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2010年5月28日 (金)

小池真理子の「無花果の森」第158回(5/27)まで

 泉は、長屋の二階の、死んだ詩人が使っていた布団の中で、深いため息をついた。
 思い出したくないことなのに、ひとたび記憶を手繰り寄せてみると、すみずみまでまんべんなく、折々の自分自身の苦しみが、すべて克明に蘇ってくるのが不思議だった。

泉の回想が続いています。失踪直前の数日間の出来事に続いて、子供のころの記憶が蘇ってきました。忌まわしい父親の暴力の記憶です。泉の父は予備校の講師(何を教えていたかは不明)をしていて、何が不満だったのか家庭ではよく暴力を振るっていました。暴力の標的は母親のみならず泉たち子どもにも及んでいました。

そんな父が、泉が高校に入学した年の晩秋に遺書を残して自殺してしまいました。そんな父のことを泉は次のように考えていました。

父は自分で自分の身の始末をしようと、かなり早くから決めていたのではないか。暴力をふるう恐ろしい父親だとしか思えずにいたが、それは間違いだったのではないか。父はずいぶん前から、自分自身に絶望していて、縊れることでしか自らに決着をつけることができなくなっていたのではないか

「ラスト・フレンズ」というテレビドラマでも、DVがやめられずに苦しむ宗佑という青年が出てきました。宗佑は恋人を自分のDVから解放するための最後の手段として自殺してしまいます。テレビドラマとしてはかなり衝撃的な物語でした。でも宗佑の自殺は二十四歳のときです。

結婚していて子どもが二人いておそらくは四十歳を過ぎていたであろう泉の父親が、自分のDVを苦に自殺するというのはあまり現実的ではありません。自分自身に絶望して自殺を選ぶなら、三十歳になる前にとっくに縊れていただろうと思います。四十歳を過ぎてからの自殺というのは、そのほとんどが健康上の問題かあるいは経済的な破綻が原因です。これ以外で考えられるとしたら男女問題(=心中)ぐらいでしょうか。

人間の自殺に理由などないという意見もあります。もっともらしい自殺の原因を考えたとしても、同じ原因があっても自殺する人としない人がいるのはなぜかという疑問が残ります。あらゆる自殺には理由などなくて、すべてはタナトスの微笑み(=死の本能)によるものなのかもしれません。

それにしても泉はどうして脈絡もなく遠い昔のことを思い出していたのでしょうか。泉は無意識のうちに「鉄治に向って過去を打ち明けるための心の準備」をしていたのかもしれません。

泉(38)と鉄治(42)の年齢差は四歳です。学年差も四年だとすると、泉が中学3年のときに鉄治は高校を卒業していることになります。もし鉄治が浪人をして予備校に通っていたとすれば、予備校で泉の父親と出会っていた可能性があります。泉の旧姓は不明ですが、案外鉄治は泉の父親のことを知っているかもしれません。

 

さて、何はともあれ泉は再び鉄治のところを訪れることになります。途中で泉は近くのコンビニで飲み物とプチシュークリームを買いました。手土産のつもりです。

甘いものではなく、酒のつまみになるなるようなもののほうがいいのかもしれない、と思ったが、そんなものを持って行ったら、一緒に酒を飲むつもりでこれを買って来たのかもしれない、と誤解されそうでいやだった。

泉は何を言っているのでしょうか。一緒にお酒を飲めばいいじゃないですか。缶ビールを買って行きなさいよ、と言いたくなります。この人は鉄治のところに何をしに行くつもりなのでしょうか。

泉の中に、理由のわからない猜疑心と不安が渦を巻き始めた。鉄治は本当に今日、二時にあの部屋で自分を待っていてくれるのだろうか。
 たかだか一週間前に交わした約束を、彼が忘れるはずはなかった。第一、誘ってきたのは彼のほうなのだから、連絡もなく約束を反故にするわけもないこともわかっていた。

泉さんの心配性には困ったものです。それに「連絡もなく約束を反故にするわけもない」といっても、泉は鉄治に自分のケータイの電話番号を教えていません(たぶん)。電話による連絡は泉のほうからはできても鉄治のほうからはできないと思います。

廃墟のような見知らぬ街に潜伏している似たような境遇の二人です。一週間後に会う約束をしたまま一週間の間まったく音信不通というのはいかにも不自然です。いつ何があるかわかりません。それほど頻繁にではなくても、一日に一度ぐらいは連絡を取り合ってお互いの無事を確認しもいいのではないでしょうか。そのほうがお互いに安心できます……。

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2010年5月27日 (木)

脚本・坂元裕二の「Mother」・第7話を観る

望月葉菜(田中裕子)は、怜南=継美(芦田愛菜)の母親の道木仁美(尾野真千子)が東京に来ていることを奈緒(松雪泰子)に告げて、スミレ理髪店の二階で継美と奈緒を匿おうとします。奈緒としては葉菜の世話にはなりたくなかったかもしれません。しかし継美のことを考えるとそうも言ってられません。仁美が継美を探し回っています。不本意ながらスミレ理髪店の二階で葉菜といっしょに暮らすことにしました。

スミレ理髪店で暮らすようになってからは、奈緒と継美はどちらが親でどちらが子なんだかわからなくなってきました。大人げない大人(つまり奈緒)のために何かと気を遣ってくれているのが継美です。継美は、葉菜と奈緒が本当の親子であることに気づいているかもしれません。

  まゆ毛とまゆ毛がくっつくよ、ほらね。うふふふふ。

   

継美はうっかりさんの葉菜のことが大好きです。葉菜といっしょにいると本当に楽しそうです。葉菜に愛されていることを肌で感じているのかもしれません。仲の悪い夫婦にとっては子は鎹(かすがい)といいますが、葉菜と奈緒にとっては継美が鎹です。

継美は葉菜の誕生日に三人で遊園地に行こうと奈緒に提案します。葉菜が好きだという観覧車に葉菜を乗せてあげたいのです。こっそり誕生日のプレゼントも用意しました。

遊園地で継美と葉菜の楽しそうな様子を見ていると、さすがの奈緒もそうそう仏頂面ばかりもいられなくなります。わだかまりがまったくなくなったわけではありませんが、それなりに葉菜とも話をするようになります。

奈緒は、葉菜が自分を捨てた実の母親だと悟った瞬間から葉菜とは一方的な冷戦状態に入っていました。したがってまだ「30年前にどうしてあたしを捨てたのか」ということすら訊いていません。

葉菜の話によれば、葉菜は奈緒を捨てた直後に警察に逮捕されて栃木の女子刑務所で服役していたということです。詳しい事情はわかりませんが、刑期は15年(実際の服役は13年)だったといいますから、おそらく殺人です。懲役15年というのは相当悪質な(=情状酌量の余地のない)殺人に対する量刑です(最近の事件でいうと、夫をワインボトルで殴り殺して、遺体をバラバラに切断して植え込みや公園に捨てたという凄惨な殺人事件の判決が懲役15年でした)。

望月葉菜は表面的には穏やかな優しい人ですが、死期が近づいていることがわかっているのに主治医の先生( 市川実和子)にお願いして生命保険に入ろうとしたり、闇ルートで継美の戸籍を買おうとしたり、犯罪だろうとなんだろうと目的のためには手段を選ばないところがあります。若いころは相当のワルだったのかもしれません。このドラマの「母性は女性を狂わせる」というキャッチコピーは望月葉菜にも当てはまりそうです。

 
さて、室蘭から東京にやってきた道木仁美はなぜか雑誌記者の藤吉駿輔(山本耕史)のところに身を寄せています。駿輔は何とか事態を穏便に解決したいと考えているようで、仁美の動向については逐一奈緒に報告しています。しかし、仁美には奈緒と怜南=継美の居場所は秘密にしたままです。

仁美は怜南について「欲しい人がいるならあげてもいい」と考えています。ただその前に一度怜南に会っておきたいらしいです。仁美は「怜南は私のことが大好きなんです」と思い込んでいてそれを確かめたいのです。駿輔に言わせれば、「都合の悪いことは全部忘れていい気なものだ」ということになりますが、かつて仁美と怜南が普通の親子のように愛し合っていた時期もあったのは事実のようです。

仁美は、駿輔の写した写真を見て怜南の通っている小学校を突き止めてしまいます。そして怜南の後をつけてきたのか、とうとうスミレ理髪店にやってきました。お引取りを願おうとする葉菜を突き飛ばして怜南のいる二階に上がろうとしたところに奈緒が帰ってきました。修羅場であります。

続きは → http://mugigicat.cocolog-nifty.com/blog/2010/06/mother-a0c0.html

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2010年5月26日 (水)

水木しげる入門・紙芝居の話

紙芝居というと、ほのぼのとした牧歌的イメージとともに語られることが多いですが、実際はそうではなかったようです。紙芝居が隆盛を極めていたころ(1940年代後半から50年代初めにかけて)、紙芝居による「悪影響」を憂慮した「知的文化人」が激しい紙芝居批判を展開していたそうです。

「貸本マンガ RETURNS」(貸本マンガ史研究会編・ポプラ社)によれば、「紙芝居には、おどろおどろしい怪奇ものがいくらも見受けられた。紙芝居におけるリアルな描写は、子どもたちを震え上がらせるに十分であった」として、次のように述べています。

 鬼婆が道に迷った旅人を殺害し、人肉をむしゃぶる身の毛もよだつ画像には、妖怪映画以上の恐怖があった。その画像に接したいがために子どもたちは、紙芝居がやってくるのをベーゴマや縄跳びをしながら何時間も待った。その待ち焦がれる感情は健全そのものである。もし、そのような紙芝居を低劣・俗悪としかみない子どもがいたとしたならば、彼は、当然に「不健康」な子どもであるだろう。「子どもらしい」エネルギーとは、好奇心そのものである。

水木しげるは貸本マンガに転向する前に紙芝居を描いていました。紙芝居というのは現物、即戦、即金というキビシイ世界で、とにかくリクツ抜きで受けることを要求されたそうです。十回連載ものの紙芝居が途中で「受けまへん」と言われてしまうと、二、三日以内に何が何でも受けるようにしないと仕事は打ち切りにされたそうです。

けっきょく、紙芝居は七、八年もやることになるのだが、「受けまへん」のピンチが四、五回あり、しかし、何とかやりぬくことになる。この「やりぬいた」ということがぼくの自信になったようだ。つぎの貸本時代が来て、ここでもしばしばピンチにみまわれたが、紙芝居の時のやりぬいたという自信がぼくのささえになり、いつも土俵ぎわでがんばった。
                  「ほんまにオレはアホやろか」(新潮文庫)

もし、当時の紙芝居が「低劣・俗悪」なものとして条例かなにかで規制されていたとしたら、水木しげるの紙芝居版「墓場の鬼太郎」も間違いなく規制の対象になっていたと思います。受けを狙った怪奇路線が規制されてしまえば水木しげるにとっては大ピンチです。晩成することなく若くして餓死(または筆を折って転職)していたかもしれません。

いま、子供を性的対象にした過激な漫画やアニメなどを規制する東京都の青少年健全育成条例案というのが話題になっています。いつの時代の大人たちも発想が貧困で繰り返し似たような「善意の弾圧」をやってきたのではないでしょうか。あの手塚治虫の「鉄腕アトム」でさえ、かつては悪書追放運動の標的にされて攻撃されていた時代があったといいますから驚きです。

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2010年5月25日 (火)

脚本・坂元裕二の「Mother」・番外編・52階建てのビル

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「Mother」第6話で継美(芦田愛菜)が数えていた52階建てのビルを探しましょう。西新宿一丁目と二丁目の超高層ビル群は以下の通りです。

西新宿一丁目
新宿ファーストウエスト(地上18階、地下2階)- 新宿センタービル(地上54階、塔屋3階、地下4階)- 新宿野村ビル(地上50階、地下5階)- 損保ジャパンビル(地上43階、塔屋2階、地下6階) - 新宿エルタワー(地上35階、地下5階)- 工学院大学新宿キャンパス(地上28階、地下2階)- エステック情報ビル(地上28階、地下6階)- モード学園コクーンタワー(地上50階、塔屋2階、地下3階)

西新宿二丁目
京王プラザホテル本館(地上47階、地下3階)- 京王プラザホテル南館(地上35階、地下3階)- KDDIビル(地上32階、塔屋2階、地下3階)- 新宿住友ビル(地上52階、地下4階) - 新宿三井ビル(地上55階、地下3階) - 新宿NSビル(地上30階、地下3階) -東京都庁第一本庁舎(地上48階、地下3階)-東京都庁第二本庁舎(地上34階、地下3階) - 新宿第一生命ビル(地上26階、地下4階) - ハイアットリージェンシー東京 (地上28階、地下4階)- 新宿モノリスビル(地上30階、地下3階)

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2010年5月24日 (月)

雨でも関係なし! 橋下新党勝利にうなだれる既存政党

5月23日23時58分配信 産経新聞

 23日に投開票された大阪市議補選(福島区選挙区、欠員1)で、橋下徹知事が代表を務める「大阪維新の会」が擁立した新人、広田和美氏(46)が既存政党の候補者ら4人を退け、初当選した。この日、大阪市内は雨模様。通常は組織票に依存する既存政党の候補に有利といわれるが、結果は誕生したばかりの地域政党の圧勝。惨敗した候補の関係者は一様にうなだれた。

開票結果は以下の通りです。

大阪市議補選(福島区選挙区欠員1) 開票率100% 

8491 広田和美(46) 維新新・当選
4871 山田みのり(33)共産新
4296 太田晶也(38) 自民新
3325 国本政雄(33) 民主新
 154 上畑俊治(53) 諸派新

この結果を「国政選挙とは違う」と考えていてもいいのでしょうか。ここから学び取るべき教訓は、

  無党派層に見放されたら選挙には勝てない

ということです。無党派層を無視して必死になって組織票を固めている民主党の小沢幹事長はなにか勘違いをしているのではないでしょうか。

小沢氏、参院選へ支持要請=郵政法案成立を約束、局長総会出席
5月23日12時38分配信 時事通信

 民主党の小沢一郎幹事長は23日午前、名古屋市で開かれた全国郵便局長会通常総会であいさつし、夏の参院選について「安定した政権基盤をつくるための大事な選挙戦だ。皆さま方の従来以上のご指導、ご鞭撻(べんたつ)、ご支援をお願いする」と支持を要請した。郵政改革法案に関しては「今国会での成立をこの場で皆さま方に約束する」と強調した。
 小沢氏は、自民党政権で推進した郵政民営化について「全く理念なきもので、国民の生活に大きな不安を与えている」と指摘した。 

無党派層が望んでいるのはあらゆる既得権の廃止です。無党派層が郵政選挙で郵政民営化を支持したのは、それが既得権の廃止につながると考えたからです。

現在の民主党は、支持母体の既得権を維持・強化・温存しようとすることに非常に熱心な政党であるかのように見えます。国民全体のことなどまるで眼中にないといった感じです。これでは無党派層は民主党からどんどん離れていきます。したがって選挙には勝てません。もう一度大阪市議補選の開票結果をじっくり見てもらいたいです。

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2010年5月20日 (木)

脚本・坂元裕二の「Mother」・第6話を観る

第6話のサブタイトルは「さようならお母さん」です。これは怜南=継美(芦田愛菜)の奈緒(松雪泰子)に対する別れの言葉です。でも、それだけではありません。奈緒の藤子(高畑淳子)に対する別れの言葉でもあり、お腹の中の子どもの芽衣(酒井若菜)に対する別れの言葉でもあります。さようならお母さん……なんとも切ないタイトルではありませんか。

ドラマとはいえすべてがハッピーとはいかないようです。現実的な幸せ(=不幸回避)のためには、誰かが犠牲にならなくてはなりません。どこかで聞いたことがあるようなセリフですが、

  捨てる身が辛いかね、捨てられる身が辛いかね。

といった感じです。

さて、鈴原家では、継美が室蘭で行方不明になっている道木怜南であることが発覚してしまいました。このままでは奈緒は単なる誘拐犯です。藤子は奈緒にまだ間に合いそうな現実的解決方法を提案しようとします。ところが奈緒は受け付けません。奈緒が継美を誘拐したのは、正義感からでも同情からでもなく、継美の母親になろうと思ったからだと言い張ります。

このドラマのキャッチコピーは「母性は女性を狂わせる」です。奈緒はすでに理性的な判断ができなくなっています。まさに母性によって狂わされた女性になりつつあります。

鈴原家の修羅場の中で、奈緒のことを本気で心配していたのは継美でした。継美は漢字の書き取りをするふりをして、これまでの道行きを必死に思い出そうとしていました。あおいろのでんしゃ、なみもようのバス、まっすぐのエスカレーター……奈緒を誘拐犯にしないためには自分がひとりで室蘭に帰るのがいいと考えたのです。継美は自分がママのところ(=虐待の世界)に戻れば奈緒を救えると考えました。でも、いくら頑張っても7歳の継美が一人で東京から室蘭へ帰るのは不可能です。継美の逃亡計画は失敗してしまいます。
 

藤子は自分自身もさることながら、芽衣や果歩(倉科カナ)を守るために奈緒を切り捨てる決心をします。奈緒に「養子離縁届」に同意させて鈴原家から出て行って貰うことにしたのです。奈緒が誘拐犯として逮捕されても累が鈴原家に及ばないようにするための縁切りです。

今さら遅いような気もしますが、藤子としては断腸の思いによる決断だったと思います。奈緒としても自分の我が儘で鈴原家に迷惑をかけるわけにはいきません。素直に「養子離縁届」に署名、捺印をして継美を連れて出て行くことにしました。またホテル暮らしです。
   

奈緒の実の母親である望月葉菜(田中裕子)は、生きることに未練のない人です。何の病気かわかりませんが、今度再発すると3週間の命だそうです。本人は別にどうでもいいらしいのですが、主治医の先生( 市川実和子)の顔を立てて(?)入院することにしました。

その入院中の葉菜が突然ホテルに宿泊している奈緒と継美を訪ねてきました。雑誌記者の藤吉駿輔(山本耕史)に奈緒と継美が鈴原家を追い出されたことを知らされたのだと思います。今度は葉菜が奈緒と継美を匿うことになるみたいです。

いっぽう、継美=怜南の実の母親である道木仁美(尾野真千子)が室蘭から東京にやってきました。警察に虐待を疑われている仁美は、怜南が生きていることを確かめるために東京に来たのです。おそらく鈴原家に向うだろうと思います。来週もひと波乱ありそうです。
  

この「Mother」というドラマは先読みしてもなかなか予想が当たりません。悪人だと思っていた藤吉駿輔がけっこういい人だったり、生むと思っていたのに芽衣はあっさり(?)障害のある子どもを堕してしまいました。わが予想は外れまくっています。

これからどういう展開になって、どういう結末を迎えるのか、まったく予断を許しません。つまりそれだけ波乱万丈で面白いドラマだということです。来週が楽しみです。

続きは → http://mugigicat.cocolog-nifty.com/blog/2010/05/mother-55af.html

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2010年5月19日 (水)

「口蹄疫問題」を考える

農水委員会の質疑・自民党江藤拓議員

藤井厳喜が江藤拓衆議院議員に聞く

以下はYahoo掲示板からのコピペです。

4/20…宮崎県で10年ぶりに口蹄疫感染確認。農水省、日本産牛肉輸出全面停止。政府、口蹄疫の疑似患畜の確認及び口蹄疫防疫対策本部設置。赤松農水相、宮崎選出の外山いつきから消毒液が足らない報告を受ける。
4/21… 政府から指示なし、仕方なく現地で対応。消毒薬は現地の組合が用意したが不足。

4/22… 農水副大臣「現場の状況について今初めて聞いた」

4/25…殺処分の対象が1000頭を突破、過去100年間で最多

4/27…東国原知事、赤松農水相や谷垣自民党総裁に支援要請

4/28…国内初の「豚」への感染疑いを確認。自民党口蹄疫対策本部長の谷垣総裁、現場視察

4/29…農水副大臣が宮崎県出張。現場には入らず生産者への面会もなし。27日に知事が上京した時にした話を再び聞く。

4/30…
■自民党口蹄疫対策本部、政府に42項目の対策要請を申し入れ。
対応を予定していた鳩山総理・赤松農水相は当日になってドタキャン。
■赤松農水相は夕刻に南米へ外遊出発。
■自民党、政府に6日7日の委員会開会を要求するが、政府は拒否。
■民主仕分け組、口蹄疫により被害を受けた畜産農家に融資を行う中央畜産会を仕分け。
■移動・搬出制限区域を宮崎・鹿児島・熊本・大分の4県に拡大。
■自民党口蹄疫対策本部記者会見「10年前の感染の際はただちに100億の予算が確保され対策がなされた。ところがこの段階になっても国から宮崎県には一箱も消毒薬が支給されていない」 「この状況で農水大臣が外遊するとは自民政権時代からすれば前代未聞」
「国からは消毒液一箱も届かず。国があたかも配ったように報道されているが、まったくの誤報」

5/1…宮崎県、自衛隊に災害派遣要請を行う。家畜の殺処分は8000頭超へ。総理、熊本県水俣慰霊式に出席、イグサ農家を視察。宮崎はスルー。

5/2…1例目のウイルスがアジア地域で確認されているものと近縁であることを確認。

5/3…感染17例目確認 殺処分9000頭突破。

5/4…感染19例目確認 殺処分27000頭突破。総理、普天間問題で沖縄訪問。宮崎はスルー。舟山農林水産大臣政務官、デンマーク出張。

5/5…1例目から約70km離れたえびの市で感染確認、合わせて感染23例、殺処分34000頭に

5/7…小沢幹事長、宮崎県訪問。『選挙協力要請』のため東国原知事と会見予定 5/8…赤松農水相帰国

5/9…舟山政務官帰国

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2010年5月17日 (月)

三宅雪子議員の転倒事件は奥が深いです

ネットで流れている論調は三宅雪子議員に対する罵詈雑言の嵐です。この騒動には、一般の世論が何を最も嫌うかが象徴的に表れていると思います。一般の人が最も嫌うのは、「人を陥れるための嘘」です。

あんな鳩山首相でもなんとなく許されているのは「保身のための嘘」はついても「人を陥れるための嘘」はついていないと思われているからです。ネット上で鳩山首相以上に三宅雪子議員の評判が悪いのは、三宅議員が「人を陥れるための嘘」をついていると認定されているからです。

ブログやツィッターや掲示板で発言している人の多くは、YOU TUBEで流れている(編集されていない)スローモーションの動画を見ています。嘘をついてもすぐバレてしまうような動かぬ証拠を見ているのです。

「混乱の中で初鹿議員と足が絡まって倒れそうになってしまい、危険を感じたので人のいないところに自らダイブした」

三宅議員がこういうふうに言ったのであれば、映像と照らし合わせてもそれほど不自然ではありません。

三宅議員の(甘利議員に)押し倒されたかのような言動というのはどうかと思います。あのエビ反りの倒れ方は、まるで投げ飛ばされたかのような倒れ方です。もし押されて倒れたのだとすれば、至近距離で足をかけて思い切り突き飛ばされなければあんな倒れ方はしません。

ところが映像で見る限り甘利議員は至近距離から三宅議員を押し倒せるような位置にはいません。三宅議員は誰かに押されたというよりも自分で勝手に転んでいるようにしか見えません。

三宅議員としては、YOU TUBEのスローモーションの動画をじっくり見て、自分の言動に不適切な点があったことを素直に認めて早く謝ってしまったほうがいいのではないでしょうか。人はだれでも思い込みや勘違いということはあります。民主党としても懲罰動議は取り下げて謝ってしまうのがベストだと思います。騒動が長引いてスローモーションビデオがテレビで流れ出したりしたら大変なことになりますよ。

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2010年5月15日 (土)

民主、甘利氏の懲罰動議提出 自民は猛反発

5月14日19時44分配信 産経新聞

 民主党は14日、自民党の甘利明元経済産業相に対する懲罰動議を衆院に提出した。12日の衆院内閣委員会での国家公務員法改正案の採決の際、甘利氏が民主党の初鹿(はつしか)明博衆院議員の背中を押したことで、隣にいた同党の三宅雪子両衆院議員が転倒。三宅氏が右ひざに全治3週間の打撲を負ったとしている。

 これに対し、自民党の川崎二郎国対委員長は記者会見で、衆院内閣委員ではない初鹿、三宅両氏が委員会室にいたことを問題視し、「懲罰動議とは理解に苦しむ。甘利氏のどこに瑕疵があったのか、懲罰委員長に調べてもらう」と反発した。甘利氏は自らのホームページで、委員以外の民主党議員に活動を妨害されたことを強調するとともに「『しまった、、、はめられた。』という思いが頭をよぎった」としている。

甘利明議員はホームページで次のように述べています。

YouTube の動画サイトでご確認頂けます通り、私が「ふざけるな!」と私を妨害している私の前の議員を押しのけた所から始まります。(なぜ私が怒ったかは後で記述します) すると、突然、私の視野の外から三宅議員がダイビングをするかの様に前に倒れこんできました。一瞬、私は何が起こったのか判らず、ぼーぜんとしましたが、三宅議員が私の方を見ながら「ひっどーい!」と叫ぶものですから、「えっ?オレのせいなの?」と虚をつかれた様になりましたが、たちまち、私の行く手をふさいでいた十数人の民主党新人議員に罵倒され小突かれるという事態になりました。瞬間「しまった、、、はめられた。」という思いが頭をよぎりました。カメラが入っている中で映像を作られた。という思いでした。

詳しくは → http://www.amari-akira.com/act/20100514-1.html

 

馳浩衆院議員の日記によれば、三宅雪子議員本人が「自分で転んだ」と言っています。

・平成22年5月13日(木曜日)

議員会館のエレベーターに、民主党の三宅雪子さん、松葉づえ姿で乗り込んでくる。
えらいものものしい。
「どないしたの?」
「昨日の内閣委員会の強行採決で転んじゃって・・・」
と、痛々しい包帯姿。
「運動不足なんですかね、自分で転んじゃって、恥ずかしい・・・・」
と三宅さん。
「強行採決は与野党阿吽の呼吸でやるもんだけどね。 新人はまだ要領がわからないんだね・・・」
と、同乗の共産党の宮本たけしさんと世間話。

詳しくは → http://www.incl.ne.jp/hase/schedule/s100513.html

甘利議員は、「カメラが入っている中で映像を作られた」と思ったそうですが、映像がしっかり残っていたことはむしろ幸いでした。

民主党の新人議員は、自分たちのやっていることの卑劣さにもうそろそろウンザリしてもいいのではないでしょうか。

 

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小池真理子の「無花果の森」第147回(5/14)まで

 「もう、こんな時間」と泉は言い、事務的な仕草を装って背筋を伸ばすと、腕時計を覗いた。四時になろうとしていた。「そろそろ、失礼しなくちゃ」

あのさあ。鉄治のところにやってきたのは二時過ぎですよ。何時間も話し込んでしまって、気がついたら六時とか七時になっていたというならともかく、まだ一時間か一時間半程度の時間しか経っていません。「もう、こんな時間」というのは変です。「もう」ではなく「まだ」です。

その日は日曜日で家政婦の仕事は休みだし、泉は帰ったからといって別にやることがあるわけではありません。まだまだ鉄治に聞きたいことや話したいことがあるのではないでしょうか。

泉は、「よければ、来週の日曜日、また会いませんか」と鉄治に誘われて、来週も二時に会う約束をしました。これは、来週話の続きをしようという意味ではありません。話はもう終わった、来週は別の用があるという意味です。だって、話の続きがあるなら、別に来週を待たなくても時間はいくらでもあるではありませんか。

 行きたくないのでもなかった。鉄治に会いたくないのでもなかった。むしろ、もう一度会って、今度は緊張をとき、ゆったりとした気分で会話を交わしてみたかった。

心理的に考えれば、鉄治と泉が置かれている状況というのは、絶海の孤島に男と女がふたりだけで暮らしているのと同じです。会う約束をして、来週も鉄治のところに出かけていくなら、泉としてはそれなりの覚悟が必要です。鉄治と身も心も運命共同体になる覚悟です。そんなつもりはなかったという言い訳は通用しません。その気がないなら、お互いのことを他言はしない約束を確認してもう会わないようにするべきです。

  

さて、運命の(?)日曜日がやってきました。今から電話をして会う約束をキャンセルするということもできなくはありません。でも、泉にその気はないようです。やはり会いに行くみたいです。

   

「無花果の森」という小説は、折に触れて繰り返し泉の回想シーンが出てきます。その多くは夫・吉彦のDVにまつわる忌まわしい記憶です。日曜日のこれから出かけようかというまさにその直前に、泉は失踪前の数日間の出来事を思い出していました。それはますます激しくなる吉彦のDVに命の危険さえ感じるようになった地獄の日々でした。

そのとき、泉はすでに失踪の決意を固めていたと思います。それまで我慢して我慢して我慢して黙っていたことを、吉彦に対して怒りに任せてぶちまけてしまいました。言葉の暴力で反撃に出たのです。

泉としては精一杯の魂の叫びだったかもしれません。でも、「お前がそんなに苦しんでいたとは知らなかった。俺が悪かった」などと吉彦が言うはずもありません。泉の魂の叫び(=暴言)に、吉彦はますます怒り狂ったと思います。本当のことだから。

人間の心理というのは無意識のうちに自分を正当化するように働くものです。それがどんなに理不尽で自分勝手な屁理屈であっても、本人の主観にとっては疑う余地のない真実であったりします。おそらく吉彦は次のように考えたと思います。

「日ごろからそんなふうに俺のことを蔑んでいながら、何も言わずに猫をかぶっていやがった。何て腹黒い女だ。陰で曽我のヤローと二人で俺のことを笑いものにしていたに違いない。バイタめ。ぶっ殺してやる」

泉としては、ぶっ殺される前に失踪して正解でした。長くいれば本当にぶっ殺されていたかもしれません。

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2010年5月13日 (木)

脚本・坂元裕二の「Mother」・第5話を観る

鈴原藤子(高畑淳子)は55歳です。長女・奈緒(松雪泰子)は35歳、次女・芽衣(酒井若菜)は26歳、三女・果歩(倉科カナ)は22歳です。

この年齢をもとに考えると、藤子は28年前の27歳のときに7歳の奈緒を児童養護施設から里子として貰い受けました。そしてその2年後に芽衣が生まれ、さらにその4年後に果歩が生まれたことになります。

藤子が、すでに素行不良の問題児だった奈緒をあえて里子として貰い受けたのは、「子どもが親を選べないように親も子どもを選んではいけない」という信念からだったようです。素直で扱いやすい子どもを選り好みするのではなく、良好な親子関係を築くのは難しいかもしれない問題児(奈緒)を、あえて親の宿命として引き受けたのです。

里子を貰い受けるのに選り好みをしてはいけないというのは立派な信念だと思います。でも、(おそらくすでに結婚していて)2年後には自分の子どもが生まれることになる27歳の藤子が、なぜ奈緒の里親になったりしたのでしょうか。その動機がよくわかりません。いかにも不自然です。
  

次女の芽衣(酒井若菜)は婚約中で結婚式も迫っています。すでに妊娠していますが、お腹の中の子どもには心臓に障害のあることがわかっています。産んでも生きられるかどうかわかりません。芽衣は相手の親には内緒で中絶するつもりでいます。そうすれば相手の親に「できちゃった婚」であることがバレなくてすみます。ただ、本音の部分では若干のためらいもあるようです。

芽衣は奈緒が貰われてきた子どもであることを知りません。奈緒のことを血のつながりのある本当の姉であると思っています。おそらく、奈緒が本当の姉ではないことや藤子が親としてなぜ問題児の奈緒を貰い受けたのかを知らされて、芽衣も障害のある子どもを産む決意をすることになるのだろうと思います。このあたりはなんとなく先が読めてしまいます。
  

奈緒は、望月葉菜(田中裕子)が自分を捨てた本当の母親であることを知って、葉菜を拒絶するようになります。怒りと憎悪という人間の最も醜い感情が奈緒を支配するようになります。相手が(自分にとって)どんなに憎い人であっても、人を憎んだりすると、反作用として憎んでいる自分に自己嫌悪を感じるようになるものです。自己嫌悪を感じながらも憎まずにはいられない心境というのは辛く苦しいものです。どこかに救いを求めたくなります。奈緒は、藤子との間に張り巡らしていたバリアを解除することによってなんとか心の平衡を保ったようです。気持の上で、35歳にしてやっと藤子と本当の親子になれたのではないでしょうか。

気の毒なのは葉菜です。このまま奈緒と和解することなく、奈緒に拒絶されたまま死んでいくとしたらあまりにも葉菜の人生は寂しいです。葉菜が余命いくばくもないことを知っても、奈緒は葉菜を拒絶し続けるのでしょうか……。

思うに、25歳のときの葉菜は、5歳の奈緒を残して、ひとりで死ぬつもりでいたのだと思います(たぶん)。ところがどうしても死にきれません。あきらめて奈緒のところに戻ってみるともう奈緒はいませんでした。どこへ行ってしまったのか、半狂乱になって探しても奈緒が見つかりません。その後、葉菜は、重い十字架を背負って、悔やんでも悔やみきれない人生を送ってきたのだと思います……許してあげなさいよ。
  

さて、室蘭では、怜南=継美(芦田愛菜)は海難事故ですでに死んだものとして葬儀も終わり、捜索も打ち切られていました。怜南の実の母親である道木仁美(尾野真千子)は、怜南が生きていることを知りません。怜南の海難事故は虐待による自殺だと思い込んでいます。そして虐待の事実が発覚するのを恐れています。

仁美は虐待の事実を知っている奈緒の存在が不安だったのだと思います。しきりに東京の鈴原家に電話をかけてきます。困ったことに、その電話に死んでいるはずの怜南=継美が出てしまいました……どうなってしまうのでしょうか。

  

この「Mother」というドラマは、キャスティングに隙がありません。中でも、もっとも注目したいのは怜南=継美役の芦田愛菜です。怜南=継美は7歳ですが、演じている芦田愛菜はまだ5歳だそうです。ただ可愛らしいだけでなく、必死に大人の心を読もうとするときの真剣な眼差しや、嘘をつくときの一瞬ためらうような間の取り方など、その演技力は大人顔負けです。舌足らずなしゃべり方にも妙な説得力があります。すごい子役もいたものです。

続きは → http://mugigicat.cocolog-nifty.com/blog/2010/05/mother-3732.html

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2010年5月 8日 (土)

脚本・坂元裕二の「Mother」・第4話を観る

「Mother」が「八日目の蝉」に比べて違和感が少ないのは、同じ犯罪行為でも「Mother」の誘拐には虐待を受けている子どもを救いたいというそれなりの大義名分があるからです。ただ、鈴原奈緒(松雪泰子)が傍観者から一気に誘拐犯になるというのは飛躍のしすぎです。あの怜南(芦田愛菜)の母親が相手なら、「怜南を里子として引き取るから同意して欲しい」ということで交渉すれば簡単に同意してももらえそうな気がします。別に隠蔽工作までして誘拐する必要はなかったと思います。まあ、ドラマだからしょうがないということにしておきます。奈緒にも浮世離れしたちょっと変なところがあるし……。

このドラマが奇妙なのは、「Mother」というタイトルに敬意を表しているのか、父親がまったく登場してこないことです。怜南=継美の父親はいるのかいないのかわからないし、奈緒の父親も出てきません。鈴原家も母子家庭で父親がいません。どこを見ても母と子の物語で父親が不在です。ここまで徹底して父親を排除しているドラマというのも珍しいです。
  

さて、望月葉菜(田中裕子)は、継美が室蘭で行方不明になっている怜南であることも、その怜南=継美を奈緒が誘拐して東京に逃げてきたこともすべてを知った上でふたりの味方になろうとします。奈緒が犯罪者なら喜んで共犯者になろうというのです。

義務教育には特例措置というのがあって、子どもの身分を明かさなくてもその子どもを保護した人の同居証明書が受理されれば、その子どもは学校へ通えるようになるらしいです。こんな裏技(?)をどうして葉菜が知っているのか不思議ですが、この特例措置を利用して(つまり葉菜が継美の保護者になることによって)、継美は小学校に通えるようになりました。世田谷区立羽根木小学校です。世田谷区には64の区立小学校がありますが、もちろん羽根木小学校というのは実在しません。

現在55歳の葉菜はこんなに思いやりのあるいい人なのに30年前の葉菜はどうして自分の子ども(奈緒)を捨てたりしたのでしょうか。奈緒はいまだに自分を捨てた母親を恨んでいます。恨みというのはある限度を超えてしまうと、心の中で何度も反復され増幅されて時間の経過と共により強固なものになっていきます。30年間恨み続けて生きてきた奈緒にとっては、その恨みが奈緒の人生そのものといっていいくらい頑強になっていると思います。奈緒は母親に対する怨念を心の支えにして生きてきたとさえいえます。

奈緒は、「折り紙の飛行機(鳥?)」というほんのわずかな手がかりから葉菜が自分の実の母親であることに気づいてしまいます……どうなってしまうのでしょうか。
   
   
奈緒と継美の秘密に知ってしまった人物が、葉菜のほかにもう一人います。室蘭の海難事故を取材していた雑誌記者の藤吉駿輔(山本耕史)です。駿輔は勘の鋭い男です。同じ時期にアパートを引き払ってゆくえをくらましてしまった鈴原奈緒が海難事故と何か関係があるのではないかと疑い始めます。

母親の道木仁美(尾野真千子)から怜南の写真を手に入れた駿輔は東京に戻ってきます。奈緒の実家で張り込んでいると、予想通り(?)奈緒が現れました。奈緒が連れている子どもが怜南であることを確認して、駿輔はすべてを悟ったと思います。

駿輔も葉菜と同じようにふたりの味方になってくれることを多くの視聴者は期待したと思います。しかし、駿輔は葉菜とは違って、自分を犠牲にして何かをしようとするタイプの男ではありません。人の弱みに付け込んで金銭を要求するようなろくでなしです。駿輔は鈴原家が資産家であることに目をつけて奈緒につきまとうようになります。駿輔は悪ぶっているけど本当はいい人なんだという展開を期待したいのですが……無理か。

この駿輔には、「あまり阿漕なことをしていると奈緒に殺されますぞ」と忠告しておきたいと思います。

続きは → http://mugigicat.cocolog-nifty.com/blog/2010/05/mother-7113.html

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2010年5月 7日 (金)

脚本・浅野妙子の「八日目の蝉」最終回を観る

「八日目の蝉」というドラマは、「号泣するほど感動した」という意見から「吐き気がするほど気持悪かった」という意見まで、見方によって180度評価が変わってしまう不思議なドラマだったと思います。

逃亡者・野々宮希和子(檀れい)は小豆島でついに逮捕されてしまいました。事件の全容は、検察官と弁護人のやりとりを通じで法廷の場でその全貌が明らかにされるはずです。ところが、このドラマは、絶対に必要なはずの裁判の過程を描くことができません。法廷での攻防を克明に描こうとすれば、「かわいかったので連れ去った」という希和子の犯罪行為が、ただ悪質(または異常)なだけで母性愛とはまったく関係ないことが明らかになってしまうからです。

どんな辣腕弁護士が希和子の弁護を引き受けたとしても、減刑を求めて希和子を弁護することはほとんど不可能だと思います。判決は最高刑の懲役7年でした(たぶん)。希和子は刑務所に収監されることになります。

可哀相なのは残されてしまった薫(小林星蘭)です。この事件の最大の被害者は薫です。薫は本人の意志とは関係なく楽しかった過去と切り離されてしまいました。よくグレずに(多少はグレたか?)育ったものです。

最終回は二十歳になった薫=恵理菜(北乃きい)の視点からドラマが展開されていました。これだとドラマを観ていてもストレスを感じなくなります。恵理菜の心境ならそれなりに理解できるからです。恵理菜が文治(岸谷五朗)と出会うシーンも感動的でした。

小豆島を訪れて自分の過去を清算した恵理菜が、しつかりと前を見て「堕胎はしない」と決意をしてくれたことがこのドラマ唯一の救いだったのではないでしょうか。

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2010年5月 5日 (水)

小池真理子の「無花果の森」第139回(5/1)まで

塚本鉄治の年齢が判明しました。四十二歳です。泉は年下が好きなので(勝手に決める)三十五歳ぐらいがいいのではないかと思っていました。予想がはずれてしまいました。泉が三十八歳、鉄治が四十二歳……常識的で無難な線だと思います。

しかし、いきなりぶっきらぼうに「年はおいくつなんですか」と聞くというのもなんだか不粋です。泉の作戦としては、思いやりのある優しい人なんだと思わせるために、「東京にご家族はいらっしゃらないのですか」などと、さも鉄治の身の上を心配しているような質問をするのがよかったと思います。

鉄治が泉のことを本当は優しい人なんだと考えるようになければ、いろいろ身の上話をしてくれると思います。たとえば、「ずっと一人暮らしをしていました。仕事が忙しくて結婚を考えている暇がありませんでした。もう四十二なんですけどね」(あくまでもたとえばの話です)……自然と年齢もわかろうというものです。

もっとも、不自然な質問をすることによって、「あなたに興味があります」という暗黙の意思表示にはなっていたかもしれません。興味も関心もない人には、間違ってもいきなり年齢を聞いたりはしないものです。
  

ところで、年収ラボというサイトに「新聞記者・雑誌記者の平均年収」というのが紹介されていました。

このサイトよると平成20年の新聞記者・雑誌記者の平均年収は772.5万円(平均年齢36.9歳、平均勤続年数11.9年)だそうです。記者としての活躍の場は、放送局、新聞社、出版社、フリーと分けられますが、最も稼げるのが大手放送記者で、30代後半で年収1500万円超、続いて大手新聞社・出版社の800~1000万円台(30代前半)と言われています。この業界は各メディアとも大手と中小の格差が激しいのが特徴で、「中小のメディアでは、大手の4~7割、350~600万円くらいが相場」だそうです。フリーライターになるとさらに厳しく、「原稿料1枚の相場が1000~5000円で、年収300~500万円当たりがボリュームゾーン」だとか。

詳しくは → http://nensyu-labo.com/syokugyou_kisya.htm

塚本鉄治がごく平均的なフリーランスの週刊誌記者だったとすると、貧乏暇なしで結婚どころではなかったかもしれません。

   

泉が鉄治のところを訪れて、話し合いが始まったのは、4月14日の第125回あたりからです。それから5月1日の第139回まで延々とふたりの話し合いが続いています。挿絵を担当している柄澤齊画伯もどんな挿絵を描けばいいのか困っているらしく、同じシルエットの人物像を使い回してなんとか凌いでいる感じです。内心、「先へ進んでもらわないと挿絵の描きようがない」とボヤいているのではないでしょうか。

でも、この間、小説の中の時間はたばこを1、2本吸う程度の時間しか流れていません。この話し合いのシーンはまだまだ続きそうです。

鉄治としては、無実の罪を着せられて逃亡していることを泉に伝えて、「お互いのことを絶対に他言しない」という約束に同意してもらえれば、泉と会った目的は達せられたことになります。しかし、泉としては、まだ鉄治に聞いておかなくてはならないことがあります。

1.なぜ新谷吉彦のDVに関心を持ったのか
2.新谷組のカメラマンだった曾我一郎は今どうしているのか

新谷吉彦のDVに関して、マスコミ関係者で初めて泉に接触してきたのは塚本鉄治です。第48回で、鉄治は泉に次のように話しています。

「いつになるかはわかりませんが、監督のことは間違いなくそのうち、どこかのメディアが取り上げると思います。その記事をご覧になって、もしも何かご意見やご批判があるようでしたら、その時は僕に連絡ください。僕はできる範囲で再取材をして、真実を報道したいと考えていますので」

当時の泉は、マスコミに対する不信感が強く、鉄治が何を言っても、取材対象に取り入るための方便としか考えていませんでした。当然聞く耳は持ちません。それにしてもあのときに泉が見せた態度はあまりにもヒステリックで無礼千万だったと思います。読者としても一気に印象が悪くなりました。

鉄治にしてみれば、取材対象から塩を撒かれるなんて日常茶飯事で別に気にしていなかったかもしれません。でも、泉としてはこのこの機会にあのときの無礼をしっかりと謝っておいたほうがいいです。泉が赤面の至りで謝れば、「商売柄馴れていますから気にしないでください」ということで、いい笑い話になると思います(第46回から第48回までを泉に朗読してあげたい)。

鉄治が本当のことを知ろうとして取材をしていれば、取材対象としてカメラマンの曾我一郎が必ず浮上していたはずです。泉としては、半分は自分のせいで新谷組を追い出されてしまった曾我一郎の消息が気になっていると思います。鉄治なら曾我一郎のことを知っているかもしれません。

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