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2012年4月28日 (土)

脚本・尾崎将也の「梅ちゃん先生」・横須賀から蒲田まで大八車で頑張ろう!?

「梅ちゃん先生」第21回のお話です。

横須賀にある元海軍の倉庫に海軍が備蓄していた医薬品が大量に見つかりました。梅子は城南医専の同級生たちと電車に乗ってはるばる横須賀までその医薬品を貰いにいくことになりました。医薬品は倉庫に山積みにされていて好きなだけ勝手に持っていっていいことになっていました。早い者勝ちです(そんな馬鹿な)。

来るときは電車でしたが、梅子はトラックをチャーターして大量の医薬品を持ち帰えりたいと考えました。すると、東京まで荷物を運んであげるという人が現れました。梅子たちが大喜びでお願いすると、用意されていたのはトラックではなくて馬が引く大八車でした(あのなあ)。

普通は荷物を積み込む前に断るはずですが、梅子たちはなぜか大八車に医薬品を積み込んで東京に向うことになってしまいました。三浦半島の横須賀から東京の蒲田までは約40kmの距離があります。普通に歩いても10時間、大八車でのんびり行ったら15時間以上かかります。しかも大八車は坂が苦手です。途中に急坂があったりしたらどうするのでしょうか?

まあ、細かいことは気にしないで横須賀から蒲田まで大八車でも行くことができることにしましょう。「梅ちゃん先生」のラッピング電車が走っているという京浜急行に敬意を表して、京急本線の横須賀中央駅(神奈川県横須賀市若松町二丁目)から京急蒲田駅の隣りの梅屋敷駅(東京都大田区蒲田二丁目)まで歩くことにします(梅屋敷駅では駅メロに「さかさまの空」が流れているらしい)。

コースは次のようになります。

まず、横須賀中央駅の駅前にある三崎街道を北北西に進むと国道16号線(横須賀街道)に出ます。左折して横浜までは横須賀街道を道なりにずーっと進んでいきます。何箇所か分岐点がありますが、迷わずに進めば横浜の高島町に辿り着けます。高島町からは交差点を右折して国道1号線を進みます。青木通のところで道が二又に分かれているので右側の道を進みます。ここから先は国道15号線(第一京浜)になります。ここまで来てしまえばしめたものです。第一京浜は京浜急行と並行して走っています。道なりに進んでいけば梅屋敷駅に辿り着けます。時間を気にせず、道に迷わなければ大八車でも何とかなりそうです(ホントか?)。

ドラマでは途中でアクシデントが起きてしまいました。大八車を引いていた馬の蹄鉄がはずれてしまったのです。修理するのかと思ったら、馬の手綱を握っていたおじさんも蹄鉄の外れてしまった馬も大八車と積荷を残してどこかへ行ってしまいました(ふざけんなよ)。取り残された梅子たちは大量の医薬品を人力で運ぶことになりました。しばらくすると雨が降ってきました。本降りです。制服は濡れるし、道路はぬかるんでくるし、もう絶望のブルースです。泣きっ面に蜂、蟷螂の斧、次々と梅子たちの窮地を表す諺が浮かんできます。この窮地を救う諺は「渡る世間に鬼はなし」です。

たまたま通りかかったトラックの運ちゃんがドシャ降りの雨の中で悪戦苦闘をしている梅子たちを不思議そうに見ていました(おーい、何やってんだ)。梅子たちが事情を説明すると、地獄で仏です。ついでだから東京まで荷物を運んであげると言ってくれました。トラックの運ちゃんは、梅子が通う城南医専(梅屋敷の近くにあるらしい)まで医薬品を運んでくれました。そして、お礼も受け取らず、名前も告げず、ボギー(ハンフリー・ボガードの愛称)のようにかっこよく去っていきました(一度やってみたかった?)。
 
 
ところで、あの大八車のおじさんは詐欺師でした(たぶん)。報酬の50円を前金で受け取っていたので、馬の蹄鉄が外れたことにして逃げてしまったのです。最初から大八車で東京まで行く気なんてありませんでした(常識で考えればわかる?)。

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