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2010年8月29日 (日)

小池真理子の「無花果の森」・第213回(7/31)まで

第208回(7/26)
 
この日のために、鉄治は、大掃除をして待っていました。

 「すごくきれいになつたんですね」と泉は感嘆の声をあげた。「見違えるようです。ここがスナックだったころは、こんな感じだったんでしようね」
 「そのころよりも、きれいになったかもしれません。泉さんが食事を作ってくれる、っていう時に、いくらなんでも、あのままじゃ申し訳ないですから」

と言いつつ、鉄治は食後のことも考えていたに違いありません。連休で時間はたっぷりあります。食事が終わったら……掃除にも気合が入ろうというものです。
 
 
第209回(7/27)
 
今日は泉が食事を作ることになっています。泉は焼そばを作るつもりです。食材も買ってきました。

そういえば、8月14日の「チューボーですよ!」(TBSの料理番組)は、「五目あんかけ焼きそば」でした。うっかり見損なってしまいましたが、レシピがHPに載っていました。五目あんの食材がすごいです。エビ、イカ、ホタテ、チャーシュー、人参、タケノコ、白菜、小松菜、椎茸、しめじ……。シーフード風五目あんかけ焼そばといった感じです(シーフードにチャーシューは反則ではなかろうか)。

詳しいレシピは → http://www.tbs.co.jp/chubaw/archives/20100814_recipe.html
 
 
果たして泉はおいしい焼そばが作れたでしょうか。でも大丈夫です。どんなに不味くても鉄治はおいしいと言ってくれます(たぶん)。まあ、焼そばなら誰が作っても大して変わりません(極端に不味くなることはない)。
 
 
第210回(7/28)

泉はなぜか鉄治も焼きそばが作れるといういう話を覚えていました。いつそんな話があったのかと調べてみたら、ありました。第103回(3/18)です。

天坊八重子と泉が番外地横丁の「ブルー・ベルベット」に出かけたときのことです。泉が自己紹介をしたあとでサクラがこんなことを言っていました。

 「あんたたち、夕食はすませてきたの?まだだったら、ヒロシに何か作らせるわよ。と言ってもこの人、シシャモ焼くくらいしかできないんだけど。あ、そうでもないか。ヤキソバなら作れるって言ってたっけね」

ヒロシ(鉄治のこと)が作るのは具の入っていない焼そばらしいですが、インスタントラーメンなども具は入れないで、粉末スープだけのラーメンがシンプルな味わいでけっこう美味しかったりします。まあ、腹が減っていれば何でもうまいです。

 
 
第211回(7/29)

食事を作る前にまずビールです。時間はたっぷりあります。カウンターに向って泉と並んで腰を下ろした鉄治は、ビールを飲みながら泉の髪形の話を始めました。

 「髪形、変えたんですね」
 「いえ、ひっつめ髪をおろしただけです」
 「女の人は、髪の毛を上げたかおろしたか、だけでも、印象が全然変わる。びっくりするくらいに。やっぱりこれまでとは違って見えます」

このやろーウソつくなよ。髪形を変えたってめったやたらに気がつくものか。変える前の髪形がどんなだったかなんて覚えていないのが普通ですよ。

たとえばです。鉄治が水沢なつみ(23+α)と六本木のホテルのバーで会っとき、なつみがどんな髪形をしていたか覚えていますか。そしてその髪形はその前に会ったときと同じだったか違っていたか、もし覚えているんだったら答えてもらいたいです。それごらん。何も覚えていないはずです。

髪形に限らず相手のちょっとした仕草やちょっとした表情の変化にも何か過剰な意味を読み取ろうとするようになったら、それはもう「恋の病」です。

泉は「あなたに会いに来るのに、今日は髪の毛をおろしてみた、などとは、とても言えなかった」らしいですが、言わなくても鉄治には悟られていますよ(たぶん)。人間は恋をすると、誤解も含めて、相手の考えていることや気持が手に取るように分かるようになるものです。
 
 

第212回(7/30) 

どこか翳りのある寂しそうな女性というのもある意味で魅力的です。特に失恋して落ち込んでいるときなどはそういう女性に魅かれます。

男にモテるかモテないかという基準で考えれば、派手とか地味とかはあまり関係ありません。派手でもモテない女性はいるし、地味でもモテる女性はいます。地味=モテないと考えて、新谷吉彦が結婚相手として泉を選んだとしたらとんだ大間違いです。

泉は失踪して二ヵ月も経っていないのにもう鉄治と特別な関係になろうとしています。夫の吉彦がぼんやりしていれば、カメラマンの曾我一郎とだってどうなっていたかわかったものではありません。小説には書かれていませんが、結婚生活十年の間に、吉彦が知らないところで泉にはいろいろあったのではないでしょうか。要するに泉はモテるのです。

 
 
第213回(7/31)

泉と鉄治は、五月の連休明けに初めて出合ったときのことを思い出していました。鉄治はまだ『週刊時代』の記者でした。自宅前の路上で泉を取材しようとして険悪なムードになったときのことです。

 「お帰りください。私、急いでいるんです」
 「申し訳ありません。ですが、ほんの少しだけでも、僕の話を聞いていただきたいと思いまして」
 「どうして私が、あなたの話を聞かなくちゃいけないんですか。前の電話では話を聞きたい、と言ったかと思ったら、今度は話を聞け、っていうわけですか。とにかく、いそいでいるんです。ここで失礼します」

こういう態度を「けんもほろろ」というのでしょうか。鉄治は何とか名刺だけでもと泉に名刺を渡しました。泉はその名刺を鉄治が見ている前で破いて雨の中へ投げ捨ててしまいました。いくら怒り心頭でも、どんなに相手が嫌な人でも、渡された名刺をその場で破り捨てるというのは正気の沙汰ではありません。社会人としてマナー違反です。今となっては笑い話かもしれませんけど……。

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2010年8月28日 (土)

小池真理子の「無花果の森」・第207回(7/24)まで

第203回(7/20)

 華やかな美しい女は、いつか男を裏切る。存在感あふれる魅力的な女も、いつか男を裏切る。

こう考えた新谷吉彦は、「素顔に不幸せな雰囲気の漂う、華やかさの欠落した」泉と結婚しました。そして今、吉彦は次のような結論に達しています(たぶん)。

  すべての女は、いつか男を裏切る。

でもね。女が男を裏切るかどうかは男次第という意見もありますぞ。

 
第204回(7/21)

新谷泉の容貌の描写です。

 病気でもないのに、いつも血色が悪く、色白というよりは、青みがかった顔をしていた。顔型は丸かったが、頬にふっくらとした肉がついておらず、くちびるも鼻も目も小さめだったせいか、いつも人に儚げな印象を与えた。子供のころは、病弱か発育不全か、と思われることもしばしばだった。

丸顔かどうかは判定が難しいですが、頬がこけているといえば男性なら玉木宏です。男性の場合はイケメンの人で頬がこけいてる人は多いです。

それでは女性の場合はどうでしょうか。女性で頬がこけている人といえば、真っ先に思い浮ぶのは才女・光浦靖子です。新谷泉は光浦靖子に似ているのでしょうか……。

 

  
第205回(7/22)

(八重子は)両方の眉を大きく上げて、じろじろと泉の全身を眺め回しながら、「なんだか」と言った。「やけにめかしこんでいるじゃないか」
 「いえ、そんなことないです」
 「めかしこんでいるよ。どうしたんだい」

なるほどこのようにして日ごろ真面目な人が浮気をするとすぐにバレてしまうのですね。鉄治もサクラに感づかれて「あんた、最近様子が変だよ。あたしに内緒でいい人でもできたんじゃあないのかい」なんて疑われているかもしれません。
 

 
 
第206回(7/23)

八重子は居眠りをしているようだった。時折首がかくんと揺れた。揺れるたびにもぞもぞと身体を起こす。またしばらくすると、首が落ちる。無花果の下でちんまりと丸くなっている八重子の寝姿を、油蝉の鳴き声がけだるく包んでいた。

天坊八重子は売れない詩人の詩集を抱いたまま無花果の木の下で眠るように死んでしまうのだろうと思っていましたが、予想がはずれました。ただ居眠りをしていただけでした。まだまだしぶとく生き続けるようです。

泉は八重子に気づかれないように、食材の入ったスーパーの袋を持って、鉄治との「逢いびき」にでかけました。

この日、きっと鉄治に抱かれることになるだろうと、泉は90%ぐらいの確率で予想(期待?)していたと思います。こういうのって以心伝心でなんとなくわかるものです。
 
 
 
第207回(7/24)

泉が鉄治のマンションを訪れる時間は、4時半か5時かそのころということで、はっきり何時と決めたわけではありません。

鉄治は4時ごろからそわそわしだして、部屋の中をわけもなく歩き回ったり、ドアを開けて外の様子をうかがったり、何かと落ち着かなかったことと思います。頭の中は1週間前からエロい妄想でいっぱいだったに違いありません。

 泉が手すりのついた階段を上がろうとした時だった。
 階段上の朱色のドアがゆっくりと開かれた。蝶番がわずかに、ぎい、と鳴った。ドアの向こうから、鉄治の顔が覗いた。

何か音がするたびに、鉄治はドアを開けて様子を伺っていました。10分に1回はドアを開けていたのではなかろうか。

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2010年8月20日 (金)

南明奈vs島崎和歌子

突然変なタイトルですみません。何のことかはすぐわかります。

連続テレビ小説「ゲゲゲの女房」に南明奈が河合はるこという少女マンガ家の役で出ていました。何で南明奈が出てくるのだろうと不思議に思った人はいませんでしたか?わたしとしてはしばらく首をかしげていました。で、最近ようやくその謎が解けれました。

南明奈は子どものころマンガ家志望だったということですが、理由はそれだけではありません。南明奈が私生活で時間にルーズなことは有名らしく、中学時代は毎日学校に遅刻していたそうです。「ライオンのごきげんよう」(フジテレビ系13時~)で本人が言っていましたから間違いありません。ゲゲゲのキタ子さんだったみたいです。

 ♪ 朝は寝床でグーグーグー ♪

これも何かの縁だということで是非「ゲゲゲの女房」に出演してもらおうということになったのだと思います。
  

こういう面白半分のキャスティングというのはよくある話です。たとえば大河ドラマの「龍馬伝」にも龍馬の兄(権平)の妻の役で島崎和歌子が出演していました。どうしてあのがらっぱちネーチャンの島崎和歌子がシリアスなドラマに出てくるのだろうと不思議に思った人はいませんか?

実は島崎和歌子は高知県南国市の出身なんです(こういうのを"ご当地枠"というらしい)。あの明るくおおらかな性格はどこか坂本龍馬に通じるものがあります。地元の土佐では女龍馬と呼ばれて尊敬されているかどうかはわかりませんが、坂本龍馬のドラマにはつい起用してしまいたくなる人材であることは間違いありません。思い切って加尾役に抜擢してしまえばよかったのにね。

事情を知らない人が見れば島崎和歌子だってけっこう美人に見えると思います。

 しゃべるな!笑うな!黙っていれば十分美人で通用するぜよ。

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2010年8月19日 (木)

脚本・大森美香の「夏の恋は虹色に輝く」の楽しみ方

ヒロインの北村詩織(竹内結子)はバツイチではなくて未亡人でした。このドラマは、死別した夫が忘れられないでいる年上の未亡人に恋をしてしまった優柔不断の二世俳優・楠大雅(松本潤)の物語です。設定が似ているため、「めぞん一刻」を連想してしまいますが、未亡人が犬ではなくて人間の子どもを連れているところがちょっと違っています。

竹内結子は素の詩織とドラマの中で下手な演技をするときの詩織をきちんと演じ別けています。たいしたものです。問題は松本潤です。ドラマの中の松本潤は、うだつのあがらない二世俳優の楠大雅です。松本潤には、滑舌が悪くて演技が暑苦しい俳優としての楠大雅と素の楠大雅の区別がありません。下手な演技を演じるというのはそれ相当の演技力がないと難しいです。

ただ、このドラマには逆説的展開が用意されているかもしれません。説得力のある演技というのは、滑舌がいいとか、早口言葉がスラスラいえるとか、そういう技術的なことだけではありません(滑舌がいいのが自慢ならアナウンサーになりなさい)。問題はその演技にハートがこもっているかどうかです。

1.「天地人」の加藤清史郎
2.「白い春」の大橋のぞみ
3.「Mother」の芦田愛菜

こうして並べてみるとよくわかります。天才子役と呼ばれている子役に滑舌のいい子どもはひとりもいません。どうしてでしょうか。

  演技力というのはしゃべりの技術ではなくハートだからです。

楠大雅はやがて演技力に開眼して俳優として大化けするかもしれません。「夏の恋は虹色に輝く」がそういうドラマであってくれることを期待したいです。

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2010年8月17日 (火)

本当は怖い、我が国日本の現実

問題です。司法試験に合格していなくても最高裁判所の判事になることは可能でしょうか。

1.法曹資格など必要ない。なれる。
2.バカもん。なれるわけない。

正解は1です。

鈴木宗男氏によれば、「5~7年に1回ぐらいの割合で外務省の官僚が最高裁に天下りする」そうです。もちろん司法試験に合格しているわけではありません。どうしてこういう慣例があるのか理由はわかりません。それよりもなによりも、こうした慣例がこれまでなぜ問題視されなかったのか不思議です。最高裁の判事というのは名誉職のようなものなのでしょうか?
  

さて、「ビッグコミック」の最新号(8月25日号)で、「憂国のラスプーチン」(原作/佐藤優 作画/伊藤潤二 脚本/長崎尚志)の連載が始まりました。ほとんど実話(?)の超話題作です。佐藤優が憂木衛(ゆうきまもる)、鈴木宗男が都築峰雄(つづきみねお)という名前で出てきます。この「つづきみねお」には笑ってしまいました。顔が鈴木宗男そっくりです。

第一回は、外務省の主任分析官だった憂木衛(モデルは佐藤優)が背任の容疑で逮捕されて、小菅の東京拘置所に収監されるところまでが描かれていました。収監の手続きがやけにリアルでこれでもかというくらい丁寧に描写されていました。次号は憂木衛がなぜ検察に狙われることになったのか、過去の回想シーンになるみたいです。

  

この「憂国のラスプーチン」の新連載を記念して、巻頭に関係者(執筆陣+鈴木宗男氏)による「"極悪人"の言い分」という特別座談会が掲載されていました("極悪人"というのはシャレです)。(日本の)外務省も検察も裁判所も…みんなホラーだということで言いたい放題の座談会です。
 

  
かつてのソビエト連邦は"頭のいい"エリート官僚が国家を運営していたにもかかわらず崩壊してしまいました。政治家がほとんど無力な日本も、国家を運営しているのは実質的にエリート官僚です。ソ連の崩壊を目の当たりに観てきた佐藤優氏は、「ソ連崩壊は日本人にとっても他人事ではない!」と警鐘を鳴らしています。

佐藤氏は(国家が崩壊する悪夢を回避するためには)「国民は官僚をきちんと監視すべきだ」と主張しています。もっともな意見です。でも、はたして日本の国民に官僚を監視するだけの能力があるのかどうか……。

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2010年8月 8日 (日)

水木しげる入門・つげ義春の話

連続テレビ小説「ゲゲゲの女房」に出てくる小峰章(斎藤工)というアシスタントは、マンガ家・つげ義春がモデルであるとされています。ドラマでは物静かな好青年といった感じですが、モデルのつげ義春というマンガ家はいったいどういう人だったのでしょうか。

「月刊漫画ガロ」の「つげ義春特集」(1968年6月増刊号)に寄せられた「つげ義春氏との出会い」という水木しげるのエッセイがあります(これがまたすこぶる面白いです)。

1960年(昭和三十五年)ごろ、当時長井勝一氏(ドラマでは深沢洋一)がやっていた三洋社という貸本漫画出版社での出来事です。

 「つげさん、つげさん」
 長井氏の障子が破れたような声がいきなりひびいたのでうしろをみると、髪の長さ四十五センチぐらい、ヒゲ十二センチぐらい、おそらく顔にはアカもかなりくっついていたのではないかと想像しているが、何しろその異様な風体に圧倒されて声をかけたらしかられやしないかと、ぼく(水木しげる)は三洋社の片隅で震えていた。

この「異様な風体」の男がつげ義春でした。「髪の長さ四十五センチぐらい、ヒゲ十二センチぐらい」というのは、「ゲゲゲの女房」で水木しげるが初めて出あったときの小峰章の風体にそっくりです(テレビドラマはほとんど実話ですが、時空はかなり歪んでいます)。

つげ義春は貸本マンガ家としてのデビューは水木しげるよりも早く、水木しげるが紙芝居を描いていたころにすでに貸本マンガ家として活躍していました。貸本マンガ家として遅れてデビューした水木しげるには周囲のマンガ家が妖怪のように見えたのではないでしょうか。

 ぼく(水木しげる)はこのころ「忍風」(三洋社刊)あたりで奇妙なユーモラスな(つげ義春の)作品を拝見していたからこれはてっきり天才と勘違いしたのである。(いやこの勘違いは偶然にも的中しておったのである。それは後年分かったことである。)

(中略)

 それからまもなくぼくは忙しくなった。(つげ義春)氏に手伝ってもらう必要を感じて長井氏に電話した。長井氏の返事は、「やるかなあ、なにしろあまりやらんからなあ」ということだった。(つげ義春)氏はちょうど長年すんでいた町を去ってどこかへ行きたい気分になっていたときであったから、間もなくぼくのところに現れた。それから一年半ばかりであったが手伝ってもらった。

怠け者(?)のつげ義春氏がなぜクソ忙しい水木さんの手伝いをすることになったのでしょうか。「ねぼけ人生」(水木しげる著・ちくま文庫)ではつげ義春がやってきた時のことが次のように述べられています。

 大方の予想では来ないだろうという話だったが、正月に徹夜してボンヤリしていると、電話がかかってきた。「すぐ行く」という奇蹟のような返事だった。
 つげさんは、たしかに、すぐ来たのはよかったが、着のみ着のまま。後でわかったことだか、どうやら恋愛問題で逃げ場をさがしていた時だったので、かくも敏速に事がはこんだようだ。

どうやら「奇蹟の影に女あり」だったようです。

さて、水木さんの仕事を手伝うようになったつげ氏ですが、その仕事ぶりはどんなだったでしょうか。

 (つげ義春)氏は、長井氏の言葉とは逆に、ものすごい努力家であった。その証拠に働きすぎて手が動かなくなってしまった。(天才に不運はつきものである。)しかし努力家の氏はその間ぼつぼつネタをためていたのだ。手がなおるとバタバタと描き出したね。それがまた佳作ばかり(中には人によって分からんのもあるが)、そして日本に随筆マンガともいうべきジャンルを確立したのである。(これは大したことだ。)漫画賞をやるならば氏のような人与えるべきで、あまり有名(?)になってお金をたくさんもうける人にやってもなんにもならん、とぼくは思っている。

このあたりには、メジャーデビューをして、ガキ相手のなさけないマンガ(つまり商業主義的マンガ)を描くようになってしまった自分に対する水木さんの自責の念が込められているような気がします。

 

この「つげ義春氏との出会い」というエッセイは、水木しげるからつげ義春へ、愛を込めた(?)最大級の賛辞によって締めくくられています。

 今や(つげ義春のところには)いろいろな出版社から描いてくれという注文がきているが、(つげ義春はその注文を)すべて断って、先日も風のように旅に出た。「ガロ」に描くためである。

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2010年8月 5日 (木)

中島みゆきの「時代」に感動してしまった……

TBSのバラエティ番組を見ていたら、バックに中島みゆきの「時代」という曲が流れていました。今さらながらですが、この曲、ひょっとして、とんでもない名曲ではないでしょうか……ちょっと聴いてみてください。

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