シナリオ・その1
吉彦はうろたえてあちこち探し回ったたが泉は見つからなかった。置手紙を残して失踪したとなると自殺の恐れもある。警察に捜索願を出したり、なりふりかまわずマスコミを通じて「早まったまねはするな」と必死に呼びかけたりした。テレビのワイドショーも取り上げて大騒動になった。

シナリオ・その2
吉彦は鬱陶しくてイライラする女(つまり泉)がいなくなって清々している。以前から目をつけていた若い女優と同棲を始めた。泉については「もう帰ってこなくていい」と思っている。
 

……泉はどちらのシナリオを期待しているでしょうか。娑婆(?)に未練があればシナリオ1、身も心も世捨て人になっていればシナリオ2を期待すると思います。

もし、シナリオ2のような展開になっていたとすれば、吉彦は泉のことなんかすっかり忘れて、

 「ごめんなさい。ネギが細かく刻めなくて」
 「なあに、食べちゃえばいっしょだよ、あはははは」

なんてやっているかもしれません。

この場合、「(泉が失踪したという)噂を耳にしたマスコミは勢いを得て動き始める」という泉の心配は杞憂に終わると思います。泉自身は有名な女優でも顔の知られたタレントでもありません。したがって、泉の失踪そのものにはニュースバリューがありません。世の中には失踪したまま行方不明になってしまった人などゴマンといます。

泉の失踪に吉彦が取り乱して大騒ぎをするとか、失踪したはずの泉がマスコミの前に現れて吉彦のDVを口汚く罵るとか、どこかで自殺した泉の水死体が発見されるとか、興味本位の世間が喜びそうな展開にならないかぎり、テレビのワイドショーやゴシップ週刊誌は動き出さないと思います。

「奥さんは?」と聞かれて、吉彦が「ああ、あいつか。あいつなら出て行ったよ」と平然と答えてしまえばそれでおしまいです。こんなことで嘘をつくほど吉彦という男はシャイではないと思います(たぶん)。泉にとっては深刻でも、世間では夫婦喧嘩、離婚、別居、嫁さんが実家へ帰る、なんてことはよくある話です。犯罪まがいの激しいDVも、被害者である泉が沈黙していたのではマスコミも騒ぎようがありません。
 
 
そうはいうものの泉の家政婦生活がこのまま平穏無事では面白くありません。そろそろ何かが起こらなくては……。

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2010年3月 1日 (月)

小池真理子の「無花果の森」第87回(2/27)まで

家政婦生活にも慣れてきた泉は暇を持て余してきました。

大崖の街で泉が面識のある人は、天坊八重子を除けば軽食喫茶ガーベラのマスターぐらいなものです。何かの縁だし、ガーベラのマスターには天坊八重子のところでお手伝いの仕事(介護の仕事?)を始めたことを報告しておいたほうがいいのではないでしょうか。「お手伝い募集」の貼り紙も剥がしてもらったほうがいいです。暇つぶしとストレス解消を兼ねて、アイスコーヒーでも飲みながらクソババア(天坊八重子)の悪口を言い合って盛り上がっちゃえばいいのにね。

 

泉は寝る前に何か本でも読みたいと考えました。買い物の帰りに古書店に立ち寄って『新約聖書』(一九五四年改訂版)とヘルマンヘッセの『メルヒェン』(昭和二十七年二月発行)を購入しました。二冊でなんと千五百五十円です。そんなに値打ちのある本なのでしょうか。読んでいると眠くなりそうな本です。泉にとっては古い本であればなんでもよかったのかもしれません。しかし千五百五十円はいくらなんでも高すぎです。

 
泉の買った『新約聖書(詩編つき)』には、何箇所かアンダーラインが引かれていました。中でも「詩編」の詩の一節(詩編22の冒頭部分)には、とりわけ波形の濃いラインが引かれていました。

  わが神、わが神、
  なにゆえわたしを捨てられるのですか。
  なにゆえ遠く離れてわたしを助けず、
  わたしの嘆きの言葉を聞かれないのですか。

この部分だけを読むと、自分を救ってくれない「神」にたいする恨み節のような感じになってしまいます。でも、この詩には続きがあります。長くなるので要点をまとめると、

  真の信仰がなければこのように嘆くかもしれません。
  しかしわたしは嘆いたりはしません。
  わが神の救いを信じているからです。

  信じるものは救われます。
  あなたもわが神を信じなさい。アーメン。

こんな感じになると思います。キリスト教によれば、どんなに過酷な試練を与えられても、疑うことなく信じ続けていれば、最後の最後には必ず神の救いがやってくるらしいです。
 

さて、もう一冊のヘルマンヘッセですが、ヘッセには信仰に関する次のような格言があります。

信仰と懐疑とは互いに相応ずる。それは互いに補(おぎな)い合う。懐疑のないところに真の信仰はない。「クリストフ・シュレンプフの追悼」

奇妙な格言もあったものです。逆説のつもりなのでしょうか。罰当たりの無神論者としては、「信仰を捨てれば懐疑も消えてスッキリしますよ」と言いたくなります。

 1.懐疑のないところに真の信仰はない
  
 2.懐疑のあるところに真の信仰はない 

アナタハドチラヲ信ジマスカ?(外人調で)。

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