« 脚本・坂元裕二の「Mother」・第9話を観る | トップページ | 脚本・坂元裕二の「Mother」・第10話を観る »

2010年6月14日 (月)

小池真理子の「無花果の森」・第172回(6/12)まで

カメラマンだった曾我一郎について鉄治はそれなりに知ってはいましたが、その後の消息まではわからなかったようです。

 「きっと、しっかりどこかで生きていますよ」

これが鉄治の答えでした。なんだかブッキラボーです。

 鉄治は手にしていたたばこを灰皿でもみ消すと、おもむろに言った。「ビールでも飲みませんか」
 「え?」
 「冷えているのがあります。よければ」

だから言わんこっちゃあないです。気を利かせて鉄治がビールを用意してくれていました。

   

鉄治は、なぜ逃亡して大崖の街に潜伏するようになったのかについて、「ある取材をしていて罪を着せられた」ということだけしか泉には話していません。泉がもっと詳しく知りたがってもそれ以上のことは話そうとしませんでした。

しかし、泉を呼び出しておいて、いつまでも本題を避けているわけにもいきません。泉だって夫・吉彦のDVについて、相手を信頼していなければ話せないような踏み込んだ告白(?)をしています。今度は鉄治が告白する番です。鉄治ようやく覚悟を決めたようです。

 「発端は去年の秋です」

ここで「去年の秋」というのは2008年の秋です。小説の中の現在は2009年7月です。連載が始まって半年以上が経過しているために何だかややこしくなっていますが、そういうことにしておきます。

鉄治は『週刊時代』の記者として芸能分野を担当していました。何を思ったのか、鉄治は「泉さん、大道ひな、って知っていますか」と、唐突に泉に聞いてきました。

大道ひな……何だかしょぼくれた名前です。まるで売れないお笑い芸人の名前みたいです。改名をしないと売れないのではなかろうかと思いきや、この大道ひなは、世間で「ひな現象」と呼ばれている社会現象を巻き起こすほどのカリスマ歌姫でした。

大道ひな(26)は小説上の架空の人物ですが、三十八歳の泉でも知っているくらいですから、宇多田ヒカルか浜崎あゆみクラスの大物歌手です。

その大道ひなと鉄治が寝たという話なら大事件です。しかし、そうではなかったです。鉄治が寝たのは水沢なつみ(23?)というほとんど無名のグラビアアイドルでした。芸能担当の記者は取材のために、ときにはそういうことも必要らしいです。因果な商売と考えるか役得と考えるかは微妙なところです。

鉄治から「グラドルと寝た」などという話を聞かされて泉はどう思ったでしょうか。

 悲しいような、残念なような気持にかられた。何故、この種の話をしている時に、そんな気持になってしまうのか、不思議だった。

いや、少しも不思議はありません。ごく自然な感情です。まあ、軽い嫉妬のようなものです。もっとも軽い嫉妬を感じたのは鉄治のほうが先だったかもしれません。泉が曾我一郎の話をしたときです。「曽我さんは確かにいい人で、大好きでしたけど、彼に恋愛感情を抱いたことは一度もないんです」などと泉が力説(?)したとき、鉄治はちょっと不愉快になったと思います。根拠もなく「怪しいものだ」と思ったかもしれません。

鉄治はグラドルの水沢なつみから芸能界の覚醒剤汚染の話を提供されました。水沢なつみによれば、カリスマ歌姫の大道ひなはシャブ中になっていて、彼女をシャブ中にしたのは大道ひなの所属事務所(三浜プロ)の社長、三浜作次郎(63)だというのです。

百戦錬磨の芸能記者なら、提供された情報がウソかホントかを、二、三の質問をすることによって、瞬時に見抜いてしまうと思います。ある意味で容疑者を追い詰めていく辣腕刑事(デカ)と同じです。鉄治は水沢なつみから提供された覚醒剤汚染の情報はかなり信憑性が高いと判断したようです。

 三浜プロが裏で暴力団とつながつていることが取り沙汰され、作次郎が暴力団組長の娘の結婚式に出席したことが、マスコミに大きく取り上げられて批判されていたのも、そのころである。

鉄治の頭の中では、「大道ひな」と「暴力団」と「三浜作次郎」が、「覚醒剤汚染」というキーワードでしっかりと結びつけられていたと思います。

|

« 脚本・坂元裕二の「Mother」・第9話を観る | トップページ | 脚本・坂元裕二の「Mother」・第10話を観る »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/122218/35249061

この記事へのトラックバック一覧です: 小池真理子の「無花果の森」・第172回(6/12)まで:

« 脚本・坂元裕二の「Mother」・第9話を観る | トップページ | 脚本・坂元裕二の「Mother」・第10話を観る »