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2011年7月23日 (土)

脚本・坂元裕二の「それでも、生きてゆく」第3話を観る

AKB48の前田敦子主演のドラマ「花ざかりの君たちへ」の視聴率が極端に不調で話題になっています(第2回放送は6.0%)。前クールの「マルモのおきて」が快調だっただけに、ある程度の反動はしかたがないとしても6.0%はひどすぎます。何がどうしてこうなってしまったのでしょうか……。
 
脚本・坂元裕二の「それでも、生きてゆく」も視聴率的には苦戦を強いられています(第3回放送は7.4%)。このドラマはもともと地味なドラマで高視聴率は最初からそれほど期待されていなかったと思います。それでも7.4%はちょっと厳しいです。今後5%割れなんてことになったら一大事です。途中で打ち切りになってしまうかもしれません。
 
 
さて、第3話です。
 
洋貴(瑛太)と双葉(満島ひかり)は松見台のお祭りで偶然洋貴の母・響子(大竹しのぶ)に出くわしました。響子は双葉が文哉(風間俊介)の妹だとは知りません。おそらく洋貴の彼女だと勘違いしたと思います。その場は軽く挨拶をしただけで別れましたが、この二人(響子と双葉)は洋貴がいないところで再び出会うことになります。
 
響子は街で偶然双葉を見かけます。双葉は背中にゴリラの顔がプリントされたTシャツを着ていました。双葉はアルバイトの面接がダメだったのか落ち込んでいました。響子は双葉に声をかけてボーリングに誘いました。いまどきボーリングが趣味という人も珍しいですが、響子は気が滅入ったときは気晴らしにボーリングをやっているみたいです(カラオケにすればよかったのにね)。
 
双葉は響子が優しくしてくれるので、つい調子に乗って響子と仲良くなってしまいました。でも、響子は亜季を殺した加害者の家族を憎んでいます。双葉が文哉の妹だと知ったら大変なことになります。双葉は響子に名前を訊かれたとき、アタフタしながらとっさの思いつきでデタラメの名前を口にしました。
 
洋貴と初めて会ったとき、双葉は「遠山双葉」という本名を名乗っていました。響子に本名を名乗っても不思議はないのですが、虫が知らせたのか、双葉が響子に告げたのは「バンドウサク」という偽名でした。以後、双葉は響子からサクちゃんと呼ばれるようになります。
 
すっかり仲良くなってしまった響子と双葉は、「釣船ふかみ」にやって来てトウモロコシを焼きながらはしゃいでいました。そこへ裏で風呂焚き(?)をしていた洋貴が戻ってきました。絶対に会わせたくないふたりが仲良くしている様子を見て、洋貴は呆然とします。いくらなんでもそりゃないだろうという気分だったと思います。
 
 
響子は、4、5年前から興信所を使って加害者家族の動向を調べていました。三崎家と遠山家が同じ家族であることも知っていました。いやがらせの無言電話やビラまきも興信所に依頼して代行してもらっていました。響子にとってはいやがらせを続けることが唯一の生きがいだったのかもしれません。
 
 
15年前に事件があった日、響子は娘の亜季に、座ると膝の出る丈の短いスカートを穿かせていました。短いスカートが原因で亜季はみだらな行為の標的にされて殺されたのではないか、もしそうだとすれば、不注意だった自分にも責任があると響子は考えていました。洋貴が亜季の面倒を見ていなかったことを後悔して今でも自分を責めているように、響子もこの15年間、亜季が殺されたのは自分の責任かもしれないという自責の念に人知れず苛まれていました。
 
もし、亜季が乱暴された挙句に殺されたのだとしたら……響子は考えただけでも気が変になりそうでした。恐ろしくて事実を確かめることもできないまま15年をすごしてきました。亜季は性的ないたずらをされたあとで殺されたのかもしれないし、そうでないかもしれません。もし、そうでなかったとしたら、響子は自分の勝手な妄想に苦しめられていたことになります。
 
娘を殺された悲しみの中で、響子が何に拘っていたのか、何が響子を苦しめていたのかを知った双葉は、洋貴に、今からでも事実を調べて本当のことを響子に伝えて欲しいと懇願します。万が一響子の妄想が事実であったとしても、それでも知った方がいい、本当のことを知らないままでいることのほうがずっと苦しい、というのが双葉の考えでした。
 
事情を理解した洋貴は双葉といっしょに東京に出かけて手がかりを捜しました。相談に訪れた弁護士事務所でたまたま居合わせた藤村五月(倉科カナ)という女性と知り合いになります。五月は洋貴と同じ殺人事件の被害者家族でした。この藤村五月の尽力で洋貴は15年前に殺された亜季の「検視調書」を手に入れることができました。その検視調書には、亜季には姦淫の事実はなかったことがはっきりと明記されていました。
 
検視調書を手に静岡に戻った洋貴は、いやがる響子にむりやり検視調書の内容を読んで聞かせました。響子が恐れていた事実はなかったことを伝えて、洋貴はなんとか響子を励ましたかったのです。
 
逃げないで過去と向き合えば、悲しみは消えなくても悲しみを箱の中に閉じ込めることはできる……これが洋貴が到達した結論でした。この洋貴の思いは響子にも伝わったと思います。
 
響子はしっかり過去と向き合う決心をしました(たぶん)。響子は加害者家族を訪ねることにしました。興信所を使った加害者家族へのいやがらせはもう卒業です。おそらくこれまでのいやがらせを謝りたいと考えたのだと思います。
 
響子が恐る恐る遠山家の様子を伺っていると、家から双葉の妹の灯里(福田麻由子)が出てきました。灯里は、背中にゴリラの顔がプリントされているTシャツを着ていました。双葉が着ていたあのTシャツです。響子は灯里の背中を見つめながら双葉が何者であったかを悟ったと思います。
 
次に双葉の父・三崎駿輔(時任三郎)が出てきました。響子と駿輔はしばし沈黙したまま不思議なものでも見るようにお互いに見詰め合っていました……。

続きは → http://mugigicat.cocolog-nifty.com/blog/2011/07/post-1ef9.html

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