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2011年1月 5日 (水)

角田光代の「空の拳」・第12回(1/4)

「空の拳」の第12回です。トレーナーの有田正宗の話の中に伝説のボクサーが二人出てきました。大場政夫と白井義男です。これだけのビッグネームでも、一般の人(つまり私)にはどこかで名前を聞いた事があるぐらいの知識しかありません。そこで調べてみることにしました。

まず大場政夫について。 Wikipedia は次のように紹介しています。

大場 政夫(おおば まさお、男性、1949年10月21日~1973年1月25日)は、日本のプロボクサー。東京都墨田区出身。右ボクサータイプ。帝拳ボクシングジム所属。第25代WBA世界フライ級王者。WBA世界フライ級王座を5度防衛した。現役世界王者のまま事故死したため「永遠のチャンプ」と称される。

戦績:38戦35勝(16KO)2敗1分

ラストファイトとなった5度目の防衛戦は壮絶な闘いでした。

1973年1月2日、日大講堂で行われた5度目の防衛戦の相手は「稲妻小僧」の異名を持つベテラン、チャチャイ・チオノイ(タイ)。初回、いきなりの右ロング・フックをまともに受け大場はダウン。この時大場は右足首を捻挫、以降ラウンド間に氷で冷やしつつ、足を引きずりながらも打ち合いに応じていった。
大場は、強気のボクシングで試合中盤から形勢を逆転し、ついに12回、チャチャイから1度目のダウンを奪う。タイの老雄はレフェリーに促されるように立ち上がるが、鬼気迫る表情の大場の連打に晒され2度、3度とダウン。大場は逆転ノックアウト勝利を収めた。

詳しくは → http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A4%A7%E5%A0%B4%E6%94%BF%E5%A4%AB

稲妻小僧のチャチャイはベテランだけにスタミナに問題があったようです。早い回で決められなかったのが敗因です。それにしても、右足首を捻挫しても試合を放棄しないで闘った大場の根性はたいしたものです。
 
 
次に白井義男について。

白井 義男(しらい よしお、男性、1923年11月23日 ~ 2003年12月26日)は、日本の元プロボクサー。東京市(現東京都)荒川区出身。元世界フライ級王者である。日本人として初めての世界王者となった。右のアウトボクサー。

最終戦績は58戦48勝(20KO)8敗2分。世界戦戦績は7戦5勝2敗。
※戦前戦後のデータ不詳により、白井の戦績については、65戦53勝(22KO)8敗4分、58戦46勝(18KO)8敗4分など各説ある。

詳しくは → http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%99%BD%E4%BA%95%E7%BE%A9%E7%94%B7

白井義男のラストファイトは1955年5月30日のパスカル・ペレス(アルゼンチン)とのリターンマッチでした。白井義男は5回KOで敗れ、タイトル奪還はならずに現役を引退することになります。さて、ここで問題です。テレビ中継されたこの試合の視聴率は何%だったでしょうか?

 ① 46%    ② 56%    ③ 76%    ④ 96%

 

答えは④の96%(電通調べ)です。これは日本のテレビ放送史上最高の視聴率です。1955年当時テレビのチャンネルがいくつあったかわかりませんが、今後この最高の視聴率の記録が破られること絶対にありません。

白井義男のラストファイトの様子を解説してくれているHPがありました。

パスカル・ペレス×白井義男
昭和30年5月30日. フライ級
東京 ・ 後楽園球場. 5回 KO . パスカル・ペレス
半年後のリターンマッチも、白井の惨敗に終わった。試合開始直後いきなりの左ロングフックで倒され、右フックで再びダウン。2ランド、やや持ち直したものの、4回に右ストレートを顎に食って3度目。5回にも右フックで前のめりに倒れ、其のまま立てなかった。ペレスが前回の勝利で自信と逞しさを増したのに対し、32歳の白井は、全盛期を知るファンには抜け殻の様に映った。試合直後、白井は引退を表明。

詳しくは → http://mihasi.tripod.com/sirai/sirai.htm#sira7

会場が後楽園球場となっていますが、別に後楽園ホールの間違いではありません。この試合は後楽園球場(現東京ドーム)に特設リングを設けて実施されました。観客4万人とか。
 
 
アリスに「チャンピオン」という曲があります。年老いたチャンピオンが若き挑戦者にマットに沈められて敗れ去っていくという内容の曲です(モデルになったのはプロボクサーのカシアス内藤)。白井義男の戦歴を調べていたらこの「チャンピオン」という曲を思い出していました。

全盛期を過ぎて年老いてリングを去っていくボクサーの寂しさと安堵感は、引退するほとんどのボクサーが味わっているのではないでしょうか。恐怖心を克服してリング上で命を懸けて闘ってきた代償がこの寂しさと安堵感です。

 

さて、小説に戻ります。有田正宗によれば、鉄槌ジムのオーナー小暮修造は大場政夫が事故死した後、自分が大場になると意気込んでデビューしたものの六回戦止まりでした。その父親の小暮鉄平もボクサーで、鉄平はかなり強かったらしく日本チャンピオンになったそうです。白井義男とも試合をしたとか。

小暮家というのは相当の資産家で、建築業を営んでいる一族の税金対策として鉄槌ジムは利用されているらしいです(つまり赤字でもかまわない)。

空也が「税金対策」とメモすると、そんなことまで書かなくていいと有田に笑われてしまいました。

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