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2010年4月30日 (金)

脚本・坂元裕二の「Mother」・第3話を観る

望月葉菜(田中裕子)は、鈴原奈緒(松雪泰子)に気づいていました。奈緒は、まぎれもなく30年前に捨てたわが子です。葉菜は、奈緒が連れている継美(芦田愛菜)を見て、奈緒の娘であると思ったはずです。

葉菜は奈緒の里親である鈴原藤子(高畑淳子)に「奈緒と会ってはいけない」という約束をさせられていました。そこで孫(?)の継美ならいいだろうと考えたのかも知れません。継美の周辺をウロチョロするようになります。

何度も顔を合わせているうちに継美はすっかり葉菜と親しくなってしまいました……というよりも初めて会ったその日からこのふたりは気が合っていました。継美はどこかテンネンなところのある葉菜に、親しみを込めて「うっかりさん」というあだ名をつけました。葉菜がうっかりさんなのは、もともとそういう性格の人なのかそれとも病気のせいで頭がボーッとなっているのか、詳しいことはよくわかりません。

葉菜はスミレ理髪店を経営している感じのいい優しい人です。わが子(=奈緒)を捨てなければならなかったのには、よほどの事情があったのだと思います。

   

一文無しで東京に着いた奈緒は母親の藤子にお金を借りることにしました。置き引きに遭ったことは伝えたかもしれませんが、継美を連れていることも、なぜ東京に戻って来たのかも、一切の事情は伏せたままです。

鈴原家には父親がいません。母親の藤子と娘3人(奈緒・芽衣・果歩)の母子家庭です。母子家庭とはいっても藤子は大きな会社の社長をしているらしく、かなり裕福な暮らしをしています。お金に不自由している様子はありません。50万円程度(たぶん)のお金なら、娘の奈緒が頼めば簡単に貸してくれます。ある時払いの催促なしです。

藤子の会社を訪ねてお金を借りた奈緒は、ひとまずホテルに落ち着きます。しかし、いつまでもホテル暮らしを続けているわけにはいきません。早く落ち着いて住める場所と仕事を探す必要があります。

普通なら住むところを決めてから仕事を探すようにすると思うのですが、奈緒は少し世間慣れしていないところがあります。住むところよりも先に仕事のほうを見つけてしまいました。しかも、柄にもなく(?)清掃の仕事です。履歴書にはおそらく実家の住所を書いて誤魔化したのだと思います(渋谷区西原というのは、京王線の幡ヶ谷駅付近にある実在の地名です。小田急線なら代々木上原駅が近いです。でも、さすがに五丁目というのはありません)。

奈緒は仕事が決まったその日から働き始めました。継美はホテルで留守番です。奈緒には黙っていましたが、継美は風邪を引いて熱を出していました。そうとう苦しそうです。そんなとき、日本語の通じない外国人のルームキーパーが継美の部屋にやってきました。継美は意味のわからない外国語でまくし立てられて部屋を追い出されてしまいました。

熱は出るし身体はだるいし、行くところがなくて困り果てていた継美が唯一頼れる人はうっかりさんの葉菜しかいません。幸いなことに、葉菜からもらった粗品の鉛筆にスミレ理髪店の電話番号が書いてありました。

継美からの電話で異変に気がついた葉菜は、継美を病院に連れて行って看てもらってからスミレ理髪店の二階で休ませていました。継美の病気は風邪をこじらせた程度でそれほど重病ではありませんでした。

仕事を終えた奈緒は、葉菜から連絡をもらってスミレ理髪店に継美を迎えに行きました。しかし、熱っぽい顔をして眠っている継美を起こしてすぐに連れて帰るわけにもいきません。奈緒は一晩をスミレ理髪店で過ごすことになりました。何となくお膳立てが整ったという感じです。

  

奈緒と葉菜は継美の眠っている隣りの部屋で世間話を始めました。世間話といってもふたりにはそれほど共通の話題があるわけではありません。奈緒は、目の前にいる葉菜が自分の実の母親であるとは知らずに、自分が里子であることや実の母に捨てられたときのことを話してしまいます。奈緒が心の奥にしまっていた子どものころの悲しい記憶を人に話すのはこれが初めてだと思います。固く心を閉ざして生きてきた奈緒が、葉菜の前ではなぜか心を開いて自分の気持を素直に語っていました。無意識のうちに、葉菜が、親しみ以上の何かを感じる特別な人に思えたのかもしれません。

葉菜は、自分が奈緒の本当の母親であることを告げたくてもそうすることができません。藤子に固く口止めされているからです。でも、もし奈緒が「(本当の親に)会いたい」と望んだら、藤子との約束を破っても自分が本当の母親であることを打ち明けてしまったかもしれません。
  

翌朝、継美の熱はすっかり下がっていました。奈緒と継美がお礼を言ってスミレ理髪店を出て行った後、葉菜はその日の朝刊に「室蘭海難事故」の小さな記事が載っているのを見つけました。

 捜査断念 小一女児

 1日に室蘭市の絵鞆漁港で行方不明となっている室蘭円山小学校に通う道木怜南さん(7)の捜索が12日をもって打ち切られた。怜南さんは1日午後1時ごろ絵鞆漁港で目撃されているのを最後に行方がわからなくなっている。所持していた水色のマフラーが海中で発見されており、巡視船やヘリコプターで範囲を広げて捜索を実施したが、怜南さんの新たな手がかりは得られなかった。

この記事を読んで、葉菜は愕然としました。継美の持っていた色鉛筆にはかすれた文字で「れな」という名前が書かれていました。そして継美の好きな色も水色です。

室蘭から東京へ出てきてホテル暮らしをしている奈緒と継美は、本当の親子にしてはどこか不自然なところがあります。何か複雑な事情があることを葉菜はそれとなく感じていたと思います。葉菜は「室蘭海難事故」の記事を読んで、継美が行方不明になっている道木怜南ではないかと考え始めています。どうなってしまうのでしょうか。

続きは → http://mugigicat.cocolog-nifty.com/blog/2010/05/mother-21d3.html

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2010年4月29日 (木)

脚本・浅野妙子の「八日目の蝉」第5回を観る

「八日目の蝉」はもうダメです。我慢して見続けていましたが生理的に受け付けなくなってしまいました。このドラマは、「善は悪に対して何をしてもかまわない。希和子と薫は善であり、丈博と恵津子は悪である」という枠組みで成り立っています。この枠組みに違和感を感じてしまうと、もうついていけなくなります。主人公に同情も共感もできないドラマを見ているのは辛いです。

人を愛するということはその人のために自分を犠牲にするということです。ところが、このドラマの主人公・野々宮希和子(檀れい)は、薫(小林星蘭)を連れ去ることによって、薫の人生をメチャクチャにしてしまいました。それただけでなく、もし希和子に親兄弟がいれば、誘拐犯の親だ誘拐犯の兄弟だと、その親兄弟は世間から白い眼で見られることになります。「八日目の蝉」の逃走劇は、周囲の人間に不幸を撒き散らして、希和子のエゴだけが満足されるといううんざりするようなドラマです。

希和子は妻のいる秋山丈博(津田寛治)の子どもを妊娠しますが、中絶してしまいます。どうして中絶したのかというと、丈博に「必ず結婚するから今は中絶してくれ」と頼まれてその甘言に跳びついたのです。ようするに自分の利益のために胎児の命を犠牲にしたのです。そうしておいて今度は本妻・恵津子(板谷由夏)の子どもを連れ去って疑似親子を演じ始めます。本妻・恵津子の立場からすれば、自分の夫を寝取られた上に、子どもまで連れ去られたのですからたまったものではありません。

希和子が丈博に捨てられても、妊娠した子どもはきちんと産んで、貧しくとも母娘ふたりで懸命に生きていくというドラマなら共感もできるし応援もしたくなります。そうであれば警察に追われる必要もありません。でも、この「八日目の蝉」はそういうドラマではありません。「かわいかったから連れ去りました。分かってください」というドラマです。あまりにも身勝手でわけがわかりません。ふざけるなといいたくなります。
  

理性を失った人間の、剥き出しの本能なんてろくなものではありません。

1.かわいかったから無理やり強姦しました。これが男の本能というものです。分かってください。
2.かわいかったから無断で連れ去りました。これが母性本能というものです。分かってください。

1と2とではどこが違うのでしょうか?

  
最終回の予告で、法廷のシーンがありました。乳児を連れ去った場合、誘拐とはいわずに略取というらしいですが、未成年者略取及び誘拐罪(刑法224条)の法定刑は、3月以上7年以下の懲役です。

身代金目的ではない略取なら最高でも懲役7年ですが、希和子の場合は放火罪にも問われることになります。故意ではないので失火なんですが、故意ではなかったことを証明するのはほとんど不可能です。現住建造物等放火罪(刑法第108条)の法定刑は、死刑または無期懲役または5年以上の有期懲役です。

希和子はこれ以外にも住居侵入罪(刑法130条前段・法定刑は3年以下の懲役または10万円以下の罰金)、エンジェルホームでの窃盗罪(刑法235条・法定刑は10年以下の懲役または50万円以下の罰金)を犯しています。

母性愛至上主義の確信犯である希和子に情状酌量の余地はないと思います。

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2010年4月27日 (火)

NHKの朝の連続テレビ小説「ゲゲゲの女房」は面白いです

「ゲゲゲの女房」で水木しげるを演じている向井理(28)が4月22日午前10時半ごろ、世田谷2丁目の路上で乗用車を運転中に軽い追突事故を起こしたそうです。

この事故は、ドラマである「ゲゲゲの女房」を現実と勘違いした妖怪が、布美枝(松下奈緒)を無視しているみたいで優しさが不足している向井理に警告を発したのだと思います。たたりじゃ。

向井理としては、「ドラマなんですからね。勘違いしないでくださいね」ということで、どこかでお祓いをしてもらったほうがいいのではないでしょうか。

ドラマでは、新婚だというのに水木しげるは仕事のことで頭が一杯です。水木しげるの責任ではないとはいえ、布美枝は騙されて安来(島根)からはるばる調布(東京)のボロ家に連れてこられたようなものです。昔(昭和36年ころ)の調布は民家などほとんどない畑だらけのド田舎だったみたいです。

裕福な酒屋で育った布美枝を待っていたのは、廃屋のようなボロ家に借金取りが押し寄せてくる極貧生活でした。このまま水木しげるが布美枝に苦労ばかりかけていると、妖怪が怒ってもっと大きな事故が起きるかもしれませんぞ(冗談です)。
 

バカ話はさておき、連続テレビ小説の「ゲゲゲの女房」はとても面白いです。しっかりと録画をして毎回かかさず観ています。もっとも話の展開がゆったりとしているので、毎回観ていなくてもストーリーがわからなくなるという心配はありません。ドラマのテンポが15分という放送時間にうまく収まっている感じです。

普通に考えれば、ビンボー漫画家の水木しげると結婚してしまった布美枝の人生はお先真っ暗です。でも、布美枝の困惑している顔を見ているとなぜか笑ってしまいます。布美枝は性格がおっとりしているため、自分がどういう状況に置かれているかまだよく理解できていません。わからないことだらけでただもうオロオロしています。布美枝としては、水木しげるが本物の妖怪に見えているかもしれません。

でも、布美枝は追い詰められれば追い詰められるほど突如として根性を発揮する人です。いざとなったら絹代(しげるの母・竹下景子)よりもすごいかもしれません。何がすごいのかというと、ダメ亭主など簡単に尻の下に敷いてしまう……。

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2010年4月26日 (月)

小池真理子の「無花果の森」第134回(4/24)まで

今、テレビで、「Mother」(日本テレビ毎週水曜22時~)という母性をテーマとした異色のドラマが放送されています。このドラマで、ヒロインの鈴原奈緒役を演じているのは松雪泰子です。こういう女優さんがいたことをこのドラマで初めて知りました。

鈴原奈緒(松雪泰子)は、その存在が浮世離れしていて現実感が希薄です。めったに笑うことがなく、いつも眉間に皺を寄せています。しゃべるときは声を殺して小声でボソボソとしゃべります。その陰々滅々とした雰囲気はまるで幽霊のようです。「Mother」の松雪泰子を見ていると、どうしても「無花果の森」の世捨て人・新谷泉を連想してしまいます。

 伸びかけている髪の毛は、シャンプーしてから首の後ろで一つに結んだ。
 だが、長さが足りず、うまくまとめきれなくて、頬の脇に遊び毛が出てしまった。

4月14日に放送された第1話では、鈴原奈緒(松雪泰子)がまさにこのヘアスタイルをしていました。最近は(個人的に)新谷泉=松雪泰子ということで完全にイメージが重なってしまっています。

  

さて、「無花果の森」です。雨が降りしきる日曜日の午後、鉄治の部屋では依然として鉄治と泉の話し合いが続いています。

 「実は、ある取材をしていて……罪を着せられました」
 「罪?」
 「今では、どんな背景があって、そうなったのか、そのからくりもわかっているんです。でも、迂闊でした。あらかじめその危険性があることを承知していたら、こちらも深入りせずにいられたんですが。馬鹿な目にあった、と思っています。半分は自業自得かもしれない」

鉄治の話は何だか要領を得ません。これ以上話すと泉に危害が及ぶらしいです。

 「ですから」と彼は言った。「これ以上のことをあなたは聞かないほうがいい」
 「知りたいじゃないですか。私が一番知りたいのはそのことです。そのためにここに来たのに」

ここは泉の言い分が正しいです。鉄治はわざわざ泉を呼び出しておいて、なぜ自分がこの街に潜伏しているのかについて、具体的なことは何も話さないというのは変です。泉がブーたれるのももっともです。

ただ、本当のことは言えないし嘘もつきたくないというとき、人は時として黙らざるをえないことがあります。

嘘でもいいからそれらしい話をでっち上げて深刻ぶって話をするという手もなくはないです。しかし、そういうことができないのが誠実な人間の性(さが)というものです。塚本鉄治は雑誌記者としては珍しく相当に真面目な人なのだと思います。

 「……塚本さんを追っていたのは警察なの?」
 それについて、鉄治は何も答えなかった。そういうことには答えられない、だから質問してくれるな、とも言わなかった。

「警察なの?」と聞かれて、鉄治が返答に窮したのは、警察にも追われているし、同時に警察よりも怖い暴力団のような組織にも追われていたからかも知れません。暴力団が相手だと命の危険もあります。

ふたりの会話は、鉄治をあれこれと質問攻めにしている泉のほうがまるで取材記者のようです。泉としては鉄治がモジモジして話さないんだから聞くしかありません。鉄治に関して、事前に読者に与えられている情報は、「警察幹部が絡む事件で無実の罪を着せられ、この寂れた土地に潜伏している」ということだけです。

泉は、「何もかも彼(鉄治)にぶちまけて抑え込んでいた感情を吐露してしまいたい衝動にかられ」ながらも、今はまだその時ではないと考えて自制しています。鉄治も泉との距離(心理的な)を測りながら、何をどこまで話せばいいのか迷っているのだと思います。

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2010年4月24日 (土)

脚本・坂元裕二の「Mother」・第2話を観る

第2話は、怜南=継美(芦田愛菜)とももこさん(高田敏江)の物語です。痴呆症のももこさんを慕う継美の無垢の優しさが胸に迫ります。
 

鈴原奈緒(松雪泰子)は、怜南=継美を誘拐して東京に向う際に、それとわかる遺留品を残してあたかも怜南が海に転落したかのような偽装工作をしました。遺体が見つからないまま行方不明ということで処理されれば、誘拐の事実が隠蔽できます。

防波堤にいた女の子が波にさらわれたということで地元の室蘭が大騒ぎになっているころ、奈緒と継美は寝台特急「北斗星」に乗って東京に向っていました。

継美はまだ7歳です。自分がどういう立場にあるのかよくわかっていません。顔を知られてはいけない逃亡中の身なのに警戒心がまったくありません。列車の中では奈緒が目を離している隙に同じ年ごろの男の子と仲良く遊んでいたりします。このまま上野まで同じ列車に乗っていると何が起こるか分かりません。危険を感じた奈緒は予定を変更して宇都宮で途中下車してしまいました。

世の中には似たような人なんていくらでもいます。多少顔を知られたからといってどうということはありません。コソコソするよりも平気な顔をしてデンと構えていたほうがかえって怪しまれなくて安全です。ところが奈緒はどこか神経質で心配性なところがあります。無邪気で何をやりだすかわからない継美にいつもハラハラドキドキしています。

奈緒は世間慣れしていないのか、神経質なわりにどこか間が抜けたところがあります。宇都宮では、トイレに行っていたほんのわずかの隙に大金(?)の入ったボストンバッグを盗まれてしまいました。置き引きです。バッグそのものは近くで発見できましたが、バッグに入れておいた財布は空っぽでした。
  
手元にはもう小銭しか残っていません。継美を連れたまま途方に暮れていた奈緒は、自分が5歳から7歳までを過ごした「もものいえ」という児童養護施設があることを思い出しました。ももこさんという人がボランティアで運営していた施設です。すでに30年近くが経っていますが、そこへ行けばまだももこさんがいるかもしれません。奈緒は藁をもすがる思いで「もものいえ」を訪れることにしました。

しかし、施設はすでに閉鎖されていました。「もものいえ」の荒れ果てた庭に一人の老女が座っていました。ももこさんです。ももこさんは痴呆症(?)が進行していてもう自分が誰なのかわからなくなっています。やたらとしりとりが好きで自分のことを6歳だと思っていました。

「もものいえ」の借地権はもう切れています。ももこさんも「もものいえ」を明け渡して介護施設に入ることを勧められています。奈緒と継美が「もものいえ」にやってきたのは、ももこさんが介護施設に移されるまさにその直前のことでした。
  

継美は弱者には優しい子です。自称6歳(本当はもうお婆さん)の痴呆症のももこさんとすっかり仲良くなってしまいました。

継美は奈緒に、ももこさんといっしょに暮らそうと言い出します。奈緒がそんなこと出来るわけないといっても納得しません。ブンむくれて不機嫌になります。継美はいつもは何ごとにも遠慮がちでめったに我が儘を言う子ではありません。でも、ももこさんのことになると、奈緒に対して反抗的になります。ももこさんを厄介者あつかいする奈緒に、「この薄情者」といわんばかりに「あたしはここに残る」と言い張ります。

継美の頑強な(?)抵抗に奈緒も根負けして、いざとなったらももこさんを「誘拐」してでも何とか三人で暮らせるようにと覚悟を決めます。しかし「時すでに遅し」です。役所のお迎えが来てももこさんは強制的に介護施設に連れて行かれてしまいました。奈緒にしてみれば、これで継美もももこさんのことは諦めてくれると思って内心ホッとしたかもしれません。

奈緒と継美は「もものいえ」を出てバスで東京に向かいました(よくお金があったものです)。東京には奈緒の実家があります。実家の鈴原藤子(高畑淳子)は奈緒の育ての親です。そしてスミレ理髪店の望月葉菜(田中裕子)が奈緒の生みの親です(たぶん)。何らかの事情で養護施設に預けられていた奈緒を、藤子が引き取って育てたのだと思います。藤子と葉菜の間には奈緒に関する何か秘密があるようです。詳しい事情はまだわかりません。

東京に着いた奈緒が、原宿の歩道橋で葉菜とすれ違うシーンがありました。奈緒は実の母である葉菜のことをまったく覚えていません。でも、葉菜のほうは奈緒に気がついたようです。いや、お互いに知らないまますれ違ったのかもしれません。このあたりは演出上わざとあいまいにぼかされていたような気がします。詳しいことは来週です。

続きは → http://mugigicat.cocolog-nifty.com/blog/2010/04/mother-12e3.html

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2010年4月22日 (木)

小池真理子の「無花果の森」第131回(4/21)まで

 「私は絵に詳しくないので」と泉は言った。「知らなかったんですけど、そんなに有名だったんですね」
 「美術の世界での知名度はあります。といっても表に出ることを毛嫌いしてきた人で、決して大家とは呼べないんですが、一部に熱狂的ファンがいるようです。画廊の受けもいい」

週刊誌の記者とはいえ、鉄治にその名前が知られているということは、天坊八重子は画家として相当有名なのだと思います。いかに雑学に長けている週刊誌の記者とはいえ、美術の専門家でもない限り、「現役で活躍している日本の画家を10人言え」といわれて、スラスラ名前を挙げられる記者はまずいないと思います。黒田清輝だの佐伯祐三だの梅原龍三郎だの、昔のビッグネームも引っ張り出してこないとなかなか10人の名前を挙げるのは難しいと思います。天坊八重子の知名度に関しては、本当はサクラに教えてもらったのではないでしょうか。

なにはともあれ、天坊八重子が有名な画家であることがはっきりしました。これで泉も給料の不払いを心配する必要がなくなりました。もっとも、画家の場合、有名であることとその収入は必ずしも一致していないかもしれません。有名だけどビンボーということも十分考えられます。
  

さて、泉の失踪に関してですが、塚本鉄治の情報によれば、

1.新谷吉彦は泉の捜索願を出した
2.公開された泉の写真はピンボケでほとんど役に立たない
3.マスコミは泉に関して根も葉もない憶測を流している
4.マスコミが一番関心を示しているのは吉彦のDVである

こうした動きはほとんど想定の範囲内だと思います。いまさら泉が驚くような想定外のことは何も起きていません。泉にとって、唯一想定外のことがあったとすれば、塚本鉄治という週刊誌の記者が泉を追ってこの街までやってきたことです。しかし、残念なことに(?)鉄治は泉よりも先の五月末に岐阜大崖に来ていました。別に泉を追ってきたわけではありませんでした。

 「あなたが来たのはいつです」
 「六月八日」
 「そろそろ、ひと月近くになるんですね」
 「ええ。でも、時間の感覚はなくなっています。半年くらいたってしまったような気もして」
 わかります、と鉄治は言った。「それにしても、似たような時期に姿をくらましたわけですね。しかも、同じ街に逃げてきたとは」

泉が、半年くらいたってしまったような気がするのも無理はありません。この小説の読者も実際に半年近くこの小説を読んでいます。

泉と塚本鉄治が大崖の街で出会うというのは、ほとんど奇跡に近いような偶然です。そろそろ泉が運命の赤い糸を感じ始めても不思議はありません。とりあえず、泉には、鉄治がなぜこの街に逃げてきたのか、その理由を聞いてもらいたいです。ふたりにとって、残されている唯一の話題はそれだけです。

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2010年4月21日 (水)

脚本・浅野妙子の「八日目の蝉」・第4回を観る

このドラマは現在と過去を行ったり来たりします。したがって、二十歳になった薫=恵理菜(北乃きい)も登場します。二十歳の薫は何の因果か妊娠中です。もちろんまだ結婚はしていません。薫は過去のことは本当に覚えていないのか、それとも覚えていないふりをしているのか、あまり触れたがりません。二十歳の薫=恵理菜を演じているのは北乃きいです。北乃きいに屈折した不良少女っぽい役というのはちょっと無理があるような気がしますがどうなんでしょうか……。

さて、1993年3月、エンジェルホームを脱走した野々宮希和子(檀れい)と薫(小林星蘭)は香川県の小豆島へやってきました。小豆島には沢田久美(坂井真紀)の実家があって、久美の母親の昌江(吉行和子)が素麺(そうめん)屋を経営しています。素麺といえば美輪素麺が有名ですが、小豆島の素麺も日本三大素麺のひとつらしいです。

希和子は一度は断られたものの、結局昌江が経営している素麺屋で働くことになりました。昌江としては、希和子が娘の友人だったこともあって、希和子の苦境を見かねて人助けのつもりで雇ったのかもしれません。ところが、いざ雇ってみると、希和子は美人だし、よく働くし、男のお客が急に増えた……かどうかわかりませんが、昌江も希和子がすっかり気に入ってしまいました。

小豆島では、エンジェルホームとは違って、希和子と薫は親子としていっしょに暮らすことができます。希和子にとってはかつてなかった穏やかな日々です。しかし、希和子はあくまでも誘拐犯です。どこまで行っても偽名(ミヤタキョウコ)での暮らしを続けなくてはなりません。

今のところは薫も希和子のことを本当の母親だと思い込んでいます。でも、薫がもう少し大きくなれば何かがおかしいということに気づくはずです。今のままでは学齢期になっても薫は小学校に入学できません。希和子の嘘がバレたらその後の薫の人生はどうなってしまうのでしょうか。

この「八日目の蝉」というドラマを観ていてどうしても納得できないのは、一目見ただけの他人の子どもを可愛いからという理由で誘拐して逃亡生活を続けている希和子の気持です。嘘をついてまで疑似親子を演じている希和子には、共感どころか何か病的な薄気味悪さを感じてしまいます。希和子が母性本能にマインドコントロールされている操り人形のように見えてくることもあります。希和子の異常性を意識してしまうと、「八日目の蝉」が本筋とは別のところで、なんだかとても怖いドラマのように思えてきます。

ところで、第4回のサブタイトルは「恋」です。第4回には、ストーカーほどではありませんが、何かと希和子の周辺をウロチョロする文治(岸谷五朗)という漁師が出てきます。文治は無口で無愛想な男です。よそ者(?)の希和子に興味を持ったのか、軒先に魚を届けてくれたり、腸閉塞で苦しんでいる薫を漁船で病院まで運んでくれたり、何かと希和子に親切にしてくれます。

この文治という漁師には幼い子どもを亡くしたという過去かありました。その後、妻にも逃げられて今では一人暮らしをしています。文治は、希和子にかつての幸せだったころの自分の妻の面影を見ていたのかもしれません。

やがて文治と希和子は懇ろな間柄になってしまうのかと思いきや、あまりそっちの方向に話が進展してしまうと「八日目の蝉」のテーマである「母性」からずれてしまいます。結局文治さんは振られることになるみたいです。

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2010年4月20日 (火)

脚本・坂元裕二の「Mother」を観る

「Mother」は母性がテーマのテレビドラマです。子どものいない女性が他人の子どもを誘拐して逃亡するという設定は、NHKの「八日目の蝉」とそっくりです。同時期に放送されている2つのテレビドラマがどうしてこんなに似ているのか不思議です。
  
「Mother」の第1話は、鈴原奈緒(松雪泰子)と奈緒を慕ってくる道木怜南(芦田愛菜)の心の交流が丁寧に描かれていました。半分壊れかけている大人の奈緒と無邪気な小学1年生の怜南の運命的な出会いが心を打ちます。実によくできたドラマだと思います。

舞台は北海道の室蘭です。鈴原奈緒は、かつては大学で渡り鳥の研究をしていた人ですが、今は事情があって小学校の先生をしています。特に子どもが好きというわけではありません。むしろ子どもが嫌いなタイプの女性です。生徒から「おはようございます」と挨拶されても無視しています。内心では、クソうるさいガキの面倒を見るなんて真っ平ご免だと思っています(たぶん)。
  
鈴原奈緒は35歳でまだ独身です。恋人もいません。子どもを相手に本気で不機嫌な態度をとるし、相手が子どもでもまるで大人に対するような話し方をします。ちょっと大人げない暗い感じの女性です。笑った顔は見たことがありません。いろいろストレスが溜まっているらしく円形脱毛症に罹っています。

そんな鈴原奈緒を小学1年生の道木怜南はなぜか慕ってきます。ひとりぼっちで大人に気を遣いながら生きている玲南が、なぜ無愛想でクールな奈緒を慕ってくるのか、鈴原奈緒には思い当たるフシがあるはずです。玲南は子供心に鈴原奈緒に自分と同じ匂いを感じているのです。

最初はベタベタしてくる道木怜南を鬱陶しく思っていた鈴原奈緒でしたが、ひた向きで、けなげで、ちょっぴり大人びている道木怜南をだんだん憎からず思うようになっていきます。そのうち、家では虐待を受けているのにそれを隠して寂しさに耐えている怜南の姿に、激しく心が揺さぶられるようになります。

小学1年生の怜南は、母親の道木仁美(尾野真千子)と仁美の恋人の浦上真人(綾野剛)の三人で暮らしいています。怜南は食事もろくに与えられていないらしく、発育不良で栄養失調気味の子どもです。たまに母親から五百円玉を渡されます。この五百円玉は、「これから(恋人と)いいことするんだからお前は出ていきなさい」というサインらしいです。怜南は五百円玉を握り締めてひとりぽっちで家を出て行かなくてはなりません。

怜南は同居している真人から体中に痣や傷ができるような暴行を受けています。仁美は暴行の事実を知っていても見て見ぬ振りです。

ロリコン趣味があるのか、真人は7歳の怜南に常軌を逸した性的虐待をすることもあります。その現場を見てしまった仁美は「汚い!汚い!!」と叫んで荒れ狂います。仁美にとって何が汚いのかというと、汚いのは恋人の真人ではなく娘の怜南のほうです。真人が変なこと(ワイセツ行為)をするのは怜南のせいだということらしいです。何とも理不尽な八つ当たりです。仁美は同居している恋人を娘に盗られてしまったような気になったのかもしれません。嫉妬まじりの怒りを爆発させて、わが子の怜南を生きたまま黒いゴミ袋にいれて、ゴミ捨て場に捨ててしまいました。冬の夜にゴミ袋の中でもがいている怜南を発見したのは鈴原奈緒です。

奈緒はあまりにも悲惨な境遇の怜南を知るようになって、自分のすべてを犠牲にしてでもこの子を救ってあげたいと思うようになります。大空を行く渡り鳥に向って「わたしもいっしょに連れてって~!!」と叫んでいる怜南の後姿を見ていたら、理性もへったくれも無くなってしまいます。奈緒は怜南を誘拐する決心をします。犯罪には違いありませんが、一応怜南の了解を得ています。情状酌量の余地はあります。

4月1日はエイプリルフールで嘘をついてもいい日です。この日を機に、鈴原奈緒と怜南(鈴原継美)は一生嘘をつき続ける人生に身をゆだねました。逃避行の始まりです。

続きは → http://mugigicat.cocolog-nifty.com/blog/2010/04/mother-33f0.html

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2010年4月18日 (日)

小池真理子の「無花果の森」第128回(4/17)まで

螺旋階段のある建物は四階建ての雑居ビルでした。塚本鉄治はそのビルの四階に住んでいます。

どうやら螺旋階段は三階までで、三階から建物の中に入って、四階へは建物内の階段を上がる構造になっているようです。昔は斬新なファッションビルだったのかもしれません。しかし今では老朽化したお化け屋敷のような建物になっています。

塚本鉄治が住んでいる部屋は、かつてはサクラの店舗兼住居だったところです。「住むところがなかったら住んでもいいよ」ということで、ほったらかしになっていたその部屋をサクラが塚本に貸してくれました。

おかまのサクラはああ見えてもそれなりに水商売の才能があるらしく、ここでやっていたお店もサクラが経営していたころはけっこう流行っていたらしいです。サクラは、小金を貯めて(?)大崖の郊外に中古の一戸建てを買って、今ではそこに住んでいます。番外地横丁の『ブルー・ベルベット』も、見かけによらず黒字経営なのかもしれません。ほとんどのお店が撤退してしまったのに依然として営業を続けているだけでも大したものです。
  

塚本の言葉を信じれば、塚本とサクラの間に肉体関係(?)はないらしいです。でも、訊かれる前に自分からそういうことを言い出すのって、かえって怪しいです。誰も疑っていないのにね。

でも、

「そういうことを目的にして僕にここを貸しているわけではない。僕は彼から部屋を貸してもらっているだけです」

という見解は、あくまでも塚本鉄治の希望的観測であって、サクラがどう考えているかはまた別の話です。サクラとしては「チャンスがあれば」と狙っているかもしれませんよ(あなおそろし)。
 
  
さて、話したいことがあるといって泉を呼んだのは鉄治のほうです。しかし、鉄治がモジモジしているので、結局泉のほうから質問する形になってしまいました。鉄治によれば、泉の失踪についてはすでに発覚して騒ぎになっていました。すでに1ヵ月近くが経っていますから当然といえば当然です。

 「どんな騒がれ方をしていますか」 
 「え?」 
 「マスコミはわたしのことをどんふうに?」

泉にとっては知りたくもないどうでもいいことかもしれません。でも、何か話さないと間が持ちません。話すとしたらこんなことを聞くぐらいしかなかったのかもしれません。

 「あなたのこと、というよりも、新谷監督のことを追いまわしている感じです。監督がまったく表に出てこないし、取材にも応じないようなので」

もともとマスコミ嫌いの新谷監督に無視されてきたマスコミとしては、このときとばかりにあることないこと名誉毀損ぎりぎりの捏造記事を書きまくって「文句があるなら出てきて釈明しろ」という作戦に出ているかもしれません。

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2010年4月15日 (木)

水木しげる入門・原稿料の話

水木しげるが貸本漫画家になる決意をして上京したのは昭和32年のことです。そのころ、兎月書房という出版社が水木しげるに示したという原稿料の相場は、「一冊百二十ページくらいで、三万円、ただし、税金はさきに一割引かれるから、手にはいるのは二万七千円」というものでした。

昭和32年当時の大卒の初任給は13800円です。平均なのか税込みなのか、たまたまどこかの会社がそうだったのか、詳しいことはよくわかりませんが、とにかく13800円でした。

水木しげるが毎月1冊描いてその原稿料がきちんと払って貰えていれば、大卒初任給の約2倍の収入があったことになります。一人暮らしでこれだけあれば、比較的ゆとりのある生活ができたと思います。水木しげるは、郷里の両親を安心させるために(または見栄を張って)、1冊3万円ということを強調して、ゆとりのある生活をしているかのように思わせていたフシがあります。

実際はどうだったかというと、水木しげるは遅筆です。月に1冊描こうと思うと、年中無休で1日16時間漫画を描き続けなければなりません。

しかも、1冊3万円が相場といっても、確実に原稿料が貰えるわけではなくて、出版社が倒産してしまったり、そんな原稿頼んだ覚えはないといわれたり、2万円なら引き取るがイヤなら持って帰ってくれといわれたり、2万円でもいいからと原稿を渡してもその2万円がなかなか払ってもらえなかったりで、何かと大変だったようです。

貧乏生活の中でなぜか水木しげるはお見合いをして結婚してしまいます(優柔不断で、両親に強く勧められると断りきれなかったのかもしれません)。テレビドラマ「ゲゲゲの女房」のモデルになっている水木しげるの奥さんという人がまた変な人で、

「世の中には、こんなに働いて、こんなに貧乏な商売ってものがあるなんて不思議ねぇ」

などと言って、結婚当初はむしろ感動して喜んでいたそうです。
   

質屋通いで何とか食つないでいるような水木しげるの貧乏生活が転機を迎えたのは、昭和40年になってメジャー出版社(講談社)で作品を発表するようになってからです。

 『鬼太郎』が連載となりその原稿料が入ってくるようになると女房はびっくりした。
「こんなにもらっていいの」
 むりもない、前がヒドすぎたのだ。
「ばか。貸本と雑誌では原稿料は十倍違うんだぞ」
 そうはいっても、女房も夢を見ているようだったし、ぼくもあまり実感がなかった。ただ、厚さ三センチにもおよんでいた長年の質札が、見る見るうちになくなり、質に入っていたものがもどってくるのを見ていると、やっと実感がわいてきた。

                         「ほんまにオレはアホやろか」(新潮文庫)

貸本漫画の原稿料が120ページで3万円だったとすると、1ページ当り250円です。当時の雑誌の原稿料は、(水木しげるの場合)1ページ3000円ぐらいだったのではないでしょうか(「ねえ、いくらだったの?」と聞いてみないと本当のところはわかりません)。

  

昭和40年当時と現在を比べると、現在の物価は当時の約4倍になっています。この間、勤労者(?)の所得はおそらく10倍以上になっていると思います。格差社会だのワーキングプアだのといっても、昭和40年当時と比べれば、現在の国民全体の生活水準はまだはるかに豊かであるといえます。この間、世間並みに漫画家の原稿料が上がっていれば、今ごろは1ページ3万円ぐらいになっていてもおかしくないのですが……。

 漫画家の原稿料に関するネットでの噂 → http://sagisou.sakura.ne.jp/~sakuchin/kazumi/02/38.html

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2010年4月14日 (水)

脚本・浅野妙子の「八日目の蝉」・第3回を観る

エンジェルホームは、心に傷を負った女性の駆け込み寺です。男子禁制の宗教施設で、常時40~50人の女性が、野菜を作ったり、パンを焼いたりしてひっそりと共同生活を送っています。

教祖のエンゼルさん(藤田弓子)はキリスト教徒ですが、別に宗教を強制したりはしません。エンゼルさんは普通のおばさんといった感じで、温厚そうな人です。氏素性についてはよくわかりません。

ホームの実務的主導者であるナンバー2はサライ(高畑淳子)と呼ばれる冷酷な女です。サライには、育児ノイローゼで夜泣きするわが子を窓から放り投げて殺してしまったという暗い過去があります。わが子を愛する母親に対して異常なほどの憎しみを抱いています。

エンゼルホームでは親子の絆が認めらてれていません。たとえ親子であっても別々に暮らすことを強制されます。こうした掟には、サライの強い意向が働いているのかもしれません。
  

さて、1991年、野々宮希和子(檀れい)がエンジェルホームに入所してから3年が過ぎたころのことです。平穏無事な日々が続いていたエンジェルホームに事件が起きます。妊娠した17歳の少女がやってきて施設内で子どもを産んだのです。

ホーム側は施設内で暮らすのはあくまでも本人の自由意志であると主張しますが、親は納得しません。娘が騙されて怪しげなカルト集団にさらわれたと思い込んでいます。やがてホーム側の本人の自由意志という説明に納得できない親たちが大挙して施設に押しかけてくるようになります。そしてこれに目をつけたマスコミが騒動を煽ります。

ホーム側は、エンゼルホームが決して反社会的施設ではないことを知ってもらうために施設内を公開することにしました。なんとか誤解を解いて事態の収拾を図ろうと考えたのです。

しかし、誘拐犯で指名手配中(?)の野々宮希和子にとってはピンチです。3年が経過しているとはいえ、施設内が公開されると素性がばれて捕まる恐れがあります。実際、騒動を報道するテレビの映像に希和子が映っているのを、かつての不倫相手だった秋山丈博(津田寛治)が見てしまっています。

希和子は薫(小林星蘭)を連れてこっそり施設を抜け出す決心をしました。脱出に協力してくれたのは施設で仲良くなった沢田久美(坂井真紀)です。沢田久美は、小豆島に自分の母親がいるから、行くところがなくて困ったら小豆島へ行くようにと希和子にアドバイスしてくれました。新たな逃避行の始まりです。

  
第3回はここまでですが、このドラマを観ているとなんだか生煮えの料理を食べさせられているような気がしてきます。

お受験に熱中している教育ママや、我が子可愛さから学校に理不尽なクレームをつけてくるモンスターマザーと、このドラマのヒロインはどこが違うのでしょうか。このドラマは、母性本能を美化するあまり、それが母親のエゴでもあるという側面が抜け落ちているような気がします。

ヒロインが優しげな美人(檀れい)だから騙されてしまいますが、誘拐は重大な犯罪だし、逃走資金が必要だからといって平気で施設のお金を盗むような行為は、「母性本能」をもってしても許されることではありません。

ヒロインの希和子は、ある意味で、悪名高きお受験ママやモンスターマザーよりも悪質です。だって、どんなに異常でもお受験ママやモンスターマザーは犯罪者ではありませんから。

それから、エンゼルホームで起きた騒動はなんとなくオウム真理教の事件を連想させます。このドラマには、(あくまでも一般論としてですが)オウム真理教のようなカルト集団を擁護しているのではないかと受け取られかねないところがあります……ちょっとヤバイです。

そんなわけで、「八日目の蝉」は民放だったらスポンサーが逃げ出してしまいかねない反社会的ドラマであるといえます。まあ、NHKでなければ放送できないドラマということで、ドラマの内容が問題視されて騒動が起きる前に、なんとか無事に6回の放送を終了してもらいたいです。

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2010年4月11日 (日)

水木しげる入門

連続テレビ小説の「ゲゲゲの女房」が始まって2週間がたちました。ドラマではヒロインの布美枝(松下奈緒)が貸本漫画家の水木しげる(向井理)とお見合いをするところまで話が進んできました。

水木しげるは「ゲゲゲの鬼太郎」で有名な国民的漫画家ですが、いったいどんな人なのでしょうか。

「ほんまにオレはアホやろか」(新潮文庫・水木しげる著)に「じっと待てない男」(呉智英)という巻末エッセイが載っています。

漫画評論家(?)の呉智英によると、水木しげるがまだ60歳ぐらいのころに次のような事件があったそうです。ちょっと長くなりますが、あまりにも面白いので引用させていただきます。西暦でいうと1982年ころの話です。

登場人物
 長井勝一(1921~1996)61歳・「カロ」の編集長
 水木しげる(1922~)60歳・漫画家
 呉智英(1946~)36歳・カケダシのもの書き
 南伸坊(1947~)35歳・「ガロ」の編集者

 ある時、水木さんは唐突にこんなことを言った。
 「勝ちゃんは、年のせいか、すぐ怒るですなぁ」
 勝ちゃんというのは、旧青林堂の「ガロ」編集長、長井勝一さんのことだ。当時カケダシのもの書きであった私(呉智英)などにはやさしく、怒られた記憶はない。
 「ははあ、そうですか」
 私は適当なあいづちを打った。
 「すぐ怒るですよ。そんなこと言うなってね。年のせいでしょうな。気が短くなっとるんですよ」

 (中略)

 数ヵ月後、南伸坊に会った時、この話をした。多才なイラストレーターの南伸坊は当時「ガロ」の編集者であり、長井さんを尊敬し、水木さんを敬愛していた。私と南が会うと、しばしば長井さんや水木さんの話になった。
 「南、水木さんに聞いたんだけど、長井さんはよく怒るんだってな」
 私が水木さんに聞いた話をすると、南はニヤニヤ笑って、「俺、その現場にいたんだよ」と言う。

「ガロ」の編集長だった長井勝一さんは女性にやたらと人気があったそうです。なぜそんなにモテるのか、男として、秘訣があるなら教えてもらいたいと考えるのは人情というものです。そこで、水木さんも日ごろから長井さんの人気ぶりをうらやましく思っていたらしく、アドバイスを求めて「自分も若い恋人が欲しい」と言い出したそうです。

 「作りたければ作ればいいじゃないの」
 長井さんがそんなことは当り前という口調で言う。
 「でも、どうやって……」
 「若い女の子が沢山いるスナックとか居酒屋とかで、チャンスを待てばいいよ」
 「チャンスって、いつ来るんかな」
 「そんなもんわからないよ。とにかく、じっと待ってるのさ」
 「じっとって、どのくらい」
 「チャンスが来るまで、じっとさ」
 「でも、いつ来るかわからないし」
 「だから、それを待つのさ」
 「じっと待ってると、原稿の締め切りがあるんで、編集者が怒るし……」
 「だったら、恋人を作りたいなんていうな!」
 編集者ではなく、長井さんが怒った。南は、黙々と返本を片づけるふりをして、必死で笑いをこらえていたらしい。

 

ニヒリズムというと普通は陰鬱で暗いイメージがつきまといますが、水木しげるのニヒリズムはなぜか明るくほがらかです。「水木サンの迷言366日」(幻冬舎文庫)の7月27日にはこんな迷言が出てきます。

ニューギニア最前線における動物性タンパク質の摂取について
――先生はニューギニア最前線で二等兵といて戦っていたわけですが、肉は全然食べられなかったわけですか。
水木  肉は口にしたことがなかった。豚でも何でもよかったんです。豚がないならしかたがない、と。
――(笑)。あるとすると……。
水木  人間しかないわけです。だから私は食人の風習がどうしてできたかということは、よくわかったです。ごく自然に起こることですよ(笑)。
――(笑)。動物性タンパク質が欲しい。
水木  そうなんです。からだがそういうふうにさせるんですよ。

戦場の極限状況における人肉の話を笑いながらしてしまうところがすごいです。ちなみに、水木さんは人肉を食べたことはなかったそうです。食べたくてもチャンスがなかったとか。

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2010年4月10日 (土)

小池真理子の「無花果の森」第122回(4/10)まで

泉は本当に雨女です。何かあるときは決まって雨が降ります。その日もまた雨でした。

 顔は薄くパウダーファンデーションをつけ、オレンジベージュの口紅も塗ってきた。伸びかけている髪の毛は、シャンプーしてから首の後ろで一つに結んだ。
 だが、長さが足りず、うまくまとめきれなくて、頬の脇に遊び毛が出てしまった。

伸びかけている髪を無造作に首の後ろで一つに結ぶヘアスタイルをなんと呼ぶのかわかりませんが、清楚な感じがしてそれなりに色気があります。頬の脇の遊び毛もそれはそれとしてセクシーです。こうした素朴なヘアスタイルは、特に美人がやるとより魅力的です。
  
おかまのサクラによれば、塚本鉄治は女好きのするいい男らしいです。今風に言えばイケメン、昔風に言えば美男子です。どんな状況であれ、いい男に会いに行くとなれば、女には無意識のうちに女をアピールしたいという心理が働くものです。これは泉だって例外ではありません。したがって、

今さら気取ったり、めかしこんだりする必要はなく、またそうする気も起こらなかった

という説明は泉の本心ではありません。作者の勘違いです(強引?)。そのうち天坊八重子から「あんた、最近化粧が濃くなったよ。いい人でも出来たのかい」などと言われてしまうのではなかろうか。
  
  
さて、約束の日曜日です。午後二時よりも少し遅れて泉は『ブルー・ベルベット』のある番外地横丁に着きました。ここからは塚本鉄治に電話をしてその指示に従って歩きます。

1.番外地横丁を背にして立つ。
2.左方向に歩いてすぐの角を右に曲がる。
3.三、四十メートル歩くと細い道がある。
4.その細い道を左に曲がる。
5.すると道路沿いに青い螺旋階段がある。

この螺旋階段は上りなのか下りなのかまだわかりません。泉が辿り着いた付近は古びて煤けた雑居ビルが建ち並ぶ裏通りです。ここで泉は次の指示を待ちます。

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2010年4月 8日 (木)

小池真理子の「無花果の森」第119回(4/7)まで

泉が番外地横丁の『ブルー・ベルベット』に行ったのは六月最後の水曜日でした。その後しばらくは何ごともなく、塚本鉄治からの手紙が玄関ドアに挟んであったのは金曜日でした。この金曜日は、しばらく何ごともなくてやって来た金曜日ですから、翌々日の金曜日では早すぎます。少なくとも翌週の金曜日です。そうだとすれば、間違いなく月が替わっていることになります。今はもう七月です。

泉の給料は月の初めに5万円が貰えることになっています。泉が家政婦として働き始めたのは六月の途中からですが、天坊八重子は泉にいくら給料を払ったでしょうか(天坊八重子の人格占い)。

1.大サービスで5万円満額支給した    80%  太っ腹
2.日割り計算で2万円程度支給した    15%  セコイ
3.給料は来月からで支給はなし         5%  鬼

  

さて、泉は翌々日の日曜日の午後2時に塚本鉄治に会うことになりました。場所は塚本の住んでいるマンションです。

 「番外地横丁の前に着いたら、この携帯に電話ください。そこから歩いてすぐのマンションなんですが、ちょっと入口がわかりにくいかと思うので、僕が電話で指示します」

マンションといえば、廃屋のような荒れ果てたマンションが立ち並んでいる界隈を泉が散策する場面がありました。第85回です。あの老朽化したマンションのどこかに塚本鉄治が住んでいるような気がします。

どのマンションも、人が住んでいるのは全世帯の三割か、それ以下だった。マンションの、埃のたまったエントランス付近には、乾いた蘆のような、いかにも凶暴そうな雑草がみっしりと生えていた。あたりには錆びた空き缶が転がり、階段ホールのすりガラスにはいちめん、ひびが入ったままになっていた。

かつてはニュータウンなどといってもてはやされていたマンションも、老朽化が進みやがては取り残された高齢者だけが住むゴーストタウンに変貌してゆきます。「無花果の森」に出てきた荒れ果てたマンションの描写にもその片鱗が窺えます。まるで俺の住んでいるマンションそっくりだと思った人もいるのではないでしょうか。
  
 
なにはともあれ、泉は早く塚本鉄治から事情を訊いてモヤモヤした不透明感を払拭したほうがいいです。謎が解けて疑心暗鬼がなくなれば、似たような境遇のふたりです。すぐに仲良くなれます。毎週日曜日に会う約束をして、お互いにそれだけが唯一の楽しみになっていくかもしれません。

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2010年4月 7日 (水)

脚本・浅野妙子の「八日目の蝉」・第2回を観る

テレビドラマには、「不毛地帯」のように原作をほぼ忠実にドラマ化している作品もあれば、原作をベースにしながら脚本家が独自の物語を紡いでいるような作品もあります。

「八日目の蝉」はおそらく後者だと思います。原作者の角田光代は次のように述べています。

小説は私の手を離れた時点でひとり歩きをしていくと私は思っています。そのときから、私のものではなくなるのです。ドラマにしていただく『八日目の蝉』は、だから私の書いた物語ではなく、ドラマの作り手の方々のものです。

これは、ドラマの内容に関しては(原作者として)一切干渉しないから煮るなり焼くなり好きにしてくださいといっているのと同じことだと思います。したがってテレビドラマとしての「八日目の蝉」は、原作者・角田光代の「八日目の蝉」ではなくて、脚本家・浅野妙子(「ドラマの作り手」の代表者)の「八日目の蝉」です(ヒロインに注目してこのドラマを観ている人にとっては檀れいの「八日目の蝉」です)。
 

さて、逃避行で野々宮希和子(檀れい)が小田原の次に辿り着いたのは名古屋でした。名古屋では公園で赤ん坊を抱えてぼんやりしているところをホームレスのような風体の老女・中村とみ子(倍賞美津子)に声をかけられます。老女はごみ屋敷のような家で一人暮らしをしていました。希和子はそのゴミ屋敷に一晩泊めてもらえることになりました。

翌日、老女・とみ子は、赤ん坊を抱えて行くあてのない希和子に、エンジェルホームと呼ばれる宗教施設(?)があることを教えてくれました。

エンジェルホームというのは駆け込み寺のようなところです。そこではワケアリの傷ついた女たちが集まって共同生活を送っています。どことなくいかがわしいカルト教団のような雰囲気がありますが、そうではなくてたんなる善意による弱者救済施設なのかもしれません。

希和子は審査にパスして入所を許可され、エンジェルホームで暮らすことになります。どうやら教官のサライ(高畑淳子)から娑婆(?)で暮らすには辛すぎる深刻な心の傷を抱えていると認められたようです。もっとも希和子が話した身の上話にはかなり嘘が含まれていました。

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2010年4月 6日 (火)

浅野妙子の「八日目の蝉」・第1回を観る

朝の連続テレビ小説「ゲゲゲの女房」は毒気がまったくないサザエさん的世界のドラマですが、「八日目の蝉」は目一杯ダークな雰囲気のドラマです。

今から20年前の1987年、野々宮希和子(檀れい)は、妻のいる秋山丈博(津田寛治)と不倫関係にありました。希和子は丈博の子を妊娠してしまいます。丈博は「必ず妻と別れて一緒になるから、今はその子を産まないで欲しい」と希和子に懇願します。ウソに決まっているのに希和子は丈博の言葉を信じて中絶してしまいます(この中絶が原因で希和子は子どもの産めない身体になってしまいます)。

同じころ丈博の妻、恵津子(板谷由夏)も妊娠していました。こちらは正式な夫婦の子として無事出産です。丈博と恵津子の幸せそうな姿を見て希和子は絶望のどん底に突き落されます。丈博にとって希和子は単なる浮気相手でした。希和子は丈博の甘い言葉に騙されて性欲の対象として弄ばれただけでした。
 

何を考えたのか希和子は丈博の留守宅に忍び込んで寝ていた赤ん坊を抱きかかえて誘拐してしまいます。おそらく自分が何をしているのかわからないまま、希和子は衝動的に赤ん坊を抱きかかえて丈博の家を飛び出したのだと思います。

希和子は丈博と恵津子の間に生まれた赤ん坊を自分の子どもとして育てようと決心します。希和子と薫(赤ん坊)の逃走劇の始まりです。

現実的にはこんな衝動的な誘拐をしてもすぐ捕まるし、なんだかよくわからない展開です。女性には、誘拐してまで血のつながりのない赤ん坊に愛情を注ごうとする希和子の気持が理解できるのでしょうか(実際に似たような誘拐事件があったという話も聞きます)。
 

「八日目の蝉」は、女性の心理(特に母性本能)がテーマなだけに男にはちょっと理解しにくいところがあります。それに、男に捨てられた女が絶望の果てに赤ん坊を誘拐してその赤ん坊に唯一の生きる望みを託そうとするという展開は、NHKのドラマらしくありません。犯罪者(?)の魂の叫びを正当化しようとする反お茶の間的なドラマです。
 
脚本家の浅野妙子はこのドラマについて次のように述べています。

人は愛がなければ生きていけない。そして、追いつめられた状況においては、愛されることよりも、むしろ愛することによって、生き延びようとするものだと思います。

また、製作スタッフの黒澤淳(プロデューサー?)という人もなかなかかかっこいいことを言っています。

いっときでも、一瞬でもいい、人を愛した記憶が存在すれば、人は生きていける。たとえすべてを失ってしまっても。

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2010年4月 4日 (日)

小池真理子の「無花果の森」第116回(4/3)まで

手紙の書き方による性格占いをしてみました。

1.宛名・新谷泉様   差出人・ヒロシ
  宛名は本名を記して差出人は偽名を使う → 卑怯者

2.宛名・新谷泉様   差出人・塚本鉄治
  宛名も差出人も本名 → 勤勉実直(融通がきかない)

3.宛名・高田洋子様  差出人・ヒロシ
  宛名も差出人も偽名 → チャランポラン

4.宛名・高田洋子様  差出人・塚本鉄治
  相手の偽名は尊重して自分は本名 → 他人に優しく自分に厳しい

塚本鉄治が選択したのは4でした。占いの結果は「他人に優しく自分に厳しい」です。しかし、好感度を上げるために計算して4を選択している場合もあります。この場合は単なる偽善者です。人生いろいろですが、人間の本当の誠実さと偽善の違いを見極めるのは難しいです。
 

さて、泉は躊躇することなく塚本鉄治に電話をすることにしました(デンワ急げ)。電話に出た塚本は、泉に「取引」を持ちかけてきました。お互いの素性についてはお互いに絶対他言はしないという取引です。

泉にしてみれば最初から塚本の素性をペラペラしゃべる気は毛頭なかったと思います。決して損な取引ではありません。ただ、「何故、偽名を使ってこの街に潜んでいなければならないのか」について、塚本は泉の事情をある程度察知しているのに対して、泉は塚本の事情について何もわかっていません。

 「何故、偽名を使ってこの街に潜んでいなければならないのか、おそらくあなただって、その理由を人に知られたら困るでしょう。僕も困る。だから、お互いに、絶対秘密は守らなくちゃいけない」

こういうセリフが出てくる展開はあまり好きではありません。塚本はおかまのサクラに本当のことをきちんと話すべきだし、泉は天坊八重子に本当のことをきちんと話すべきです。できれば、「ブルー・ベルベット」ですべてを打ち明けて、泉の秘密も塚本の秘密も4人で共有して欲しかったです。でも、残念ながら「無花果の森」は、あくまでも閉ざされた「ふたりだけの世界」を描く小説みたいです。

 

今後のこの小説の展開を想像していると、なぜか沢田研二の「時の過ぎゆくままに」(作詞・阿久悠 作曲・大野克夫)が浮かんできます。テーマ曲としてはピッタリだと思います。ちょっと聴いてみてください。

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2010年4月 1日 (木)

小池真理子の「無花果の森」第113回(3/31)まで

泉が買い物から帰ってくると、玄関ドアの隙間に白い角封筒が挟んでありました。

 封筒の封は糊づけされてあった。表に「高田洋子様」と横書きで書かれていた。差出人の名はなかった。
 高田洋子、という泉の偽名を知っているのは、八重子の他に大崖のホテルのフロントマン、『ブルー・ベルベット』のサクラ、塚本鉄治しかいない。

 

封筒の中には、連絡してほしい旨の手紙が入っていました。手紙には塚本鉄治の署名と携帯の電話番号が記されていました。泉としては、いつまでも分からないことだらけでモヤモヤしているよりもはやく塚本と会って、何がどうなっているのか納得のいく説明をしてもらいたかっただろうと思います。

 電話してみよう、と泉は思った。塚本からこのような形で手紙を届けられてみて初めて、泉は自分のほうこそ、一刻も早く彼と連絡を取りたがっていたことを思い知らされた。

 

ところで、「タカダ」という苗字を漢字で表記する場合、必ずしも「高田」であるとは限りません。鷹田や貴田の可能性もあります。名前の「ヨウコ」となると、容子、洋子、曜子、葉子、陽子など、候補はいくらでもあります。塚本鉄治は「タカダヨウコ」の漢字表記がなぜ「高田洋子」だとわかったのでしょうか。

泉にとっては、名刺を見せられるまでは「塚本鉄治」は「ツカモト」でした。電話で「ツカモト」とだけ名乗られても、「塚本」なのか「塚元」なのか、はたまた「柄本」なのか、「ツカモト」を漢字でどう書くのかわからなかったからです。

今回、泉宛の封筒に書かれていた宛名がいきなり「高田洋子様」というのはいかにも不自然です。ここは「タカダヨウコ様」がよかったのではないでしょうか。

塚本鉄治は、封筒をドアに挟む直前に表札を見て宛名を書いたのかもしれません。しかし、かりに泉が表札を出していたとしても、常識的に考えれば、表札は「高田」だけです。下の名前までは記されていないと思います。

まあ、『ブルー・ベルベット』で泉がトイレに行っている間に、天坊八重子が「漢字で書くと高田浩吉の高田に南田洋子の洋子だよ。よく働いてくれて助かっているよ」などと話していたことにしておきます。

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