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2011年7月15日 (金)

脚本・坂元裕二の「それでも、生きてゆく」第2話を観る

ワールドカップに興奮して羽目をはずせる人は幸せです。少なくともその瞬間だけは。洋貴(瑛太)と双葉(満島ひかり)は、いつになったら、心の底から大声で笑ったり、体全体で歓喜を表現することができるようになるのでしょうか……もう一生無理でしょうか?
 

 「それでも、生きてゆく」の第2話です。 

深見達彦(柄本明)の葬儀が行われました。身内で出席したのは、息子の洋貴と耕平(田中圭)の二人だけです。ほとんど弔問客の来ない寂しいお葬式だったのだろうと思います。

耕平の婿養子先の主人である日垣誠次(段田安則)は温厚な人です。父・達彦が亡くなってひとりぼっちになってしまった洋貴を心配して、仕事の世話を申し出てくれました。しかし洋貴には人の思いやりや優しさを素直に受け入れるだけ心の余裕がありません。まるで29歳の不良少年です。誰に似たのか意固地なところがあります。決して日垣の家庭に馴染もうとはしません。
 
洋貴は、仕事を紹介するという誠次の申し出を断って、自分ひとりでも「釣船ふかみ」の貸しボート屋を続けていくと言い張ります。本気でそのつもりです。
 
 
日垣家からの帰り、洋貴は車の中に落ちていたメモを見つけます。双葉が投げ入れた携帯の電話番号が書かれたメモです。双葉は、許されるなら、被害者の兄と加害者の妹というお互いの立場をわかった上で、もう一度洋貴ときちんと話がしたいと考えています。話をして、謝って、加害者の家族の気持をわかってもらいたいのです。
 
洋貴は、この15年間、加害者の家族がどんな苦しみを背負って生きてきたのか、その残酷な状況を想像することができません。加害者の家族は事件のことなどすっかり忘れて世間並みに面白おかしく暮らしているのだろうと考えていました。洋貴にとって加害者の家族である双葉は憎むべき「敵」であったりします。
 
それでも洋貴は二度と双葉の顔なんか見たくないと思っているのかというと、そうでもなかったようです。何か目的があったのか、それとも単なる気まぐれか、洋貴は双葉に電話をして「釣船ふかみ」に会いにくるように伝えました(たぶん)。
 
 
双葉の家族は、母親・隆美(風吹ジュン)の兄・遠山悟志(山田明郷)を頼って、再び静岡に引越してきました。双葉の父・駿輔(時任三郎)は悟志から仕事(クリーニングの配達)を紹介してもらい、しばらくは一家で落ち着いて生活できるはずでした。しかし、どこでどう調べたのか、引越し先にも依然として嫌がらせの無言電話がかかってきます。いったいだれがかけているのでしょうか。今のところ、洋貴の母親の響子(大竹しのぶ)が一番怪しいです。
 
引っ越し先で荷物の整理をしていた灯里(福田麻由子)は姉・双葉が兄・文哉(風間俊介)宛に出した手紙を見つけました。消印は3年前の平成20年7月26日です。投函したものの宛先が間違っていて返送されてきた手紙です。
 
その手紙には、文哉がいなくなってからの三崎家(=遠山家)の幸せな様子が綴られていました。双葉はOLで元気に仕事をしているし、父・駿輔は(会社を首になることなく)出世して部長になっています。母・隆美はパッチワークを教えている先生です。顔も知らない妹の灯里も文哉のことが大好きです。みんなお兄ちゃんの帰りを待っているので、早く帰ってきて欲しいといったことが切々と書かれていました。もちろんみんなウソです。
 
双葉には、現実と空想の見分けがつかなくなる虚言癖のような性癖があるみたいです。深読みすると、15年前に亜季を殺したのは文哉ではなくて、本当の犯人は双葉だったのかもしれません。ただ、双葉は記憶を失くしていて自覚症状がありません。文哉はすべてわかっていて双葉の罪を引き受けたのです。大好きなお兄ちゃんが亜季に優しくするので嫉妬した双葉は無我夢中で亜季を殺してしまった……まあ、これはほとんどありえない推測ですが、文哉と双葉を比べた場合、農園(草間ファーム)で真面目に働いている寡黙な好青年の文哉と、どこか情緒不安定で虚言癖のある双葉とでは、明らかに双葉の方が犯罪者にありがちなタイプに見えます。
 
 
さて、双葉は再び「釣船ふかみ」にやってきました。洋貴が電話して呼んだのです(たぶん)。恐る恐る入ってきた双葉は、静岡県駿府市(架空の都市)で小3の女児(8歳)が行方不明になっているニュースを伝えている新聞を洋貴に差し出しました。
 
もし女児を連れ去ったのが文哉なら、15年前の悪夢が繰り返されます。犯行現場は三日月山です。まさかとは思いつつも、双葉と洋貴のは三日月山へと向かうことにしました(「釣船ふかみ」からでも三日月山はそれほど遠くないようです)。
 
三日月山に向かう山道を歩きながら、双葉は洋貴がどんな気持でいるかを考えることなく、問わず語りに兄・文哉の思い出を一方的にしゃべりまくります。以前ファミレスで双葉の気持を無視して洋貴が一方的にしゃべりまくったのとちょうど立場が逆になった感じです。洋貴と双葉は、空気を読まずに、自分の言いたいことを一方的にしゃべろうとする悪癖があるようです。この、夢中になると相手を無視してしまうという悪癖は、まるで実の兄妹のようにこの二人はよく似ています。
 
双葉は、兄・文哉がどんなにやさしかったかを力説しつつ、そんな兄が人を殺せるわけがないと、兄の冤罪を訴えます。もちろん、ほとんど希望的観測に近いそんな訴えが洋貴に通用するはずがありません。
 
いまだに文哉を兄として慕っている双葉に激怒した洋貴は、首を絞めて双葉を殺そうとします。半分本気で半分は脅しです。首を絞められて喘ぎながら双葉がいいました。
 
 どうぞ、いいですよ。わかってます。
 「犯人の家族は死んで謝れ」って、「償って一家心中しろ」って言われてきましたから。
 
 死にたいと思ったことないけど、生きたいって思ったことないし。
 
 妹とかにも言われるんですよ。
 「お姉ちゃん、自分で人生選んでないね」って。
 でも、あたし、全然そんなことないんです。
 あたし、選んだんです。
 自分で選んだ結果がこういう感じなんです。
 
 後悔なんかしていません。
 こういう人間のこういう人生なんです。

 
双葉の心象風景はあまりにも悲しく、それは洋貴のそれとあまりにも酷似しています。洋貴に双葉が殺せるわけがありません。
 
 勝手にしろ!!
 
と言わんばかりに洋貴は、双葉を三日月山に残して「釣船ふかみ」に帰ってしまいました。洋貴が何気なくテレビをつけると、行方不明の女児が無事に保護されたというニュースが流れていました。行方不明の女児と文哉は関係がありませんでした。洋貴は、「文哉を生かしておけば第二、第三の犠牲者が出る」と、双葉に悪たれをついた自分に少し後ろめたさを感じました。
 
雨も降ってきました。洋貴は、山中にひとり残してきた双葉のことがなんだか心配になってきました。
 
双葉は、降り出してきた雨の中で、三日月湖の湖畔に咲き乱れているひなげしの花を見て号泣していました。兄の文哉にとってひなげしは弔いの花です。犯行現場に文哉がひなげしの種を蒔いたのです。亜季を殺したのは文哉です。双葉は確信しました。冤罪かもしれないという双葉のはかない望みは無残にも打ち砕かれました(ここで留意しておきたいのは、文哉が亜季を弔った気持と文哉が亜季を殺害したかどうかはあまり関係がないということです。弔ったからといって殺したとは限りません。真犯人は文哉ではないという可能性もまだかすかに残されています。このドラマはいかもに犯人は文哉であると視聴者に思い込ませるようなシーンが多いです。それだけにひょっとしたら犯人は違うのではないかと考える余地も残しておきたいです)。
 
 
双葉を心配して三日月山に戻ってきた洋貴に、双葉は亜季ちゃんを殺したのは兄・文哉であることを認めて許しを請います。泣き叫んで必死に許しを請う双葉に、洋貴はたじろぎます。洋貴の心から双葉に対する憎しみが消えていきます。被害者の兄と加害者の妹の心が触れ合った瞬間です。この二人を見ていると、洋貴は双葉に亜季の面影を、双葉は洋貴に文哉の面影を求め始めているように思えてきます。
 
 
夏祭りの季節です。洋貴は双葉を車で送る途中、車を降りて双葉を近くの夏祭りに誘いました。どういう心境の変化でしょうか。世捨て人(?)の洋貴が女性(つまり双葉)を夏祭りに誘うなんて、これまでだったらありえないことです。

続きは → http://mugigicat.cocolog-nifty.com/blog/2011/07/post-8153.html

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