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2010年8月19日 (木)

脚本・大森美香の「夏の恋は虹色に輝く」の楽しみ方

ヒロインの北村詩織(竹内結子)はバツイチではなくて未亡人でした。このドラマは、死別した夫が忘れられないでいる年上の未亡人に恋をしてしまった優柔不断の二世俳優・楠大雅(松本潤)の物語です。設定が似ているため、「めぞん一刻」を連想してしまいますが、未亡人が犬ではなくて人間の子どもを連れているところがちょっと違っています。

竹内結子は素の詩織とドラマの中で下手な演技をするときの詩織をきちんと演じ別けています。たいしたものです。問題は松本潤です。ドラマの中の松本潤は、うだつのあがらない二世俳優の楠大雅です。松本潤には、滑舌が悪くて演技が暑苦しい俳優としての楠大雅と素の楠大雅の区別がありません。下手な演技を演じるというのはそれ相当の演技力がないと難しいです。

ただ、このドラマには逆説的展開が用意されているかもしれません。説得力のある演技というのは、滑舌がいいとか、早口言葉がスラスラいえるとか、そういう技術的なことだけではありません(滑舌がいいのが自慢ならアナウンサーになりなさい)。問題はその演技にハートがこもっているかどうかです。

1.「天地人」の加藤清史郎
2.「白い春」の大橋のぞみ
3.「Mother」の芦田愛菜

こうして並べてみるとよくわかります。天才子役と呼ばれている子役に滑舌のいい子どもはひとりもいません。どうしてでしょうか。

  演技力というのはしゃべりの技術ではなくハートだからです。

楠大雅はやがて演技力に開眼して俳優として大化けするかもしれません。「夏の恋は虹色に輝く」がそういうドラマであってくれることを期待したいです。

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コメント

>内結子は素の詩織とドラマの中で下手な演技をするときの詩織をきちんと演じ別けています

詩織は役者の設定ではありませんから、「ドラマに出る」ことはありません。
ドラマの中とは何を指すものでしょうか。
この「夏の恋は虹色に輝く」というドラマの中に登場する詩織は常に「素の詩織」ですよ。演じ分ける必要がない。
何とも間抜けな評論ですね。

尚、松本潤演ずる楠大雅はおっしゃる通り「棒演技」という演技の下手さなのでしょう。

なるほど、オーディションの場面や端役のカットでは棒読みでした。

桜相手に台詞練習する場面では、ご指摘のまま「心のない台詞棒読み」と「実感込めた演技」の区別がつけられていましたよ。

まず、批評なさるな基本的なところをきちんと見られて理解されてからなさらないと、説得力に欠けますよ。

投稿: あみ | 2010年8月20日 (金) 07時34分

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