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2011年7月10日 (日)

脚本・坂元裕二の「それでも、生きてゆく」を観る

「それでも、生きてゆく」の第1話です。
 
15年前(1996年)の夏、7歳の深見亜季が殺されました。兄の深見洋貴(当時14歳)は、母親から妹の亜季の世話をするように頼まれていましたが、いっしょに遊びたがる妹をほったらかしにして友達とアダルトビデオを観ていました。中学生がアダルトビデオのオッパイに熱中するのは極めて健全です。しかしあまりにもタイミングが悪すぎました。
 
洋貴は亜季の世話をしなかった自分を責め、亜季を殺したのは自分だと思い込むようになります。この自責の念は何年たっても消えませんでした。15年が経過して29歳になった洋貴(瑛太)は、父親・深見達彦(柄本明)が営む釣船屋(貸しボート屋)を手伝いながら世捨て人のような暮らしをしています。洋貴には友人も恋人もいません。おそらく心を閉ざしたまま父親と二人で暮らしてきたのだろうと思います。
 
 
15年前の殺人事件によって深見家は崩壊してしまいました。事件後ほどなくして、達彦と響子(大竹しのぶ)は感情的な行き違いから離婚してしまいます。長男の洋貴は達彦が、次男の耕平(田中圭)は響子が引き取って育てることになったようです。耕平は洋貴よりも3つ年下で26歳です。現在はすでに結婚していて婿養子として日垣家の籍に入っています。また日垣家の主人の厚意で離婚した母親の響子も日垣家に身を寄せて暮らしています。
 
 
15年前に亜季を殺した少年Aは、洋貴の友達の三崎文哉でした。文哉はポケットにしのばせていた金槌で凧揚げをしていた亜季を背後から殴って殴り殺しました。動機が何であったのかは不明です。
 
この事件以来、三崎文哉の家族は人殺しの家族として世間から白い眼でみられるようになります。父親の駿輔(時任三郎)は職を失い、文哉の妹の双葉(満島ひかり)も学校でいじめられるようになります。何度引越しをして新しく生活を始めようとしても、三崎家には「殺人犯の家族」というレッテルが付いて回ります。どこに転居しても必ず匿名の電話で密告されるのです。その度ごとに一家は転職と引越しを繰り返すことになります。何年たっても同じことの繰り返しです。
 
三崎駿輔は、三崎という姓のままではすぐにうわさが広まってしまうと考えて、寝たきりの祖母を除いて、妻・隆美(風吹ジュン)と長女・双葉と次女・灯里(福田麻由子)には妻の旧姓である遠山姓を名乗らせていました。団地の表札も遠山になっています。
 
それでも、殺人犯・少年Aの家族といううわさはすぐに広まってしまいます。双葉は被害者の家族が匿名の電話で密告しているのだろうと考えて、被害者の家族に会って嫌がらせをやめてくれるように頼もうとします。双葉は、山梨県の三芙根湖の畔に「釣船ふかみ」という貸しボート屋があることを見つけます。どうやらこの貸しボート屋が被害者家族と関係があることを突き止めたようです。
 
「釣船ふかみ」のある三芙根湖は自殺の名所です。桟橋に場違いの若い女性がひとりで佇んでいれば、これはもう自殺志願者と相場が決まっています。桟橋に佇んでいる双葉を見つけた洋貴は、てっきり自殺志願者だと思い込んでしまいます。洋貴が双葉に対して、ギクシャクしながらもわけもなく饒舌だったり精一杯親切であったりしたのは、双葉の怯えたような挙動や目つきに自分と同じ「被害者的な苦しみ」の匂いを感じたからです。
 
「お腹がすいた」という双葉に、洋貴はカップ焼きそばを差し出します。しかし、常識が欠如しているのか、気持が動転していたのか、双葉はカップ焼きそばの調理手順を間違えて、お湯を入れる前にソースをかけてしまいました。
 
結局、洋貴と双葉は、近くのファミレスで食事をすることになりました(最初からそうすればよかったのにね)。洋貴は双葉が15年前の殺人事件の犯人の妹であることを知りません。洋貴は双葉に15年前の事件について話し始めます。洋貴は、中学生のころに住んでいた松見台の家(現在は住む人もなく売りに出されている)の周辺の地図を描いて、自分の妹が殺されたときの状況を生々しく語り始めます。本来なら思い出したくない事件のはずなのに、その事件の状況を双葉を相手に熱く語る洋貴はどこか常軌を逸していました。洋貴がいまわしい事件の詳細を淡々と語るのは、おそらく、こんなことは大したことではないんだと無理矢理自分を納得させようとしていたのだと思います。
 
 
洋貴の父親・深見達彦は、1年前に胃癌の宣告をされていました。しかし、死ねば娘の亜季のところにいけると考えて手術を拒否していました。洋貴には秘密にしたまま癌の進行を放置していたのです(抗癌剤ぐらいは飲んでいたかもしれない)。ただ、達彦には死ぬ前にどうしてもやっておきたかったことがありました。殺された亜季の仇討ちです。達彦は密かに執念深く少年Aのゆくえを追っていました。
 
少年A・三崎文哉(風間俊介)は8年前に医療少年院を退院(?)していました。今では、雨宮健二と名前を変えて社会復帰しています。
 
達彦は、医療少年院の看護師から、退院前に文哉が描いたという絵をもらっていました。湖の水面に少女が浮かんでいる美しい絵です。文哉にとって15年前の事件は心が安らぐような甘美な思い出になっているようでした。文哉があの日に戻りたいと考えて虫が騒げば、第二の殺人事件を惹き起こすかもしれません。
 
達彦は、事件を反省するでもなく、罪をを償うでもなく、社会復帰をして平然と生きている雨宮健二(=三崎文哉)をこの手で殺したかったと激白します。達彦が娘の亜季をどんなに愛していたか、そして少年Aをどんなに憎んでいたか、覇気がなく頼りない父親だと思っていた達彦にも秘められた激情があったことを、洋貴は思い知らされます。
 
後悔、嘆き、悲しみ……洋貴の中に、15年前の、人生でもっとも長かった1日が蘇ってきました。忘れかけていた亜季の顔も、まるでそこに亜季がいるかのようにはっきりと思い出せます。洋貴は、父・達彦が果たせなかった願いを、達彦に代わって果たしてやろうと考えるようになります。達彦の怨念が息子の洋貴に憑依したのかもしれません。

達彦によれば、少年Aが世話になっていた保護司が亡くなり、その保護司の葬儀が明日東京で営まれることになっているとのことでした。その葬儀式場に少年Aは必ず現れるはずです。
 
洋貴は東京の葬儀式場(どこかの寺)に出かけました。内ポケットには包丁をしのばせています。式場に現れるはずの少年Aを殺すつもりです。一方、不吉な予感に襲われた双葉もその式場に現れます。他人から見れば鬼畜のような兄でも、双葉にとってはたったひとりの兄です。その兄を洋貴が殺そうとしています。
 
洋貴は式場の近くの歩道橋の上に立っている文哉を見つけます。包丁を取り出して、歩道橋を上がろうとする洋貴の脚に双葉が取りすがります。双葉が洋貴の脚に取りすがっていたわずかの隙に、文哉は歩道橋の反対側に降りてタクシーで走り去ってしまいました。双葉の「逃げて! お兄ちゃん!」という叫びが文哉に聞こえたかどうかは不明です。
 
洋貴は、単なる自殺志願者だと思っていた双葉が実は文哉の妹であったことを知ります。洋貴としては、文哉のかわりに双葉を殺すわけにもいきません。

  
式場に現れた双葉は、兄の文哉だけでなく洋貴も助けたことになります。殺人を犯していたかもしれない洋貴を双葉が救ったのです。殺人という犯罪は周囲への影響が甚大で自分ひとりの責任だけでは済まされません。
 
殺された被害者の家族が犯人を殺してやりたいという激情に駆られたとしても、「自分の家族を殺人犯の家族にしていいのか?」と自問すれば、その殺意は急速に萎えていくはずです。どんなに憤りを感じても、一時の激情による意趣返しの代償はあまりにも大きすぎます。
 

洋貴はこれからどうするつもりでしょうか?復讐の鬼となって、あくまでも文哉を殺そうとするのでしょうか?

続きは → http://mugigicat.cocolog-nifty.com/blog/2011/07/post-b26a.html

 

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