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2011年8月30日 (火)

坪内祐三の『ストリートワイズ』(講談社文庫)を読む

毎月文庫の新刊を1冊読むことにしています。何を読むかはそのときの気分で決めます。7月は坪内祐三の『慶応三年生まれ 七人の旋毛曲り 漱石・外骨・熊楠・露伴・子規・紅葉・緑雨とその時代』を読むことにしました。

この本は、明治の元号と満年齢が一致する慶応三年生まれの七人の評伝を同時進行で進めることによって、明治という時代を立体的に描こうとした大変な労作です。個人的には興味深い本でしたが、いかにも売れそうもない本です。

この坪内祐三という人、大学の先生ではなさそうだし、こんな売れそうもない本ばかり書いていて、ご飯食べていけるのだろうかとちょっと心配になりました。夏目漱石の小説でさえ読まれなくなりつつある現在、こうした本は普通の人はまず読みません。だいたい斎藤緑雨なんてほとんどの人は名前すら知らないと思います。

あえてこういう売れそうもない本を書く坪内祐三とはどういう人なのだろうかと思ってネットで調べたところ、坪内逍遥の曾孫ではなかったですが、いいとこのお坊ちゃん(父親が元日経連専務理事)で、あまり生活には困っていないみたいでした。フリー百科事典のWikipediaでも、(その著作において)「金銭に余裕のある現代のオタクや高等遊民のような側面を見せる」と評されていました。つまり、売れようが売れまいが知ったこっちゃない、自分の興味のあることを徹底的に追及する「旋毛曲り」の人みたいです。

『慶応三年生まれ 七人の旋毛曲り』は明治27年8月1日の日清戦争勃発のところで突然終わっています。「あとがき」には次のように書かれていました。

 唐突に思えるかもしれないけれど、いちおう、これはこれで完結したのである。
 私は飽きてしまったのである。

 

先日、新宿のジュンク堂で文庫本の棚を眺めていたら、講談社文庫のところに『ストリートワイズ』という坪内祐三の本があるのを見つけました。奥付をみると、「2009年4月15日第1刷発行」となっていました。つまり売れてないんですね。ジュンク堂だからかろうじて並んでいたもののスペースの限られた普通の街の本屋さんではまずこの本は置いてありません。つい買ってしまいました。
 
 
この『ストリートワイズ』はエッセイ集です。この本を読むと、坪内祐三(1958~)がどのようにして保守反動の重鎮(?)福田恆存(1912~1994)に可愛がられるようになったのか、またどのようにして親子ほども年の離れた文化人類学者・山口昌男(1931~)と親しくなったのかがわかります。

『ストリートワイズ』に収録されている「一九七九年の福田恆存」(追悼文)によれば、学生時代の坪内祐三は、福田恆存が隊長(?)を務めていた現代演劇協会の事務局員の募集(ほとんどタダ働きのアルバイト)に応募して初めて福田恆存に会ったそうです。そのときの印象を次のように述べています(坪内祐三21歳、福田恆存67歳のころです)。

ただ一つ憶えているのは、自分の孫ほどに年の離れた一介の大学生相手に、少しも偉ぶることなく、一人前の会話相手として対等に接してくれた福田さんの姿である。これには驚いたし、感動した。私はそれまで、そういう大人に出会ったことがなかった。

話しているうちに坪内祐三が福田恆存の著作のかなり熱心な読者であるとこが福田恆存に伝わりました。おそらく、その著作で言わんとしていることが正確に坪内祐三に理解されていて、その正確に理解されているということがこれまた正確に福田恆存に伝わったのだと思います。

大思想家だって人の子です。自分の著作の熱心な読者(理解者)が現れればそりゃあ悪い気はしません。しかも相手が学生となれば、いやでも坪内祐三を可愛がりたくなろうというものです(新潮文庫の坪内祐三著・『考える人』によると、坪内祐三の父と福田恆存は知り合いだったらしいです)。

ところで、この福田恆存という人は何を問題にしていた思想家だったのでしょうか。「一九七九年の福田恆存」の中で、坪内祐三は『諸君!』1980年6月号に掲載された「言論の空しさ」という福田恆存の論文に言及して次のように述べています。

 この時期、日本の言論界は、ソビエトのアフガニスタン侵攻、中国の四人組裁判などの影響で、左派いわゆる進歩的文化人、およびそのシンパたちが勢いを失い、右派は、それみたことかと、己の状況分析の正しさを我先にまくしたてていた。先見の明を誇ってよいはずの福田さんは、そういうジャーナリズムの中で居心地の悪さを感じていた。孤立していた。

この「居心地の悪さ」は何に起因するのでしょうか。孫引きになりますが、坪内祐三は福田恆存の「言論の空しさ」から次の箇所を引用しています。

 なるほど平和論批判の時、私(福田恆存)の為に援護射撃してくれる人は殆ど無く、私は村八分にされた、その頃に較べれば確かに世の中は変り、私の様な考へ方(反左翼的考え方)は、「常識」になったとさへ言へる。寧ろ左翼的な「進歩的文化人」の言論の方が村八分にされかねない世の中になった。そして私は二十数年前と同様、厭な世の中だなと憮然としてゐる。その意味では、世の中は少しも変ってゐはしない。

注)福田恆存は頑固一徹の人で最後まで旧仮名遣いをやめませんでした。

1980年当時、何が変ったかといえば、世界情勢の変化によって左翼的言論が流行らなくなり、右翼的言論がもてはやされるようになりました。変わったのはただそれだけです。時代の空気に流されて、自分の頭で物事を考えようとしないジャーナリズムの体質(=根本的欠陥)は、百年一日のごとくまったく変わっていないというのが福田恆存の認識です。

忙しくて考えている暇がないのか、考えていると貧乏神に取りつかれて出世ができなくなるのか、いつの時代でも大半の人は状況に身を任せて深く物事を考えようとはしません。そのほうがが人生楽だからです。「厭な世の中」と言われてしまうと返す言葉がありません。実にすまんことです。
 
 
さて、文化人類学者の山口昌男とは、坪内祐三はどこでどうして知り合いになったのでしょうか。どうやら古本好きという趣味が共通していて意気投合してしまったみたいです。『ストリートワイズ』には、「『月の輪書林古書目録9』を読む」という世にも奇怪なエッセイが収録されています。このエッセイの中で坪内祐三は次のように述べています。

 かなりの読書家で、本については口うるさい私の友人の何人もが、この目録を手にしてしばらくの間、注文したい本のチェックを忘れて読みふけり、この目録の世界にはまってしまったと告白していた……中略……なかでも、その中毒症状が激しかったのは(たぶん私以上に)、ほかならぬ『本の神話学』の著者である山口昌男氏である。山口さんは私に、この目録に目を通したあとで、しばらくは、もうほかの目録を手にする気が起きない、と語った。

古書の目録を読んで感動できるようになれば、読書家としては達人の域に達したといえるのかもしれません。そして、その達人の読書家を感動させる目録が作れる古本屋は、これぞまさしく古本屋の達人です。読書家と古本屋の戦い……世の中にはマニアックな世界があったものです。

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2011年8月28日 (日)

「それでも、生きてゆく」・番外編・大竹しのぶの女優魂

第8話の感想文が長すぎました。あんまり長いと後半は読んでもらえません(たぶん)。そこで後半を番外編にすることにしました。「大竹しのぶの女優魂」です。
 
「女は弱し、されど母は強し」です(ちょっと違うかな?)。響子(大竹しのぶ)が亜季殺しの文哉(風間俊介)に向っていくシーンはとにかくすごかったです。響子の積年の憎しみと悲しみが文哉に対する恐怖心を克服してしまった感じです。
 
 
釣船屋「ふかみ」にやってきた文哉は、あくまでも雨宮健二として釣り人を装っていました。響子は文哉の手元にあった刃物をさりげなく取り除きます。なんでそんなことをするんだろうと、文哉は一瞬けげんに思ったはずです。
 
しばらく沈黙が続いてから響子が静かに話しかけました。
 
 「文哉くん……(もうわかっているわよ)」
 「……はい(そういうことか)」
 「今日ね、洋貴出かけてるの」
 「……そうですか」
 「何の用?」
 「妹を迎えに来ました」
 「妹さんも、洋貴といっしょよ」
 「………」
 
 「千葉の農家のお宅で、事件があってね」
 「………」
 「娘さんが襲われたんですって……こん睡状態らしいわ」
 「………」
 「かわいそうに。お子さんもいるみたいなのに」
 「………」
 「無念だったと思うわ」
 「………」
 「そう思わない?」
 「………わかりません」
 「どうしてわからない?」
 「………わかりません」
 「わからなくないでしょ」
 「………わ、わかりません」

 
居たたまれなくなった文哉はその場を逃れようとします。逃げる文哉を響子が追いかけます。
 
 「わからないはずないでしょ。あなたがやったんだから」
 「………」
 「あなたがやったんだから」
 「忘れました」
 「忘れたんなら、思い出しなさいよ」
 「無理です。病気なんです、そういう病気なんです。病気って、自分じゃどうしようもできないから……」

 
激高した響子の平手打ちが飛びました。響子は半狂乱です。時計が止まったまま生きてきた15年間の恨み辛みを文哉にぶつけます。
 
 「ここよ、ここに亜季がいたの。あたしのおなかの中に亜季が10ヶ月いたの。その間に、母親がなに思うと思う。ひとつだけよ。健康に生まれますように、健康に生まれますようにって、毎日毎日10ヶ月間それだけを思うの。亜季はねえ、女の子なのに、女の子なのに、生まれたとき3360グラムもあって、大きくなるねえ、あなたおおきくなるねえって、話かけてたの」
 
 「つかまってたっちできるようになって、台所の、家のね、台所の横の柱に、背中つけて、背測って、並んでキズ見ながら、おー今年はこんなに伸びたねえ、ご飯いっぱい食べたからだねえって、笑ってたの。小学校行って、最初は、大きいランドセルが、だんだん小さく見え始めて、亜季はきっと中学になったら、お母さんの背越しちゃうんじゃない、って言ってたの。言ってたころにねえ、あなたに殺されたの」

 
響子の気迫が文哉を圧倒します。文哉は響子と目を合わせることができません。
 
 「あなたが殺したの!あなたが亜季殺したの!!」
 「……」
 「あたし、あなたが中学生だったとしても、あなたが心失ったんだとしても、あたしは、あんた許さない!!」

 
響子の言葉に心を抉られた文哉は、絶叫しながら響子に襲いかかります。馬乗りになって首を締めようとする文哉に抵抗しながら響子が叫びました。
 
 「殺しなさい。殺せるもんなら、殺しなさい。あたしは死なないから。あなたが死ぬまで、絶対に死なないから」
 
 
遠くでセミが鳴いています。響子の首を絞めていた文哉の力が抜けていきます。脱力した文哉が夢遊病者のように呟きました。
 
 「亜季ちゃんきれいだった……三日月湖に浮かぶ亜季ちゃん……きれいだった。それだけはよく覚えているんです。だからおばさん……そんな落ち込まないで」
  
文哉は病気です。文哉には人としての感情がありません。文哉はすでに妄想の世界の住人です。響子は呆然として言葉を失っていました。
 
このとき、響子は悟ったかもしれません。この世には15年間苦しんできた自分よりももっと不幸で悲しい人間がいる……三崎文哉です。

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2011年8月26日 (金)

脚本・坂元裕二の「それでも、生きてゆく」第8話を観る

三崎文哉(風間俊介)は殺人衝動の病気が再発しました。責任転嫁もはなはだしいですが妹の双葉(満島ひかり)のせいだそうです。

   「お前がイヤだっていうからこんなことになったんだ」

精神状態が不安定になってきた文哉は黙って草間ファームを出て行こうとしました。まだ正気が残っていてこのままでは新たな事件を起こしそうでそれを恐れたのかもしれません。しかし、娘・悠里(原涼子)の怪我を文哉にやられたと勘違いした真岐(佐藤江梨子)になじられ、文哉は真岐に瀕死の重傷を負わせてしまいます。

その日はちょうど文哉の父・三崎駿輔(時任三郎)が草間ファームに文哉を訪ねて来た日でした。駿輔が救急車を呼んで真岐は病院に運び込まれました。一命は取りとめたものの昏睡状態が続きます。このまま真岐の意識はもどらないかもしれません。

少し遅れてやってきた洋貴(瑛太)と耕平(田中圭)も真岐の父・草間五郎(小野武彦)や三崎駿輔と合流して病院で真岐の容態を見守ることになりました。見守るといっても真岐は集中治療室で生死の境をさまよっています。病室の外で待機しているだけです。
 
 

「釣船ふかみ」では響子(大竹しのぶ)と双葉が二人だけでぎこちない食事をしていました。その食事の最中に双葉のケータイに電話がかかってきました。公衆電話からです。双葉はてっきり洋貴からの電話だと思っていました。しかし電話の主は兄の文哉でした。

双葉は文哉に、自分が三芙根湖の深見家に洋貴の母親(響子)といっしょにいることを話してしまいます。文哉には教えてはいけない情報だったかもしれません。

 「お前がイヤだっていうからこんなことになったんだ」
 「こんなことって何?」
 「双葉のせいで、また、人、殺した…」

文哉は一方的に電話を切ってしまいます。その直後に今度は深見家の電話が鳴りました。耕平からです。耕平は文哉がまた事件を起こして重体の被害者(真岐)が入院していることを響子に伝えました(たぶん)。
 
 
久しぶりに(?)お風呂に入った風呂上りの双葉が響子に言いました。

 「あっ、あの、あたし、会いに行ってきます」
 「だれに? 洋貴? お父さん? お兄さん?」
 「……被害者の方に」

双葉は深々と響子に頭を下げて「釣船ふかみ」を出て行きました。
 
 
双葉が袖ヶ浦の病院に向う一方で、文哉は三芙根湖の「釣船ふかみ」に向っていました。すれ違いです。文哉は同じバス停で降りた耕平の妻・日垣由佳(村川絵梨)といっしょに「釣船ふかみ」にやってきました。

由佳が連れて来た文哉を見た瞬間、響子は15年前に娘の亜季を殺した文哉が目の前に現れたことを悟りました。15年ぶりに会ったら普通はすぐには気がつかないと思います。でも、ドラマだからいいことにします。
 

双葉は真岐が入院している袖ヶ浦の病院にやってきました。しかし、双葉が来たことによって、謝罪したかった双葉の気持とは裏腹に、娘の真岐を奪われた草間五郎の気持を逆なですることになってしまいました。
 
双葉のやることはどうもチグハグでうまくいきません。考えてみると、双葉はいまだに家出中です。息子の文哉が傷害事件を起こしてしまった駿輔はまだ当分帰ってこれそうにもありません。そこで洋貴が問題児(?)の双葉を実家へ送り届けることになりました。

洋貴が運転する帰りの車の中で、双葉は「死にたい」ともらしました。双葉は精神的に追い詰められていて疲れ果てていました。そんな双葉に洋貴が言いました。

 「べつに、べつに死ぬのはけっこうですけど……遠山さんが死んだら……オレも死ぬと思います」
 「なに言ってるんですか。あたしと深見さんは加害者と…」
 「そんなのどうでもいいだろ…死ぬとか言うなよ……あんたにそんなこと言われたら、オレは……オレは……」

さらに洋貴の愛の告白です。

 「できるもんなら、何もかも忘れて、できるもんなら、なにもかも投げ出して……どこかずっと遠くの、だれも知らない、ぼくのことも、だれも知らないところに、行きたい…………ふたりだけで」

これは、いつか文哉が双葉に言った言葉と同じです。文哉は双葉を連れて母親の故郷・因島へ行きたがっていました。双葉には、兄の文哉と洋貴がダブって見えたと思います。

 
 
今回の草間ファームの傷害事件はすでに警察が動き出しています。三崎文哉が逮捕されるのは時間の問題です。でも、病気の文哉は逮捕されても罪に問われることはないのかもしれません。しばらくは周囲に地獄の苦しみをもたらしながら文哉の暴走が続きそうです。

続きは → http://mugigicat.cocolog-nifty.com/blog/2011/09/post-21a2.html

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2011年8月21日 (日)

ポール・マッカートニー、ビートルズナンバーを歌う

ポール・マッカートニーに昔のビートルズの曲を歌ってもらうと、「そうか、この曲はこういう曲だったんだ」と、あらためてその曲想を教えられます。焦点がピタリと合って、ぼやけていたイメージがハッキリしてくる感じです。

ちょっと聴いてみましょう。曲目に注目して思わずニヤリとしてください。

I'll Get You
1963年8月にビートルズが発表した4枚目のオリジナル・シングル(「She Loves You」)のB面曲です。この曲は日本盤のアルバムには久しく収録されていませんでした。まぼろしの名曲です。

 

Something 
1969年9月にビートルズが発表したイギリス盤公式オリジナル・アルバム「アビイ・ロード」の収録曲です。作詞・作曲はジョージ・ハリスンですが、あまりの素晴らしい出来にレノン=マッカートニーの曲と勘違いしていた人も多かったようです。

 

デイ・トリッパー
1965年12月にビートルズが発表した11枚目のオリジナル・シングル曲です。ドラッグ・ソングです。

 

ア・デイ・イン・ザ・ライフ/Give Peace A Chance
ア・デイ・イン・ザ・ライフは1967年6月にビートルズが発表したイギリス版公式オリジナル・アルバム「サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド」の収録曲です。
当然のことながら、ここではジョンのパートもポールが歌っています。ジョンとポールとでは個性も声の質も全然違うのに、ポールが歌ってもまったく違和感がありません(鳥肌が立ちませんか?)。
Give Peace A Chanceは1969年にジョン・レノンがプラスティック・オノ・バンド名義で発表したソロ・デビュー曲です。ビートルズ解散前だったためか、作詞・作曲はレノン=マッカートニーになっています。

  
 
全体の選曲をあえてポール・マッカートニーらしくない曲にしてみたのですが気がつきましたか?

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2011年8月19日 (金)

脚本・坂元裕二の「それでも、生きてゆく」第7話を観る

このドラマは、どこかに救いはないものかと探してもなかなか見つかりません。ドラマが発しているメッセージはあまりにも残酷です。

   人生に救いなんかあるものか。人間はそれでも生きてゆくんだ。

まいったなあ……何だかスポンサーが逃げ出したくなるような展開になってきました。真犯人はほかにいるのではないかと甘く考えていた視聴者(=つまり私)をあざ笑うかのように、三崎文哉(風間俊介)がその病的本性を現してきました。もうダメです。

今やドラマは後戻りできない重苦しいダークな世界に突き進んでいます。笑いの要素は皆無になってきました。ここまでくるともうハッピーエンドは無理です。悲劇を最小限にくい止めるシナリオは、文哉が自ら命を絶つことぐらいしか思いつきません……いったいどういう結末になるのでしょうか。
 
 
さて第7話です。深見洋貴(瑛太)は医療少年院で三崎文哉を担当していた看護師・東雪恵(酒井若菜)を「釣船ふかみ」に連れてきました。雪恵は、洋貴と響子(大竹しのぶ)と耕平(田中圭)の3人を前に、三崎文哉について雪恵が知っているすべてを話してくれました。

医療少年院で文哉と親しくなった雪恵は、文哉が少年院を退院してから、しばらく文哉と同棲していました。雪恵は、文哉の過去を知っていましたが、文哉を信じてついていくつもりでいたようです。ところが、ある日、文哉の日記を見てしまいます。日記に綴られている文哉の心象風景は14歳のときのままでした。医療少年院は退院したものの、心の病が治ったわけではありませんでした。文哉は過去を反省するでもなく、今でも病的な殺人衝動を抱えたままです。

赤裸々に綴られた文哉の心の闇を知ってしまった雪恵は、恐ろしくなって文哉のところを逃げ出しました。以来、文哉とは会っていません。それでも現在文哉が何処にいるかは知っていました。

すべてを語り終えてから雪恵は、「まだ……彼に……会いたいですか?」と洋貴に問いかけました。洋貴は動揺しながらも「はい」と答えました。洋貴は文哉を殺しに行くつもりかもしれません。

別れ際に雪恵がポツリと言いました。

  「彼を楽にしてあげてください」
  
  
文哉の父・三崎駿輔(時任三郎)も虱潰しに果樹農園をチェックしてついに千葉の草間ファームを探し当てました。15年前に捨てた息子の文哉が今どうしているのか、対面のときがやってきました。

文哉に会おうとする駿輔に草間ファームの社長・草間五郎(小野武彦)が忠告しました。

 「あんたの息子さんはあんたに会いたがらないかもしれない。あんたや家族の話も、自分からしたことはない。それでも、どうしても会いたいっていうなら、それなら今度は、今度こそは見捨てたらダメだ。出来んのなら、会わずに、帰ったほうがいい」

駿輔はそれなりの覚悟をして草間ファームにやってきています。深々と頭を下げて「会わせてください」とお願いしました。

文哉はいまだに病気です。事件に対する反省はなく殺人衝動を抱えたままです。その事実を知ったとき、父・駿輔はどうするのでしょうか?
 
 
今回は終盤になるまでなかなか双葉(満島ひかり)が出てきませんでした。ようやく双葉が「釣船ふかみ」にやって来たとき、洋貴は耕平とともに草間ファームに向かっていました。

双葉を迎えたのは響子でした。これからは「釣船ふかみ」に来ると、母親の響子とも顔を合わせなくてはなりません。でも、響子も加害者家族の苦悩が少しはわかってきていました。双葉を睨みつけたりすることもなく、以前に比べると態度が優しくなりました。仲良くなれそうでよかったです。とにかくこのドラマは双葉が出てこないと息が詰まります。双葉が出てきてやっとホッとできます。ほかに救いはありません。

続きは → http://mugigicat.cocolog-nifty.com/blog/2011/08/post-d2d0.html

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2011年8月18日 (木)

「おひさま」・大変だ!タケオくんが嫁さんもらった!!

「おひさま」に出てくるキャラクターで「お気に入り ベスト3」は、

 1.陽子の幼なじみのタケオくん(柄本時生)←最高です。
 2.オクトパス(近藤芳正)←イザという時に陽子を守ってくれました。
 3.陽子の祖母(渡辺美佐子)←上から目線で高飛車なのがよいです。

タケオくんは戦地から帰還して、何も知らずに陽子にプロポーズしました。でも残念無念です。すでに陽子はそば屋の和成くんと結婚していました。タケオくんはしばらくは立ち直れずにフテ寝をしていました。

でも、タケオくんの忘却力は金魚並みです。すぐに気を取り直しました。で、茂樹くんよりも先に嫁さんを貰うことになりました。その嫁さんというのが……どこかで見たことがあると思ったら、なんと、安藤サクラ(「それでも、生きてゆく」で紗歩役の人)でした。面白すぎるぜ。
 
「おひさま」と「それでも、生きてゆく」は現在進行中のテレビドラマです。同じ時期に放送されているテレビドラマで、キャストが三人もダブっているというのも珍しいです(満島ひかり、田中圭、安藤サクラ)。

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2011年8月13日 (土)

「それでも、生きてゆく」・番外編・三崎文哉(風間俊介)の改名

ドラマ「それでも、生きてゆく」の三崎文哉(風間俊介)は「雨宮健二」の運転免許証を持っていました。これは、(その免許証が偽造でない限り)三崎文哉は戸籍上でも「雨宮健二」であることを意味します。「雨宮健二」は単なる通称や偽名ではありません。

改名(特に氏)というのはそんなに簡単にできるものなのでしょうか?

「教えてGOO 」のQ&Aコーナーで、「珍しい苗字で、氏の改名をしたいです」という質問があって、これに対する次のような回答がありました。

 わが国の戸籍法では氏については「やむをえない事由」があれば変更することができます(107条)。そして家庭裁判所の許可を得て変更できることになっています。今までの家庭裁判所の判例より、次のような基準が見て取れます。

 1.誰から見ても、珍奇な氏であり、他人から著しく嘲笑侮蔑されるようなもの。たとえば、「腹巻」「色摩」「阿保」や「百足」「天狗」「井戸端」「素麺」のような動物やものの名前がこれにあたります。

 2.難読、難解の氏で、社会生活を営むうえで、間違って読まれたりして不便を感じたり、話題になり恥ずかしい思いをするもの。たとえば「東恩納」「十八女」「一尺五寸」などです。常用漢字にないというのは理由になりません。

 3.外国人と紛らわしい氏。たとえば、「周」「金」「陳」などがこれにあたります。

 4.その姓を名乗ることが本人に有害である場合。有名なのは、差別脱却のための改氏(間邪、陀目など)ですが「前科があるので」は却下されています

 5.同姓同名の人がいて、社会生活を営むうえで非常に不便に感じている場合で郵便が間違って届いたり、善行、非行などで周囲に間違った認識を持たれてしまうケースが該当します。 

 申立権者は戸籍の筆頭者に限ります。配偶者のある人は必ず、共同して申し立てます。申し立て先は申立て人の住所地を管轄する家庭裁判所へ申立て人の戸籍謄本を添えて行います。この申し立てによって家庭裁判所で審判が開かれますが、その際申立て人と同一戸籍にある15歳以上の人の陳述を聴くことになっています。変更許可の審判が確定しますと、申し立て本人が市町村役場へ氏変更届に審判の謄本と確定証明書を添えて提出し受け付けられることにより、改氏が成立します。

詳しくは → http://oshiete.goo.ne.jp/qa/99798.html

 

「三崎」という氏は、「珍奇な氏」でも「難読、難解の氏」でも「外国人と紛らわしい氏」でもあれません。また、改名を申請する際に、「前科があるので」というのは正当な事由として認められていません。さらに、改名の申立権者は戸籍の筆頭者に限られています。したがって、三崎文哉が正当な手続きによって戸籍上の改名をすることはほとんど不可能です。だとしたら、どうして三崎文哉は「雨宮健二」になれたのでしょうか?

おそらく、三崎文哉は改名したのではなくて「雨宮健二」という人物の戸籍を手に入れて「雨宮健二」に成りすましているのだと思います。この不正には東雪恵(酒井若菜)が絡んでいます(たぶん)。

本物の雨宮健二は今どうしているのでしょうか?生きているのでしょうか?

 
もし成りすましでないとしたら、考えられる可能性としては、文哉がどこかの雨宮さんに養子にいったとか(ありえないか?)。

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2011年8月12日 (金)

脚本・坂元裕二の「それでも、生きてゆく」第6話を観る・後編

話は前日に戻ります。洋貴(瑛太)が東京に出てきて東雪恵(酒井若菜)を探していたころ、家出中の双葉(満島ひかり)はカラオケボックスにいました。場所はおそらく東京です。双葉はカラオケボックスから電話して洋貴を呼び出しました。

  「飲み物何にしようかな」
  「きのうとか、何してたんスか」
  「ああ、おばあちゃんのところに行ってました」
  「……ぼくウーロン茶で」
  「えっ?」
  「ウーロン茶ないんスか」
  「ありますよ。でも、ちょっと待ってください。あたしまだ決めてないんで」

  「お父さんとお母さん、うちに来ましたよ」
  「……」
  「うちの母と会いました」
  「そうですか」
  「遠山さんのこと、心配してましたよ」
  「ああ、でも、深見さんには関係ないことなんで」
  「ぼくも心配しましたよ」
  「……」
  「何かあったんじゃないかって」

洋貴に「何かあったんじゃないか」と訊かれて、文哉と会っていた双葉は動揺します。頭の中はパニック状態です。

  「深見さん、ジンジャーエールでいいんですよね」
  「どうしたんスか」

双葉のオーダーはもう支離滅裂です。

  「あ、すみません。ジンジャーエール2つと、あとフレンチポテトとミックスピザとカリカリベーコンのサラダ……あ、はい。あ、やっぱミックスピザやめて、あのシーフードピザにしてください。え、あ、ないんですか?じゃあ……ジンジャーエールだけでいいです」

オーダーの電話を切ってから気まずい沈黙が続きました。耐え切れなくなって双葉がきのう兄の文哉(風間俊介)に会ったことを正直に話しました。
 
文哉のことが話題になると殺したいと思っているかもしれない洋貴と、今でも文哉を兄として慕っている双葉の間に感情的な軋轢が生じます。

  「きのう、兄に会いました」
  「……」
  「おばあちやんの老人ホームで偶然、でも」
  「文哉今どこにいるんですか」
  「深見さん、ちょっと目が怖いです」
  「教えてください」
  「……」
  「どこにいるんスか」
  「落ち着いて、座りましょう」
  「なんで隠すんスか」
  「……」
  「文哉反省してましたか」

店員が注文のドリンクを運んで来ました。

  「あたしゴリラ好きなんですよ」
  「はい?」
  「お兄ちゃん、それ覚えていてくれたから……連れてってくれたんです」
  「それで」
  「それでって……
まあ、そういう感じです」
  「……そういう感じって」
  「……じゃあって」
  「そうスか」
  「そうです」

双葉は事実だけを感情的にならないように話そうとします。しかし洋貴はそこに文哉に会えて嬉しかった双葉の気持ちを読み取ってしまいます。洋貴はたぶん双葉のことが好きです。でも、双葉が兄の文哉を慕う気持だけはどうしても我慢がなりません。

洋貴は運ばれてきたジンジャーエールを一気飲みしました(ウーロン茶頼んだのにね)。

  「わかりました……自分で捜します」
  「……」
  「すいませんでした」
  「何がですか?」
  「もともと、立場違うし、ぼくとあなたは」
  「……」
  「そういう関係じゃないし、ぼくとあなたは」

洋貴の言葉にはトゲがあります。お金を置いて荒々しく部屋を出ようとする洋貴を双葉は引き止めようとします。でも、言葉が出てきません。

このとき双葉は白いシャツにネックレスをしていました。洋貴に会うための精一杯のおしゃれです。でも、柄にもなく双葉がおしゃれをすると痛々しいです。食べこぼしでせっかくのシャツにシミを作ってしまいました。双葉はカラオケボックスで優しい洋貴と楽しいひと時を過ごしたかったのかもしれません。しかし、そんな双葉の女心は無残にも踏みにじられてしまいました。

  「いつもこれくらい(優しい)スよ」
  「いつもこれくらいだったらいいな」
  「じゃあ…いつも…これぐらいの(優しい)感じにしますよ」

洋貴はウソつきです。 
 
 
翌日、双葉は文哉に会いました。双葉は、いっしょに因島に行こうという文哉の誘いに異論はありません。ただ、その前に、文哉には被害者の家族にあって欲しいと考えていました。会って反省と謝罪の気持を伝えて欲しいのです。双葉がその話をすると、文哉の人格が突然急変しました。今までに見せたことのない文哉の暗黒面です。

  「何でお兄ちゃんが反省するんだ。何でそんなこと言うんだよ……たった二人の兄妹なのに……亜季ちゃんは天国に行ったんだ。生まれてこないほうがよかったから」

文哉が何を言っているのよくわかりません。目つきはもう狂人のそれです。泣きながら取りすがる双葉を振り払って乗り捨てるはずだった車で文哉は走り去っていきました……。

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脚本・坂元裕二の「それでも、生きてゆく」第6話を観る・前編

遠山隆美(風吹ジュン)が「釣船ふかみ」にやってきました。少し遅れて三崎駿輔(時任三郎)もきました。隆美と駿輔は離婚していて別姓になっていますが、実質的にはいまでもいっしょに暮らしている夫婦です。

「釣船ふかみ」で洋貴(瑛太)といっしょに暮らすことになった野本響子(大竹しのぶ)を最初に襲った試練は、この「招かざる客」の接待です。どんなに嫌でも逃げるわけには行きません。

洋貴のところはもともとお客が来ることが想定されていません。お茶もなければコーヒーもインスタントしかありません。お茶菓子も柿ピーくらいです。唯一あったのが以前駿輔が持ってきた人形焼のようなお菓子でした。

冷蔵庫の中もほとんどからっぽです。比較的裕福そうな日垣家とはわけが違います。響子はこれまでの洋貴の極貧に近い生活ぶりを思い知らされたと思います。

気まずい雰囲気の中で、被害者の家族(響子と瑛太)と加害者の家族(隆美と駿輔)が向き合いました。15年前の事件について、隆美と駿輔はただひたすら謝るしかありません。しかし、いくら謝ったからといって、亡くなった亜季が生き返るわけでもありません。

響子はまだ精神的に不安定なところがあります。突然の加害者家族の訪問は刺激が強すぎたかもしれません。どうかなってしまいそうで心配です。
 
 
心配といえば、もうひとり心配なのは双葉(満島ひかり)です。双葉は祖母が入所している老人ホームで15年ぶりに兄の文哉(風間俊介)に会いました。テレビドラマとはいえ、この展開はあまりにも不自然です。しばらくは双葉の夢ではないかと疑っていました。でも夢ではありませんでした。

文哉は双葉に因島(広島県尾道市)へ行こうと誘います。因島は文哉と双葉を産んだ母親の故郷です。文哉は因島でフェリー船の乗務員にでもなって、ひっそりと暮らしたいと考えています。果樹農園の草間ファームに文哉の過去を知る紗歩(安藤サクラ)がやって来たことで、草間ファームもそろそろ潮時だと考えたのかもしれません。思い立ったが吉日です。文哉は明日にでも因島へ出発するつもりです(草間ファームは最初東京の八王子あたりの農園だと思っていましたが、実際の所在地は千葉県袖ヶ浦市でした)。
 
 
洋貴のところに藤村五月(倉科カナ)から連絡がありました。医療少年院で文哉の担当だった看護師・東雪恵(酒井若菜)についてです。行方不明だった東雪恵が生きていたというのです。洋貴は早速東雪恵に会いに行きます。藤村五月もいっしょです。

雪恵の母親から勤め先を聞き出し、仕事が終わるのをまって声をかけました。雪恵は一瞬の隙をみて逃げ出しました。洋貴は追いかけて雪恵を捕まえます。どうしても三崎文哉のことが聞きたいのです。雪恵はなんで逃げたのでしょうか。この人、何か知ってますね。
 
 
紗歩は文哉の預金通帳とキャッシュカードを盗み出し、コンビニのATMで現金を引き出そうとします。しかし失敗して店員に捕まってしまいます。キャッシュカードがあっても暗証番号がわからなければ現金の引き出しは無理です(紗歩は単細胞だから、誕生日がわかればそれが暗証番号だと考えたみたいです)。

それにしても、文哉の預金通帳は「雨宮健二」名義です。そもそも身分証明書がわりの運転免許証が「雨宮健二」です。ドラマとはいえ、ちょっと変です。運転免許証って、偽名でも発行してもらえるのでしょうか?

 

この事件がきっかけとなって、文哉の過去が真岐(佐藤江梨子)にもバレてしまいました。文哉としては、通帳も戻ってきたことだし、警察沙汰にはしないで盗難事件はなかったことにするつもりでいました。ところが紗歩は謝るどころか「人殺しの金をとって何で悪い」と開き直り始めました。恩を仇で返すとはこのことです。バカ女にも困ったものです。

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2011年8月 8日 (月)

「それでも、生きてゆく」・番外編・満島ひかりの魅力

ドラマ「それでも、生きてゆく」は、深刻なだけでなく笑える要素も豊富です。番外編として双葉役の満島ひかりの魅力について考えてみました。

第5話で、遠山双葉(満島ひかり)と藤村五月(倉科カナ)が洋貴(瑛太)のいる「釣船ふかみ」で鉢合わせしてしまい、お互い帰るに帰れず、とうとういっしょに泊まることになってしまうシーンがありました(赤が双葉のセリフ)。

 「遠山さん」
 「はい」
 「たぶん、もう、あたしの気持ち気づいてると思うんですけど…」
 「消しますか?」
 「遠山さんもあたしと同じ気持ちですよね?」
 「消しますね」

五月は「私は洋貴さんが好きです。あなたも洋貴さんのことが好きですよね」と、遠まわしに双葉の気持を訊いています。ところが双葉には五月が何を言っているのか理解できません。わかっていながらトボケているのではなくて、ホントに理解できないのです。がさつというか鈍いというか、とにかく双葉はそういう人なんです。たとえてみれば、フーテンの寅さんみたいな人です。「同じ気持」と言われて、双葉が思ったのは「灯りを消して早く寝よう」でした。
 
土間には、五月のおしゃれなハイヒールがきちんとかかとを揃えて置かれていました。その隣りに双葉のスニーカーが無造作に脱ぎ捨てられていました。靴の脱ぎ方を見れば育ちがわかるというものです。双葉にはエチケットとかマナーとか、そういう意識がほとんどありません。寅さんと同じで悪い人ではないんですけど……。何を思ったか、洋貴が黙って双葉のスニーカーを揃えてあげていました。

 

翌日、藤村五月のネックレスが洗面所にありました。忘れものです(これはわざとですね)。洋貴が五月に電話しているのを双葉が聞いています。

 「来週東京行くとき持って行きます。はい、あっ、どうも……お気をつけて」

洋貴が電話を切ると、双葉が感慨深げに言いました。

 「お気をつけて…(そんな優しい言葉、あたしにも言って欲しいわ)
 「はい?」
 「いえ……あたしも今度東京行ってみよっかな」

双葉は、洋貴に「いっしょに行きますか?」と言って欲しかったんだと思います。でも残念でした。
 
 
洋貴が東京へ行った日の夜、双葉がまた「釣船ふかみ」にやってきました。バイト先で買ったのでしょうか、缶ビールを持っています。疲れて椅子に座ったまま眠っていた洋貴が目を覚ましました。

 「あ、今何時ですか?」
 「10時とか、10時15分とか」

洋貴は急に思い出したように電話をかけようとします。かけようとして、やめてしまいました。

 「どうぞ、してください」
 「いいスよもう、遅いんで」
 「したほうがいいんじゃないですか。10時だったらそんなに遅くないと思いますよ」
 「お風呂入っている時間かもしんないし」
 「そんないやらしい想像しなくても普通に……」
 「いやらしい想像なんかしてないスよ」
 「いや、でも、照れてる感じで」
 「いや、今はあれだけど、言ったときはしてないスよ」
 「今はしてたんですか」

やけに絡みます。こういうギクシャクした会話が満島ひかりは実にうまいです。

 「お風呂想像すんのはいやらしいことなんスか。人間誰でも入るじゃ…あれスか、遠山さんは、お風呂入んないんスか?」
 「あっ、深見さん、あたしがお風呂入るところ…」
 「してません」

洋貴が奥へ行こうとすると、

 「何で逃げるんですか」
 「晩飯作るんスよ」

これはもうほとんど痴話げんかですね。
 
 
お風呂といえば、「男はつらいよ 純情編」で、若尾文子がお風呂に入っている時に、寅さんがいやらしい想像をしておいちゃんと大喧嘩になるシーンがありました。長い「男はつらいよ」シリーズの中でも屈指の名場面です。

 「おいちゃん、何考えてるんだ?」
 「おめえと同じことよ」

 
 
なんだかフーテンの寅さんを懐かしく思い出してしまいました。このドラマ「それでも、生きてゆく」が終わったら、満島ひかり主演の「フーテンの双葉さん」というシリーズをお願いしたいです(双葉が恋をして振られて泣いて旅に出るお話)。粗忽者で、ピントがずれていて、それでも一生懸命に生きている双葉のキャラクターは、どこかフーテンの寅さんに通じるものがあります。

 「辛いこと、いろいろあると思うけど、そのうちうまく行きますよ」
 「あれ……母の話とかの……聞いてました?」
 「……」
 「ああ……なんかきょうは優しいなって思っていたら、そっか…」

 「いつもこれくらいスよ」
 「いつもこれくらいだったらいいな」
 「じゃあ…いつも…これぐらいの感じにしますよ」
 「もう一回だけ言ってもらっていいですか。ラーメン食べながらでいいんで。今の、もう一回だけお願いします」

洋貴は双葉の手を握ろうとしてやめてしまいます。そして優しく言いました。

 「うまく行きますよ、遠山さん(満島さん)……頑張ってるから」

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2011年8月 5日 (金)

脚本・坂元裕二の「それでも、生きてゆく」第5話を観る

隆美( 風吹ジュン)が自分の本当の母親ではないという事実を知ってしまった双葉(満島ひかり)は気持の整理がつかないまま家を飛び出しました。双葉が向かった先は「釣船ふかみ」の洋貴(瑛太)のところです。

「釣船ふかみ」には洋貴が東京で知り合った藤村五月(倉科カナ)が来ていました。五月は洋貴が15年前の殺人事件の犯人・文哉(風間俊介)を捜していると知って、いろいろ力になってくれます。これは同じ殺人事件の被害者家族という立場からの親切というより、好きな人のために尽くしたいという女心です。五月は双葉と違って都会的で洗練された女性です。でも、洋貴の好みの女性かどうかはわかりません。

洋貴と五月が親密に(?)話をしているところに双葉が来てしまいました。五月は双葉がどういう素性の人間なのかまだ知りません。初めて東京で会ったときも洋貴と双葉はいっしょでした。夜に突然洋貴を訪ねてくるくらいだから、五月が双葉のことを洋貴の彼女だと思っても不思議はありません。

そうではないと否定しても、じゃあどういう関係なのかを説明するのはなかなか難しいです。まさかいきなり「犯人の妹です」と紹介するわけにもいきません。昔からの知り合いと言って言えないことはありませんが、幼馴染みというのとはちょっと違います。洋貴は双葉のことを五月にどう説明していいのか言葉が見つかりません。気まずい空気が流れて、ギクシャクした会話が続きます。どちらも帰るとは言い出さないまま夜が更けてしまいました。結局、五月と双葉は「釣船ふかみ」に泊まっていくことになりました。

翌朝、藤村五月が東京に帰って、洋貴と双葉が遅い朝食をすませたころ、双葉の父・三崎駿輔(時任三郎)が突然洋貴を訪ねてきました。駿輔は洋貴に響子(大竹しのぶ)に謝罪させて欲しいと頼みます。文哉も必ず見つけ出して謝罪させると約束しました。

洋貴は文哉が医療少年院を退院する直前に描いたという絵を駿輔に見せました。陽の光が降り注ぐ湖の水面(みなも)に仰向けの少女が浮かんでいる幻想的な美しい絵です。文哉にとって15年前の過去は美しい思い出にすぎません。洋貴は文哉には反省の気持なんかないことを駿輔に伝えました。皮肉ではなく事実として。
 
 
洋貴は、駿輔と双葉が、双葉が1歳のときに死に別れたという実の母親のことを話しているのをそれとなく聞きいてしまいます。なぜ昨日双葉が突然訪ねてきたのか、洋貴はそのわけを理解しました。洋貴の心の中で双葉の存在がどんどん大きくなっていきます。
 
 
洋貴は日垣家に響子(大竹しのぶ)を訪ねて、文哉の父親の三崎駿輔が響子に会って謝罪したがっていることを伝えます。

響子は悲しみを押し殺して偽りの幸せの中で抜け殻のような暮らしをしています。響子は時として周囲の優しさや思いやりが重荷になることがあります。悲しんでいては申し訳ないと考えるあまり、つい、いつわりの幸せを装ったりもします。しかし、誰もいないところでは、殺された娘・亜季のことを思い出しては号泣しています。響子の時計は15年前に止まったままです。

嫌がる響子に洋貴は三崎駿輔に会うことを勧めます。たとえ殺したいほど憎んでいる相手でも、会って話をすれば響子が前向きに生きようとする何かきっかけが掴めるかもしれないと洋貴は考えています。

洋貴と弟の耕平(田中圭)では「幸せ」に関する考え方が違います。耕平は耕平なりに響子の幸せを考えて、精一杯親孝行をしてきたつもりでいます。しかし、洋貴は響子が今のままではいけないと考えています。「母さんには(本当の)幸せになって欲しい」それが洋貴の願いです。そのためにも母さんは過去としっかり向き合って欲しい。そして止まっている時計の針を動かさなくてはいけない……洋貴はそう考えています。
 
 
ある日のことです。夜の10時過ぎに、双葉が「釣船ふかみ」にまたやってきました。双葉にとって洋貴がいる「釣船ふかみ」は、辛いことがあるとつい来たくなってしまう「癒しの空間」になっているのかもしれません。

洋貴と双葉のたわいもない会話はいつもどこかぎこちなくギクシャクしています。それでいてお互いに心の空白が満たされているといった感じがよく伝わってきます。こういうのを演技力というのか演出力というのかわかりませんが、この二人を見ていると、まるで長年連れ添ってきた仲のいい老夫婦(=色気抜きの男女関係)のような感じがしてきます。まさしく普通のあれです。

洋貴はすでに双葉の身の上に何があったのかを知っています。いつになく洋貴が優しいのはそのためです。洋貴は本気で双葉のことが好きになってきています。昔の文学者も言っていました。

   「可哀想だた惚れたってことよ」 by 夏目漱石

ほとんど運命の一夜になりそうなその一歩手前で、双葉は、ゴミ箱に捨てられていた五月が洋貴に渡した資料を見てしまいます。殺人犯の犯人の家族として双葉が写っている写真です。おそらく昔の週刊誌か何かの記事です。あたしは加害者の妹で洋貴さんは被害者の兄……その現実を双葉は突然突き付けられた気分になったと思います。双葉にとって洋貴は好きになってはいけない人です。

泊めてもらうはずだった双葉は、資料の横にメモを残して出て行ってしまいました。

  ありがとうございました。

   わたしは

    もう じゅうぶんです。
 
 
その翌日(?)、日垣家では響子がいなくなったと大騒ぎになっていました。洋貴は弟の耕平から「兄さんがそそのかしたせいだ」となじられます。響子は夜になっても帰って来ません。自殺でもされたら大変です。警察に連絡して捜索願を出そうとした矢先、響子が帰ってきました。どこで何をしていたのでしょうか?

響子は15年ぶりに昔の家族が暮らしていた家に帰っていました。だれも住まなくなった松見台のあの家です。そして亜季が殺された三日月湖にも行ってきました。自分の中で封印していた場所にあえて出かけていたのです。

響子は今まで鬱積していた思いを静かに語り始めます。

 あれから15年経って、今のあたしは、人から見たら、ずいぶんと落ち着いているように見えるかもしれません。
 でも、ホントは違うんです。
 あたし、みんな、あたしと同じ目にあえばいいのにと思って、ずっと、生きてきました。
 優しくされると、「あなたに何がわかるの」と思いました。
 子ども連れの母親見ると、疎ましく思いました。
 「前向きに生きよう」って言われると、死にたくなりました。
 ごめんなさい。あたしはずーっとそういう人間です。

 人を愛そう、前向きになろう……そう思った5分後に、みんな死ねばいいのにと思っていました。

 ごめんなさい。母親から子ども取ったら、母親じゃなくなるんじゃなくて、人じゃなくなるのかもしれません。

大竹しのぶの、いや響子の告白はまだまだ続きます。

 夢に出てきたのは、あの少年でした。「亜季が何したの?亜季がねえ、亜季がどんな悪いことしたの?」って訊いたけど、少年は何も答えてくれなくて、ただあたしを見返してました。
 そのとき気づきました。
 「ああ、この子……この子とあたし同じ人間だ」って。「人 やめてしまった人だ」って。
 「ああ、目 覚まさなくっちゃ」と思いました。
 「このまま死んだら亜季が悲しむ、亜季に嫌われる」そう思ったら、初めて「生きようかな」って、思いました。「亜季の分まで、生きようかな」って。

 目覚ますと、湖の水で、何度も何度も、顔を洗いました。



響子はこれまで世話になった日垣家の主人や耕平には感謝しつつも、日垣家を出て洋貴といっしょに暮らす決心をします。文哉にも会うつもりでいます。まさか文哉を殺すつもりではないと思いますが、言動にはちょっと不穏なところがあります。

一方、プチ家出状態の双葉は寝たきりの祖母が入居している特別養護老人ホーム「海寿園」を訪れていました。双葉が祖母のベッドにもたれてうたた寝をしているとひとりの男が部屋に入ってきました。なんと兄の文哉です。文哉はどうしてここを知っているのでしょうか?

あまりにも突然で、最初は双葉が夢を見ているのかと思いました。でも、予告編を観る限り、どうも夢ではなさそうです。どうなってしまうのでしょうか?

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