« 小池真理子の「無花果の森」・第166回(6/5)まで | トップページ | 脚本・坂元裕二の「Mother」・第9話を観る »

2010年6月 8日 (火)

水木しげる入門・アシスタントの話

これは1960年代後半の話です。水木さんの仕事は殺人的に忙しくなっていました。なにしろ毎日が締切日といった感じで、膨大な仕事量をこなすために水木さんはなんと7、8人ものアシスタントを雇っていたそうです。

ところがこのアシスタントというのがクセ者で、「面接して十秒以内に即決する」という採用のしかたをしていたため、力量のある即戦力のアシスタントばかりとは限りませんでした。

1.仕事中にけたたましく笑い出すアシスタント
2.仕事をしないでこっそり自分のマンガを描いているアシスタント
3.そもそも仕事場にやってこないアシスタント
4.態度がでかくて新入りのくせに雑用をしないアシスタント
5.絵を描くのをいやがるアシスタント
6.階段がうまく上れないアシスタント
7.つげ義春先生にもタメ口をきく生意気なアシスタント

などなど、とにかく奇人・変人が多かったそうです。こうした風変わりなアシスタントについて水木さんは「ねぼけ人生」(水木しげる著・ちくま文庫)の中で次のように述べています。

 奇人・変人も面白いが、アシスタントとして使うにはかなりつかれるのである。
 しかし、折にふれて彼らに聞いてみると、どうやら、社会に受け容れられない人が流れ流れて僕のアシスタントになりにきていることが多いようだった。だから、彼ら自身としては必死だったわけだ。
 その必死さが、かえって奇妙な行動になったのかもしれない。

なんという優しいお言葉でしょうか。でも、奇人・変人に優しくしているとオヤカタの身が持ちません。同じ奇人・変人でも、つげ義春のように仕事だけはきちんとやってくれる人もいました。寡作でめったに自分のマンガを描かないつげ義春も水木さんのところでは腱鞘炎になるほど仕事をしていたといいますから驚きです。でも、そういう人に限って放浪癖があったりします(フラッといなくなってしまう)。

ヤリ手のマンガ家の中には、アシスタントをうまく訓練して、チーフというのを育て、チーフに陣頭指揮をとらせているらしいが、我が水木プロは、オヤカタ自らが陣頭指揮をとらねばならない。オヤカタがアシスタントの何倍も仕事をして、その上、アシスタントがなまけたがるのを監視し、さらには、時には、アシスタントをおこらなければならない。おこるというのは楽しいことではないから、これがまたこたえるのである。

水木先生は、あまりの忙しさに、いっそ思いきって仕事をやめてしまおうかと考えたこともあったそうです。でも、また以前の貧乏生活に逆もどりすることを考えると、貧乏に追われるドキドキ生活の苦しさよりも締め切りに追われるドキドキ生活の苦しさのほうがまだマシだったようで、「今が人生の収穫の秋なのだ、今、後に退いてはいけないのだ、そう思って、必死にがんばった」そうです。

 

ところで、NHKの連続テレビ小説「ゲゲゲの女房」には河合はるこ(南明奈)という少女マンガ家が出てきます。水木先生を尊敬していて、水木先生の仕事の手伝いをするシーンもありました。この河合はるこという少女マンガ家はだれがモデルなのかわかりませんが、実際に水木さんのところには女性のアシスタントがいたそうです。

貸本マンガ界の超売れっ子だった佐藤まさあきの自叙伝『「劇画の星」をめざして』(佐藤まさあき著・文芸春秋)に水木しげるの次のようなエピソードが紹介されています。昭和三十七、八年ころの話です。

 (佐藤プロダクションの)事務所で、あるとき水木はこんな会話を交わしていた。
「佐藤さん、こんど自分は女のアシスタントを一人入れたんですよ」と嬉しそうに云う。「ほう、そうですか」と私(佐藤まさあき)が答えると、「それがあなた、仕事をしているときにヒジとヒジがチョイとくっついたりして、これがなかなか楽しいもんです、イッヒッヒッ……」と、例の奇妙な笑い声をもらして水木は帰っていった。

このまま帰ってしまえば水木さんも軽い変態ということで終わったのですが、奇人・変人ぶりを発揮するのはここからです。何を考えたのか水木さんが戻ってきました。

 それからしばらく、十分もたったころだろうか、事務所の階段をドタドタと駆け上がってくる足音がする。
 誰かな?と思っていると、バターン!とドアが開いてそこに水木がハアハアとあえぎながら立っているのだ。
 何か忘れものでもしたのかな?と思っていると、くだんの水木が「ねっ、佐藤さん、女性はやっぱり美人に限りますよね、イッヒッヒッ……」と、また例の奇妙な笑い声をたてると、「じゃ、サイナラ!」と云うが早いか、再びドタドタと階段を駆け下りていってしまった。

どうやら「女性は美人に限る」というのを言い忘れたらしく、その一言を言うために急きょ引き返してきたようでした。

シャイな人にはよくあることですが、言いたいことが言い出せなくて、咄嗟の思いつきで変なことを言ってしまうことがあります。このときの水木さんも、本当は原稿料の前借(または借金の申し込み)がしたかったのかもしれません。

|

« 小池真理子の「無花果の森」・第166回(6/5)まで | トップページ | 脚本・坂元裕二の「Mother」・第9話を観る »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/122218/35147680

この記事へのトラックバック一覧です: 水木しげる入門・アシスタントの話:

« 小池真理子の「無花果の森」・第166回(6/5)まで | トップページ | 脚本・坂元裕二の「Mother」・第9話を観る »