« 「芸術新潮」つげ義春特集 | トップページ | 奥田英朗の「圧巻!ポール・マッカートニー 東京公演」を読む・その2 »

2013年12月12日 (木)

奥田英朗の「圧巻!ポール・マッカートニー 東京公演」を読む

このエッセイ(?)は、言葉にできないような圧倒的感動体験をきっちり言葉で表現してくれています。行間からその衝撃的な感動の大きさが伝わってきます。

わたしが観たのは十一月二十一日。まさに最終日でした。一歩東京ドームに足を踏み入れたとき、まず驚いたのは、文字通り満員の観客。あれだけの人で埋まっているドームコンサートを見たのは初めてでした。ステージ裏の外野スタンドまで満席。あの場所では、たぶんポールは見えないでしょう。それでもファンは、ポールと同じ空気を吸いたいと思い、来ているのです。

最終日のコンサートの観客は5万人ではなく、5万5千人はいたと思います。急遽参加シートと称する当日券が5千人分ぐらいは売られていました。わたしはやっとの思いで当日券を買ってステージ横の外野スタンドにいました。まさに超満員でした。

印象的だったのは、東京ドームの隅々にまで、ポールの音楽を愛する空気が満ちていたことです。私自身経験がありますが、ドームのような大会場で、しかも二階席の上のほうにいると、どうしても演奏者との距離があり過ぎて、傍観者になってしまいがちなのですが、今回は、二階席まで一体となって、一緒に歌ったり踊っている人もたくさんいました。ステージ上のアーティストと会場が、これまで観たコンサートでは体験したことがないほど、相思相愛の関係になっていたのです。

これにはステージ横にセツトされた大画面のモニターが果たした役割が大きかったと思います。七十一歳とは思えないポール・マッカートニーのかっこよさはモニターの大画面からも十分に伝わってきました。会場がヒートアップしてもわれ関せずで、「こんな歌でも聴いてみる?」といわんばかりに、次から次へと名曲を畳みかけてくるんだから参ります。放心状態になってしまったとしても無理ないです。アッという間の2時間40分でした。

実際に現役で活躍するポールを見たら、もう完全にひれ伏すほかありませんでした。わたしも年を取ってもう面倒なことを言ったり斜めに構えている必要がなくなったのかもしれません。

完全にひれ伏したくなるのは年のせいではないと思います。あのコンサートを見せられたら、年を取っていなくても面倒なことを言ったり斜めに構えたりは畏れ多くてできなくなると思います。問答無用でひれ伏すしかありません。

欲をいうなら、「オー! ダーリン」を聴いてみたかったかな。あのシャウトは七十一歳のポールには難しいかもしれませんが。いや、あの元気さなら、楽々歌えるような気もします。

わたしは「プリーズ・プリーズ・ミー」が聴きたかったです。
 
 
この「圧巻!ポール・マッカートニー 東京公演」は「文藝春秋」の新年特別号に掲載されています。

|

« 「芸術新潮」つげ義春特集 | トップページ | 奥田英朗の「圧巻!ポール・マッカートニー 東京公演」を読む・その2 »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/122218/54228441

この記事へのトラックバック一覧です: 奥田英朗の「圧巻!ポール・マッカートニー 東京公演」を読む:

« 「芸術新潮」つげ義春特集 | トップページ | 奥田英朗の「圧巻!ポール・マッカートニー 東京公演」を読む・その2 »