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2010年11月30日 (火)

小池真理子の「無花果の森」・第239回(8/31)まで

泉は、夫が著名な映画監督であることは伏せたまま、その暴力の激しさを天坊八重子に訴えました。

 「亭主のことは、これまで誰にも相談しなかった、ってことか」
 「はい。相談しても、きっとどうにもならなかったろうと思います」

実際はカメラマンの曾我一郎に相談してひどい目にあっているのですが、カメラマンが出てきたりすると八重子が泉の亭主の職業に関心を持つおそれがあります。泉はだれにも相談しなかったことにしました。

それでも泉の身の上話がひと通り終わると八重子はやはり亭主の仕事について訊いてきました。

 「何やってる男?」
 「は?」
 「あんたの亭主だよ」

正直に「映画監督です」と答えるわけにもいかずに泉が返答に窮していると、八重子はお見通しだよと言わんばかりに、「いばりくさっているだけの青二才なんだろ」と断定してしまい、それ以上深くは訊いてきませんでした。

八重子が何もしゃべろうとしなくなったのを機に、泉は八重子に一礼してアトリエを出ました。やれやれほっとひと安心。

  「あんた、毎週日曜日にどこへ行っているんだい?」

八重子はこれを訊くはずだったのですが、夫の暴力から逃げてきたという泉の身の上話がよほど興味深かったのか、肝心なことを訊き忘れてしまいました。
 

自分の部屋に戻った泉は鉄治に抱かれたときのことを考えていました。

 はっきりしていたのは、鉄治に触れられたとたん、泉の中に眠っていた性的欲望が呼び覚まされたことだった。それは、かつて経験したことがなかったほど強烈な、うねり、押し寄せてくるような欲望の渦だった。

これが本当なら泉は淫乱(?)です。日本国語大辞典によれば、淫乱とは「情欲のため、節度のない行為をほしいままにすること。肉欲に溺れること。また、そのさま」とあります。なお、昔の盗人仲間の隠語に「淫乱娘」というのがありました。これは「錠のかけられていない土蔵」のことです。どうでもいいか。

さて、鉄治に一度抱かれただけで女の喜びに目覚めてしまうような泉が、夫の暴力に耐えて、十年もの間、性的に満たされないまま怯えと恐怖の中で生きていたというのは信じがたい話です(まあ、そういう小説なんだからしかたがない)。
  

さて、次ぎの日曜日(2009年7月26日)です。泉は鉄治のマンションを訪れる前にスーパーに寄って買い物をしました。

 その日、大型スーパーにあるフラワーショップの店頭で、色とりどりの小さなブーケが、一束五百円で売られていた。肌を合わせたとたん、早速、鉄治の部屋を花で飾ろうとしている自分が、どこかあさましいようにも思えたが、欲しいと思ったとたん、どうしようもなくなった。
 泉は淡いピンク色の、トルコキキョウのブーケを一つ選んだ。

花には花言葉というのがあります。トルコキキョウの花言葉は「優美」「希望」「よい語らい」「清々しい美しさ」です。また花には花言葉の他に誕生花というのもあります。トルコキキョウは7月20日(泉が朝帰りした日)の誕生花です(しったかこいていますが急遽調べたのであります)。

このトルコキキョウのブーケはおまけのようなもので、泉はやたらと食料を買い込んできました。ステーキ用の牛肉をはじめとして、

「このアスパラガスとトマト、それにきゅうりで簡単なサラダを作るわね。それと、こんな立派な皮つきのとうもろこし。軽く茹でてから、バターと醤油でさっと焼いたらおいしいかな。それから、ええっと、これはイングリッシュマフィン。チーズとハム、きゅうりをはさんで食べてもいいし、もちろん、焼いてバターを塗って食べてもいいし。スライスチーズもそろえてあるから大丈夫。それと、この巨峰はデザート用。あとはこれ。いつでも食べられる、おつまみ用のサラミソーセージ……」

こういう女の人って、男に嫌われるのではなかろうか……。

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