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2016年3月11日 (金)

“5人目のビートルズ”ジョージ・マーティン、90歳で死去

cinemacafe.net 3月10日(木)13時15分配信

「ビートルズ」のプロデューサーとして知られるジョージ・マーティンが他界した。

90歳だった。「5人目のビートルズ」の異名を持つジョージは、1962年にビートルズをパーロフォン・レコードと契約させたことをはじめに同バンドのほとんどの楽曲を編曲、プロデュースしたことで知られている。そのほかにもジェリー&ザ・ペースメイカーズ、シャーリー・バッシー、シラ・ブラックら数々のアーティスト達を手がけてきた。

 

中山康樹氏が「これがビートルズだ」(講談社現代新書)の中でジョージ・マーティンのことを妙な褒め方をしています。「プリーズ・プリーズ・ミー」の項です。

モノラルの二番ではポールが"Why do I"と歌っているのにジョンは"Why know I"と歌い、ステレオにいたっては一、二、三番の歌詞の一部がごたまぜになってムチャクチャに歌っている。だがそだけでは真の大物ではない。あろうことかジョンは自分の間違えに気づき、例の「カモン、カモン」を笑いながら歌っている(ただしステレオバージョンのみ)。これがビートルズというグループだ。
 常識的に考えてみよう。デビューしたばかりの新人、絶対にミスしないようマジメにやるはずだ。しかもこの曲はアルバムより以前にシングル用としてレコーディングされていた。ヒットを狙って当然だろう。だがビートルズはちがった。堂々とミスり、笑いながら歌い、演奏した。完全に"超えて"いたのだ。ナメきったビートルズもエラいが、「まあいいだろう」と認めたジョージ・マーティンもまたエラい。

たしかに、得体のしれないチンピラによく平常心で接してくれたものです。気が短いプロデューサーだったら激怒してビートルズを追い出していたかもしれません。

ジョージ・マーティンはデビュー当時からビートルズの作り出す音楽に無限の可能性を見ていたのかもしれません。目を離すと何をやりだすかわからない腕白坊主たちも、こと音楽に関する限り、しょせんはジョージ・マーティンの手のひらの上で踊っていたのです。

The Beatles - The Making Of "Please Please Me"

 

The Beatles - The Making Of "Rubber Soul"  

    ※ You Tube の大画面で視聴すると英語の字幕が出ます。

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