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2010年5月15日 (土)

小池真理子の「無花果の森」第147回(5/14)まで

 「もう、こんな時間」と泉は言い、事務的な仕草を装って背筋を伸ばすと、腕時計を覗いた。四時になろうとしていた。「そろそろ、失礼しなくちゃ」

あのさあ。鉄治のところにやってきたのは二時過ぎですよ。何時間も話し込んでしまって、気がついたら六時とか七時になっていたというならともかく、まだ一時間か一時間半程度の時間しか経っていません。「もう、こんな時間」というのは変です。「もう」ではなく「まだ」です。

その日は日曜日で家政婦の仕事は休みだし、泉は帰ったからといって別にやることがあるわけではありません。まだまだ鉄治に聞きたいことや話したいことがあるのではないでしょうか。

泉は、「よければ、来週の日曜日、また会いませんか」と鉄治に誘われて、来週も二時に会う約束をしました。これは、来週話の続きをしようという意味ではありません。話はもう終わった、来週は別の用があるという意味です。だって、話の続きがあるなら、別に来週を待たなくても時間はいくらでもあるではありませんか。

 行きたくないのでもなかった。鉄治に会いたくないのでもなかった。むしろ、もう一度会って、今度は緊張をとき、ゆったりとした気分で会話を交わしてみたかった。

心理的に考えれば、鉄治と泉が置かれている状況というのは、絶海の孤島に男と女がふたりだけで暮らしているのと同じです。会う約束をして、来週も鉄治のところに出かけていくなら、泉としてはそれなりの覚悟が必要です。鉄治と身も心も運命共同体になる覚悟です。そんなつもりはなかったという言い訳は通用しません。その気がないなら、お互いのことを他言はしない約束を確認してもう会わないようにするべきです。

  

さて、運命の(?)日曜日がやってきました。今から電話をして会う約束をキャンセルするということもできなくはありません。でも、泉にその気はないようです。やはり会いに行くみたいです。

   

「無花果の森」という小説は、折に触れて繰り返し泉の回想シーンが出てきます。その多くは夫・吉彦のDVにまつわる忌まわしい記憶です。日曜日のこれから出かけようかというまさにその直前に、泉は失踪前の数日間の出来事を思い出していました。それはますます激しくなる吉彦のDVに命の危険さえ感じるようになった地獄の日々でした。

そのとき、泉はすでに失踪の決意を固めていたと思います。それまで我慢して我慢して我慢して黙っていたことを、吉彦に対して怒りに任せてぶちまけてしまいました。言葉の暴力で反撃に出たのです。

泉としては精一杯の魂の叫びだったかもしれません。でも、「お前がそんなに苦しんでいたとは知らなかった。俺が悪かった」などと吉彦が言うはずもありません。泉の魂の叫び(=暴言)に、吉彦はますます怒り狂ったと思います。本当のことだから。

人間の心理というのは無意識のうちに自分を正当化するように働くものです。それがどんなに理不尽で自分勝手な屁理屈であっても、本人の主観にとっては疑う余地のない真実であったりします。おそらく吉彦は次のように考えたと思います。

「日ごろからそんなふうに俺のことを蔑んでいながら、何も言わずに猫をかぶっていやがった。何て腹黒い女だ。陰で曽我のヤローと二人で俺のことを笑いものにしていたに違いない。バイタめ。ぶっ殺してやる」

泉としては、ぶっ殺される前に失踪して正解でした。長くいれば本当にぶっ殺されていたかもしれません。

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